12.人間と遭遇
翌日。いくつかの小さな穴から光が差し込む空間の中で、俺は目を覚ました。寝ぼけ眼を擦り、そして右手を地へと付ける。
「工房魔法『破壊消去』」
魔法の発動と共に、バラバラと土壁が崩れ消えていく。
土で出来た半径二メートルの半円状のドームは、完全にその姿を消し去った。
うーんと両手を伸ばした俺は、ドームの外にある、石で作った簡易かまどを見た。寝る前の記憶は途切れ途切れでしか無いが、キチンと火は消したようだ。鍛冶の仕事をしていると、火の取り扱いにはかなり慎重になるので、普段の生活から自然と行動ができたらしい。
昨日は外で食べる開放感と、お宝採取の幸福感から酒が進んだ。まあ、簡単に言えば飲み過ぎだ。
流石に警戒する事無く野外で爆睡する訳にもいかず、寝る寸前に土魔法で俺を囲む強固な土のドームを作った。いくつかの小さい空気穴を作って、その中で爆睡。お陰でこの様に怪我一つなく無事な朝……昼を迎える事が出来たと言うわけだ。
ちなみに、俺の左手には火属性魔法が宿っており、右手には土属性魔法が宿っている。この二つの属性を併せ持つのは、純ドワーフの特徴でもある。
火属性魔法は鍛治の時に使い、炎の強さ、温度を変えながら作品を作る。土属性は作品等にも使うが、主に建築などの材料に使う事が多い。どちらも物を作成する時によく使うものなので、重宝している。
「羽目を外してしまったな。……まあ、こう言う日もあるか」
家にいたとしたら、親父に雷を落とされていただろう。国外追放という名の強制自立は、悪い事ばかりでは無かったと小さく笑った。
空間収納の中を見てみると、焼けた肉まで保管されている。どうやら飲み過ぎて食い切れなかったらしい。
朝ご飯はこれで良いかと、パンと肉を取り出し、肉をパンに挟んだ。簡易的なサンドイッチといった所だ。
パンを片手に、俺は歩き始めた。サンドイッチを食べながら、キョロキョロと辺りを見回していく。この辺での採取は、昨日やってしまった事もあり、目ぼしい物は何もない。
ゆったりとした気分で歩きながら、最後の一欠片を口に放り込んだ時だった。
俺のいる位置よりも下の方で、数人の声が聞こえた気がした。急いで近くの小藪に体を隠し、下を覗いて見ると、質素な服装をした五人の人間達が歩いて来ていた。
男二人に女が三人。彼らは大きな背負う籠を持ち、警戒しながら辺りを見回している。彼らのカゴの中には、少量の葉っぱや木の実等が入っている。どうやら食糧になりそうな物を探しながら歩いている様だ。
(チッ。人間か。見つからない様に、サッサと上に行くか)
俺が歩き出そうとしたその時、フワッとした風が下方から噴き上げて来た。俺はその風の中に、五人の人間の匂い、そして魔物の匂いを嗅ぎ取った。
もう一度、下を覗いて見ると、人間達の行く先に、狼などの獣によく似た魔物が体を低くして待ち構えている。人間達は風下から上に上がって来ている為、全く気付いていない様だ。
食用の葉を見つけた女達が、しゃがみ込んでそれを摘み始めるや否や、魔物は一気に走り出して人間達に襲い掛かった。
キャーッという甲高い声とウワァ!!と言う焦った声。男達は魔物の襲撃に、背負っていた籠を下ろして振り回し、必死に逃げようとしている。
なんとか食い付こうとしていた魔物は、隙を見て走り出した女達にターゲットを変えた。俊足を生かして女達に追い付き、背から飛び掛かって押し倒す。人間達から発せられる悲鳴が、山の中に木霊した。
その場の混乱を見ていた俺は、これなら気が付かれる事はないだろと、そのまま上に向かって歩き始めた。
人間と魔物。ドワーフでは無い他種族同士の食うか食われるかの食物連鎖に、俺が介入する気はない。
ギャンッと言う獣の様な鳴き声に後ろを見てみると、籠攻撃がクリーンヒットした魔物が、人間達から距離を取っていた。血だらけの女達とそれを守る男達は、命からがら山を降りて行く。どうやら魔物の狩りは、失敗に終わった様だ。
それにしても、人間達のあの弱さはなんなのだろうか。あの程度の魔物に対しても対処出来ないとは……。武器くらい持っていないのだろうか。
ドワンライト王国にいる時、人間は種族同士で戦争ばかり起こしている、野蛮で愚かな者達だと聞いた事があった。
だからこそ、常に武器や防具を身につけているのだとばかり思っていたのだが、実際は丸腰。戦争とやらも、丸腰で殴り合う戦いなのだろうか。だから、ドワーフの作る剣や防具を欲しがったのかもしれない。
まあそれなら余計に、関わり合いになるべきでは無い。俺の作る武器は、大型の魔物を一刀出来るほどの物だってあるのだから。




