5 風雲急を告げる
カダクの町の第3隊が襲撃された?
これは、部屋の中でおちおち待機なんかしている場合じゃない。
集合場所は正門前って言っていたよな。
「ほら、ヒマは向こうに行っておいで。」
アシュウィンに促されたヒマは、アシュウィンの腕の中からしなやかに飛び降りると、どこかに走り去っていった。
アシュウィンが正門前の広場に行くと、第3隊の隊員が整列している光景が見えた。
その正面にはマナサが不動の姿勢で立っていて、隊員を見渡すと口を開いた。
「カダクの支部が近衛兵団に襲撃されたとの報告を受けた。今なお交戦中らしい。
被害の状況などの詳細は分かっていない。
我々は直ちにカダクの町に向けて出発する。
先の峡谷の戦いでダメージを受けた第1隊、そして別の作戦で行動中の第2隊の支援を受けることが出来ない状況だ。
我々が一丸となって、必死に戦っている仲間を一刻も早く救出するっ!
第3隊の実力を示す時だっ!
全隊、いいなっ!?」
「おおーっ!!」
マナサの檄で第3隊の士気が一気に上がった。
マナサ……
俺に付き合って睡眠をとっていないはずなのに大丈夫かな?
第3隊100名が王都アデリーからカダクに向けて出発すると、アシュウィンは少し離れてその隊列の後に続いた。
馬上のマナサは隊列の先頭を進んでいるようだった。
マナサの所に行って話を聞きたいけど、俺がついて来ていることを知ったら、追い返すに違いないからな。
このままカダクまでついて行こう。
それにしても、剣も甲冑も全然しっくり来ないな。
自分のやつじゃないから、しょうが無いか。
まあ、何とかなるだろう。
マナサ率いる第3隊は2時間後にカダクの町に入った。
最初、マナサにはカダクの街並みが普段の光景とあまり変わらないように思えたが、支部の施設がある方角から黒煙が立ち昇っている光景を目の当たりにすると、不安と危機感に心が押し潰されそうになった。
どうして支部の場所が知られてしまったんだろう?
隊員たちは今どうしているの?大丈夫なの?
この救出作戦、失敗は許されない。
……なんか弱気になりそう。
だめだめ、私がこんなことでは……
弱気が隊員に伝染してしまう。
「ふぅ……」
マナサは呼吸を整えると気持ちを切り替えた。
そして、偵察係に命じた。
「本隊はここで待機する。
偵察係は戦況と国軍が近衛兵団なのか情報を収集してくること。」
「お任せ下さい。」
偵察係2名はあっという間に支部に向かった。
「マ、マナサ。」アシュウィンは我慢しきれずにマナサの背後から小声で話しかけた。
「えっ?」マナサはその声にびっくりして振り向いた。
「アシュウィン?どうしてここにいるの?」
「いや、俺にも何か出来ることがあるかと思って……」
「無いわよ。あるわけないでしょっ!
早く本部に戻りなさいっ!
一体何を考えているのよ。
戦闘術だって何にも訓練していないのに。
これは訓練じゃないのよ。本当の戦闘なのよ。
命を落としでもしたら、どうするのよっ!」
「俺は俺なりに分かっているつもりだ。マナサに迷惑をかけるようなことはしない。」
「すでに迷惑をかけているのよっ!
大体、マントラでヒマを捕まえることは出来たの?」
「ああ、完璧だ。すでにヒマとは親友の域だよ。」
「何それ?
マントラが使えるようになったからと言って、すぐに戦うことができる訳じゃないのよ。
それくらい、分かるでしょ?」
「うん、分かっている。俺もそこまで馬鹿じゃない。
剣術や戦闘術も親父に教えられたから、少しは役に立てるはずだ。
マナサがろくに睡眠もとらずに戦おうとしているのに、俺が本部でじっとしていられる訳がない。
な、頼む。参加させてくれっ!」
「もう……
ダメだって言っても、どうせ言うことを聞かないんでしょ?
アシュウィンができるのは後方支援だけよ。
いい?絶対に前線に出てきたらダメ。
分かったわね?」
マナサはそう言いながらも、アシュウィンがいることで自らの気持ちが奮い立ったことを感じていた。
「分かった、ありがとう。」
アシュウィンは武者震いした。気持ちが高揚して、鳥肌が立った。
アシュウィンが晴れてこの遠征隊の正隊員になった時、偵察係が偵察から戻ってきた。
「隊長、報告ですっ!」
「ご苦労さま。
戦況はどうでしたか?」
「はい。
敵は近衛兵団で間違いありません。
現在は膠着状態のようです。
我が隊は施設内で籠城しているものと思われます。
施設の正面と裏門は近衛兵団に占拠されています。
正面に120、裏門には30名の兵士がいます。」
「やはり近衛兵団か。
敵将が誰か分かりましたか?」
「はい。それが……第4師団師団長のセシルのようです。
レザースーツのような軍服を着て、椅子に座っていました。
相変わらず、頭は全部刈り込んでいます。セシルです。
施設の正面後方に陣取っています。」
「セシル……」マナサは思案顔になった。
「マナサ、大丈夫?」後ろで話を聞いていたアシュウィンが口を開いた。
「えっ?ええ、大丈夫よ。
ただ、相手がセシルとはね。」
「セシル?一体どんな奴なんだ?
そのセシルって師団長……」
「そうね、私にとっては戦いづらい相手。」
「マナサにとっては?」
「ええ。私と同じマントラを使うの、セシルは。」
「相手のマントラを無力化する?」
「そう。防御系のマントラ同士だから、不毛の戦いになる。
きっと、通常戦力で勝敗が決することになるわ。
何より気掛かりなことは、彼女ほど残忍な性格の幹部はいないということ。」
「そんなに残忍なのかい?」
「正にサディストそのものよ。」
「名前からは想像もできないな。」
「もし隊員が捕虜にされたら、人道的な扱いを受けることができるのか保証がない。
何としても全員を救い出さなくては。」
「なるほどな、分かった。」
アシュウィンは、冷血無比の魔女のようなセシルの姿を想像していた。
「カマルッ!」マナサはカマルを呼んだ。
「ここにおります。」顎ひげを蓄えた大柄な隊員がマナサの前に進み出た。
「カマルは隊員30名を連れて、あそこに見える廃墟の建物内に移動して待機。正門のセシルの動向を監視すること。
私の合図があるまで、決して動かないように。
セシルは簡単に討つことができない。その機会をじっと待ちます。」
「はっ!了解しました。」
「気づかれないように行動してください。」
「はい、では早速移動します。」
カマル以下30名は、一列になって慎重に廃屋の方に移動し始めた。
「モハン、皆に伝えてください。
残りの者は私に続いて裏門に回ります。
近衛兵に気づかれないように裏門に近づくので、4名ずつの班に分かれて、順次移動します。
モハンは、新人隊員を連れて、後方支援に回ってください。」
「はい、了解しました。皆に指示します。」
小柄で機敏なモハンは待機している隊員に素早く指示を伝えた。
「いいわね?そこの新人隊員8名は後方支援をすること。
モハンが指揮を取ります。必ずモハンの指示に従うように。」
マナサはチラッとアシュウィンを見た。
「分かりました、隊長。」
アシュウィンは意外と素直に応じた。
◇
「いい眺めだねぇ。
必死に抵抗して、籠城までしちゃって……可愛い。
あの建物の中で戦々恐々としているんだろう?
1人ずつ、いぶり出して捕獲してやるわ。
そして、私の目の前で命乞いをさせる。
助かるんじゃないかと微かな希望を抱いたところで処刑。
ああ、想像しただけで全身に快感が走る。
お前もそうだろう?ビハーン。」
黒いタイトなレザースーツを身にまとった、近衛兵団第4師団師団長のセシルは、専用の重厚感のある椅子に座ったまま、兵士長のビハーンに聞いた。
「えっ?ええ、まあ、はい。」
ビハーンはセシルの横に立ち、神経質そうに剣の汚れを拭いていた。
「ん?煮え切らないな、お前。
まあいい。入口の扉は開いたのか?」
「いえ、まだです。
なかなか頑丈な扉で、その上、奴らが開かないように内側から抵抗していまして……
でも、もう少しで開くと思います。」
「レヤンの状況はどうか?
裏門から反逆者が逃げ出さないようにしっかり蓋をしているのか?」
「はい。レヤンとその部下が裏の扉をしっかりと押さえ付けています。」
「フフッ、まさか我々が裏門を塞いでいるとは考えもしないだろうねぇ。」
セシルは、ほくそ笑んだ。
「反逆者どもが裏門から逃げられないようにしているとは夢にも思うまい。
あいつらは、我々が裏の扉もこじ開けて侵入しようとしていると思っているに違いないわ。
実際はその逆。あいつらの逃げ道は正面しかない。
さあ、早く出ておいで。1人ずつ処刑だよ。」
セシルは高笑いした。
しかし、こんなところに拠点を造っていたなんて、あいつらも中々大胆だな。
最初に情報を聞いた時には半信半疑だったが、情報は正しかったということか……
◇
支部施設正面付近の廃屋内
廃屋の中に身を潜めたカマル以下30名の隊員。
湿っていてカビ臭い廃屋内は、隊員の息遣いの他には物音一つしなかった。
大柄なカマルは精一杯身を屈めて、崩れかけている窓から前方のセシルの様子を監視した。
ここからじゃ、セシルの表情が見えんな……
支部の入口はまだ持ちこたえているようだ。
副長たちは無事なのか?
待機の命令だが、セシルがいるところまでは少し距離がある。すぐに行動できるよう、隊列を整える必要があるな。
カマルは身軽で機動力のある隊員が先頭になるように隊列を組み直して、マナサの指示を待った。
カマルの小隊が臨戦態勢を整えた時、前方の近衛兵に動きがあった。
正面にいる近衛兵120名の内40名が二手に分かれて、施設の両側面に移動し始めた。
おいおい、近衛兵が移動したぞ。戦況に変化が起きる。
隊長からの伝令は、まだ無いか……
裏門の方向からは死角になって見えていないのかも知れない。
しかし、独断で行動することは危険過ぎる。死を意味する。
ここは待ちの一手だ……
カマルは壁際に身を沈めた。
◇
支部施設内部
「みんな、諦めないで頑張るんだっ!必ず援軍が来る。」
ラーマの麒麟第3隊の副長イシャンは、正面入り口の扉を押さえて、近衛兵の侵入を懸命に防いでいた。
扉の向こう側からは、ドスッ、ドスッとハンマーか何かで扉を打ち付ける、重々しい物音が鳴り響いて来ていた。
その物音と同時に扉が激しく振動した。
「副長、この扉はもう限界ですっ!」イシャンと共に扉を押さえていた隊員が叫んだ。
「ああ、分かっているっ!
火矢で燃えた箇所は鎮火したのか?」
イシャンは後ろの隊員に被害状況を確認した。
「火災はほぼ消火しましたが、一部で煙が充満して、隊員が数名犠牲になりました。」
「くそっ!他の隊員は奥の区画に移動したのか?」
イシャンは悔しさに顔を歪めて、後ろを振り返らずに聞いた。
「はい、それぞれ分かれて待機していますっ!」
「裏の扉はどうなっている?」
「裏口にいる近衛兵は不気味な位に静まり返っているそうです。
侵入しようとする気配は無いと。」
「そうか……ここはもういい。
お前たちも奥の区画まで下がれ!」
「副長を残しては行けませんっ!」
「大丈夫だ、俺もすぐに行く。
さあ、早く行けっ!」
イシャンは、共にいた隊員を奥の区画に避難させると、扉からゆっくりと手を離して、3、4歩後ろに下がった。
そして、目を閉じて深呼吸をすると、剣を抜いて仁王立ちになった。
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