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「嬢ちゃん! 大丈夫か!?」
近くで声がして目が覚めた。視線を上げると若い男がホッとした様子でこちらを見ている。
起き上がり辺りを見渡すとそこは森ではなく集落のようだ。
「具合が悪いところはないか? どうしてこんなところで寝ていたんだ?」
記憶では躓いて崖から落ちた。だが身体に痛みはない。あれは夢だったのだろうか。何が何だかわからなくなり放心してしまう。
「どうしたんだ? 言葉はわかるか?」
ハッと我に返る。そんなことはどうでもいい。人がいる。やっと帰れる。
「あの! ここはどこですか!?」
「大丈夫そうで何よりだが少し落ち着いてくれ。ここはフツイだ。嬢ちゃんはどこから来たんだ?」
「すみません。初めて聞く地名なんですけどどこの県ですか? 俺は東京から来ました」
誘拐されたことと元々男だったことは伏せておく。警察に連絡されてもこの姿ではどうしようもないし、今はとにかく早く帰る算段をつけたかった。
「トウキョウ? 聞いたことないな。それにケンってなんだ? ここはカの国のフツイだ。知らないか?」
聞いたことがないので首を振る。
「そうか……。少し待っていてくれ。知り合いにトウキョウかケンを知ってるやつがいないか聞いてきてやる」
そう言って男は立ち上がる。
「ところでずっと気になっていたんだが、そいつは嬢ちゃんの連れか?」
男が指を差した先、斜め後ろを見るとウリ坊がいた。撫で回したいほど可愛らしいが、心当たりは全くない。
「いえ……」
そうだと言えと言わんばかりにウリ坊が小突いてくる。
「はい、連れのようなものです」
そう言ってウリ坊を見るとなんだか満足気だった。
「そうか。可愛い連れだな。ならすまないが少し待っていてくれ」
若い男はそう言って集落のほうへと歩いていった。
男が戻ってくるまでに状況を整理しようと思い、近くの壁にもたれて座る。ウリ坊が寄ってきてこちらを見つめているので抱き抱えた。
昨日の夜確かに野犬に飛びかかられ崖から落ちた筈だ。身体が崖にぶつかる衝撃も覚えている。
命があることも怪我一つしてないことも妖の身体が丈夫なのだと納得はできる。
しかしこの場所で寝ていたことに関しては全くわからない。周囲は開けているから崖の下がたまたまこの場所だったなんてこともないだろう。
崖から落ちる前にはいなかったウリ坊に目を向ける。ウリ坊はそれに気付いた様子でなんだとばかりに鼻を鳴らした。
「いやいや、まさか」
この小さな体躯でどうやってここまで移動させるというのだ。馬鹿な考えを振り払う。
男はここがカの国のフツイだと言っていた。そんな国も地名も聞いたことがない。だが日本語が母語の国は日本だけのはずだ。しかしどれだけ田舎に住んでいようと東京を知らない日本人がいるとは思えない。
まるでタイムスリップしたか、パラレルワールドにでも来たような気分だ。
この後もウリ坊を撫でながら男が戻ってくるまで頭を悩ましていたが、結局何も整理できなかった。