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(あれはやばい)
本能が警鐘を鳴らしていた。恐怖で逃げることも出来ず、息を殺して身を潜める。
この猪に襲われたらひとたまりもないだろう。身体を掠めただけだとしても無事では済まないかもしれない。
「…っ!?」
光る目がこちらを向いた気がした。
しかし気のせいだったのか、それとも興味がなかったのか猪は前方を通り過ぎていく。
光がなくなり辺りは再び暗闇に包まれた。緊張のせいか、意識が戻って何時間も経っていないにも関わらず、一気に疲れが押し寄せてきてその場で眠ってしまった。
◇
眩しさで目が覚める。
周りは明るく、上を見ると木々の隙間から光が差している。何故こんなところで寝ていたのか少し考え、封印されたことを思い出した。姿は相変わらず少女のままである。
しかし本当に封印されたのだろうか。辺りを見渡すがそこら中に木が生えており地面は土と草で覆われている。これだと封印されたというよりは、誘拐されてどこか森の奥に捨てられたと言ったほうが合っている気がする。
もしそうなのであれば、地図があり移動手段も豊富な時代だ。帰ることはそれほど難しくないだろう。そう考えると少し気分が上がってきた。
この姿で帰ったときの家族や友人の反応を想像すると少し怖いが、それについては帰ったときに考えることにしよう。
まずは人の痕跡を見つけてこの森から出ないといけない。ここがどこかわかれば帰る手段はいくらでもある。
意識を失ったのが夕方で一度目を覚ましたのが恐らく深夜。遠くまで運ぶには十分すぎる時間だということが不安であるが仕方ない。今は帰れる可能性があるだけで希望が湧いてきた。
車で運ばれたのであれば轍か足跡があるはずだと思い、周辺を確認する。
足跡はすぐに見つかった。
しかしそれはどう見ても人間のものではない。恐らくはあの猪のものだろう。
封印されていないという事実に舞い上がり、夜の出来事を完全に忘れていた。興奮していた頭が一気に冷静になる。
「向こうには……」
何気ない独り言だったが、自身の口から出た可愛らしい声に驚き言葉が止まる。
(……行かないでおこう)
そういえばこの姿になってから自分の意思で喋るのは初めてだ。そう思いつつ足跡のない方へ向き直し、人の痕跡を探し始めた。