ヒューマン・リレー
初投稿です。
つたない文章ですが温かく見守っていただければ幸いです。
1
『一等賞品当選! おめでとうございます!』
小さな段ボール箱と共に送られてきたハガキにはそう書かれていた。
オレはもう一度じっくり読み返す。読み間違えではない。
一体何だろう? 心当たりはない。贈り主は『ヒューマン・リレー委員会』とある。
胡散臭いことこの上なかったが、最近の消費者保護法は優秀だと聞いたことがある。まあ、大丈夫だろう。
軽い気持ちでオレは段ボール箱を開けた。
目が合った。
最初は目の錯覚だと思った。次に悪友の悪戯だと思った。その次は思いつかなかった。けれど必死で考える。逃げ道を探す。現実逃避に没頭する。それほどに“ソレ”は衝撃的だった。
“ソレ”は人の生首だった。
紛れもない本物。この血の臭いは作り物では有り得ない。この肉の質感は作り物では有り得ない。この苦悶の表情は作り物では有り得ない。本物の生首。人の死体。屍。『死』そのもの。
「おっ……うぐっ、ぐげえええええええええっ!」
たまらずその場でオレは吐いた。吐瀉物が部屋一面に撒き散らされる。
「ぐっ、う……く…………」
一人暮らしでよかった、と思う。こんな状況を人に見られるわけにはいかなかった。
オレは一人部屋の隅で震え続ける。
2
どれくらい時間が経っただろうか。もう外は真っ暗だった。
なんとか少しだけ落ち着いた。もう一度落ち着いてダンボールの中身を確認する。
首はそのままそこにあった。
再び吐きそうになるのを堪えてオレはその首を見た。知らない男だった。苦しみと恐怖に醜く歪んでいたが、その顔はオレの知る誰とも合致しなかった。
ならば一体誰? オレは思う。するとその時、段ボール箱の中に一枚の紙切れが入っているのを発見した。恐る恐る手を伸ばしてその紙切れを拾い上げる。
『警察には言うな、死にたくなければ』
と、書いてあった。
ただの紙切れ、たった十五文字の言葉。しかしそれは他のどんなものよりもオレに恐怖を与えた。数百本のナイフが自分に向けられているような感覚。内臓を舌で舐められているような気持ちの悪さ。明確な殺意を感じた。
とにかく警察に言うのは止めよう。警察が頼れるなんて限らない。簡単にすり抜けられるかも、いや犯人が警察であるのかも……。
しかし、警察に頼れなければどうすれば……。どう考えても死体が部屋の中にあるのは危険すぎる。すぐに腐って臭いを放ち始めるだろう。そうなれば終わりだ。殺人鬼だと思われても文句は言えない。
ならばどうする? 簡単だ。誰も来ないところに捨ててしまおう。それしか方法はない。
今の時間は零時十五分。今すぐ行くしかない。
3
幸いにも車を所持していたので首を運ぶのに難儀はしなかった。
やってきたのは町外れの廃工場。近所で人気のない所というとそこしかなかった。
慎重に忍び込む。無人の工場は薄汚れていて不気味だったが、恐怖は感じなかった。当然か、それ以上の恐怖を今腕に抱えているのだから。
とにかく奥へ奥へと進む。誰にも見つかるわけにはいかないのだ。入り口に近いところは不安すぎる。
十分ほど歩いただろうか、一番奥の部屋に辿り着いた。錆付いた機械や資材が乱暴に放置されている。ここならきっと大丈夫だ。部屋の一角に積み重ねられていた大量の段ボール箱の中に持ってきた段ボール箱を紛れ込ませることに成功する。これでいい。
やるべきことはやった。オレは後ろを振り返り、一気に駆け出す。一秒たりともここに留まりたくはなかった。持てる力を限界まで振り絞ってオレは走る。
「ハァッ、ハァッ…………」
逃げる。
「ハァッ、ハァッ……」
逃げる。
「…………ハァッ、ハァッ!」
逃げる。
この一日をなかったことにするために。
「………………ハァ、ハァ」
何とか工場の入り口まで戻ってくることが出来た。安堵のあまりか、腰の力が抜けた。力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
「ハハハッ、これでオレは、助かっ……」
最後までその言葉を言い切ることは出来なかった。後頭部に強い衝撃を感じた。意識が薄れ、消えうせる……。
4
「…………さて、次の走者は」
ぐったりした男を車に乗せ、呟く。
月の明かりが手に持っているものを照らし出した。
『一等賞品当選! おめでとうございます!』
生首のバトンは次に渡る。
ヒューマン・リレーはまだまだ続く。
ハガキに宛名が書きこまれた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。