表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/77

第七五話 追及

 (みやこ)へ帰った絵里咲は、朱雀門学校の七階にある流々子の部屋に来ていた。

 絵里咲が来たのはこれで四度目だ。いつもこの部屋の敷居をまたぐときには胸を踊らせていたのだが、今回は状況が違う。絵里咲の顔はいつになく曇っていた。


 流々子と再会するのは、実に一月ぶりである。()()()()()()()()()()()()()()()のだから。


「流々子さま」

「……」


 入口から呼びかけても、流々子は答えなかった。

 美しい黒髪を垂らした背をこちらに向けて、ただ掛け軸をじっと眺めている。


「流々子さま。聞こえてますよね」

「……」

「菖蒲さまがお亡くなりになりました」


 再三の呼びかけにも、返事はなかった。

 不自然なほど整った部屋に、ただ重い沈黙が流れる。


「……菖蒲さまは、流々子さまを本当の姉のように慕っていたんですよ」

「……」


 絵里咲は痺れを切らし、


「――こっちを見てください‼」


 と叫んだ。


「あの世で安らかなるよう祈るわ」

「あの世なんてありませんよ。死んだら終わりなんです」

「見てきたように言うのね」

「ええ。知ってますから」


 ここはゲームの中の世界だと、絵里咲は知っている。死んだ人間は、記憶領域から人格データが削除されるだけ。魂も無ければあの世もない。


「それは博識ね」

「……訊きたいことは一つです。それが終わったら帰ります」

「どうぞ」

「どうして葬儀に来なかったんですか?」


 数秒間の沈黙。

 菖蒲の葬儀に来なかった流々子には、正当な理由があった。絵里咲はかすかにそんな期待をしながら、答えを待った。


 だが、沈黙が数十秒になっても、流々子は質問に答えなかった。

 答えの代わりに一言、「絵里咲」と呼びかけられた。


「はい」

「昨日、英国公使館が完成したわ」

「そうですか」

「明日から業務が始まるそうよ」

「それ……今の話に関係ありますか?」

「もちろんだわ。貴女にも明日から働いてもらうのだから」

「はぁ?」

「厭かしら」

「……厭に決まってるじゃないですか」

「どうして?」

「わかってるでしょう! そんな気分じゃないからです!」


 まるで流々子を責めるような口調になった。流々子を責めるような気持ちでもあった。

 それに気付かない流々子じゃない。

 ただ、質問して真正面から答えてくれないのも流々子だ。


「絵里咲。貴女がいなければ、英国人と蘭国語で交渉することになるわ」

「そうらしいですね」

「蘭国語で話せば、擦れ違いがたくさん生まれるの」

「英国語で話したって……和国語で話したって、擦れ違いがたくさん生まれるじゃないですか」

「そうね。でも、蘭国語で生まれる擦れ違いはもっともっと大きいわ。大きな擦れ違いが積み重なれば、簡単に戦争が起こるの。――貴女の気が乗らなかったせいで椿や茶々乃、お雛が死んだとき、後悔するのは誰かしら」

「……その上等な話術であたしをけしかけるおつもりですか?」


 絵里咲の声には低い怒りが滲んでいた。それは、百姓が藩主の娘に対する態度として許されない、打首になってもおかしくないほどのものだった。絵里咲にはその覚悟があった。それほどまで、流々子が菖蒲の葬式に来なかったことを責めたかった。

 だが、流々子の態度は一貫していた。


「――それに、いまの貴女に必要なのは()()()()()()ではなくて?」

「……どうしてですか」

()()()()()()()使()()()()()()()()


 菖蒲を撃ち殺したのは拳銃。それを使う人々は――


「――ああっ。そっか」

「明日の正午に私の屋敷から駕籠が発つわ。老中以下の藩士一同、通訳の到着を待っているわね」


 ずっと掛け軸を見ていた流々子が、初めて美しい顔でこちらを振り向いた。その表情のどこにも悪意があるように見えなくて、それ以上責める気持ちにもなれなかった。

 絵里咲が部屋に入るときには、流々子と初めての口論に発展することを覚悟したが、やはり丸め込まれてしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ