第五五話 Camellia Phobia
「やはり、猛禽は無上ですわね……」
翌朝。
角鷹改め、絵里咲はすっかり愛玩されていた。悪役令嬢はかれこれ30分ほど、飽きもせず絵里咲のことを観察している。
「とくに目元の辺りが神秘的ですわ……。無上に綺麗でいて、どんな獲物も見通すなんてずるいですの。翡翠から切り出された剣みたいで……好きにならないはずがありませんわ」
椿の顔が近い。
嘴が椿の鼻に当たったが、椿は意にも介さなかった。
人間だったら友達同士でも近づかない距離に、椿の目がある。絵里咲はつい気まずくなって、目を逸らすと……
「わたくしの目を見てくださる?」
「ぴぃ……(こわい)」
もう一度、椿と目を合わせた。
最高級品のガーネットみたいに紅い瞳に入る複雑なハイライトが、本物の宝石みたいに煌めいた。
「お前は言葉が分かりますの?」
「ピピィ!(当たり前です!)」
「賢い鷹ですのね」
嘴の先が触れている鼻は、紙やすりで磨いた石膏みたいに滑らかだ。試しに磨いてみようか。
悪役令嬢だから顔も嫌いだったけど、見れば見るほど綺麗なお顔をしている。もし現代に生まれていたら、雑誌の表紙を飾っていそうなくらい。アイドルというよりは、モデルっぽい顔立ちだと思った。
「わたくしも鷹の目と呼ばれてはいますが、きっとお前の目には遠く及ばないのですわ。わたくしも神宮寺でなかったら鷹に生まれるのも悪くないと思いますの。来世は鷹がいいですわ」
「ピッピピ~(三年以内に転生できますよ~)」
――きっと来世では絶滅危惧種になってますけどね。
現代だと、角鷹の個体数は2000羽を下回っている。転生先としてあまりおすすめできない。
「――ところで、知っていて?」
「ピィ?」
「角鷹の風切羽は矢羽として最高級品ですのよ。ときに、羽根一枚が銀一貫に及ぶこともありますの」
「ピピィ~(すごいですね~)」
「とくに、お前のような若い角鷹の茶色と白の縞模様が鮮明な風切羽にはとんでもない価値がありますわ。――実際、わたくしも……矢の蒐集家として喉から手が出そうですの……」
椿の手が鷹の体ににじり寄ってきた。
「ピィ?(まさか……)」
絵里咲の体は両腕でガッチリと捕らえられた。武人である椿の腕力は野生動物と比べてもはるかに強い。腕の中から逃げ出すことができなかった。
こちらの眼を覗き込む椿の瞳を眺める椿。
風切羽をむしり取るつもりだろうか……。冷酷無比な悪役令嬢ならやりかねない。絵里咲はぎゅうっと目をつむり、翼の先端に激痛が走るのを覚悟した。
しかし、椿の行動は予想の斜め上をいった。絵里咲の頭に手を置くと、その桜色の唇を絵里咲の眉間に触れさせたのだ。
――は……?
絵里咲は言葉を失い、呆然として椿を見つめた。
悪役令嬢は口を引き結んでいた。そのつり目は、いつになく寂しそうだった。
「鷹よ。人里に居れば狩人に狙われますわ。もし言葉を解すなら、北へ向かいなさい。京にいては長生きできませんのよ」
椿は鷹の止り木を持つと、絵里咲を庭へ連れて行った。
青い空が見えると、絵里咲はまるで天敵から逃げ出すように神宮寺邸から大急ぎで飛び立った。
上空の強風に吹かれながら、脈打つ鼓動の音が早鐘のように頭の中で鳴り響いた。




