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第三九話 結婚式と酒

(※前回の続き)

 誓いの言葉が終わっても、新郎と新婦の喉は光ったままだった。

 新郎と新婦は、顔を近づけた。


――キス? キス?


 絵里咲は美男美女同士の興味がないわけではないので、若干身を乗り出して二人の口付けを見ようとした。

 そろそろ二人の唇が触れそうになる。とんでもない美丈夫と勝ち気な女性のキスは、映画のワンシーンのように美しいものになる――――はずだった…………


 二人はキスすることなく、顔同士がすり抜けるように交差した。

 そして、お互いの喉をこすり付け合っている。


「……あの、菖蒲さま。あの二人はなにをしているんですか?」

「なにって、あれこそ結名(ゆいみょう)の儀ですよ! ああやって氏神(うじがみ)が宿る首を触れ合わせることで、両家の運命を絡め合わせるんです」


――首を絡めるって……キリンの愛情表現かしら……


 白く光っている二人の喉がこすれ合うと、喉元の光がまばゆい金色に変化した。

 なにかしらの反応が起こっているのは明らかだ。


「キリンの愛じょ……結名の儀って楽しいんですか?」

「もちろんですよ! 好きな人と結名の儀をするのは和国にいる全ての武人の憧れなんです!」

「そうなんですね。椿さまがあれをやっている姿は想像できませんけど」

「姉上は絵里咲お姉さまと結名の儀をするんですよ?」

「しませんからね?」


 結名の儀が終わると、神官が朱色の(さかずき)を持ってきて、新婦である天白紫苑に差し出した。


「新婦よ。(さかずき)をとりなさい」


 天白(てんぱく)紫苑が(さかずき)を取ると、巫女が酒を注いだ。紫苑は二度盃をあおったあと、三度目で飲み干す。

 紫苑は飲み干した盃を新郎である末本輪斉(りんさい)に渡すと、巫女がふたたび酒を注いだ。

 この儀式は三三九度(さんさんくど)によく似ている。だが、現代とは新郎と新婦が逆だ。絵里咲は不思議に思った。


「男性と女性が逆じゃないですか?」


 そう訊ねると、菖蒲はすぐに答えてくれた。


「これで合ってますよ。天白家のほうが家格が高いので、先に飲むのも紫苑殿なんです!」

「なるほど~」


 現代とは違い、三三九度の順番は性別ではなく家柄で決まるということだ。

 だとしたら、家柄というものが存在しない(表面上は)現代では、この儀式をどうやって行うのだろうか。謎は深まるばかりである。


 新婦が三度目に注がれた酒を飲み干すと、神官が前に出てきて叫んだ。


「――これにて、天白家と末本家は結ばれた。そなたら二人は永遠の(ちぎり)を結び、そなたらと(かまど)を分ける者たちは太陽が燃え尽きる日まで互いを一族となる」


 仰々(ぎょうぎょう)しい神官の言葉にドッと拍手が湧いた。一瞬戸惑った絵里咲が遅れて拍手し始めると、会場の拍手は静まっていて、絵里咲の拍手が目立った。



●○● ○●○ ●○●



「まだお猪口(ちょこ)に口を付けてもいませんのね」

「お酒は飲みませんから」

「一口くらい飲みなさいな」

「い~や~で~す! 押し付けないで!」


 野点傘(のだてがさ)の下。

 椿は酒の入ったお猪口(ちょこ)を絵里咲の唇に押し付けていた。絵里咲は椿の腕を掴んで、必死に(あらが)った。

 野点傘(のだてがさ)というのは、野外でくつろぐときに太陽を遮る朱色の和傘のことである。和風庭園に行ったとき、長椅子の上に大きな和傘が開いているのを見たことがある人も多いだろう。


「酒の1升や2升くらい豪快に空けてみせなさいな。武人の妻でしょう?」

「違いますよ?」


 お酒は21歳になってから。

 この世界では子どもがアルコールを飲んでも警察に捕まることはない。だが、絵里咲はルールを破れない子なので、21歳までアルコールを口にする気はないのだった。


「ほら。酒に口を付けないならわたくしが口付けしますわよ」

「意味がわかりません」

「つべこべ言わず飲みなさいな」

「や~だ~~」


 椿は頬を朱に染めて微酔(ほろよ)いのご様子。

 片手で絵里咲の両腕を抑えつけると、絵里咲の口に酒を注ぎ込もうとした。


 椿としてはほんのじゃれ合いのつもりなのだろうが、弓の達人なだけあってその腕力はとてつもない。まるで手錠をはめられているみたいだった。


 絵里咲が拘束されている腕をほどこうともがいても、びくともしなかった。鼻に椿の赤い髪の毛が顔にかかった。酒のにおいに紛れて、甘い花の香りが鼻をくすぐった。


――意外といい匂いがする……。ずるい……


 椿の髪の毛が鼻をくすぐるたび、意思に反して心拍数が上がるのを感じた。


――これ以上長く密着されたらやばいかも……


 危険を察知した絵里咲は、別に痛くなかったが


「――痛い痛い痛い!」


 と叫んだ。


 叫び声を聞いて、椿は両腕にかける力を少し緩めた。――絵里咲はその隙を見逃さなかった。腕を思い切り引くと、ワニのように思い切り身体をひねり、地面を転がった。

 頭脳と力を使って、どうにかアルハラ令嬢の腕から滑り抜けることができた。


 絵里咲はすぐに立ち上がって椿を見下ろすと、わざとしかめっ面を作って言った。


「どうして無理やりお酒を飲ませようとするんですか!」

「せっかくのめでたい式ですのよ? 楽しまないと損ですわ」

「お酒を飲めば楽しいっていう前提が間違ってるんです! 次、あたしにお酒を押し付けたら本当に怒りますからね」

「付き合いが悪いんですのね。親切のつもりでしたのに」


 絵里咲が冷たく注意すると、微酔(ほろよ)い椿はきまりが悪そうに唇をとがらせた。

 主人公(ヒロイン)を嫌いになれば理不尽に殺し、好きになればアルハラをする悪役令嬢――厄介が過ぎる。


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