第三六話 お土産
「ところで絵里咲。貴女に那古野からお土産を持ってきましたの」
「ホントですか⁉」
「ホントですわ」
「やったーー! 見たいです!」
「お待ちなさいな」
椿は着物の襟に手を差し込むと、そこから巨大な風呂敷が出現した。その大きさはまるでサンタクロースが背負っている袋みたいだった。
おそらく空間操作術の一種だろう。襟の中に巨大なものを収納する呪術を使えるのかもしれない。
椿は片手に持ったサンタクロース袋を、ヒョイと絵里咲に手渡した。
「うわぁぁっっ‼ ――重い重い重いっ‼」
絵里咲は潰されそうになった。
「仕方ありませんわね」
椿がやれやれと言わんばかりに助けてくれた。
自分で問題を起こして自分で解決する。典型的なマッチポンプである。
「ちょっと! 重いものを渡すときにはあたしの筋力を考えてください‼」
「鍛えてないのが悪いんですのよ」
「こんなの誰にも持てませんよ!」
「ぎゃーぎゃーうるさいですわね。わたくしが支えてあげますわよ。いいから早く中身を見なさいな」
「なんで恩着せがましいんですか!」
絵里咲は風呂敷を開いて中を見た。
その中にはさまざまな品物が入っていた。
つげ櫛。外郎。那古野扇子。といった特産品の数々が数種類ずつ入っていた。お土産と呼ぶには多すぎる量だ。
まるで、那古野名物をまとめたカタログをそのまま現物に実体化したような品々だった。
「これ全部、那古野名物ですよね?」
「ご名答ですわ。絵里咲には那古野の特産や工芸をよく知っていただきたくて持ってきましたのよ」
「ありがとうございます! いい機会だし、あたしも那古野について詳しく勉強してみようかな」
「身を入れて励みなさいな。――将来、わたくしと共に治める国なのですから」
「いや治めませんよ?」
「あはは。絵里咲お姉さまは照れ屋さんなんですね~」
水を差してきたのは菖蒲。彼女は先ほど初めて会った椿の妹だ。
「照れてません!」
「絵里咲はいつもこうやって照れますのよ」
「こ・れ・が・す・な・お――なんです‼」
「今日は照れ過ぎですわね」
「はぁ……はぁ……。もうこれ以上ツッコまなくていいですかね」
「ようやくわたくしに黙って付いてくる気になりましたのね」
「なってません!」
ゼェハァと肩で息をした。喋っていただけなのに、どっと疲れてしまった。
筋肉を鍛え足りないのだろうか。椿のように強くなれば疲れないようになるのだろうか。
違う気もした。
「ところで、あたしも椿さまにお土産を持ってきたんです」
「お土産? 絵里咲もどこかに行きましたの?」
「はい。兵庫津に行ってきました!」
絵里咲は袖の裏から小さな巾着袋を取り出すと、椿に手渡した。
椿は袋を閉じる紐を引っ張った。中には貝殻が入っている。絵里咲が兵庫津の海岸で拾った紫色の宝貝である。
「なんですの? これは……貝?」
「宝貝の首飾りです!」
「宝貝? 宝貝って……とても貴重といいますわね。百姓の貴女にとってはとんでもない負担ではなくて?」
「えへへ~」
拾ったものだから何の価値もないのだが。
絵里咲はわざとらしく笑うことで有耶無耶にした。
「こんな貴重なもの、貰ってよろしいの?」
「もちろんです! お土産ですから」
「わたくし、紫色の宝貝なんて聞いたことありませんわ」
「でしょう? とっても珍しくて、なかなか見つからないんですよ~」
――海岸ではね
「本当に嬉しい……。わざわざ選んでくれましたのね……」
「はい。必死に探しました!」
「この首飾りはずっと長いあいだ……わたくしの最後の日まで大切にしますわ」
――最後の日は三年以内なのよね……
「あたしこそ、そう言っていただけて光栄です♪」
頬を紅潮させた椿は、さっそく首飾りの紐を首にかけた。
なんの価値もない貝殻をつぶさに観察して、「左右の均整がとれていますわ」とか「この側面の曲線が見どころですのね」などとつぶやいている。じっと眺めているうちに愛着が湧いてきたのか、宝貝を持つ手を握りしめると、愛おしそうに胸元に押し当てていた。海岸で拾ったものだとは知らずに。
そんな悪役令嬢の反応を見ているうちに、絵里咲は笑いが堪えきれなくなってしまった。頑張って噛み殺したが、どうしても可笑しさが漏れてくる。
流々子は「椿には金剛石と氷の区別もつかない」ほど美術鑑賞が苦手だと言っていたが、本当だった。ゲーム中ではさんざん主人公を殺そうとする悪役令嬢にこんな弱点があったなんて思いもよらなかった。
菖蒲も絵里咲の目論見に気付いたようで、同じくクスクスと笑っていた。「姉上……かわいすぎます」と呟いている。彼女は椿と違い、宝貝の価値がわかるくらいの美術鑑賞スキルはあるのだう。
絵里咲と菖蒲は目を合わせて、示し合わせたように笑った。感情を共有できて、菖蒲と仲良くなれたような気がした。
椿とはうまくやれないが、菖蒲とは気が合うかもしれないと思った。
だが――
「――二人とも。何を笑っていますの?」
突如響いた冷たい声に、絵里咲と菖蒲の顔は凍りついた。
――まずい……。宝貝が安物だってバレたかしら……
椿の勘は非常に鋭い。貝殻に付いた細かいキズや、中に詰まっている砂に気づけば、すぐに安物だと見抜くだろう。
ちょっとした出来心のいたずらだったが、椿を怒らせたら大変なことになる。
緊張で息を呑んだ。
「あたしは、ただ……椿さまが喜んでくれたのが嬉しかったのです」
「私も! 姉上と絵里咲お姉さまが仲良くしているのが幸せそうだなーって思いまして!」
椿は、鋭い眼光でじっと絵里咲の目を見た。
場に緊張が走った。一瞬の沈黙が、まるで永遠のように感じた。
椿は口を開いた。
「絵里咲……」
「はい」
「わたくし……今が人生でいちばん幸せですわ」
絵里咲は完全に騙されてしまっている椿を見て少しばかりの罪悪感を覚えたが、予想以上の反応を見せる悪役令嬢に可笑しさを堪えられなかった。
菖蒲は悶えながらうめき声を上げていた。きっと、大好きな姉上のポンコツなところを見たせいで尊さが抑えきれなくなったのだろう。
その場で椿だけが状況を理解できず、目を白黒させていた。




