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第三五話 菖蒲(あやめ)さま

「そこな百姓」

「あら、椿さまじゃないですか。おひさしぶりです。ご実家に帰られたのでは?」

「たった今戻ってきましたわ」


 絵里咲は兵庫津から帰還し、朱雀門呪術学校に戻ってきていた。

 授業が終わって廊下を歩いていた絵里咲の前に、不遜な笑みの悪役令嬢が現れた。久しぶりの登場である。自信と性格の悪さを表すように口角がつり上がっているのはいつもどおりだった。


 そんな椿は、見知らぬ女の子と手を繋いでいた。

 女の子は小柄で、黒い髪を後ろに結んでいる。小さい鼻と薄い唇は典型的な和風美少女といった風格だ。おっとりとした印象のある垂れ目はキラキラ輝いていた。

 愛嬌があってかわいらしい顔立ちをしていると思った。


 絵里咲は勝手に二人の関係を推測した。椿は美しい彼女の色香に惑わされて、彼女を強引に連れ出した。黒髪の彼女は乱暴な貴人に逆らうことができず、仕方無く椿のデートを受け入れた――とか、そんなところだろう。


 可愛らしい女の子には気の毒だが、しつこい悪役令嬢の気を引いてくれるのはありがたい。

 絵里咲は「ようやく自分に興味が向かなくなったわね」、と安心した。


「ところで椿さま。そちらの女の子は彼女さまですか?」

「あらあら。嫉妬ですの?」

「いえ。質問です」

「――アヤメ。自己紹介なさいな」


 アヤメと言われた少女は、一歩前に歩み出て頭を下げた。


「はじめまして。那古野(なごの)から参りました。呪術師(しゅじゅつし)菖蒲(あやめ)です。以後お見知りおきください!」


 菖蒲(あやめ)は喋るときに一言一言をはっきりと発音するから、とても聞き取りやすかった。その声質は鈴の音のように高く澄んでいる。生まれる時代が違えばアナウンサーか声優になれるんじゃないかと思った。


「こちらこそはじめまして! ――ところで、お二人はどういう関係なんですか?」


 椿は、意味ありげに菖蒲を一瞥(いちべつ)した。その仕草はまるで秘密を共有する恋人同士のようだった。


――やっぱり、恋人なのかしら。


 せいせいするような、ちょっと残念なような、複雑な気持ちで二人の返答を待った。

 口を開いたのは椿だった。


「お教えしますわ。――菖蒲は……わたくしの妹ですの」

「妹……? ――――――えええええええええ⁉」


 一瞬、理解が追いつかなかった。

 絵里咲は目をこすって二人の顔を見比べた。全然似ていない。二人が姉妹だとはとても信じられなかった。


 まず、椿の髪は燃え盛るような朱色。常に口元をきつく引き結んでいるせいで表情に威圧感がある。まるで獅子(ライオン)のような眼力は、ひと睨みで子どもを泣かすことができるほど鋭い。整っているが、絵里咲が苦手なタイプの顔だ。

 対して、菖蒲は黒髪の和風美人。リスのようにつぶらな垂れ目で、優しい微笑みからは相手を包み込むような愛を感じた。余計な情報だが、菖蒲みたいな顔立ちは絵里咲が大好きなタイプだったりする。

 その背丈もリンゴ一個分ほど違った。


 何度も見比べたが、二人は体格から顔立ち、雰囲気までぜんぜん違う。ビー玉と冥王星くらい似ていなかった。本当に姉妹なのだろうかと疑わずにはいられないほど。


「驚きすぎですわ」

「驚きますよ! 椿さまに妹がいるなんて聞いてないし、それにお二人は…………」

「言いたいことはわかりますのよ。わたくしたちは似ていませんのよね」

「あはは。よく言われるんです~」


 菖蒲がニッコリと微笑みかけた。絵里咲は不覚にもときめいてしまった。

 菖蒲の和風美人な顔のつくりは、絵里咲の好きなタイプにどストライクなのだ。ちょっと微笑まれるだけで、ピストルで撃たれるような威力があった(絵里咲はピストルが苦手)。


 絵里咲は驚きとときめきで一瞬硬直(フリーズ)したが、すぐに頬を両手でペチペチと打って邪念を振り払った。

 椿の妹ということは、菖蒲はやんごとない貴人だ。百姓である絵里咲が礼を失するわけにはいかない。


「あ……挨拶が遅れました。あたしは古詠絵里咲と申します! 椿さまとは顔見知りというか――」

「――聞きおよんでいます! 絵里咲お姉さまは姉上の許嫁(いいなずけ)なんですよね!」

「違いますよ⁉」


 どうやら妹君は、絵里咲と椿との関係を盛大に勘違いしているようだ。

 誰が間違った情報を吹き込んだのかは血を見るより明らかだった。絵里咲は敵意を込めて犯人を睨みつけた。犯人はそっぽを向いた。


「絵里咲お姉さまのお話は姉上からうかがっております! 未来の武人らしく、たいへん大胆な方だとか」

「……大胆? あたしがですか?」


 絵里咲はどちらかといえば慎重な方だと自認していた。いつ自分が大胆に振る舞っただろうか。記憶を堀り返してみても、てんで思い至らない。

 菖蒲はにっこり微笑んで、続けた。


「絵里咲お姉さまは夜中、姉上が寝ている部屋に突撃なさったんですよね!」(※第十二話参照)

「それは語弊(ごへい)があります‼ 突撃なんかしてません‼」絵里咲は菖蒲に反論したあと、鬼の形相で椿に食ってかかった。「ちょっと椿さま! 妹君にどんな嘘を吹き込んでるんですか‼」

「真実ですわ」

「椿さまが呼んだんでしょ!」

「来たのは絵里咲ですもの」

「それを突撃って伝えるのは間違ってます! 絶対に間違ってますから!」

「うるさいですわね。(しつけ)のなってない犬みたいですわ」

(しつけ)のなってない犬に求婚したのはどこのどなたですか!」

「結婚してから(しつ)けましてよ」

「結婚しません‼」


 ゼェハァと息を切らしながら椿を非難した。にも関わらず、悪役令嬢には反省の色ひとつ見えない。

 大きくため息を吐いた絵里咲の頭を、菖蒲は優しく撫でてくれた。


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