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第三四話 休息

 絵里咲たちは駕籠(かご)に乗り込んで、温泉街へ向かった。


 温泉街に着くと、流々子のお腹がぐぅ~っと鳴った。温泉も楽しみだったが、まずは腹ごしらえをすることに決めた。


 二人は、料亭の暖簾(のれん)(くぐ)った。


 席について、流々子が注文したのは真魚鰹(まながつお)幽庵(ゆうあん)焼きだった。絵里咲は呆れた。


「流々子さまって、真魚鰹ばっかり食べて飽きないんですか?」

「絵里咲こそ、真魚鰹以外の魚ばかり食べると栄養が(かたよ)るわよ」

「いや、ワケわかんないです」


 絵里咲は、無難にホッケの煮付けを頼んだ。


「ところで、さっきの武人は通商条約通商条約って怒ってましたけど、なんであんなに怒ってたんですか?」

「理由は二つあるわ。まず、通商条約が結ばれると外国人が和国に住めるのよ。外国人居留地ができて、そこに外国からやってきた商人が住めるようになる」

「それくらい別にいいじゃないですかー」

「それくらい別にいいわ。でも、快く思わない人もいるの」


 現実側の歴史に目を向けると、江戸幕府は不平等条約が不平等であることに気づいていなかったという。幕府の重役たちは関税自主権という概念すら理解していなかった。世界を知らなすぎたのだ。

 不平等条約を結んで20年以上のあいだ、自分たちが損をしていることにも気付いていなかった。

 不平等条約が問題になったのは明治時代になってから。外国の知識や情報が流れ込んでくることで、ようやく自分たちが領事裁判権や関税自主権、片務的最恵国待遇といった権利を保有していないことが問題になった。


「あともう一つの問題は、領事裁判権ね」

「ああー。聞いたことあります。英国人が和国で罪を犯しても和国の法律で裁けないっていうやつですよね」

「そんな感じかしら」


 不平等条約の中でも、『肇国(ちょうこく)桜吹雪』の世界で特に問題になっているのは領事裁判権のようだ。

 和国の人民からすると理不尽に見える領事裁判権が決められた背景には、英国にとって仕方ない事情がある。

 英国では近代的な法が整備されており、和国の法律よりいくらか公平だ。それに対して、和国の法律は近代法と似ても似つかない。たとえば、窃盗罪は金額によっては死刑、見せしめとして行われた残虐な市中引き回し刑。そして何より、すでに西洋でも話題になっていた切腹(ハラキリ)――これらの過激(かげき)な刑法が英国人の目には野蛮に映っただろう。領事裁判権には、英国人を理不尽な刑罰から守りたいという経緯があった。


 英国側の言い分には大いに頷けるところがある。自国民が和国の法律で理不尽に首を切られたりしたらたまったものではないのだ。だから、領事裁判権を条約に含めるのは英国民を守るために必須なのである。

 対して、条約反対派の和人の言い分にも一理ある。「自分たちの土地で起きた犯罪は自分たちの方で裁く」のは国として当然の権利だ。領事裁判権を締結すると、外国人を和国の法で裁けなくなる。たとえば、もし外国人が和人を殺したとしても、彼らを処刑することができないのだ。だから、和人にとっては許しがたい理不尽がまかり通っているように見えて当然だ。


 どっちが良いとも悪いとも言いがたい。

 要は、お互いに相手の法を信用していないから、すれ違いが起きているのだ。


「難しい問題ですね……。深く考えたことなかった」

「ほとんどの人が同じだと思うわよ」

「流々子さまはどう思ってるんですか? 通商条約について」

「私は過激派よ。魚料理の――エイッ!」

「あっ‼ あたしの煮付けを横取りしないでくださいよ‼ 野良猫じゃないんだから‼」

「野良猫じゃないわ。次期藩主よ」

「野良猫ですっ‼」


 二人には、()()あまり関係のない話である。

 絵里咲と同様、流々子も難しい政治のことは考えていないようだ。



     ○●○ ●○● ○●○



 二人は温泉旅館に宿泊した。現代では有馬温泉と呼ばれるあたりだ。

 温泉旅館は山の上にあるから、夜の兵庫津の町並みを見下ろすことができた。暗い街のところどころに行灯(あんどん)がうっすら輝いて幻想的だった。魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)してもおかしくないと思えた。

 ちなみに、このあたりではちょうど第二次聖杯○争が起きているはずだ。いま頃、どこかでサーヴァント同士が激しく戦っているかもしれない。

 派手な聖杯○争も、この町の闇夜に紛れては見つかることはないだろう。



     ○●○ ●○● ○●○



 絵里咲たちは兵庫津の旅館で数日のあいだ身体を休めた。

 4日も連続で温泉に入ると、絵里咲の背筋の筋肉痛はすっかり癒えていた。


 二人は変体術でそれぞれ角鷹(くまたか)(はやぶさ)に変じると、(みやこ)がある北東の空へ羽ばたいた。


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