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第三話 盗賊団侵入イベント

 (みやこ)の散策を終えた絵里咲は、くたびれた足でトボトボと帰路についた。


「はぁ……ちゅかれたぁ……」


 絵里咲は二人に惚れられたあと、何度か主人公の力がどれくらい強力なのかを検証してみた。道端で行きずった人に話しかけ、「好き」と言って反応を試してみたのである。普段だったら間違いなく変質者扱いされ、最悪の場合には奉行(ぶぎょう)(現代でいう警察)に捕まる可能性もあるのだが、ついやってしまった。


 その結果――好きと言われた人は例外なく絵里咲と恋に落ちた。まるで何年も前から好きだったように愛を囁かれた。ある一人の少女からは熱烈なデートのお誘いを受け、断ると道の真ん中で泣き叫ばれた。ひどい罪悪感を覚えた。


 絵里咲は転生で授かった不思議な能力に〈主人公魅了(チャーム)〉という名前をつけることにした。能力というか、呪いというか。


――この能力……濫用(らんよう)したら後ろから刺されかねないわよね……


 せいぜい気をつけようと思う次第だった。


 そもそも、絵里咲はそういった能力を必要としないタイプの人間である。どちらかというと恋愛に淡白な性格なのだ。好きで好きで仕方がないと思ったのは一度だけ。それも相手は“三次元ではない”。


 ピストルで撃たれて死ぬ前の絵里咲は、普通の高校に通う普通の16歳だった。

 彼女を一言で表す単語は“委員長”である。律儀な性格で他人によく頼られるが、そのせいで割りを喰いがちなタイプである。


 身長は平均より少し高く、つねに背筋をしっかりと伸ばした模範的な姿勢。茶色い前髪は右に流しており、綺麗な白いおでこを出している。その下のくりっとした目から覗く瞳は、いつも(はしばみ)色に輝いている(今は疲れて濁っている)。


 そんな彼女のコンプレックスは眉毛だ。よくトラブルに巻き込まれるせいか、絵里咲の眉毛はゆるやかな「ハ」の字になっている。いわゆる「困り眉」だ。その困り眉は、さきほど五人に惚れられたせいでさらに曲がってしまっていた。


 疲れているから、どこかで腰を落ち着けたいと思った。


「そろそろ寮の準備は終わっているかしらね」


 絵里咲は乙女ゲーム『肇国桜吹雪』一年目の舞台である朱雀門呪術学校に戻った。




「あらためて見るとおっきいわねぇ」


 木目の壁にあざやかな朱色の屋根がよくマッチしている朱雀門呪術学校は、七階建て、高さ13丈(約40メートル)ほどと、花園(はなぞの)時代にしてはきわめて大きい。街全体でも(みやこ)のシンボルである花園城(はなぞのじょう)に次ぐ存在感がある。


 朱雀門呪術学校は黒船が来航後、他国と競争できる世界情勢に巻き込まれる和国を引っ張っていく人材を育てるために建てられた。ガラス製の窓や、吹き抜け構造(一階から上の階までをくり抜いて、開放感のあるホールを作ること)といった最新式の建築技術が取り入れられた校舎が完成したのは、つい二年前のことだという。


 門を潜ると、大広間に出た。朱色の絨毯が鮮やかった。

 大広間は四階まで吹き抜け構造になっており、四階の廊下を歩いている人の姿もちらほら確認できる。


 受付の海堂さんに挨拶すると、ニコッと微笑みかけてくれた。チュートリアルは終わったので、彼女の笑顔はもうNPC(にせもの)ではない。


「おかえりなさい、()()()さん。部屋の準備が整いましたよ」

()()()ですけどありがとうございます!」


 朱雀門呪術学校の隣には、気前が良いことに学生寮がある。絵里咲のような百姓は、そこで寝泊まりするのだ。

 ちなみに、将軍や藩主の子といった貴人(きじん)の学生は校舎の最上階にある豪華な部屋で寝るという。7階の部屋は、花街を見下ろす夜景が綺麗なのだそうだ。歴史モノのくせにタワマン育ちとは羨ましいかぎりである。


「それではさっそく案内させていただきますね」


 海堂さんが歩きだすと、図ったようなタイミングで――


「キャァァァァァ~~~~!」


 という悲鳴が大広間に轟いた。

 声がしたのは絵里咲たちがいる入口とは反対側の壁際。そこには女性が一人血まみれで倒れている。刀で切られたようだ。


「へっへっへっへ」


 犯人は明らかで、推理するまでもなかった。

 頭に緑の頭巾を被った中年の男たち四名が逃げていたのだ。そいつらは、まるで小学生が描いた泥棒像のように背中に大風呂敷をおぶっていた。


――絵に描いたような泥棒ね……


「盗賊団だ‼」

「奉行を呼べ‼」


 盗賊たち四名は逃げるために入口へ猛ダッシュしてきた。絵里咲のいる方向である。


――そうだ忘れてたぁ~~~! 散策から帰ってきたら主人公(ヒロイン)が盗賊に襲われるイベントが発生するんだった!


 大変まずいことになった。

 ここで操作を間違えると、さっそくゲームオーバーである。


――どうしよう。武器も持ってないのに戦えないわよ!


 戦う方法を覚えたあとであれば、盗賊を追い返す程度わけもないのだが、強い武器を手に入れるまでには二ヶ月くらいかかる。それまでは、主人公が襲われるイベントが発生した場合には「逃げる」か「助けてもらう」以外の選択肢がない。


 泥棒五人組は脇目も振らず、絵里咲がいる入口の方へ向かってきている。もう目と鼻の先だ。

 ゲームの主人公(ヒロイン)は大きく息を吸い、大広間じゅうに響く声で叫んだ。


「――――ヒィィィ! こっち来ないでぇぇ‼」

「おい嬢ちゃん。てめえも貴人の子だろ? 金はいくらあるんだ?」


 逃げがけに盗もうという腹づもりであろう。


「あたしは百姓よ! お金なんか一文も持ってないから‼」


――全部食べ物に変えちゃったもん‼


「力づくで奪っちまってもいいんだがなぁ」

「命が惜しいだろ? もっと頭を使えよ嬢ちゃん」

「嘘ついたらあそこで斬られた女みてぇになるぞ?」

「嘘ついてないもん‼ 金欠だもん‼」

「ああそうかい――あばよ、お嬢ちゃん」

「ヒィィィ~~~‼」


 盗賊の男一人が刀を振り上げた。白刃が絵里咲に振り下ろされるその瞬間。

 丸太のごとく太い腕に握られた刀が、絵里咲と刃のあいだに滑り込んだ。


「ふんっ。危なかったな」


 低い声が響く。

 絶体絶命のピンチを救われてしまった。


――もしかして……攻略対象の一人だったり……


 絵里咲はどきどきしながら振り返った。


「あなたは…………誰?」


 顔を見ると――知らない中年男性だった。


――いや、ホントに誰?


「ふっ。俺は月成殿の護衛役さ」

「月成さまの……?」


 そのとき、背後から肩を掴まれた。


「怪我はないか、女?」


 振り向くと、黒髪短髪の若い男が居た。しっかりと鼻筋が通った色男だ。


「だ……大丈夫です」

「俺が来たからにはもう怖くない。そなたは俺の後ろに隠れていろ。そのあいだに片付けるさ」


 彼は、石上(いそのかみ)月成(つきなり)

 花園幕府の将軍〈石上虎金(とらかね)〉の息子であり、次期将軍への就任が確定している。『肇国(ちょうこく)桜吹雪』がアニメ化されたときには、月成ルートが採用されたように、このゲームで圧倒的に一番人気の攻略キャラである。

 ただ、彼にまったく興味がない絵里咲はあまりよく知らない。


「あ……ありがとうございます」

「盗賊共! 次期将軍である俺がそなたらを斬り殺す!」


 月成が派手な金属音を立てて鞘から刀を抜くと、盗賊たちは怖がって後ずさった。


――あれ。月成さまって戦えたっけ?


 ゲーム中で、月成が誰かと斬り結んでいるところを見たことがないのは気がかりであったが――大見得を切ったのだから大活躍するのだろう。




 

 月成の家来たちが勇猛果敢に戦った。

 次期将軍の"護衛たち"はさすがに腕が立ち、盗賊たちを子ども扱いする剣裁きを見せた。かっこよかった。

 一方、「俺の後ろに隠れていろ」と大見得(おおみえ)を切っていた月成は、けっきょく一度も剣を振らず、家来たちの後ろに隠れてでじっと戦いを眺めているだけだった。

 実際に戦ったのは護衛たちなのだが、明日になれば「次期将軍が自ら盗賊退治!」というニュースが京じゅうを駆け巡るのだろう。そう思うと、命を張って戦っていた護衛たちが気の毒になった。


 月成の家来たちは二名の短刀を弾き飛ばし、地面にのしてしまった。


 残る二人の盗賊たちは、形勢が悪いと踏んで悲鳴を上げながら逃走した。

 このまま校内に逃がしては、他の学生たちに危害がおよぶかもしれない。

 しかし、月成の家来たちは逃げた泥棒を追わなかった。彼らの任務は、次期将軍の命を守ることだけなのであろう。


 ふと、吹き抜けになっている上階の廊下を見ると、三階の廊下を歩いているお婆さんが見えた。のんきに散歩していて、下の騒ぎに気付いている様子はない。このまま盗賊たちが上に向かったら、彼女を襲ってしまうかもしれない。


――まずい。あのお婆さんに警告しないと! 盗賊が向かってるって!


 月成とその家来たちが盗賊の拘束に夢中になっている隙を見て、絵里咲は上階へ走った。


「ははは、俺が通りかかって運がよかったな、女。――ん? どこにいった?」


 月成が振り返ってそう言ったとき、絵里咲はすでに階段を二段飛ばしで駆け上がっていた。





「盗賊が来ます‼ 刀を持っています! 気をつけてください!」


 三階に着くなり、絵里咲は全力で叫んだ。

 まだ授業は開始していないから、三階にいるのは年老いた女性の一人だけ。警告が届いていないのか、スローモーションかと思うくらいのんびり歩いていた。


「そこのお婆さん! 危ないですよ‼ 逃げて‼」


 だが、お婆さんはちっとも焦らない。声はじゅうぶん聞こえる距離のはずなのだが。難聴なのかもしれない。補聴器がない時代だから仕方ない。

 さらに、無人の教室の扉が開き――


「にゃあ」


 ネコ科の天使まで顔を出した。小柄な三毛猫だった。絵里咲の大好物である。


「ああ、猫ちゃんまでいる! 猫ちゃん‼ あんたも逃げなさい!」

「にゃ~」


 しかし、猫は危機感がなさそうに後ろ足で首を掻いた。気持ちよさそうだった。


「にゃ~じゃなくてね、命の危機なの!」

「にゃ~」

「にゃ~じゃないの! ここは危ないのよ!!!」


 絵里咲は叫ぶのに夢中になっていたせいで、背後から人が近づいているのに気付かなかった。


「――危ないのは……おめぇだよ‼」

「うぎゃぁぁぁっっ!」


 振り返ると、目の前には銀色に光る刃があった。後ろから回り込んできた盗賊の一人が切りかかってきていたのだ!

 絵里咲は天敵から逃げる伊勢エビのように大きく跳び退(ずさ)ることで、なんとか避けた。


「痛っったぁ……」


 着地がうまくいかず、腰を強打してしまった。激痛で、うまく起き上がれなかった。

 起き上がろうとすると、背中にプニッとした柔らかいものを踏んでいる感触があった。


「にゃあぁぁ~~」


 見ると、背中の下に先ほどの猫が押し潰されてた。絵里咲が後ろに跳んだ勢いで、猫を踏んでしまったらしい。

 かわいそうに、痛そうに鳴き声を上げている。

 絵里咲は慌てて猫を抱き上げた。


「ああっ、ごめんね! 大丈夫猫ちゃん⁉」

「にゃ~」

「猫ちゃんの心配ばかりしてねえで、てめえの心配したらどうだ?」

「た、確かに……」


 泥棒に納得させられる主人公。勧善懲悪モノは難しそうだ。


「おい嬢ちゃん。さっきはよくも金を出さなかったな。命が惜しくねえのか?」

「命は惜しいわ! でもお金がないのよ。世知辛いの」


 (みやこ)散策で食べすぎたことを反省するばかりだった。盗賊相手に命乞いをするお金も無ければ、お腹がたぷたぷで動けない。

 完全に八方塞がり。詰みだった。


「ならてめえに用はねえ。とっとと死ねぇ‼」

「ヒィィィ~~! まだゲームオーバーはイヤなのにぃ!」


 男がふたたび刀を振りかぶって、絵里咲に振り下ろそうとしていた。

 ここで死んだら、本日二度目の死亡である。生物は一生で一回しか死を体験しないはずなのに、絵里咲は一日で二回死ぬことになる。超ハードスケジュールの輪廻。ブラック輪廻だ。


 きらりと光る白刃が腹を叩き切るのを予期して、目を細めた。

 しかし。

 気合とともに勢いよく振り下ろされた刀は――硬い岩にぶつかったような甲高い金属音とともに弾かれた。摩擦で激しい火花が散り、焦げた臭いが鼻腔をなでた。


「なに?」

「なにィ⁉」


 顔を上げると、驚きの光景が広がっていた――絵里咲と盗賊のあいだに、巨大な水晶が生えていたのだ。


「「えええ~~~~~⁉」」


 絵里咲と盗賊の叫び声がハモった。二人は気が合いそうだった。


 呆然とする泥棒の足元から、さらにニョキニョキと細い水晶が生えてきた。壁や天上からも水晶の結晶が成長し、まるで(つた)のようにうねりながら、彼の四肢を雁字搦(がんじがら)めにしてしまった。


「うわわわわ! なんなんだ!」


 それを可能にする現象を絵里咲は知っていた。この世界におけるファンタジー要素――〈呪術(しゅじゅつ)〉である。

 『肇国(ちょうこく)桜吹雪』の世界では科学の代わりに呪術が進化している。物体を操ったり、傷を癒やしたり、武器に使われたりするのだ。


 泥棒男の足元から、男を拘束した水晶はさらに太く成長し、動きを完璧に封じた。


「イタタタタッ! なんなんだよ! この奇っ怪な術は!」

「――ここは呪術学校。その“奇っ怪な術”を学ぶ場所よ」


 絵里咲の腕の中から、落ち着いたソプラノが響いた。

 その声の主は、絵里咲が抱いていた猫である。――いや、猫“だった”。


「え?」


 絵里咲の腕の中にいた猫は、いつのまにか人間の姿に変わっていた。絵里咲の体に人間の体重がかかって、先ほどとは逆に押し潰されそうになった。


――猫ちゃんは、どこぞの呪術師が変身していた姿ってこと……?


 絵里咲の顔にかかる後頭部の髪から、栴檀(せんだん)の甘い香りがした。


「なんだよおめえ……‼」

「ただの学生よ」


 慌てて身体にまわしていた腕を解くと、女性は悠々と立ち上がった。


 いままで絶体絶命のピンチだったにも関わらず朗らかな笑みを浮かべている、くしゃっと柔らかいウェーブの黒髪を右肩から垂らした女性。

 歳は絵里咲と変わらないだろうが、醸し出す余裕が年齢をすこし高く見せている。赤ワインのように濃い紫の着物に、山吹(やまぶき)色の(はかま)を羽織っている。どちらも、極めて高級な染め物である。その上品な色合いが、その落ち着いた雰囲気とよくマッチしていた。


「もしかして貴女は……」


 その姿には見覚えがあった。


流々子(るるこ)さま……?」


 現実として目の前に現れたその姿は、直視できないほど美しい。理想の女性像だった。絵里咲は嘆息した。


「あら。私を知っているの?」

「そりゃあもう……」


 知っているも何も、彼女こそ絵里咲が乙女ゲーム『肇国桜吹雪』で推していたキャラクターである。

 次期鳰海(におのうみ)藩主・彦根守(ひこねかみ)流々子(るるこ)


――まさか、本物を間近に見られる日が来るなんて……神さま……仏さま……!


 無宗教であるにも関わらず、深く深く神仏に感謝したところで――


「流々子さま」

「?」

「――大好きです‼」


 絵里咲は流々子に対して反射的に〈主人公チャーム〉を掛けてしまった。

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