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第十七話 光明、けざやかに射し出でよ

呪術(しゅじゅつ)で光を灯すために大事なのは、想像力です」


 初めての呪術の授業。先生は演劇のセリフを読むように、熱を込めて語っている。


 絵里咲たちの教室で呪術を担当するのは氷上(ひかみ)先生という50歳を過ぎたお婆ちゃん先生である。まだ反老化(アンチエイジング)技術が未発達なせいか、この時代の人はやや老けている。50代でも現代の60代のように見えるから、絵里咲は勝手に氷上が50代だと予測していた。根拠があるわけではない。


「まずは、手のひらの中で行灯(あんどん)が輝くのを想像してみましょう。――…………――できましたか?」


 この時代の教室は現代と大きく違う。

 全員が黒板に身体を向けて、先生が一方的に講義するというものではない。机は学生たち同士で向き合うように並んでいて、先生は机の間を自由に歩きながら喋るというスタイルだ。受動的な学生を育てる現代に比べて、より学生の自主性を(はぐく)みやすい形式になっている。

 その証拠に、熱心な学生たちは先生の話を聞きながらメモを取り、大半の学生たちは好き勝手に遊んだりお喋りしていた。今日もすくすくと自主性が育まれている。


「手のひらの中が光るのを想像できたら、次に指先に意識を集中して呪力を込めます。そして、呪言(じゅごん)を唱えるのです」


 乙女ゲーム・肇国桜吹雪の世界には呪術(しゅじゅつ)という、ほかのゲームで魔法にあたるギミックがある。呪力を持つ者が呪言(じゅごん)を唱えることで、さまざまな奇跡を起こすことができるのだ。


「準備はいいですか? 目を細めてくださいね。――光明(くゎうみゃう)、けざやかに射し出でよ!」


 氷上がそう唱えると、軽く握られた手のひらの中から温かい光が漏れ出してきた。まるで魔法のようだと思った。魔法なのだが。


「はい。みなさん斉唱して――」

「「「くゎうみ――くゎうみ――うけざや――みゃうけ――に射しでよ!――ざやかに射し――くゎうみゃう!」」」

「あなた達、ちゃんと交流をはかれていますか?」


 学生たちの息があまりにも揃わないので、氷上は心配そうにしていた。


 教室には二十人ほどの学生がいる。絵里咲が座っている窓際とは反対、廊下側には流々子が座っていた。今日も美しかった。

 絵里咲の左隣りでは同室人(ルームメイト)のお雛が真剣な顔で先生の話をメモしており、右隣りではもう一人の同室人(ルームメイト)である茶々乃が真剣な顔で鉄球を上げ下げする筋トレに励んでいた。


「ではさっそくみなさんも実践してみましょう。掌に呪力を込めて、呪言(じゅごん)を唱えるだけですよ」


 絵里咲は、呪術が使えるようになることを何よりも楽しみにしていた。『肇国(ちょうこく)桜吹雪』の主人公(ヒロイン)には、非常に高い呪力が備わっているという設定がある。実家になんの取り柄もない古読家が国内最高の学校に入学を取り計らってもらえたのも、主人公(ヒロイン)の高い呪力を買われてのことだったのだ。

 強力な呪術を覚えれば、空中に浮いたり、敵を派手に蹴散らしたりできる。

 なぜか前世には魔法が無かったが、ファンタジー世界に転生したのだから心ゆくままに力を使ってみたいと思っていた。


 するとさっそく隣に座っていたお雛が、右手を前に出して呪言(じゅごん)を唱えた。


「――光明、けざやかに射し出でよ!」


 軽く握った手のひらから(オレンジ)色の光が射し出てきた。その明るさは、皮膚が透けて血管が見えるほどだった。光はみるみるうちに明るくなっていき――


「痛たたた! 目が痛い!」

「お雛さん止めて止めて! 強く光らせすぎです! みなさんの目が焼けてしまいますよ!」

「ご、ごめんなさい!」


 慌てて拳を握りしめて光を消したお雛。

 あまりに強烈な光を発するものだから、教室にはどよめきが起こった。特別でもない呪言を唱えただけで強力な光を出せるのは、高位の呪力を持っている証だ。


 その眩しさは、となりの教室から先生がやってきて、「眩しい!」とクレームを入れに来たくらいだった。

 絵里咲の目には残像がこびりついて、しばらくのあいだ前を見るのに難儀した。


「お雛さん」

「はい」

「貴女はすばらしい才能を持っている。あなたを三年間教えるのは楽しみです」

「ほんとですか⁉ ありがとうございます!」

「けれど」

「……けれど?」

「けれど――呪力を制御できないうちに呪術を使うのはたいへん危険です。呪力の制御ができるようになるまで、貴女には別室で授業を受けていただきます」

「すみません……。今後は気をつけます」


 タネも仕掛けもないマジックを見せられた絵里咲は興奮していた。目の前で超科学的なことが起こると騒ぎたくなるのが現代人の性である。


 先ほども触れたように、『肇国桜吹雪』の主人公(ヒロイン)にはとてつもない呪力が備わっている。お雛はとなりの教室からクレームが来た。それなら、もし絵里咲が同じことをやったら、隣町からもクレームが来るような大光球が生成されるかもしれないとすら想像して……


「うふふふふ……」

「どうしたのえりず。気持ち悪いよ」


 ついニヤニヤしてしまった。


「いやぁ~~。あたしに呪術なんて使えるのかしら~。もしかして何もできなかったりして~」


 絵里咲はとんでもない大光球が生成されるのがわかっているのに、あえて自信がなさそうに振る舞った。ハードルを下げ、みんなを驚かせようという魂胆だった。


「ホタルより明るいといいね」

「うるさいわね」


 茶々を入れる茶々乃。

 絵里咲は、油断した同室人(ルームメイト)を閃光で失明させてやろうと意気込んだ。


 身体中を流れるすべてのエネルギーを掌に注ぎ込み、まばゆい光球に変化するイメージを思い浮かべる。なるべく強いイメージ。手の中に小さな太陽を作るような、強力なイメージを思い描いて。


「いくわよ……」


 絵里咲は大きく息を吸い、凛とした声で叫んだ。


「――光明、けざやかに射し出でよ!」


――いでよ大光球! あたしの呪力が高いことは知っているんだから!


 絵里咲の澄みきった呪言は、教室中に響き渡った。みんなの視線が自分に集まっているのを感じた。

 絵里咲の掌から漏れたのは、線香花火より儚い灯火(ともしび)だった。


「………………あら?」


 右隣りの茶々乃は、ぎゃはははと耳障りな笑い声を上げた。


「だっさー! あんだけカッコつけといて、ホタルより地味って」

「気合は素晴らしいのですが、呪術を鍛えましょうね」


 立て続けに茶々乃と氷上から笑われてしまった。

 絵里咲は唇をわなわなと震わせた。


――いや…………。あたしは主人公(ヒロイン)なのに……。こんなはずでは……。


「カラスの羽根だってもうちょい明るいよ」

「言ってくれるわね! あんたもやってみなさいよ。どうせ炭より暗い光しか出せないでしょうけど」

「あっはっは。いくら私だってえりずよりはマシだよ。お手本を見せてあげるからよぉ~く見てな?」

「どうぞ。見せてみなさいよ。茶々乃センセイ」

「茶々乃さん、お待ちください。集中していないときに呪術を使うと大変なことに……」

「いっくよ〜〜。――光明、けざやかに射し出でよ!!!!」


 氷上が忠告を言い終わる前に、

 茶々乃は右手を突き出して、勢いよく呪言を唱えてしまった。


 すると――たちまちすさまじい爆発音が響き、黒い煙が茶々乃を包み込んだ。あまりの衝撃波に、鼓膜が破れるかと思った。


「キャァァァァァ‼」

「何事なの!?」


 教室にすさまじい煙が広がり、前が見えなくなった。大事故発生である。

 目に粒子が()みて痛かった。絵里咲は煙を吸い込んでしまったせいで()せてしまい、激しく咳き込んだ。


 教科書をうちわ代わりにして煙を払うと、絵里咲に呪術を教えてくれると(おっしゃ)った茶々乃先生は、ショートボブの髪の毛をちりちりのアフロヘアにして昏倒していた。

 涙目のお雛が悲鳴を上げた。


「あぁぁぁぁ‼ ちゃちゃちゃぁぁぁん‼」

「みなさん。呪術の行使中に集中を欠くとこうなるので気をつけてくださいね」

「ちゃちゃちゃちゃんが本当に炭になっちゃったぁぁぁぁ」

「今、「ちゃ」が一回多くなかった?」

「ちゃちゃちゃん大丈夫~~⁉」


 「ちゃ」がゲシュタルト崩壊してきたところで、壁側からもざわめきが聞こえてきた。

 流々子が座っている方だ。


――また流々子さまが変な騒ぎを起こしたのね……。


 絵里咲はため息を吐くと、南米風にイメチェンした茶々乃を尻目に壁側へ歩いていった。

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