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冒険者稼業は酷く世知辛い


 冒険者ギルドに登録する上で、審査や試験の類は特に設けられていない。

 職業柄、いちいち身元や経歴を詮索していてはキリがないためと思われるが、それで管理は大丈夫なのだろうか。まあ、そのおかげで異邦人のフレイとミクスも問題なく登録できたのだが。


 しかし審査も試験もない代わり、冒険者にはノルマの概念があった。

 つまり定期的に依頼をこなし魔物を狩って、ギルドに対する貢献を示さなければ即座に除名処分となってしまうのだ。特に低級の冒険者は期限が厳しく設定されている。

 そうでなくとも所持金が僅かのフレイとミクスは、早急に金を稼ぐ必要があった。


「ギャギャギャ!」

「ギャギィィ!」


 二人が滞在する町の南部に広がる森。隣町に続く道路も通っているここに、最近『発生した』という魔物の退治が二人の受けた依頼だ。

 子供ほどの小柄な体躯をした、醜悪な顔の小鬼。

 そう、《ゴブリン》である。


「ギャギャ!」

「ギャゴバ!」


 英雄譚では雑魚と名高いゴブリンだが、決して侮っていい相手にあらず。

 単体なら武装した村人でも追い払えるが、数十匹単位の群れは村の一つ二つを軽く滅ぼすという。それに新人冒険者の死因の大半は、このゴブリンによるものだそうだ。


 所詮雑魚と油断したところを背後や足元から不意を突かれ、気づけば数で囲まれ袋叩きに。ゴブリンの武器がどれほど粗末な棍棒や錆び付いた剣でも、人体を殺傷するのに伝説の魔剣など必要ない。ゴブリンに負けず劣らず粗末な防具の新人なら尚更のことだ。


 そうやって新人冒険者から毎年三割もの犠牲を出すゴブリンは、魔物の中でも最弱ながら最多の被害をもたらす、ある意味で人間にとって最悪の敵なのである。


 ――尤も。


「グルアアアア!」

「キヒヒヒヒ!」

「「「ギャギャアアアア!」」」


 今、ゴブリンたちが相手にしているのは、人の姿をした獣なのだが。

 轟く咆哮。吹き荒れる斬風と水刃。小鬼たちの五体が引き千切られて四散する。


 密集して生い茂る木々が、本来なら剣を邪魔する遮蔽物となって、ゴブリンたちの有利に働くはずだった。しかし獣のごとき剣士は、蛇のような身のこなしで木々の間をすり抜け、それぞれ竜の牙と甲殻から鍛えられた剣と盾を苦も無く振り回すのだ。


 人の身で振るわれる竜の暴威が、ちっぽけな小鬼たちを食い散らかしていく。


「ギギャアア!」

「ギギギギ!」


 剣で断たれ、盾で潰され、地面に飛び散るゴブリンたちの肉片。

 しかし生物なら流れるはずの血は見当たらず、黒ずんだ肉だけが急速に溶け崩れて腐臭を放つ。明らかに尋常でない朽ち方だが、異常なのは最初からだった。


 仲間も無残に殺されようが怯む様子もなく、こちらの隙を窺うのは瞳のない黄ばんだ白い眼球。その目に知性はおろか、意思の光さえ感じ取れない。それでいてゴブリンたちの動きは狡猾なまでに死角を突き、弱い所を探って狙おうとする。

 まるで頭の中身は空っぽなのに、体が人間の陥れ方を覚えているかのようだった。


 ……ただし、その狡猾さはあくまで対人間用のモノ。


「グルアッ!」

「「「ギギィィ!」」」


 不意打ち、死んだフリ、果ては半身を欠損してなお動く個体の組みつき。

 策のことごとくが、竜の一振りで蹴散らされる。

 圧倒的な暴威を前に、対人間の小細工ではあまりに無意味だった。


 中には遠距離から投擲で攻めようとするゴブリンもいるが、そちらは剣士の連れである魔女が放つ、水の刃や岩の礫に刈り取られていく。魔女を狙おうにも相手は高い木の上、登ろうとすれば張り巡らされた蜘蛛糸に捕まり、動けなくなればただの的だ。


 こうして多くの新人冒険者を狩る小鬼たちは、異邦から渡来した狩人たちに成す術なく狩られていった。





「んー……お、あったあった。こいつでいいんだよな?」

「ええ。先輩方が出まかせを言ったのでなければ、これが唯一の素材らしいですよ」


 二十匹前後いたゴブリンの群れは、フレイとミクスの手で何事もなく掃討された。

 いつもの狩りなら獲物の解体作業に入るところなのだが、今回はどうも勝手が違う。

 そもそも解体すべきゴブリンの亡骸が、見る間に崩れてしまっているのだ。


 汚泥のように溶けた肉塊の中から唯一残ったのは、青い結晶を多量に含んだ石ころ。

 砕けたり割れたりした石の破片を拾い集め、フレイとミクスはそれを自らの足下に放った。すると、自身の『影の中』に破片が吸い込まれていく。


《影の道具袋》――魔獣の素材を利用しない暗黒魔術の一つだ。

 自身の影の中に異空間を形成し、そこに荷物を収納できる。魔獣の武具もここに仕舞ってあった。《ダークの民》なら最初のうちに覚える基礎的な魔術で、闇の力を十分に鍛えた者なら、異空間の容量は荷馬車一台分に匹敵する。


「それにしても、これがゴブリンですか。確かに、邪悪の化身と称されるのも納得のおぞましさでしたね。というか、『本当になんなんですか、これ』?」

「俺も親に寝物語で聞かされただけで、実際に見るのは初めてだったけど……おとぎ話の通りにこいつを生み出している『誰か』がいるなら、間違いなくそいつは人と世界の敵だろうな。だけど――なにが邪悪な闇の魔族だ。こいつら体が黒いだけで、《闇》とは全く何一つ微塵の欠片も関係がないじゃねえかよ」


 不快も露わにフレイは吐き捨てた。


『……ゴブリンを始めとする《魔物》は世界を滅ぼすために、邪悪な魔族が邪悪な闇から生み出した尖兵である。魔族が棲むは、海の向こうに存在する暗黒大陸。そこは争乱と悪徳に満ちる、闇に穢れた大地。血も涙もない悪の権化たる魔族は、悪の頂点たる魔王の下で軍を結成し、人と世界を闇で穢し滅ぼそうと暗躍するのだ……』


 それは英雄譚を彩るための敵役。子供を喜ばせるためのおとぎ語だが、ともかく闇とは魔物とは「そういうものだ」と、ニーベルング大陸では昔から語り継がれている。

 しかし――《ダークの民》として言わせてもらえば、とんだ風評被害だ。


「道中でも何度か魔物と戦って、わかり切っていたことですが……やはり私たちが知る『魔獣』と、この大陸に蔓延る『魔物』は全くの別物ですね」

「そもそも、生き物かどうかも怪しいぞ、こいつら」


 斬り捨て、粉砕したゴブリンたちの体。その断面は真っ黒で、骨も内臓も見当たらなかった。まるで粘土細工の人形。肉も血が通わない土塊のような、汚泥としか形容しようのないナニカだ。しかも有害らしく、亡骸や肉片に触れた地面が腐蝕している。

 全く生気を発さず、虚ろな眼は害意と悪意に満ちていながら、そこに魂はない。


 魔獣と生死を賭けて戦い、多くの命に触れてきた狩人として断言できる。生き物のような姿に擬態し、生き物のような挙動を偽装しているが――これは断じて生き物ではない。自然界に在り得ざる、おぞましくて冒涜的な害悪だ。

 ましてや、暗黒大陸の恐ろしくも気高い魔獣と混同するなど、侮辱でしかない。


「そもそもこんなの、暗黒大陸じゃ一度だって見たことないよな」

「そうですね。《アバレヒヒ》のように、二本足で立って道具を使う魔獣もいますが……このゴブリンたちの動き、やけに人間臭い感じがしませんでしたか? ただ殺すために急所を狙うのではなく、他人の弱味を突こうとするいやらしさというか」

「そのくせ、ハッキリした意思はまるで感じられないんだよな。まるでおとぎ話に出てくる、動く死体の《ゾンビ》みたいだ。もしくは泥人形の《ゴーレム》か」


 闇の力は、怒りや憎しみといった負の感情が力の源泉だ。それ故に闇の力を操る《ダークの民》は他者の感情に敏感で、それを知覚し読み解く感応能力を備えている。ゴブリンたちが命の宿らない抜け殻だと確信したのも、ひとえにその力があってのこと。


 では、生物でないなら魔物とはなんなのか。

 二人で頭を捻って見るが、現状では全く見当もつかなかった。


「ま、学術的な興味の前に、まずは目先の生活費を稼がないとですね。とはいえ、これっぽっちの《魔石》では二、三日分の宿代がせいぜいでしょうか」

「それに狩っても食えないとか、つくづく魔獣とは大違いだよなあ」


 冒険者と狩人の大きな違いとして、魔物を狩っても実入りがほとんどない点が挙げられた。魔獣は血の一滴まで死後も力を宿し、武具や薬の素材として有用に扱える。一方で魔物の体はすぐ朽ちる上に有害な汚泥で構成されているため、使える素材が全くない。


 魔物から回収できるのは、核の役割があるらしい《魔石》だけ。これは《魔結晶》の代わりになり、民が使う日用品型の魔導機の動力源に利用されるそうだ。


 しかし、魔物一体から回収できる魔石の量は微々たるもの。換金できる額も低く、正直まるで割に合わない。しかし有害物質の塊である魔物は、存在するだけで環境を汚染する。討伐は誰かが成さなければならない、絶対に必要な仕事だ。


 そこで、狩人でも傭兵でもない、冒険者という職業が誕生したのだろう。

 つまるところ冒険者とは、誰もやりたがらない魔物退治を請け負う汚れ仕事。汚泥を処分して日銭を稼ぐドブさらいなのだ。


 需要はあっても評価されず、向けられるのは蔑みの目。当然好きこのんでなりたがる者はおらず、なるのは他に身寄りも行き場もないような、社会的弱者ばかり。だから冒険者を見る騎士や民の目は冷たく、冒険者が心の荒んだならず者揃いでも無理はない。


 なんとまあ、夢も希望もありはしない話だった。


「俺、早くも暗黒大陸の暮らしが恋しくなってきたんだけど……あ?」

「愚痴っても始まりません。幸い、こちらにも魔獣は一応いるみたいですし……ん?」


 ふと、魔石の取り零しがないか探していたフレイとミクスの足が止まる。

 聴覚でも嗅覚でもなく、感情を察知する感応能力に引っかかるモノがあった。

 恐怖。焦燥。絶望。嘲笑。――修羅場、そして加害者と被害者の気配だ。


 二人は軽く視線でやり取りし、手近で一番背の高い木によじ登った。比較的重装備のフレイも、これくらいの木登りはわけなくこなせる。

 そして気配の方角を魔術で【遠視】すると、一目で大体の状況を把握した。


「……ミクス」

「ハイハイ、それじゃあ行きますか。悲劇の横っ面を殴り倒しに、ね」


 返事も待たず走り出しているフレイに、文句一つなくついてきてくれるミクス。

 全く自分には勿体ないくらいできた嫁さんだと思いながら、フレイは一気に加速した。


 しかし――「邪悪な闇」などと、誰が言い出したか知らないがくだらない言葉だ。

 邪悪に光も闇もない。それは誰の心にも潜むもので、立ち向かうべき己自身。

 光だの闇だの、そんな上っ面の括りで他者を邪悪と騙り、自らを正義と嘯く浅はかさにこそ、邪悪は巣食うのだから。



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