冒険者は最初の威勢が肝心らしい
《冒険者》――それは簡単に言えば、『魔物』の討伐を主な生業とする職業。
魔物を狩り、回収した素材を換金して収入を得る。その点では話を聞く限り、暗黒大陸で『魔獣』を狩る狩人と大きな違いはない。
そこでフレイとミクスは冒険者となってこちらでの生計を立てることにしたのだ。
なぜわざわざ王都近くの町でギルドに登録するのかと問われれば、順序が逆で。
王都に近づいた結果、ギルドへ登録する必要に迫られたのだ。
王都周辺は各地に関所が設けられ、身分証明ができない者は特に高い通行料を巻き上げられる。魔獣を狩ろうと、普通の王国民は足を踏み入れない山や森を突っ切ってきたせいで、王都にかなり近づいたところで二人はそのことを知る羽目になった。
関所の兵士はこちらの装備を見るなり、盗賊並みの横暴な態度に。有り金や荷物全て、挙句はミクスの身柄まで要求してきたので、関所ごと粉砕してその場は切り抜けた。
しかし、今後もこの調子だと王国中で指名手配になりかねない。
困っていたところ、盗賊から助けた行商に『冒険者ギルドで登録すれば最低限の身分証明になる』と聞いた二人は、そこから一番近かった町に立ち寄った次第だ。
「お邪魔しまーす」
「しまーす」
特に意味もなく挨拶しつつ、両開きの扉から中に入る。
受付のカウンターに依頼書が張り出された掲示板。横には酒場が併設され、いかにも荒くれ者といった雰囲気の男たちが昼間から酒を呷っていた。
挨拶などしたせいでジロジロと視線が集まるが、気にせずカウンターに向かう。
受付には女性職員が四人いて、丁度そばかす顔の職員のところが空いた。
「すいません、冒険者として登録したいんですが」
「私と彼で二人分でーす」
「ハイハイ、冒険者登録デスネー。……ちっ、恋人連れて冒険者とか、舐めてんのか」
「いえいえ、恋人じゃなくて夫婦ですよ?」
「ちっ!」
小声で舌打ちしたかと思ったら、ミクスの煽りに今度は隠そうともせず舌打ちした。
営業スマイルは完璧なのだが、完璧なだけに鬱屈した負のオーラが背後に窺える。
隣の受付と比べても見劣りしない美貌で、そばかすさえ魅力の一部となっている美人さんなのだが、どうも不憫というか男運のなさそうな女性職員だ。
「今、私のこと『なんだこの男日照り行き遅れ女は』って目で見ませんでした?」
「見てない見てない」
「そうですよ。フレイは愛しの奥さん以外の女なんて眼中にありませんよねー」
「否定はしないけど、受付さん煽るのはそろそろやめろ? なんか熊も殺せそうな眼光が突き刺さってるから」
「誰も妬み僻みの視線なんか向けていませんから!」
今にもキィィ! とか叫び出しそうな剣幕のそばかす職員。
隣の同僚も他の冒険者も動じずスルーしている辺り、それらしい男女相手には普段からこんな調子なのだろうか。なんというか、愉快な職場らしい。
しばらくして正気に返ったそばかす職員が、ようやく手続きを進めてくれる。
「はい、こちらの用紙にお名前をご記入ください。その筆跡とギルドの紋章をギルド所有の機器で、冒険者の証となるペンダント型の金属プレートに刻印します。刻印機器の技術はギルドの重要機密となっており、偽造を困難とすることで身分証明の役割を果たすわけですね。また、プレートの材質によって冒険者としての階級が――」
その他、簡単な規約の説明などが語られる。
フレイが難しい話は苦手な反面、ミクスが熱心にメモまで取っていた。まあ彼女の場合、ルールの抜け穴を探る目的が強いだろうが。
「ところで……失礼ですが、そんな装備で大丈夫なので?」
嫌味というより、正気を疑うようなそばかす職員の眼差し。
原因はフレイとミクスが身につけているのが、魔獣の装備……ではなく、革鎧ですらない平服のせいだろう。魔獣の装備ではあまりに絡まれるため、普段は装備を『影に』仕舞って置くことにしたのだ。
ついでに、服もこちらで一般に着られているものに変えてある。特にミクスは目に見えて露出度が下がったので、周囲の不躾な目が気になるフレイとしてはひと安心だ。まあ、それでも人目を引く美少女には変わりないが。
一応、剣と盾だけは背中に装備し、ミクスも杖を持ってはいるものの、確かにこれでは疑惑の目も止む無しか。
フレイは軽く笑って誤魔化しにかかる。
「なにも、この格好のまま戦いに出たりはしないですって。身につけっぱなしでいるには重たい装備なんで、ちょっと宿に置いてきただけなんですよ」
「別に『室内では常に完全装備でいろ』なんて決まりがあるわけじゃありませんよね? なら、私たちがどんな格好でいようが問題はないでしょう?」
「は、はあ。まあ、確かにそれは――」
「オイオイ! さっきから寝ぼけたこと抜かしてんじゃねえぞ!」
そのまま話を流せそうだったところに、横から怒鳴り声が割り込んできた。
声の主は厳つい重装備の鎧に全身を包んだ、逆立てた茶髪頭の男。
得物も身の丈ほどあるバトルアックスだが、どちらかといえば細身の体格とお世辞にも合っていない。装備に着られている感が否めない男は、自分を大きく見せるようにふんぞり返ってこちらを見下ろしてきた。
「なんだ、なにか文句でもあるのか?」
「大アリだよ、ボケが! 装備が重たいから、ちょっと宿に置いてきただぁ? 冒険者は常に常在戦場! 肩が凝ったなんて、ふざけた理由で丸腰になるような甘ちゃんに務まるか! 腑抜けの青二才は田舎に帰ってママの乳でも吸ってな!」
そうだそうだ! と酒場の酔っ払いたちも囃し立てる。
別に装備は足元から今すぐにでも取り出せるし、装着するのにも一秒とかからない。それに『装備がない程度』で戦えなくなる狩人など、《ダークの民》では二流だ。
とはいえ、傍から見ればこの男の怒りもご尤もだろう。自分たちの立場でも、装備を軽んじおろそかにするような輩は拳骨で地面に埋める。これについてはお金をケチって、偽装用の装備を用意しなかったこちらの失敗だ。
なので、ひとまず素直に謝罪しとこうかとも思ったのだが。
「――ハンッ。甘いのはどちらでしょうね。これはふざけているのではなく、余裕の表れというヤツなのですよ。フレイの強さが見抜けないようではあなた、どうせ大した冒険者ではありませんね。実際、よく見たら私たちと同じ青銅プレートですし」
「ああん!? 生意気ほざいてると、旦那の前で剥くぞてめえ! 身の程を体で思い知らせてやんなきゃわかんねえか!?」
「フッ。思い知るのはそっちの方ですよ。さあ思い知らせてやりなさい、フレイ!」
挑発するだけして、いっそ見事なまでの丸投げであった。
……まあ、伴侶を馬鹿にされて怒ってくれたのはわかるが。
しょうがない嫁さんだと肩を竦め、フレイは男と対峙する。
他の冒険者たちは勿論、受付も我関せずの顔だ。先程の説明によれば、流血沙汰にまで発展しない限り、冒険者同士の諍いに対してギルドは非干渉が決まりとのこと。
つまりこの程度のいざこざ、自分の身は自分で守れという話だ。
ならば遠慮なく、自分なりのやり方で身を守るとしよう。
「てめえに俺とやり合う度胸があんのか? 泣いて許しを請うなら今のうちだぜえ?」
男は鼻息荒く、これ見よがしにバトルアックスをチラつかせながら睨みつけてくるが、暗黒大陸の魔獣に比べれば威嚇とは程遠い虚勢だった。
厳ついが体格に合わず、ほとんど傷や摩耗が見られない装備。それに恫喝慣れした様子の振る舞いといい、明らかに虚仮脅しとハッタリで生きている類の輩だ。厳つい見かけで脅しつけて、弱い新人などから金を巻き上げたりしているような小物。
剣を抜くまでもあるまいと、フレイは握り拳を作って男の頭に乗せた。
「あん? てめーなんの真似――だっぷぁ!?」
男の体が、床をぶち抜いて首まで深々と突き刺さる。
拳骨を落としたのではない。拳を頭に乗せたまま押し込んだのだ。
男は白目を剥いた上、口から泡を噴きながら失神していた。建物の敷居の高さを考えると、下半身は地中に埋まらず悲惨な状態になっているかもだ。しかし人の嫁さんを剥くとか言い出す馬鹿の下半身がどうなろうが、知ったことではない。
「あ、兄貴ぃぃ!?」
「てめえ、新人の分際でよくも!」
どうも男の仲間がいたらしい。
如何にも小物の手下っぽい三下たちが、得物を片手に寄ってくる。
「私がやりますか?」
「いいや、そういえば『初めまして』の挨拶がまだだったろ?」
ミクスを手で制し、フレイは深く息を吸いこんだ。
たっぷりと腹に溜め込み、そして――咆哮する。
「【グルアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!】」
轟くは、巨獣のごとき雄叫び。
余波で床や壁、天井に至るまで亀裂が走るほどの声量。
その衝撃を正面から受けた三下たちの体は、床から宙に浮いてそのまま床にひっくり返った。全員、兄貴と呼んだ男と同様の有様で、意識が彼方に飛ばされている。
咆哮が止むと、室内は痛いくらいの沈黙で静まり返った。
痛い目を見ればいいと美少女連れを僻む者。同情的な目だが口出しも手出しもしない者。とりあえず酒の肴になればいいと騒ぎ立てる者。そしてこちらを値踏みするような目で傍観に徹していた、ひと目でただ者じゃないとわかる数名。
誰も彼もが、目を丸くして圧倒されていた。
フレイとミクスは、してやったりという悪い顔で笑う。
「俺はフレイ。海の向こうから来た、しがない狩人だ。どうぞ、よろしく」
「その妻、ミクスです。どうぞ、お見知り置きを」
結局また悪目立ちした気もするが、いつものことなので二人とも気にしない。
と、そばかす職員がカウンターの下から這い上がってきた。背後にいたとはいえ被害は免れなかったらしく、両耳を抑えながら涙目で言う。
「な、なんなんですか、今の叫び声!? どういう肺活量してるんですか!? それに、その腕力も……あなたたち、一体何者!?」
「だから、しがない狩人だって。ま、そこらのヤツとは体の出来が違うんでね。なんたってこちとら、暗黒大陸では魔獣食って育ったからな」
「暗黒大陸? 魔物を食べた!?」
「あんなのを食うヤツなんて、それこそ邪悪な魔族ぐらい……いや、まさかそんな!」
「だが、確かにあの尋常ならざる膂力、人とは思えぬ覇気は……!」
「災厄の地で暗黒を貪り喰らうという闇の魔王軍――伝説じゃなかったのか!?」
「ここ最近ですっかり慣れたけど、その暗黒大陸に対する風評被害なに!? お前らの言う魔王軍とか魔族って、要はただのおとぎ話だろ!? いや、確かに俺たち魔獣は食ってるんだけど……だからドン引きするな! 言っとくけど、お前らが思ってる『魔物』と暗黒大陸の『魔獣』は全くの別物だから!」
「そうです! 私たちが競い狩る暗黒大陸の魔獣を、あんな『おぞましいモノ』と一緒くたにしないでください!」
魔物を狩る冒険者と、魔獣を狩る狩人。
同じようで、両者の間には非常に大きな隔たりがある。
大半が海の向こうの景色など知らないまま生きる者たちに、それを理解してもらうのはなかなかに困難を極める作業だった。