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嫁の悪口は旦那にとって最大の禁句である


 一撃で戦意喪失しかかっている騎士たちに、フレイとミクスは追撃しなかった。

 このまま怖気づいて逃げ出してくれるのなら、楽に済む話だからだ。

 それに食べて美味いし素材も有用なクラーケンと違って、騎士たちは狩っても大した旨味がない。せいぜい小銭を落とす程度だろう。


「それにしても、妙な魔力の反応だったな。全員が全員、質も流れも全く同じだったぞ。魔力の性質や流れ方は、個々で微妙に違ってくるはずだよな? 双子や三つ子でもあるまいし、どうなってやがるんだ?」

「どうやらあの装備、魔力の生成から術式の構築と制御まで、全ての工程を機械仕掛けで代行しているようですね。だから魔力の反応も全員が全くの同一なのでしょう」

「なんだそりゃ、つまり装備が本体で使い手はオマケってことか?」

「そういうことになりますね。使用方法さえわかっていれば、誰でも一定の戦闘力を発揮できる。確かに便利で画期的な技術でしょうけど……成長の伸びしろが望めないというのは致命的ですね」


 ミクスの意見にフレイも概ね同意だ。


 道具で力を補うのは、牙も爪も獣に劣る人間が獣に対抗するための叡智だ。

 しかし道具に依存した者は脆い。敵の力が道具の性能を上回った時点で詰み、なにもできず無抵抗に食われるだけの生肉に成り下がる。


 筋力にせよ逃げ足にせよ頭の回転にせよ、最後の最後に頼れるのは己の肉体に刻み込んだ力だ。置き忘れたり取り落としたりする道具と違い、肉体だけは決して肌身から離れることはないのだから。


「というかフレイ、こちらの生まれなのに、あなたは《魔導機》とやらについてなにも知らないのですか?」

「だって、俺が生まれたのは王国の端っこにある小さな漁村だぞ? あの《魔導機》ってヤツ、たぶん王都とか以外じゃ見かける機会もない代物なんだよ。しっかし――くだらない玩具だな。こんなもので天下を取ったような顔するなんて、おめでたい連中だ」


 落胆も露わにフレイは吐き捨てる。

 それを聞いた騎士隊長が、食い縛った歯をギリギリ鳴らしながら立ち上がった。

 彼も【海王烏賊の重鞭】をしっかり喰らったのだが、意外と根性はあるようだ。


「蛮族が、図に乗るなよ……! オイ、『アレ』を出せ!」

「し、しかし! 『アレ』は対クラーケン用にと持ち出したモノです! それを人間相手に使うなんて! それに試作型ですから、万が一のことがあっては!」

「構わん! 民の領分も弁えられぬ愚か者に、騎士の力を知らしめるのだ!」


 騎士隊長の命令を受けて、比較的軽傷の騎士たちが息も絶え絶えに走り出す。


 やがて向こうから荷車で運ばれて来たのは、背丈だけで三メートルはあろうかという、巨大な騎士鎧だった。四頭身ほどのずんぐりした体型で、兜の部分には丁度、人一人が乗り込めるだけのスペースがある。

 案の定、騎士隊長が兜部分に乗り込むと、騎士鎧が荷台から立ち上がった。


「フハハハハ! 見るがいい! これが対大型魔物用に開発された最先端の魔導機、魔導鉄騎兵《パワードメイル》だ!」


 武装を持たない鎧騎士は、鋼の拳でこちらに殴りかかってくる。

 ミクスを後ろに下がらせて、フレイが盾でこれを受け止めた。

 金属同士の鈍い衝突音が轟き、衝撃でフレイの足下の地面が砕ける。

 間を置かず、連続で振り下ろされる鉄鎚。フレイは完全に受けに回っていた。


「どうだ! これこそが《魔導工学》の結晶! 貴き身分にのみ許された叡智の力だ! 貴様ら教養の欠片もない野蛮人が、汚い汗水を垂れ流して身につけた暴力など、所詮は紛い物! 我ら歴史ある高貴な血筋が受け継いだ叡智の前では、ゴミも同然!」


 一方的な攻勢に気を良くしたか、騎士隊長の弁舌がよく回る。

 労せず強大な力が振るえ、しかも専門の知識がなければ扱えない兵器……なるほど、貴族階級にとってこれほど都合の良い力もあるまい。平民に学ぶ機会さえ与えなければ、両者の間に覆しようのない身分の壁を作れるのだから。


 しかし、騎士隊長も周りの連中も、肝心なことに気づいていない。

 ――その御大層な力で、野蛮人の一人も満足に叩き潰せずにいる事実に。


「ましてや、下等な獣畜生の力などに頼る下も下の輩など、王国の秩序と景観を汚す害悪に他ならない! このアルフレッド=ズィルバシュタインが、王国騎士の誇りにかけて粛清してくれる!」

「下等な獣畜生、だと?」


 鎧騎士の一撃一撃を盾で正確に受け止めながら、フレイの声音が一段低くなる。

 地面に亀裂が走り、足がめり込むほどの衝撃が全身を駆け抜けるも、フレイの肉体はまるで堪えていなかった。暗黒大陸で死闘を繰り広げた魔獣たちに比べれば、こんな心ない鉄塊の拳など、どうして通じようか。


 魔獣たちの爪と牙は、生命の重みをそのまま乗せたかのように鋭く、重く、強い。

 それを打ち破った勝利を誉れとする狩人として、魔獣を畜生と貶める騎士隊長の言葉は到底看過できなかった。


「お前だって、なにも菜食主義ってわけじゃないだろ。日々肉を食らい、獣たちから命を頂いている身のはずだ。そうやって殺めた命に生かされている俺たちは、せめて命に対する『敬意』を忘れてはいけないんじゃないか? 他者の命に敬意を払うこともできずに、騎士の誇りだと? 笑わせるな」

「野蛮人ごときが誇りのなんたるかを語るな、無礼者め! それに畜生ども相手に敬意だと? 知能も動物並みの蛮族は度し難いほどに言うことが下品だな! 狩られ食われて糧となるだけが存在意義の下等生物に、払うべき敬意などあるはずがないだろう!」


 ああ、一言一句がいちいち不快な男だ。魔獣と戦う方が余程清々しい。

 こんな人目のある場所だと八つ裂きは流石にまずいが、どうしてくれようか。

 順調に蓄積するフレイのフラストレーションは、次の一瞬で頂点を振り切った。


「やはり国に奉仕するという民の責務も放棄した非国民は、最低限の品性すら備わっていないようだな! そこの破廉恥極まりない格好の娘も、どうせ見目だけの体で金をせびるしか能のない、卑しいメブギュ――!?」


 鎧騎士の兜が平らに潰れ、中の騎士隊長も一緒にぺしゃんこになる。


 手も触れずに如何なる術でそれを成したか、周囲には見当もつかないだろう。ましてや、正体が『ただの拳圧』だと誰に想像できたか。

 この場で唯一、理解できているミクスがやれやれと、しかし嬉しそうに苦笑する。


 鎧騎士の拳を盾でなく手のひらで受け止め、手に余る巨大な鉄塊を五指で握り潰すフレイの顔は、悪鬼のごとき憤怒の形相と化していた。


「オイ、クソ野郎。俺の嫁さんをいやらしい目で見た挙句、なんつった?」


 程々にぶちのめして場を収めよう、というなけなしの自制は頭から消し飛んだ。

 舐められるのも見下されるのも嫌いだ。魔獣に対する侮辱は狩人として許し難い。


 しかしなにより、愛しくて大切でこんな自分に寄り添ってくれる、かけがえのない伴侶を貶される以上の憤りがこの世にあろうか!


「ミクスの身体は頭の翼から足の鉤爪まで、余さず俺の独り占めだボケガァァァァ!」


 怒りに駆り立てられるがまま、フレイは掴んだ腕ごと鎧騎士を振り回した。


 たとえ中身が空洞だったとしてもこうはなるまい、という軽々しさで、金属の巨体が宙を舞っては地面に叩きつけられる。繰り返す度に鎧はひしゃげ、歪み、関節部を中心に中身がメキメキブチブチと嫌な音を立てながら破損していった。


 子供が大人を棒切れ代わりにするような、下手な冗談より性質の悪い光景に、周囲はすっかり言葉を失う。ケラケラ笑っているのはミクスだけだ。

 そしてとうとう耐えかねた腕の関節部分が引き千切れ、鉄屑寸前の鎧騎士は真上に投げ出された。落下を待ち構えながら、フレイが大きく全身を捻って振り被る。


「いっぺん死んどけ。――【獣臨:鬼熊の火拳】」


 引き絞った拳から黒き《闇》が、そして真っ赤な炎が燃え上がった。

 闇に縁どられた炎は分厚い獣毛に覆われた、熊の拳を形作る。

 鎧騎士の巨体よりさらに一回りは大きい、鉄を溶かす超高温の拳が炸裂。

 鎧騎士だった鉄屑は溶解して四散し、中から火達磨になった騎士隊長が飛び出す。


「あぎぃぃぃぃ!? 死ぬ! 死んじゃうううう!」


 意外と元気に悲鳴を上げながら転げ回る騎士隊長。

 どうやら身に纏う鎧も《魔導機》で、火炎に対する高い耐性があったらしい。

 全身大火傷なものの、治療さえすれば死にはしないだろう。手足の麻痺といった後遺症くらいは残るかもしれないが。そこまで気にしてやる義理もあるまい。


 ……いや、まだ焼き足りない。やはりボロ炭になるまで燃やすか。


「それくらいにしときなさい、フレイ」


 防具の竜鱗が鈍い銀から黒に染まり始めたところで、横から手を掴まれる。

 革の手袋越しにも伝わる柔らかさと温もりが、フレイの理性を引き戻した。

 そちらに目をやれば、呆れ半分の顔でミクスが笑う。


「全くもう、独占欲が強い旦那様で困っちゃいますねー」

「ぐ、む。ごめん、つい勢いで。嫌な気持ちにさせたなら……」

「まあ――事実、私の全てはフレイのものですがね?」


 耳元に甘ったるく囁かれ、ゾクゾクした震えが背筋を駆け抜ける。

 羞恥と疼きで気勢を削がれてしまい、燃え盛る激情はプスプスと鎮火した。鎧の変色も止まり、元通りに。危ういところだった。仮にも生まれ故郷に帰ってきた初日から『やらかす』ところだった。助かったが、どうも素直には感謝できない。


 不貞腐れて唸るフレイに、ミクスは揶揄うように、しかし安堵の笑みを浮かべた。

 彼女の背後では、残りの騎士たちが糸でグルグル巻きにされて転がっている。


 実は騎士たちが現れた時点で、足元から『蜘蛛糸』を地面に張り巡らせ、罠を仕掛けていたのだ。そして騎士たちがノコノコ接近してきたところを、地面から引っ張り上げた蜘蛛糸で絡め取れば一網打尽。港だけに、魚を網にかけるような手際だった。


 奥の手は融けた鉄屑と化し、部下も全滅。オマケに金髪もチリチリに燃えて禿げ上がったというのに、しぶとい騎士隊長がまだ悪態を吐く。


「おのれぇぇ……我ら高貴なる第一騎士団に、よくもこんな……! 必ずや、報いを受けさせてやる。どこにも、逃げ場などないぞ。この清廉なる王国に、貴様らのような汚らわしい無法者の居場所など、どこにもないのだ……!」


 あながち、口先だけの虚勢でもないだろう。

 勝利はしたが、クラーケンのときと違って喝采はない。周囲の人々は距離を取って決して近寄ろうとせず、降りかかるのは恐怖と忌避の眼差し。理解の及ばない二人の力に怯え、警戒し、拒絶する目だ。 


 しかしフレイとミクスからすれば、こんなものは今に始まった話でなし。

 だから鼻で笑い飛ばしてやった。


「お前らの了解なんか知ったことかよ。俺たちの居る場所が俺たちの居場所だ。俺たちは居たいところにいて、行きたいところに行く。邪魔するヤツはぶちのめすだけだ」

「無法者で結構、アウトロー上等ですよ。元より私たちは日陰者。《ダークの民》の中でも一際深い暗がりに生きる者。ですが……コソコソ隠れてなんかあげませんよ。日陰も日向も自由気ままに好きなように、我が物顔で歩いてやりますからね」


 なにせ、こちとら暗黒大陸で悪名を轟かせ、新婚旅行と称した半分逃避行で海を渡ってきた《災禍》と《魔女》だ。

 秩序世間体なにするものぞと、悪辣に笑ってやる。


 ……ただ、周囲が「魔王軍の尖兵」だの「邪悪な闇の眷族」だのとあらぬ疑いをかけてくるのには、頑として異議を唱えたいが。



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