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嫁魔女は騎士たちをゲソでひっぱたく


 ニーベルング大陸の東部を支配する大国ラインの港町。

 輸送船による他国との交易は勿論のこと、海洋探査の拠点であるアンカー列島へ人員や物資を運ぶ上でも、ここの港は非常に重要な意味を持つ。


 常に人々が忙しなく働き、騒がしい港だが、今日は一際大きな賑わいに満ちていた。

 それも当然で、なにせ海の伝説とも言われるクラーケンが水揚げされたのだから。


「いやー、しかしまさか本当にクラーケンを倒しちまうとはな!」

「妙ちくりんな格好していやがると思ったが、とんでもない腕利きだぜ!」

「でも、本当に山分けでいいの? 実質、あなたたち二人で倒したようなものじゃない」

「いいって、いいって。こんな大物、俺たちだけじゃ処理し切れないしな」

「それに皆さんが船を触腕から守り切ってくれたからこその勝利ですからね。ここは平等に山分けが妥当でしょう」


 大仕事をやり切ったという晴れやかな顔の船員と冒険者に囲まれ、フレイとミクスは喝采を一身に浴びていた。最初は災害に突っ込む頭のおかしい狂人でも見るような目だったのが、随分な手のひら返しである。


 まあ称賛されて悪い気はしないし、今のうちにせいぜい鼻を高くして置こうか――余裕ぶった顔の裏で、そんなことを考えている二人であった。


「ところでよう、その……本気で食うつもりなのか、それ」

「つもりもなにも、せっかくの狩りたてなんだから、新鮮なうちに食わないと損だろ」

「まあまあ。調理は流々、仕上げを御覧じろってヤツですよ」


 クラーケン見たさに集まった観衆も含め、相当の数がひしめき合う人の輪。

 その中心で二人がなにをしているかといえば、クラーケンの調理中だ。


 触腕を解体したひと口大の切り身を網で焼き、辺りにはなんとも香ばしい匂いが漂っている。ミクスが小瓶を取り出し、中の黒い液体を切り身に振りかけると、ジュワァァッと匂いの香ばしさが一気に増した。周囲が一斉に生唾を呑み込む。


「――よし、できましたよ。あーん」

「いや、自分で食えるから「あーん」……あむ」


 フレイは観念して、串に刺して差し出された切り身の網焼きを咥えた。

 コリコリした歯応えを噛み締める度、甘辛のタレと合わさった旨味が口の中に広がる。

 ニマニマ笑うミクスに返杯してやりたいところだが、矢継ぎ早におかわりを差し出されるせいでなかなか反撃の隙が見つからなかった。


 それを横目に、串を配られた船員と冒険者が我先にと切り身に群がる。


「うめー!? クラーケン、うめぇぇぇぇ!?」

「酒持って来い! こいつぁ間違いなく酒が何倍も美味くなるぞ!」

「クラーケン自体もそうだけど、調味料がヤバイ!  この初めて体感する甘みと辛みの一体感……! 魔王軍は料理の美味さも悪魔的なのか!?」

「魔王軍じゃなくて、私の部族秘伝のタレですよ。王国どころか、こちらの大陸では他に味わえないこの珍味。それが今ならなんと大特価、一切れ五十ゴルドーです」

「「「お金取るんかい!? いや払いますけど! マジ金が取れる美味さ!」」」


 指で硬貨の形を作るミクスに誰も気を悪くすることなく、彼女が逆さにしたとんがり帽子へ硬貨を放り込んでいく。

 儲け儲け、とミクスはもう悪い笑みを浮かべていて、それさえ愛嬌を感じてしまう辺り、恐ろしきは惚れた弱みか。


 そんなことをフレイが考えていると、輪の外からなにやら怒鳴り声が聞こえてきた。

 怒鳴り声と悲鳴、それに言い争う声がどんどん大きくなる。


 やがて人の輪が割れて道を開けると、金属鎧に身を固めた数十人の集団が出てきた。

 どいつも他人を見下した嫌な目つきの顔ばかりで、中でも隊長らしき一番ふんぞり返った態度の、神経質そうな顔つきをした優男が先頭で叫ぶ。


「全員、動くな! その『魔物』は、我々《第一騎士団》が接収する!」


 そう言い出すなり、配下の騎士が陸に揚げられたクラーケンへと群がった。


 しかも運搬手段を自分たちで用意していなかったらしく、「とっととこいつを運べ、この愚図どもが!」などとこちらに命令してくる。騎士というのは人々を守る高潔な役職だったとフレイは記憶しているが、彼らの高圧的な物言いはむしろ山賊のそれだ。


 なぜか船員も冒険者も黙りこくっているので、フレイとミクスが口を挟む。


「接収だ? いきなりしゃしゃり出てきて、どういう了見だよ?」

「その魔物は、我々が討伐するはずだった獲物なのだ。よって所有権は我々にある!」

「いや、あるわけないだろ。馬鹿なのか?」

「狩りの獲物は狩った当人たちに第一の所有権がある。そんなことは常識でしょう? クラーケンの素材が入り用なら、《ギルド》が買い取って市場に出回るまで、良い子にして待つのがお利口だと思うのですがね」


 そんな滅茶苦茶な言い分、通るはずもあるまいに。

 しかし向こうは通るのが当然という顔で、こちらの反論に癇癪を爆発させてきた。


「口を慎め、無礼者め! ……ふんっ。貴様らのような野蛮で薄汚い冒険者どもが魔物を討伐したところで、民は全く安心できない。我々高貴にして高潔なる第一騎士団の功績であってこそ、正義が邪悪を挫いたと人心に安寧が約束されるのだ。よって、貴様らには我々に全てを献上する義務がある! わかったらさっさと引き渡せ!」

「わかるか、阿呆が。さっきから一体何様のつもりだよ」

「他人の手柄を横取りして我が物顔するような騎士団では、誰も安心なんかできませんよ。功績がどうこうという前に、日頃の行いを反省しては如何ですか?」


 至極当然の指摘をしたつもりなのだが、向こうはそう思わなかったようで。

 騎士たちが俄に殺気立って、直線直角でやけにカクカクした形状の武器を構える。

 圧倒的優位のつもりなのか、騎士隊長(仮)は嗜虐的な笑みに口元を歪めた。


「我々の慈悲と寛容にも限度があるぞ、下賤な田舎の猿どもめ。身分を弁えぬその不敬だけで万死に値する。貴様らのような、醜い魔物を素材に武装している卑しい野蛮人など、この場で手討ちにしたところでなんの問題もないのだぞ?」

「馬鹿も休み休み言えよ。そんな横暴が…………通るっていうのか?」


 さっきから沈黙を貫く船員と冒険者たちに、どういうつもりかと視線で問い質す。

 明らかに理不尽な要求をされているにも関わらず、誰も反抗しようとしないのだ。

 関わり合いになりたくないと言わんばかりに皆が視線を背ける中、船長と数人の冒険者が、騎士隊長に聞こえるのを恐れるように小声で囁く。


「気持ちはわかるが、逆らわねえ方がいい。相手が悪すぎる」

「なんでこんな港町まで出張ってきたか知らないが、連中は王国騎士団の部隊だ。しかも実力主義の《第二騎士団》と違って、第一騎士団は貴族の坊っちゃんの集まり。怪我なんてさせたら、死刑台送りにしようとどんな罪をでっち上げられることか」

「それに、あの装備を見てみろ。最新型の《魔導機》で完全武装していやがる。いくらあんたらが腕利きでも、《魔導工学》の兵器には敵いっこない」

「連中は威張り散らして、俺たちが平伏す様さえ拝めれば満足なんだ。適当に頭下げてやり過ごせ。運が悪かったと諦めるのが利口だ」

「…………」


 一応、彼らなりの親切で忠告してくれているのだろう。

 他の面々に至っては、自分に飛び火しては堪らないと無関係を装っているのだ。それに比べれば遥かにマシだが、こちらに従う気がないと悟れば同じように離れていく。


 結局のところ、自分たちに味方してくれる者は一人もいないようだ。

 別段、驚きもしなければ落胆もなく、フレイとミクスは軽く肩を竦めて見せる。


「人情紙切れのごとしって、まさにこのことだな。ま、一回同じ船に乗り合わせて共闘した程度の仲じゃ、こんなものか」

「加えて周りからすれば、私たちは余所者の異邦人ですからね。お偉い貴族様の不興を買ってまで庇う義理はない、ということでしょう。やれやれ、今日も今日とて、私たちのようなはみだし者には生き辛い世の中ですねえ」


 全くだ、とフレイもミクスの芝居がかった軽口に頷く。

 孤立無援の四面楚歌、そんなのはいつものことだ。


 自分やミクスのような、はみだし者のはぐれ者……お上手にもお利口にも生きられない者たちに、世界はいつだって冷たい。輪に入ろうとせず、言いなりの歯車にならない自分たちを、皆がよってたかって叩こうとする。


 世の中は理不尽で、人間は薄情で、誰も自分たちには見向きもしない。

 だからこそ――ひとりぼっちの自分を支え奮い立たせるのは、いつだって怒りだ。


 俯いて蹲っても、物語のように都合の良い助けなんか期待するだけ無駄。

 誰も手を差し伸べてくれないのなら、自分の力で立ち上がるしかない。


 それは勇気でも正義でもなく、理不尽や絶望に屈するものかと憤る気持ち。

 この湧き上がる憤怒こそが、世界に抗う唯一無二の武器なのだ。

 故に、フレイは焦熱の呼気を吐きつつ、右手を拳の形に固める。


「少しは身の程を理解したか? クラーケン退治の栄誉は、我々高貴なる騎士の手で果たすべき偉業。それを貴様ら、国にも民にも貢献しない下賤の輩が簒奪しようなどとは言語道断である! いいからつべこべ言わずにしたがぺ――!?」

「うるせえ、知るか」


 そして、騎士隊長のすかした顔面に思い切り拳を叩き込んでやった。


 たった十メートルあるかないかの距離など、フレイにかかれば《魔術》を使うまでもなく「ない」に等しい。一歩で距離を詰めたフレイの動きは、騎士隊長のみならず、ミクスを除いてその場の誰一人として目で追えなかったようだ。


 周囲からすればフレイの姿が突然消え、騎士隊長がこれまた突然鼻血を噴きながらふっ飛んだという認識。

 そして騎士隊長がいた位置に、拳を振り抜いた体勢のフレイを見つけて、ようやくフレイが騎士隊長を殴り飛ばしたのだと理解する。


 周囲が絶句して静まり返る中、フレイは牙を剥くように獰猛に笑った。


「もういい。要はアレだろ? 喧嘩売ってるんだろ? いいぜ、高値で買い叩いてやるからかかって来い。身分や権力を笠に着て、数で脅せば誰でも言いなりにできると思ったら大間違いだ。一つ、世界の本当の厳しさってヤツを教えてやるよ」

「この場合、世界は世界でも社会的ではなく大自然的な厳しさですけどねー」

「そ、その無礼者どもを殺せええええ!」


 部下に助け起こされた騎士隊長が、血の混じった唾を飛ばしながら喚く。

 我に返った騎士たちは、フレイとミクスを包囲するように陣取った。


 しかし彼らの構える武器がこれまた奇妙な形状だ。剣ではなく杖のようだが、先端部分に金属部品の集合体が不可思議なオブジェを形成しているのだ。

 ……フレイはふと、騎士たちが杖を持つ構え方が、杖術や槍の類ではなく、いわゆるボウガンのそれに近いと気づく。


「撃て撃て! 《ガンソードワンド》の《機銃モード》でハチの巣にしてやれ!」


 杖の先端、金属部品の中核と思しき球体が眩く発光した。杖の形状と同様の、直線直角で構成された幾何学模様の魔法陣が展開される。


 そして次の瞬間、一斉に放たれる魔力弾が雨あられと二人に降り注いだ。光のシャワーに呑み込まれて、二人の姿は完全に見えなくなる。弾幕が治まれば、そこに肉片が残っているかどうか……凄惨な予想に観衆は顔を青くし、騎士たちは愉悦に嗤う。


 しかし光が闇に弾かれるのを見て、どちらも驚愕で息を呑んだ。

 フレイとミクスの周りを、茨にも似た黒い紋様が囲んでいる。それが障壁となって魔力弾を防いだのだと、誰も即座には理解できなかった。


「王国の《魔法》とやらは随分温いのですね? 連射速度だけは驚きでしたが、こんな柔い飛び礫でクラーケンに挑むつもりだったと? こんなものクラーケンは元より、暗黒大陸のどの魔獣にも通用しませんよ。――魔道を舐めてるんですか?」


 冷笑するミクスの瞳が、怒りで極低温に燃え上がる。

 仮にも魔道を志す身として、騎士たちの攻撃の稚拙さが我慢ならなかったのだ。


「では、今度はこちらの番。暗黒大陸の《魔術》をお目にかけましょう」


 告げて、ミクスの全身が《闇》を放つ。


 こちらが構える杖も、騎士たちとは違った意味で奇怪そのもの。先端には蛇種の頭骨が被せてあり、複数種族の角が突き出て鈍器でも通用しそうだ。持ち手にも蛇種の長い背骨が螺旋状に絡みついていて、なんとも禍々しい意匠だった。


 次いで、ミクスの首筋から茨と同じ黒い紋様が現れ、右手を通じ杖へと伸びる。

 そして左手に掲げるのは……まだ焼いていないクラーケンの切り身。


「【闇よ】【欠片に秘められし生命の力】【その神秘を今ここに】」


 黒い茨が切り身を包み込み、魔法陣を展開。騎士たちの無機質なそれに比べ、こちらは植物が枝葉を伸ばすような、絵画的かつ有機的な紋様だ。

 ミクスが魔法陣ごと杖を振り被ると、魔法陣から膨大な量の水が噴き出す。

 それもただの放水ではない。その水は、まるで大蛇のように身をしならせたのだ。


「なんだ、こりゃああああ!?」

「水がなにか、生き物みたいな形に!」

「アレは、クラーケンの……!?」

「【獣臨:海王烏賊の重鞭】――!」


 まさしくクラーケンの触腕の形を成した、水の鞭が振るわれる。

 鞭で叩かれるというより、鉄砲水を浴びせかけられるような一撃だ。高圧の水流に薙ぎ払われ、騎士たちは半ば溺れながら宙を舞う。直撃こそ受けなかった観衆もついでにずぶ濡れになったが、そこまで気を回してやる義理はない。


 ずぶ濡れと全身打撲に加え、溺死しかけた騎士たちは、すっかり最初の威勢が消え去った。肺にまで入った水を吐き出しながら、その顔は恐怖一色に染まっている。


「ゲホ、ゴホッ……な、なんだ今の魔法は!? いや、そもそも魔法なのか!?」

「魔獣の力を操った? そんな魔法、聞いたことがないぞ!」

「それにあの禍々しい闇、まさか伝説に聞く魔族の邪法か!?」

「邪法とはなんですか、言いがかりも甚だしい。これは魔獣との戦いの歴史が生んだ、由緒ある清く正しい魔術。勝ち取った魔獣の素材を触媒とし、その魔獣が持つ力を引き出し具現化する――これぞ我が一族、《ダークの民》に伝わる暗黒魔術ですよ」


 猜疑、不安、恐怖、嫌悪、敵意……未知の黒き力を前にして、人々はよく知ろうともせず拒絶の姿勢を取る。

 それでもミクスは己が暗黒を恥じることなく、むしろ誇るように堂々と笑って見せた。



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