つまらない脚本は火を点けて燃やしてしまえ
「なんだ、なにをした!? 今のは魔法か!? いや、魔導機もなしにあんな芸当ができるはずはない! 一体なんなんだ、貴様らは!」
みっともなく狼狽する自称魔人。
人類の敵としての威風など欠片も感じられず、化けの皮が剥がれかかっている。
その無様に呆れつつ、フレイは逆に問い返した。
「そういうお前こそ何者だ? 俺たちは暗黒大陸の出身だけど、魔王軍なんて見たことも聞いたこともないぞ。そもそも――【その『仮装』は一体なんの冗談だ? 魔導機なんか使ってまで、随分と手の込んだ『魔族ごっこ』じゃないか】」
ギクリ、とわかりやすく自称魔人が動揺する。
フレイが暗黒大陸の出身と聞いてどよめいた観衆も、仮装の下りで自称魔人に対する疑惑が上回り、視線はそちらへ集中する。
「な、なにを言い出すかと思えば。意味不明なハッタリで魔人を煙に巻こうなどっ」
「水掛け論をする気はない。論より証拠ってな。ミクス、やっちまえ」
「ハイハイ。【獣躯:音翼鼠の調律】」
ミクスが《闇》を纏い、とんがり帽子がモゾモゾと動き出す。
深めに被り直した帽子の下から、左右に伸びて広がったのは……蝙蝠の翼だ。
「【――――】」
そして『牙』の覗く小さな口が、余人の耳には聞こえない『歌』を紡ぐ。
フレイを除けば、獣人のフィーナだけがその歌を耳にできたようだ。
なにも起こらないと観衆が首を傾げる中、異常は自称魔人の身に発生する。
「な、馬鹿な!? 《シェイプ・シフター》がひとりでに壊れて……!」
「音とは空気を伝わる波。そして特定の波長で奏でられた音は、一部の獣にしか聞こえません。それはつまり、特定の聴覚だけに干渉する音ということ。この性質を応用すれば、特定の物質だけを破壊する音波も生み出せるのですよ」
ピシピシ、ベキベキと響く破壊音。
自称魔人のどこにも損傷は見当たらないが、本人は慌てふためきながら、なにもない虚空をしきりに手で擦っている。
最後は決定的な音と共に、ガシャンと地面に金属部品がぶちまけられた。
虚空から突然現れたそれは砕け壊れてはいるが、誰の目にもなんらかの魔導機だと理解できる。魔導機はどれも同一の波長の魔力を発しているため、フレイとミクスは【魔力感知】を使うまでもなく、最初からその存在に気づいていたのだ。
そして自称魔人がいたはずの場所には、全くの別人が立っている。
顔の彫りが深い壮年の男が纏う、華美な金の装飾が施された白い法衣を見て、観衆は一様に我が目を疑った。
「あの服は、《神聖教会》の!?」
「顔も見覚えがあるぞ! 確か、孤児院の支援に熱心な偉い司祭様だ!」
「なんで、魔族が司祭様に!? どういうことなのよ!?」
「【どうもこうも、見たまんまだよ。こいつは魔導機で姿を偽装していたのさ。獣人を差別している神聖教会の司祭が、居もしない魔族のフリをして、獣人を無理やり操って暴れさせていたんだ。ちょっと考えれば、目的なんて透けて見えるだろう?】」
光は神が授けた正義の力であり、勇者は神が遣わした正義の使徒。
闇は世界を蝕む害悪であり、魔族は人を脅かす邪悪。
……そうやって勇者と魔王のおとぎ話を神話と謳い、光と神への崇拝を掲げているのが《アース神聖教会》だ。
ニーベルング大陸でも最大勢力の宗教組織。そして彼らは人間が神に選ばれ愛されし御子で、それ以外は下等な畜生だと蔑む人間至上主義者でもある。特に獣人は「獣の分際で人の真似事をする卑しい動物」だと、声高に迫害していた。
ここまで判断材料が揃っていれば、読み書き程度しか知らない子供だって、司祭が魔族を装って凶行に及んだ目的に想像がつくというもの。
「えっと、つまり……全て司祭様の自作自演?」
「そういえばここ最近、魔王の話が神の預言だとかいう演説を教会の神官がしてたな」
「教会が預言を信じ込ませるために、魔族の存在をでっちあげようとしたってのか!?」
「だ、黙らされてはいけない! これは、そう! 私を陥れようという、そこの魔族どもの陰謀なのだ! 人擬きの汚らわしい獣人を庇う魔族と、神に仕える司祭たるこの私、どちらを信用するべきかなど考えるまでもないだろう!? 教会の正義を疑うなど、神への冒涜である! 神罰も免れないぞ!」
「【粗末な言い訳ですね。神様とやらの名を盾に脅しをかけなければ、民衆を説き伏せることもできないのですか? それに首輪もそうですが、その如何にも高価な魔導機……こちらの国で相応の地位とお金がある人間でないと手に入らない代物では?】」
「【それ以前に、だ。――お前たちには、このボロボロに傷ついた仲間を抱きしめて涙するこいつが、ただの子供以外のナニに見えるっていうんだ? 『誰がこう言ったから』なんて言い訳を挟まず、自分の言葉で言って見ろ!】」
物理的に燃える眼で睨みを飛ばせば、観衆は揃って居心地悪そうに目を背けた。
諸手を挙げて司祭に賛同する者がいないだけ、まだマシな反応と思うべきか。
司祭はギャンギャン喚いているが、無駄だ。フレイとミクスは闇の力を乗せた声で周囲に語りかけていた。闇の力を込めた言霊は、聞く者の意識に深く深く突き刺さる。やろうと思えば暗示をかけられるほどの強力さで。
尤も暗示を使うまでもなく、口汚い罵りを口にする度、司祭の信用は失われている。
やがて味方がいないことを悟ると、司祭は駄々っ子のように地団駄を踏んだ。
「オノレオノレオノレェェェェ! どいつもこいつも、神の御意思に逆らう不届き者どもがああああ! こうなれば……!」
癇癪を起こして暴れ出すかと思いきや、司祭は妙な行動を取った。
なにやら宙に落書きでもするかのように両手をグネグネ動かした後、合掌。
祭事の舞踊でも見ない奇怪な動作だが、その効果は劇的だった。
突如、司祭の全身から暴風を巻き起こすほどの魔力が溢れ出したのだ。
「――この魔力反応は、まさか!?」
「なんだ、あのおっさんの身になにが起こっていやがる!?」
「あの男の体内に……いいえ、『全身に《魔導機》が埋め込まれています』――!」
「はあ!?」
【魔力感知】で司祭の体内の状態を見透かしたミクスの言葉に、フレイは耳を疑う。
驚いている間にも司祭の魔力は増大し、目も眩む光がその全身を覆い隠した。
数秒経って光が収まると、そこにはまた別人と化した司祭の姿が。
否、これを『人』と呼んでいいのだろうか。純白と言うには無機質な肌。粘土を塗りたくったかのように非人間的な人型の体。目も耳も鼻も口もなく、代わりに光の紋様が浮かび上がっているのっぺらぼうの顔。
最大の特徴は、背中に生えた《翼》と頭上に浮かぶ《光輪》だろう。
しかし《天使》と崇めるには、それはあまりにも歪な存在だった。
『……フ、ハッ。フハハハハハハハハ! 見よ、この美しき姿を! これこそ神の御加護によって生まれ変わった《使徒》の姿! 神に選ばれし者だけが至れる、神聖なる高次の存在なのだ! 神の威光に平伏せ、愚民どもおおおお!』
耳障りな反響がかかった声で、司祭どころか人間も辞めた使徒が嗤う。
頭上の光輪が輝きを増したかと思えば、そこから光の矢が放たれた。
無差別に四方八方へ飛ぶ光の矢が、困惑で硬直した観衆を次々と串刺しにし、場は一気に地獄絵図と化す。悲鳴と断末魔の叫びが轟いては、量産されていく屍。
逃げ惑う人々を嘲笑いながら、使徒は狂ったように光の矢を撃ち続けた。
「なーにが高次の存在だ。全身機械仕掛けに改造された、ただの人間兵器だろうが!」
そこへ、【獣装】で半竜半人にその身を変じたフレイが斬りかかる。
使徒は翼で空中高く浮遊していたが、フレイも背中のマントを竜の翼に変異させ、同じ高さまで一息に飛翔したのだ。
そして竜の膂力から繰り出す、竜の首をも断つ斬撃。
しかし――ガキン、と硬質な音と共に弾かれた。
「なに!?」
『フハハハハ! 愚か者があ! それが貴様の正体か、おぞましいトカゲ畜生め! 貴様ら下等で下賤な魔族の攻撃など、この聖なる体に傷一つ付けられはせぬわあ!』
白磁の刃を弾いたのは、使徒の全身を覆う魔力壁だ。
返す刃でもう一撃当てるも、逆にこちらの腕が痺れる手応え。
光輪が輝くのを見て、フレイは翼で大きく飛び退いた。間髪入れず、光の矢がフレイに的を絞って降り注ぐ。竜鱗を破られ、全身から流血が宙に散った。
浅い傷だ。到底骨までは届かない。それでも得意になった敵の笑い声が癇に障る。
「キャアアアア!」
怒りで煮詰まりかけた思考は、フィーナの悲鳴に遮られた。
彼女らの方にも流れ弾が飛んだのだ。ミクスがフィーナと獣人たちを庇うように覆い被さり、蜘蛛糸と水刃と翼で光の矢を防ぎ切った。
しかしとんがり帽子とマントが弾け飛び、結果――ミクスの変貌した姿が露わとなる。
「ミクス、さん。その姿は……」
「やれやれ。あまり、人前で見せるのは好きじゃないのですがね」
頭から直接生えたコウモリの翼。
両腕を覆うのはサメの鱗。
両足を包む甲殻と、腰から伸びる鉤爪はクモの脚。
三種の魔獣が入り交じったような、《ダークの民》の中でもなお異端の異形。
禍々しくも美しいミクスの姿。それを、使徒が見下し嘲笑う。
『フ、ハハハハ! なんという醜悪極まりない、おぞましい姿か! そうかさては貴様、そのあまりの醜さで暗黒大陸から追放された、はぐれの魔族だな? それも当然だろう、貴様の母親は一体何匹の畜生と関係を持った淫売なのか……!』
【――オイ、クソ野郎。お前、喋りすぎだ】
端的に言って、使徒はフレイの逆鱗に触れた。
火が点く。爆ぜる。燃える。猛る。滾る。昂る。
――怒る。憤怒が、《龍》が、目覚める。
瞬間。使徒の全身が抉れ、赤い赤い赫の炎で燃え上がった。