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飛び入り参加は自由に勝手に理不尽に


 ライン王国の王都ジーフリト。

《竜殺しの勇者》が建国の祖とされる「黄金の国」は、《魔導工学》の恩恵による文明と軍事力の著しい発展で、その異名に恥じないニーベルング大陸一の大国となった。その中心地ともなれば、まるで別世界のような華の都である。


 それだけ豊かな都市には人が集まり、人が集まるほど問題や厄介事も増えるのは必然。

 しかし……今日、王都のメインストリートを騒がせているのは、常にはまず見られない――それこそ、舞台の一場面がごとき光景だった。


「フハハハハ! ゆけぇ、我が魔王軍の下僕どもよ! 平和ボケした人間どもを、恐怖と絶望の暗黒に叩き落としてやるのだああああ!」

「グオオオオ!」

「ガアアアア!」

「ギャオオッ!」


 青い肌に白黒が逆転した目、極めつけに頭から生えた角。

 見るからに人外で物語の悪役っぽい、派手な黒衣に身を包んだ男が号令する。


 男の言葉を受けるのは、まだ幼い子供と言っていい年頃の獣人たち。しかし目を真っ赤に血走らせ、言葉の体を成さない絶叫を上げる姿は、まさにケダモノ。手近な人に引っかくわ噛みつくわ、家の窓を壊すわ馬車の荷台をひっくり返すわの大暴れだ。


 大陸で最も華やかな都に暮らし、大多数は荒事と無縁に育った人々が、阿鼻叫喚の有様となって逃げ惑う。


「キャアアアア!」

「逃げろ、逃げろおお!」

「ちくしょう、マジで魔族が実在しただなんて!?」


 ――そう、以前から人々の間で噂には上がっていたのだ。

 店や民家が何者かに襲われ、犯人は獣人を従え「魔王軍の使者」を名乗ったと。


 最初こそ「おとぎ話の読みすぎか」と鼻で笑われたが、あまりにも同じ事件が相次いで、不穏な空気が王都に蔓延していた。そこへとうとう白昼堂々、それも大通りのド真ん中でこの襲撃だ。爆薬にでも火を点けたような大騒ぎになった。


 そんな中、人々とは逆に舞台の壇上へ進み出る人影が三つ。


「そこまでだぜ! 邪悪な魔王軍め!」

「これ以上、あなたたちの好きにはさせない!」

「悪しき闇の軍勢なんて、あたしたちの光が消し去ってやるんだから!」


 登場したのは、これまた物語の主役がごとき、三人組の少年少女。

 弓使いと僧侶の少女二人を従え、白金の剣を手にした少年が不敵に笑う。

 それを見た観衆の何人かが、足を止めて口々に叫んだ。


「おお、あの三人組は! 最近噂になっている《勇者パーティー》じゃないか!」

「まだ学生にも関わらず、たった三人で亜竜を討伐したっていう、あの!?」

「特に少年は、《竜殺し》の再来とまで言われている天才児だぞ!」


 一転して好奇と興奮の歓声が場を満たし、観衆の作る輪が舞台の壇上と化す。

 舞台に役者は揃い、観客は英雄譚の目撃者となる期待に熱狂した。

 ――そこに、物事の真偽を気にかける者など一人としていない。


「フハハハハ! 面白い! たかが子供三人が、この魔人ギルデスに挑むというのか! 暗黒大陸より、邪悪な闇の侵略は既に始まっている! 神への祈りも忘れた愚かしい人間どもよ、滅亡のときは目前だ! 闇に恐怖し、絶望するがいい!」

「俺がそうはさせないぜ! 神より授かった、この《神剣》にかけてなあ!」


 戦いの予感に、舞台の盛り上がりは際限なく高まる。

 人々が期待する通り、主役が勝利し悪は退けられるだろう。

 そして獣人たちは名もない端役として、路傍に転がった屍は誰にも見向きされることなく朽ち果てるのだ。


 ……その胸糞悪い筋書きに、待ったをかける。



「【――くっだらねえ茶番はそこまでだ】」



 決して激しい口調ではなく、むしろ静かな声だった。

 しかしその一声は、魔人も勇者パーティーも雷のごとく打ち据えて硬直させる。


 今まさに衝突寸前だった少年と獣人たち。それが、両者の間で突如起こった黒い竜巻に弾き飛ばされる。特に少年は獣人たちを一振りで蹴散らそうと、なまじ勢いづいていたせいで、派手にふっ飛んで壁に激突した。


 舞台を一蹴した黒風の中心に立つは、魔獣の武具を纏った黒髪の剣士。王国では野卑と蔑まれる獣の装束だが、嘲りを口にできる者はいない。主役も悪役も霞むほどの、空気が鉛に変わったかのような威圧感を前に、誰もが呼吸を止めた。


 静寂が大通りを呑み込む中、ふと剣士の影がブクリと膨れ上がった。

 まるで水面の泡のごとく膨らんだ影が弾け、さらなる第三者が現れる。剣士と同じ獣の装束を纏った魔女と、猫耳の獣人少女だ。


 予想だにしない乱入者に、観衆は言葉を発せないまま騒然となる。

 特に、見たこともない異質な装束に身を包んだ剣士と魔女に、主役の存在さえ忘れて観衆の目は釘付けだった。


「な、なんだ貴様らは!? どこから、どうやって現れた!? 一体なにをした!?」

「なんだよ、お前! 急に割り込んできやがって、脇役は引っ込めよ!」

「【うるせえ、ちょっと黙ってろ】」


 剣士――フレイは一睨みで双方を黙らせる。

 魔女――ミクスは『自称』魔人の反応に、肩透かしを食らったようなため息をついた。


「【影の回廊】……影から影へと繋がる闇の通路を開く魔術です。こんな暗黒魔術の初歩も知らないとは、やはり同郷の者ではありませんね」

「皆、どうしちゃったの!? お願い、返事をして!」


 獣人少女――フィーナが仲間の獣人へと必死に呼びかける。

 しかし獣人たちはなんの反応も見せず、ただ四つん這いで唸るばかりだ。

 ただならぬ様子に、フレイはミクスへ問いかける。


「ミクス、『視える』か?」

「ええ。あの首飾り――いいえ、首輪が元凶ですね。首輪から流れる魔力が子供たちの自我を殺し、苦痛と従属を植え付け、無理やり暴れさせています。あんなもの、闇の力なんて全く関係がない。ただの悪趣味極まりない拷問器具ですよ」

「着飾るためでなく、拘束し隷属させるための首輪か……反吐が出るぜ」


 忌々しげに吐き捨てた二人は一応正体を隠すため、仮面で顔を隠している。港町を始め各地で騒ぎを起こした結果、手配書が出回ってしまったのだ。


 ただ幸か不幸か、人相書きの顔は似ても似つかない悪党面だった。どうも第一騎士団や他の被害者が、自分の醜態を誤魔化すため話を大袈裟に膨らませたらしい。まさに邪悪な魔王軍の幹部みたいな顔にされていた。


 おかげさまで、今後こうして顔さえ隠せば、普段こちら側の格好で活動する分には正体がバレる心配はないだろう。


 それはともかく、自称魔人は獣人たちを首輪の力で暴れさせているらしい。ミクスは魔力の流れを捉える【魔力感知】の魔術で、獣人たちの状態を把握したのだ。

 そのことを聞いて、フィーナが自称魔人へと叫ぶ。


「魔王軍! 今すぐ私の仲間を解放して!」

「貴様、あのとき取り逃した……。フンッ、なんの話かなぁ? 我はただこいつらの、闇の下僕としての本性を解放してやっただけに過ぎない。獰猛で野蛮、破壊と暴力に飢えた本能! 闇の力に溺れ、闇に穢れた薄汚い血統! 人の皮を被った下等で卑しい獣畜生の本性をなあ! フハハハハハハハハ!」


 自称魔人はフィーナに気づくと、先程までの狼狽などなかったような顔で高笑いする。

 余程獣人を貶めたいのか、王都中に届けと言わんばかりに声を張り上げていた。

 フィーナの表情が怒りで歪む。今にも自称魔人へ闇雲に飛びかかりそうな剣幕だ。


「お前……っ!」

「【――落ち着け。怒りは力だ。でも、怒りに全てを委ねてはいけない】」


 そこに、フレイが彼女の両肩に手を置いて、背後から呼びかける。

 それだけで、フィーナの全身から強張りがストンと抜け落ちた。


「【怒りに我を忘れて、思考を閉ざすな。今、お前が一番に成すべきことを考えろ。それはあのクソッタレをぶん殴ることか? それとも、いいように操られている仲間を助け出すことか? 他の誰でもない、お前自身が選択し決断するんだ】」


 フレイの両腕を黒い紋様が這い、触れた手からフィーナの両肩を伝う。

 そのまま黒い紋様は、フィーナの両腕に絡みついていった。


「【怒りを研ぎ澄ませ。その怒りで断つべき、お前の敵を見極めろ。その怒りで決して傷つけはならない、お前の守りたいモノを見定めろ】」

「私の敵、私の守りたいモノ……」


 紋様を介して、闇の力がフィーナへと伝導する。

 フィーナの表情から歪みは消え、凪いだ水面の穏やかさに。しかし瞳だけは、激しくも静かな憤怒で煌々と燃え上がっていた。

 その怒りに呼応するかのごとく、自然と前方へ構えた両腕に闇色の炎が猛る。


「傷つけちゃいけない、私の大切な仲間……断つべきなのは、皆を縛りつける枷……!」

「【そうだ――放て!】」

「な、なにをする気だ!? 殺せ! お前たち、あいつらを殺せええええ!」

「「「ギャオオオオ!」」」


「【『獣躯』:■■龍の糾弾】!」


 魔法陣の展開と同時、いくつもの赤い閃光が虚空に走った。


 それは火属性の魔力から生まれる熱エネルギーに超高圧・超加速をかけた、超高熱の閃光――言わば『熱閃』とでも呼ぶべき代物。だが、それを理解できる者はフレイとミクスを除いてこの場に誰もいなかった。


 灼熱の軌跡で空を焦がした熱閃は、飛びかかる獣人たちの首を掠める。

 熱閃が捉えたのは首輪の、獣人たちを操るための機能が集約した部品。


 蜘蛛糸よりも細い中に満ちた尋常ならざる熱量は、しかし獣人の体には僅かな火傷一つ負わせることなく、その邪悪なる装置だけを溶解させた。


 糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる獣人たち。ミクスが蜘蛛糸で即座に、しかし体に負担をかけないよう気遣ってこちらに引き寄せた。

 気を失ってはいるが、呼吸も顔色も安定している。

 仲間の無事を確認したフィーナは、夢から醒めたように呆然と呟く。


「今の、一体? 私、なにを」

「フィーナがやったんだ。俺は、お前の怒りに形を与えただけに過ぎない。フィーナの仲間を想う怒りの力が、皆を苦しめる首輪だけを正確に破壊した。お前は、自分の力で仲間を救ったんだよ。――よく頑張ったな」


 そう言って頭を撫でてやれば、フィーナは顔をくしゃくしゃにした。

 仲間を抱き寄せ、その頬を安堵の涙が伝う。


「良かった、良かったよお……!」


 その様子にフレイは仮面の下で微笑む。

 しかし正面へ向き直った顔は憤怒の形相に変わっていた。


「さあ、今まで散々好き勝手しやがった落とし前をつけさせてやるぞ……!」


 フレイの呼気が焦熱を帯び、片目に走った亀裂から炎が噴き出す。

 ――突如として英雄譚の舞台に乱入した、この剣士が一体『なんなのか』。

 彼に寄り添う魔女以外に、まだ誰一人として正しくそれを理解できずにいた。



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