滝藤秀一さま お祝い小説
「春は卒業の季節ですね」
カウンターでカップを磨きながら、このカフェのオーナーのミイニャはぼそっと呟くように言う。
「入学の季節でもあるだろ」
「そうですね。出会いもある季節です……」
ドアが開く音で、反射的に俺たちは、
「いらっしゃいませ」
と、頭を下げ大きすぎず小さすぎない挨拶する。
ご来店したのは、卒業証書を手に持った可愛い女の子と小さな女の子だった。
2人の来店をお祝いするかのように、桜の花びらが何枚か店内に吹き込んできた。
「お好きな席へどうぞ」
「ななちゃん、どこに座りたい?」
「あの、まあるい椅子がいいでちゅ」
小さな女の子はてくてくとカウンター席にやっくるが、少し椅子が高いために、一人では着席できず、可愛い女の子に抱えられて腰を下ろせた。
おしぼりとお水を出し、二人にメニューを手渡す。
「ななちゃんは、いちごのホットケーキかな?」
お姉さんの言葉に、ななちゃんと呼ばれた小さな女の子はぶんぶんと首を横に振り、
「今日はよつ葉お姉しゃんのお祝いでちゅ。ななのだいちゅきなイチゴしゃんはよつ葉おねえしゃんにあげまちゅ」
どうやら小さな女の子は、お世話になっているお姉さんに何かお礼がしたいらしい。
「ミイニャ、いちごのホットケーキ2つと、それから飲み物は……」
俺は二人の方を見る。
「あのう……」
よつ葉お姉さんは困惑の眼差しをこちらに向けた。
「カフェ『グランデ』は本日卒業生さまおもてなし中なので、お代はいただきません。ついでに小さなお子様は限定サービス中なので、デザート、お飲み物各一品まではサービスしています」
「はあ~……また始まりましたね。可愛い子には甘いものをあげましょう、優斗君……まあいいでしょう。卒業はお祝いですから。お二人ともお飲み物は?」
「じゃあカフェラテのホットを」
「ななは牛乳をくだしゃい」
☆ ★ ☆
「そうですか、看護師さんになられるのですね。近いものを感じます」
ミイニャさん、近くもないと思うのですけどね。
「きっといい看護師さんになれます。思いやりの心は人として大事ですし、看護師さんにとって、備え持っていなければならない最高の武器だと思います」
彼女の隣でななちゃんは幸せそうにイチゴを頬張っている。
「美味しいでちゅ」
ななちゃんは微笑んで俺たちを交互に見た。お店をやっていた良かったと思える瞬間だ。お客様の笑顔になって、この空間が少しでも癒しになればと思って、俺はミイニャとグランデをやっているのだから。
「なに仲良くなろうと思って、知恵を絞ってるんですか? 優斗君には私がいるでしょ」
「全然心読めてないぞ。俺はただここで働きだしてよかったなと思ってただけだ」
「それは常日頃から思っていてほしいです」
「看護師さんか……」
「なにか?」
よつ葉ちゃんはカフェラテから口を話して小首を傾げた。
「いや、俺未熟児だったなぁと思いだして……」
「今は低出生体重児といいます」
「そうなんだ。さすが看護師さん。生まれたばかりの時の記憶って当たり前だけど、あんまりないんだけど、優しい看護師さんに励ましてもらったりしたことなんとなく思えてるよ」
「でも、今ではこんなに大きくなってます!」
「ふむ。担当してくれた看護師さんとお医者さんのおかげもあるよ。小さいころの俺の夢はたしかお医者さんだったな。勉強嫌いで諦めてしまったけど……今はやらなきゃいけないことができてそっちが夢になっちゃったけど。ときどき遊びに来てよ。カフェ『グランデ』はお悩み相談も受け付けているから」
「はいっ! カフェ通いしちゃいます」
「ほら、楽しく話し始めた……」
ミイニャの鋭い視線が飛んでくる。
「綺麗な絵でちゅ。ケーキも食べたくなったでちゅ」
ななちゃんはデザートメニューを眺めている。
「優斗君、残っているケーキもお出ししましょう」
「はいはい」
ななちゃんには、イチゴのショートケーキを。
よつ葉ちゃんの前にチーズケーキを出すと、ミイニャが目を合わせてきた。もはや何を考えているのかわかる。
「ご卒業おめでとうございます!」
と、俺たちは同時に言葉を発した。
今日のカフェ『グランデ』はいつも以上にあったかあったかです。