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ヴァリアント・マキナ  作者: dandy
9/9

軍人の仕事

 リーゼライド王国は周辺の国と比べて面積が大きく、様々な国からやってくる行商人が集まるため、王宮近くの栄えた街では、国内外を問わない様々な商品が並べられている。

 店主と値段交渉をする者、冷やかしながら談笑を楽しむ者、商品を手に取って良し悪しを見る者。それぞれがそれぞれの目的を持って行動し、街は賑わっている。


「これが、街……」

「そうよ。今日は行商人が多く集まる日で、いつもより人が多いわね」

 ミリアムは外出用の私服を、真詩義は軍で支給された軍服を着ている。真詩義の服装を見てミリアムは物言いたげであったが、特に何も言うことなく出発した。

「それで、何を買うんですか?」

「まぁ買いたい物もあるんだけど、それはまた今度ね。今日は警備の仕事があるのよ。病気とかで休むって人が出ちゃったからね」

「それで、その代理ってことですか?」

「そういうこと」

 ミリアムは先導するように前を歩き、真詩義がその後ろをついていく。側から見れば姉弟のように見えるだろうが、私服と軍服というミスマッチが周囲の視線を集めていた。

「あの、ミリアムさん」

 その視線が気になって、真詩義はミリアムを呼び止める。

「何?」

「なんだか、こっちを見られているような感じがするんですけど……」

「ああ、それはマシギが軍服を着てるからよ。軍人でも軍服のまま街に出ることはあんまりないからね」

「なるほど」

 納得はいったが、今ここで着替えろというわけにもいかない。真詩義は次回から気をつけようと考えるのであった。



 それからしばらく歩くと、一軒の建物の前でミリアムが立ち止まった。

「ここは?」

「行商人たちがよく利用する宿よ。今日はここの警備をするの」

 そう言って中に入ると、開けたロビーがあり、正面には受付と思わしき机があったが、多少の物音が周囲から聞こえるだけで誰もいない。

「すみませーん! 店主の方はいらっしゃいますかー?」

 ミリアムが大きな声で店主を呼ぶと、「ちょっと待っててくれ」という声が奥から聞こえてきた。そして十秒ほどして声の主が姿を現した。

「おう、待たせたな」

 出てきたのは、これでもかという程体つきの良い男だった。見た目だけでいうなら、歴戦の戦士も凌駕するように思えてしまう。

 しかしミリアムはその見た目に臆することなく話を始めた。

「私たちは王国軍の者です。警備担当の者が急病に伏しているため、代役を仰せつかりました」

「ああ、わざわざ済まないな。大したもてなしはできねぇが、夜まで頼むぜ」

「はい」

 軍服を着ていたおかげか、体が小さいために子供とみなされそうな真詩義は特に何も言われなかった。

「あ、あの、警備って、具体的に何をしたら良いんでしょうか?」

 その質問に、店主は眉を顰めた。特に怒っているわけではないのだが、リーゼライド王国では軍が衛兵としての役割も担っている。にも関わらず、警備という仕事がどんな者なのかを知らないことを不思議がっている。

「す、すみません! この者はつい昨日配属されたばかりでして、まだ軍人としての役割を把握しきれておらず……」

 慌ててミリアムが二人の間に入り、店主に頭を下げるのだが、店主は笑い始めた。

「おい、歳は幾つだ? 坊主」

「十六です」

「十六にしちゃ体が小せぇみたいだが……軍人になるたぁ、大したもんだ。仕事に関しては教えてやるから、嬢ちゃんの方は先に二階の様子を見てきてくれ。何人か部屋に残ってる奴もいるから、念のために話を聞いておいて欲しい」

「わかりました。じゃあマシギ、また後でね」

「はい」

 早速ミリアムは二階へ行き、真詩義は店主に話を聞くことになった。


「まず、うちの宿屋での警備はそんなに仕事はない。せいぜい怪しい人間がいないか、怪しい荷物がないかを見るくらいだ。一階部分はこのロビーと部屋が四つ。二階部分は部屋が八つある」

 ロビーには、客用のテーブルと椅子がいくつか並べられていて、小さな宴会ができる程のスペースはある。

「もし、不審人物や不審物を見つけた場合はどうしたらいいんですか?」

「そこは対処が難しいんだが、怪しい奴を見つけたら、まずは見張ってくれ。そして、悪事を働いたなら即刻しょっ引いてくれ。不審物は、置いてあった場所と日付を記録して管理する必要があるから、俺のところまで持ってきてくれ」

「わかりました」

 それ程難しい仕事内容ではないため、真詩義にもすぐに理解できた。だが、一つだけ疑問があった。

「あの、警備の仕事なんですよね? だったら、軍服の方が良いんですよね?」

「ん? いや、別にどんな服装でも良いんだが……そうだな。もし坊主が盗賊やら山賊だったら、丸腰の奴と重武装した奴、どっちを狙う?」

「もちろん丸腰の方です」

「だろ? 軍服ってのは、軍人の証でもある。盗人への牽制って意味じゃ良いかもしれねぇが、相手が近寄ってこないことが多い」

「……機を見計らってまたやってくるってことですか?」

「そういう可能性もあるってことさ」

 店主が満足そうに頷くと、ようやくミリアムが私服で警備にやってきた理由がわかった。

「まぁよろしく頼むぜ。細かい指示は嬢ちゃんに聞くといい。俺は仕事に戻るぜ」

「はい、わざわざありがとうございました」

 真詩義は深々と頭を下げ、店主は満足げに自室に戻っていった。



 それから少しして、ミリアムが二階から降りてきた。

「あ、ミリアムさん」

「どう? マシギ。仕事は理解できたの?」

「はい。丁寧に教えてもらいましたから」

「そう。なら、しばらくはのんびりしてても良さそうね。二階も問題なかったし」

 そう言うと、ミリアムは自分の持っていた袋から小さめの包みを二つ出し、そのうちの一つを真詩義に渡した。

「これは?」

「お弁当よ。時間があまりなかったから、簡単なものだけど」

「あ、ありがとうございます!」

 礼を言いながら包みを開けると、四切れのサンドイッチが入っていた。見た目は整っており、真詩義は感激のままにサンドイッチを頬張った。

「おいひいれす!」

「ちょっ、ゆっくり食べなさいよ」

「ミリアムさんって、料理が上手なんですね」

「そ、そうかしら?」

 純粋な目をして褒められてミリアムも満更でもないのか、はにかんだ表情を見せた。





 日が沈みかけ、警備の仕事は特にやることもないまま仕事が終わりそうである。

 二人はその間に宿屋の様子を見ていたのだが、特に変わった様子もなく、出入りする商人たちと挨拶を交わすくらいであった。

「それで、グリーンベル隊長ったら、実戦訓練と称してラヴィニアさんの悪口言ってた奴らをぶちのめしちゃったのよ」

「あー……ヘンネさんならやりかねないかも……」

 談笑に興じている二人は、もうすぐ仕事が終わるということで少し気が緩んでいた。しかし、真詩義の目はある男を捉えた。

 男は宿屋に入ってきて、傍目からみると普通の宿泊客ではあるが、その目だけは周囲の状況を把握するためにせわしなく動かされ、一瞬だけ目が合った。不審に思った真詩義は、その男の顔を覚える。

 男は店主と少しだけ話をすると、二階に向かった。

「ミリアムさん。さっきの男、怪しくないですか?」

「へ? そうかしら?」

 当然ミリアムも男の姿を確認してはいたが、怪しいとは感じなかった。

「入ってすぐに、周囲の状況を確認してました。目の動かし方が異常でしたね」

「……そう。なら放っておけないわね」

 真詩義の言っていることを信じたミリアムは、立ち上がった。

「私は二階を確認するわ。真詩義は一階と外を警戒しておいてちょうだい」

「わかりました」

 真詩義も二つ返事で指示を了承し、残り少ない時間を警戒に当てた。






 真詩義とミリアムが警戒を始めた頃、リーゼライド王国軍の女性専用の入浴場にて、異例の新入隊員についての談議が繰り広げられていた。

「ヘンネ。マシギの部隊内での立場はどう思う?」

 ヴェリエルは金色の髪が湯につかないように結わえながらヘンネに疑問を呈した。

「そりゃすぐにでも取り立ててはやりたい実力だが、軍ってのはしがらみが多いからなぁ………ラヴィニアはどう思う?」

「いいと思うわよ? 色々と聞きたいことはあるけど、試験を受ける工程は完全にスキップできるわ」

 ラヴィニアは伸びをすると、「それに」と言葉を続ける。

「あの子、結構タイプなのよね」

「一応年齢は十六だそうだ。法的に結婚もできるぞ」

「いや、『結婚できるぞ』ではない。ラヴィニアの暴走で何人の新入隊員が被害に遭ったか……」

 ラヴィニアの発言に肯定的な返しをするヘンネに、ヴェリエルが突っ込みを入れる。

「そんなに被害は出していないはずよ? 確か、今年はまだやってないわ」

「……ラヴィニアが入隊してから、二年間で十名ほど『貞操が危機に晒されたから配属を変えて欲しい』と、嘆願書を提出された」

「もう、いけずなんだから」

「ヴェリエル。こいつに関しては諦めろ。既に不治の病だ」

「あら、グリーンベル隊長はわかってくれるのね」

「残念だが、理解はしてやってない。諦めてるだけだ」

 ラヴィニアは大の年下好き。彼女の年齢は二十四であるが、守備範囲は十四から二十。十六であるマシギはストライクゾーンにバッチリ当てはまっている。

 それでなくとも、ラヴィニアが年下に手を出そうとしたという話は後を絶たず、先ほどヴェリエルが話していた嘆願書を提出した者たちは、ヴァリアント部隊と直接関わりのない部署へ配属されている。

「まぁ、私の性癖については置いといて、マシギは文句なしで前線で起用できるレベルにあると思うわ」

「解析の結果、ツイレンを倒すのにヴァリアントの出力を使った時間がたったの一秒ときてやがる。元から、ベルスティ型の右脚部だけでギリアム型をぶっ倒すくらいの実力はあるんだ。そんなのがヴァリアントをフル装備すりゃ、歩く殺戮兵器さ」

 ヘンネは、元帥であるヤックルに真詩義の入隊を交渉する際にも、『前線で敵を屠る機械となってもらおう』と言っていた。そして、それを実行できるかもしれない実力を持っている。

「ではヘンネ。明日から私がマシギの戦闘指南をすることになるが、何か特筆することはあるか?」

「いや、特には。というより、マシギの奴がどこまでやれるかがまだ未知数だ。ツイレンとの戦闘だけじゃなんとも言えん」

「なら、一通り基本の戦闘術を教えた後、適宜内容を変えていくことにする。私の独断で構わないか?」

「ああ、頼む」

 ヘンネはバシャンと音を立てて立ち上がると、右の義手についた水滴を払うように腕を振りながら脱衣所へ向かって行った。



「歩く殺戮兵器、ねぇ」

 ヘンネの背中を見送ったヴェリエルとラヴィニアは、小さくため息を吐いた。

「キーレイ副隊長。隊長は本気であんなこと言っていると思う?」

「そんなわけがないだろう。だが、場合によっては他の将校たちが口出ししてくるかもしれん。それには備える必要がある」

 ヴェリエルの階級は准将、ヘンネの階級は少将。そこまでの階級になれば軍内での発言力も大きい。だが、それ以上の階級の相手から真詩義に関して口を出されると、ほとんど防ぐ手がない。極端な話、単騎で敵陣に突撃しろと中将や大将、元帥の者に言われれば、真詩義もそれに従うしかない。

「軍などに関わらせたこと自体がそもそもの間違いなのかもしれない………私が責任を持って一人前にする」

「そうね……」

 真詩義は巻き込まれる形でありながらも従ってくれている。その姿が健気で、半分騙しているような感覚陥ったヴェリエルは、罪悪感を一人噛み締めていた。






 日も完全に沈み、燦然と輝く星が空を彩っている。

「はぁ……思い過ごしかなぁ」

 結局、真詩義が怪しいと言っていた男が動きだす気配はなかった。真詩義の思い過ごしかと拍子抜けしたミリアムだが、事件など起きないに越したことはない。

「ま、結果オーライってことでいいかな」


 そろそろ帰ろう。そう思った時だった。一人の男が宿屋のドアを蹴破り、その後ろから四人ほど別の男がなだれ込んで来た。

「オラァ!! 大人しくしやがれ!!」

 明らかに宿泊客ではないことはわかる。入ってきた合計五名の男は全員武装しており、丁度ロビーにいたミリアムや他の行商人に対して剣を向ける。

「何者!?」

 ミリアムも荷物の中に隠していた短剣を引き抜き、男達に向ける。だが、男達は答える気が無いようで、一人がミリアムと対峙し、残りは周辺にいた行商人たちに向かっていく。

 宿泊客を守ろうと走り出そうとするが、目の前の男が剣を振って妨害する。

「なかなか上玉じゃねーか。大人しくしてりゃ、あとで可愛がってやるぜ?」

「ふざけないで!」

 荒い踏み込みからの一閃。男はそれを軽々と受け止めると、腕力で強引に薙ぎ払った。

「きゃあ!」

「大人しくしとけっつてんだよ! クソアマが!!」

 男は床に倒れたミリアムを完全に押し倒すと、覆いかぶさるように押さえつける。

「このっ、離しなさい!」

 振りほどこうと暴れるが、男の力が思った以上に強いせいでビクともしない。

「クソ、鬱陶しい」

 男はこの場で行為に及ぼうとしているのか、ミリアムの服に手をかけた。

「や、やめ」

「おらぁ!」

 ビリ、と勢い良く服が破かれ、ミリアムの胸部の下着が露になった。腕で隠そうとしても、右手は左手で、左手は右足で押さえつけられているために不可能である。

 男はミリアムの胸部を凝視し、そのねっとりとした視線にミリアムの背中に冷や汗が流れる。

 周囲を確認しても、行商人たちが人質に取られていて、下手に動けば殺される。絶望的な状況に、ミリアムは涙が出そうになった。


「よし、大人しくなった……あがぁあああああ!!」

 ミリアムを抑えていた男が、急に悲鳴をあげて倒れた。その頭には深々とナイフが刺さっており、男は苦悶の表情を浮かべたまま動かなくなった。

 ミリアムはゆっくりと視線を動かすと、真詩義の姿を認めた。

「遅くなってすみません。ちょっと手間取ってまして」

 そう言うと、今度は行商人を人質に取っている三名の男に突撃し始めた。


「馬鹿が! こいつがどうなってもいいのか!?」

 接近してくる真詩義に、人質の首に剣を突きつけて見せる。だが、真詩義は止まらずに懐からナイフを取り出し、男に投擲。

「がっ……」

 ナイフは見事に男の目に命中し、骸が一つ増えた。そして残った二人にもナイフを投擲し、それぞれの腹部に命中。激しい痛みに思わず呻いて体勢が崩れたところにすかさず二段蹴りを放ち、一撃目で腹部のナイフを更に押し込み、二撃目で顎を思い切り蹴り上げた。蹴られた男は仰向けに倒れ、目の瞳孔が開ききっていた。誰が見てもこの男が死んだことがわかる。

 あっという間に三人を無力化した少年に、残っていた一人は戦意喪失していた。

「ま、待ってくれ……お、俺はもう降参するから、い、命だけは許してくれ!」

「………」

 必死の命乞いに動きを止めた真詩義だが、その目は異常なまでに冷たい。

「た、頼む! な、なんでもするから! 頼む!」

 今度は土下座をする。だが、容赦のない蹴りが土下座をしている男の頭部を的確に捉え、一メートル程吹っ飛ばした。

 真詩義は倒れた男たちの手首に指を当て、血液が流れているかを確認する。倒した四人のうち三人は既に絶命、最後に倒した男だけはまだ生きていた。


「大丈夫ですか?」

 真詩義は床にへたり込んでいるミリアムに声をかけ、自分の上着を脱いで差し出す。

「う、うん……」

 ミリアムはおずおずと上着を受け取ると、それを羽織るように着た。しかし、真詩義の体が小さいために服も小さく、ミリアムの体を隠すには不十分である。

 ミリアムが上着の裾を引っ張るも、真詩義とミリアムの身長差は十センチ程もあり、体格もミリアムの方が良いため、胸部を隠せても腹部が見えてしまう。ミリアムとしては、これは恥ずかしい。

 助けてもらい、気を使ってもらった上で注文をつけるのが申し訳ないと思って何も言わないミリアムだが、真詩義は周囲の確認をしている。

「ミリアムさん。入ってきた敵は四人で全部ですか?」

「へ!? あ、あぁ……いや、もう一人いたわ! もしかしたら二階かもしれない」

「わかりました。ミリアムさんはここで待っていてください。あと、そこで気絶してる男の右腕と左足を縛ってください」

 真詩義はすぐさま階段の方へ向かい、ロビーをミリアムに任せた。




「悔しいなぁ……」

 ミリアムは犯されそうになった恐怖よりも、何もできなかったことに後悔していた。

 ミリアムも正規のヴァリアント部隊の隊員であるためにそれなりの訓練は積んでいる。もちろん一般人よりも強いのだが、ヴァリアントがなければそれだけである。

 真詩義は、ミリアムでは手も足も出なかった相手に対して、生身で、しかも四人も倒した。自分との差は一体なんだろうと考えた時、真っ先に浮かんだのは、昼食の時に聞いた真詩義の過去。

「………」

 真詩義が差し出した上着は小さい。こんな小さな服に収まってしまうような体に、一体どれだけの強さが詰め込まれているのだろう。少しだけ、羨ましいと感じていた。

 二階から、何かを叩きつけたような鈍い音が響く。ああ、これで終わったんだとミリアムは確信した。




 それから近くを巡回していた兵を呼び、事態は収拾した。捕らえられたのは、宿屋に入ってきた五人のうちの一人と、宿屋を包囲していた軍勢のうちの三名。それ以外は絶命していた。たった二人でそこまでのことをやってのけたことを賞賛されたのだが、実際のところ、全て真詩義がやったこと。そう口に出せなかったミリアムは、力なく笑って話を誤魔化していた。

「それでは、あとは我々が処理いたしますので」

「はい、お願いします」

 真詩義が深々と頭を下げて礼を言うと、ミリアムを連れて宿屋を出た。


 外はすっかり静まり返っており、人が通る気配もない。王宮までそれほど距離があるわけでもないが、この時間から帰るとなると、食堂の利用時間に間に合うかはわからない。だが、二人の足取りは重い。

「ねぇ」

 ミリアムが、前を歩く真詩義に声をかけた。

「なんですか?」

「あ……ありがと。助けてくれて」

「別に良いですよ。あれが仕事でしたし」

 特になんでもないように言う真詩義ではあるが、実際は凄まじいことをやっている。

 宿屋を包囲していた軍勢の数は二十。そのうちの十七人を殺し、三人を気絶させる。その後で宿屋に入ってミリアムを助けたのだった。

 いくら優れた軍人でも到底真似できないだろう。それを当然のようにこなす真詩義は、ヴァリアントを使わない場合において、最も優れた軍人の一人となり得る。

「……私、何もできなかった」

 それに比べて、ミリアムは何もできないままだった。盗賊一人倒すどころか、警備の仕事すら自分はできていたのだろうかと考えると、何一つできていなかったかもしれない。その結論に至った時、ミリアムは自分の不甲斐なさに涙が出てきた。

「どうしてなんだろ……今まで、あれだけ頑張ったのに……」

「ミリアムさん……」

 ミリアムも、ヴァリアント部隊の入隊試験に合格している。しかし、このざまではヴァリアント部隊と名乗るのは恥ずかしい。ヘンネになんと言われるか。自分を嫌っている者達からなんと悪口を言われるか。

 それを考えただけでも、足が止まってしまう。帰りたくない、そんな感情を呼び起こさせてしまった。


 それでもミリアムは足を止めずに歩き続けた。しかし、段々と真詩義との距離が開いていく。

「ミリアムさん」

 それに気がついた真詩義は振り返った。涙を流しているミリアムに驚きはしたのだが、すぐにいつも通りの笑顔を見せた。

「ミリアムさんがオススメしてた、えーっと……三天極盛セット、でしたっけ? あれって美味しいんですか?」

「…へ?」

「いや、ミリアムが美味しそうに食べていたので、ちょっと気になっちゃって」

 人懐っこい雰囲気全開の真詩義を見てか、ミリアムは涙を流しながらも口角を歪ませた。

「え、えぇ。美味しいわよ」

「だったら今度注文してみます。でも、一人じゃ絶対食べきれないんで……その、一緒に行ってくれるとありがたいかなと」

「し、仕方ないわね」

 どうしていきなりそんな話をするのか。出会ってまだ数日しか経っていない為に、真詩義という人物の全容は掴めていない。ただ、精一杯に慰めようとしていたことだけは伝わったのか、ミリアムは心の中で礼を言った。


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