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ヴァリアント・マキナ  作者: dandy
8/9

暮らしぶり

「こりゃ驚きの結果だな」

 ツイレンと真詩義の対決は、マシギの圧勝で終わった。しかし両者のヴァリアントが破損したために、ヘンネと共にヴァリアント部隊直属の技術士であるロムンド・カインフィルに見せに来ていた。

「驚き、ですか?」

「ああ。少年、ベルスティ型使ってんなら連続稼働限界ってのは聞いたと思うが、ヴァリアントに内蔵されている所謂心臓部分に、連続稼働した時間が記録されている」

 ロムンドは電子媒体に映し出されたデータを見せてきた。だが、真詩義が見たことがない言語で書かれているため、全くもって意味が分からない。首を傾げている真詩義に気づいていないロムンドは、そのまま説明を続けた。

「グリーンベル隊長。少年のベルスティ型の連続稼働時間、一秒だとさ」

「一秒……?」

「ああ。ヴァリアントの力を借りての行動が一秒。そういうこと」

 ロムンドは満足げにキーボードを高速で叩き、ヴァリアントからデータを抽出する。

「それにしても、ギリアム型の注文をしたってのに、ベルスティ型が来るなんて誰も思っちゃいないさ。運が悪かったな、少年」

「あはは……」

 真詩義は試合前にブチ切れていたヘンネの姿を思い出す。

「それはそうと、どれくらいで修復できそうだ? あと、発注した場所にちょいと言っとかなきゃな」

「修復自体はそう難しくない。三日もあれば完了するさ。クレームの方は、ヴァリアント部隊の方からで頼むよ」

「あいよ。そうだ、マシギ。そろそろ昼にしようか」

 周囲の器具やヴァリアントに目移りしている真詩義に、ヘンネが声をかける。丁度目に入った時計は、既に正午を過ぎていた。

 だが、そこで真詩義は首を傾げる。

「昼、ですか?」

「なんだ? あんま腹が減ってないのか?」

「あ、いえ……」

 真詩義は昼食というものを食べたことがない。知識としては知っていたが、周りでは誰もそんな言葉は口にしなかったこともあり、昼食はいけないものだという認識がある。その為に躊躇している。

「あの、変なこと聞いちゃうかもしれないんですけど……」

「なんだ?」

「昼食を食べるのって、悪いことじゃないんですよね?」

 内容が内容なだけに、ヘンネとロムンドは呆気に取られ、真詩義を見た。

「わ、悪いことって……犯罪ってことでいいのか?」

「そんな感じです」

「あのなぁ……飯食うだけなのに、何で悪いってなるんだ?」

 ヘンネは真詩義の頭をワシャワシャ撫でると、そのまま髪を掴んで引きずり始める。

「いだだだだだ!?」

「隊長としての命令だ。私の昼食に付き合え」

 そう言って整備室を後にした。


「こりゃ騒がしくなりそうだ」

 そんな微笑ましい光景を見ながら、残されたロムンドはニヤリと口角を引っ張り上げると、早速ヴァリアントの修復に取り掛かった。




「あ、グリーンベル隊長!」

 約二分もの間、真詩義を引き摺り続けたヘンネの元に、ミリアムがやってきた。

「って、何でマシギは引き摺られてるんですか?」

「こいつ、昼飯食うのが罪だとか言い出したんだよ」

「えぇ……」

 まるで可哀想な人間を見る目で真詩義を眺めるミリアム。対する真詩義はそれどころではなく、髪を引っ張られる痛みに耐えていた。

「へ、ヘンネさん……痛いです……」

「人前では隊長と呼べ。いいな」

「はい……」

 ようやく解放され、その光景を見てミリアムが笑った。

「マシギ。別にご飯を食べることは悪いことじゃないのよ? 寧ろ、朝昼晩しっかり食べないと、体が持たないわ」

「その結果、体がよく育ったということか」

「そ、それは言わないでください……」

 ミリアムの体はマシギよりも大きい。今年で十九に為る女性とはいえ、身長が百七十五センチは高いだろう。加えて胸も大きければ、よく食べる人間はよく育つという言葉の権化とも言えるだろう。それに比べ、真詩義は百六十ほど。目を見ようと思うと、ミリアムが見下ろす形となる。しかし、ミリアムは高身長であることがコンプレックスで、小さくため息を吐いた。

「マシギはもっと食ってもっとでかくならねぇとな。ほら行くぞ、二人とも」

「ま、待ってください!」

 早足で歩いていく二人の後を、真詩義は慌てて追いかけるのであった。



 ここは、王国軍に所属している人間が利用することのできる食堂。王国が所有する施設ということだけあって、作りは豪奢なものである。幾つも並べられた大小のテーブルには、目に見えるだけで百人はくだらない軍人が食事をしている。

「うわぁ……」

 前の世界では自分と全く無縁であるはずの光景に、真詩義は圧倒されていた。

「ここが食堂。朝昼晩、ここで飯を食うのが基本だ………って、今日の朝はどうした?」

「へ? あ、朝は食べてないです」

「なんで食べてないのよ……」

 ヘンネもミリアムも、食べないのが当然という態度をとる真詩義に、ため息が出た。

「とにかく食うぞ。マシギはメニューとか知らないだろうから、私のススメの」

「三天極盛セットがオススメよ!」

 ヘンネの言葉を遮り、ミリアムは声高に叫んだ。が、ヘンネがすぐにその頭を小突く。

「アホか。あんなもん食えるのはお前くらいだ」

「えー……だって美味しいし」

「食べる量を減らせといつも言ってるだろ。そのうち、寸胴みたいな体になっても知らねぇぞ」

「はい……」

「とにかく、私のススメはフェルズレット・アヴィン。肉と野菜がバランス良く盛り付けられた一品料理だ。一品と言っても、それだけで十分な量はあるから安心しろ」

「は、はぁ」

 真詩義の中では、ミリアムは食いしん坊、ヘンネは健康家という認識が出来上がり始めていた。



「おや、グリーンベル隊長。今日は新米たちと食事ですか?」

「ああ。親睦を深めるのも、仕事の一つだしな」

 料理の注文口へ行くと、壮年の男性がヘンネに話しかけてきた。男性は真詩義の存在に気がつくと、深々と頭を下げる。

「初めまして。わたくし、この食堂を取り仕切っております、ゴドール・パラヌクと申します。以後、お見知り置きを」

「こ、こちらこそ初めまして。マシギ・スメラギです」

「スメラギ様ですね。ご注文はどう致しますか?」

「えっと……フェルズレット・アヴィンをお願いします」

「はい、承知いたしました。では、受け取り口の方でお待ち下さい」

 ゴドールはそう言うと、奥にいるであろう人間に何かを伝え、真詩義はヘンネに引っ張られて受け取り口までやってきた。

「このように注文口で自分の欲しい料理を言って、受け取り口で受け取る。その時は名前が呼ばれるから、しっかり聞いとけよ」

「はい。でも、二人って注文してないんじゃ?」

「昼食に関しては、私たちは注文するものがいつも一緒だからな。ゴドールの方で勝手に注文した扱いにされてんだ」

「あ、ちなみに私は三天」

「食事中にミリアムの方をなるべく見るなよ? 見るだけで胸焼けがする」

「は、はぁ……」

 その言葉にミリアムが反論し、他愛もない話しをしながら料理が来るまでの時間を潰していた。




 料理を受け取り、ヘンネに案内されるままに端のテーブルに腰掛けた三人。ヘンネはミリアムの持っているトレーに乗せられた極盛の料理を見て、小さくため息を吐き、真詩義は真詩義で、自分のトレーに乗せられているフェルズレット・アヴィンを信じられないような目で見ていた。

「これ……本当に食べていいんですか?」

「は? 食うために注文したんだろ? だったら食わねぇと、作ったやつに失礼だろ」

 ヘンネはフォークでフェルズレット・アヴィンの中心を刺し、何枚も突き刺さった野菜と肉をいっぺんに頬張る。その豪快な食べっぷりに感心した真詩義ではあったが、ミリアムにじっと見られているのに気がついた。

「ねえ、マシギ。貴方、ここに来る前はどんな生活をしていたの?」

「そうですね……こんな風に大勢で食事をすることもありませんでしたし、こんなに綺麗な食べ物を食べることもありませんでした。それに、こんなに量も多くありません」

 真詩義とヘンネが注文したフェルズレット・アヴィン。大きな丼に野菜と肉が交互に重ねられている人気のメニューの一つ。だが、食べてみると量はそれほどない。育ち盛りの男なら、三つくらいないと満腹にはならないだろう。

 しかし、それでも真詩義にとっては多い。

「ご飯も、朝と夜しか食べませんでしたね。大体はカビの生えたパンとか、虫を食べてました」

「ゔぇ!?」

 ミリアムが素っ頓狂な声をあげた。

「そ、そんなの食べるの!?」

「それくらいしか、食べる物が与えられませんでした。虫は自分で調達はできたんですけど、他の人も虫を探していたので、それほど多くは捕まえられません」

「………」

「ここで与えられた部屋も、前の所なら二十人くらいで使ってました」

「二十!?」

 ミリアムは再び驚きの声をあげ、盛大なため息を吐いた。

「貴方……そんな過酷な状況で暮らしてたの?」

「過酷……ですか?」

 真詩義にとってはそれが普通で、今いる環境が普通ではない。突然こんな場所に来て色々と巻き込まれて苦労しているだろう。そう真詩義を思いやったミリアムであったが、そこでヘンネが話を掘り下げる。

「で、マシギは明日食う物にも困るような環境下で、一体何をしてたんだ?」

「ちょ、隊長!」

 ミリアムが抗議の声を上げるも、ヘンネは表情を崩さずに真詩義を見る。その目は深くを見透かすような、力のある眼差しであった。

「えっと……地下資源の採掘をやってました」

「採掘か……さっき結構な人数で一部屋を使うって言ってたよな? 一緒の部屋にいた奴らも、採掘要員なのか?」

「はい。というより、『現在の技術に関する知識・技術が一定以上身につけていなければ、居住区に住む権利を剥奪する。また、居住区に住んでいない者は、国家の定める指定公共事業を行なう義務がある』という法律があったんです。それで両親は居住区を追い出されて、その先で俺が生まれたんです。だから、俺にとっては採掘したり虫を食べるのはいつものことでした」

「「………」」


 話を聞いた二人は何も言えなかった。真詩義が過酷な環境下で育っていることは予想がついていたが、それは本人が望んだわけでも、悪事に対する報いでもなんでもない。ただ一つの法律だけで幾人もの人がそのような目にあっている。ここリーゼライド王国では、人間の尊厳については厳重に法で守られている。そのため、知識や技術がないだけで居住の権利を剥奪することなんてありえない。

「マシギ」

 ヘンネは立ち上がって真詩義のそばまで来ると、優しく頭を撫でた。

「お前のいた環境は、間違っても普通じゃない。お前みたいないい奴が、悪いこと一つしてねぇのに強制労働だ? ふざけるなって話だ」

「そうよ。知識とか技術があるなら、どんな悪人だってそんなことはさせられないってことでしょ? そんなの絶対おかしいわ」

 ミリアムも怒りを露わにし、極盛の料理をバクバクと食べていく。その姿を見ていた真詩義は、思わず吹き出してしまった。

「…何よ」

「い、いや、『いい食べっぷり』って、ミリアムさんみたいな人を指す言葉なのかと思って」

「どうせ私は大食漢ですよー……」

 落ち込んでしまったミリアムではあるが、料理を口へ運ぶその動作は一度も止まらなかった。




「おや、隊長殿が新人二人と食事とはな」

 一番量の多かったはずのミリアムが一番に完食しようかという頃、ヴェリエルがトレーを持ってやってきた。

 ヴェリエルはチラリと真詩義を見ると、嬉しそうに微笑んだ。

「まさか、ベルスティ型で正規ヴァリアント兵を倒すとはな」

「ああ。それにロムンドの分析では、真詩義の連続稼働時間はたったの一秒。ほとんど自分の身体能力だけでやってたってことになる。とんだぶっ壊れ性能だよ、真詩義の体は」

 そんな会話をしながら、ヴェリエルは真詩義の隣に座る。

「ツイレンはひどく落ち込んでいたのだが、何かフォローをしておくべきか?」

「いや、いいさ。そういうのは自分で吹っ切れねぇと成長しねぇからな」

「私、あいつ嫌い」

 女三人寄れば姦しいとよく言われるが、ヴェリエルが来たことをきっかけに話が弾む。

「だが、ギリアム型の注文をしたのに、どうしてベルスティ型が届いたんだ?」

「知らねぇよ。後でクレーム入れて埋め合わせをさせる予定だ」

 まだ注文の間違いについて怒っているのか、ヘンネはヘソを曲げたような態度で言い放つ。

 そんな隊長副隊長を他所に、ミリアムは真詩義に話しかけた。

「ところでマシギ。この後に何か予定あるの?」

「いや、何も言われてないけど……」

「だったらちょっと街まで付き合ってくれない? ちょっと手伝って欲しいことがあるのよ」

「いいんですか? 街に出ても」

 真詩義は思わず心をくすぐられた。坑道と狭苦しい部屋を行き来するだけの生活したしてこなかった為に、街どころか家や店というものを見たことがない。興味をそそられるのも当然のこと。

「もちろんよ! って……良いですか? グリーンベル隊長」

「ん? ああ、別に構わねぇよ。ツイレン倒した時点で今日やる予定の基礎は全部パスだ」

 ミリアムの問いに、ヘンネは微笑んで許可を出す。そして、自分の懐から小さな袋を取り出すと、真詩義に押し付けるように渡した。

「これを持って行きな。全部使っちまっても構わねぇから、しっかり楽しんできな」

「は、はい!」

 元気の良い返事によって周囲の人間の視線が真詩義たちのいるテーブル集まるが、本人はそれに一切気がつくことなく街へ行ける喜びを噛み締めていた。


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