新入り
「すでにミリアムの方から紹介があっただろうが、マシギ・スメラギが今日から正式にこのヴァリアント部隊に加わる事になった」
翌日、ヘンネの方からマシギの入隊が正式に発表された。今でこそ歓迎しているような雰囲気ではあるが、それはヘンネやヴェリエルがマシギを連れてきたからである。ミリアムは隊員たちのその態度が気に食わなかったようで、一人だけ拗ねたような顔をしていた。
ヘンネは手を上げる事で盛大な拍手を制する。
「まぁ、確かにヴァリアント部隊の所属にはなるが、マシギの初任務は国境遊撃大隊の一員として、百日ほどラクドル共和国との国境に行ってもらう」
その発表に、誰もが驚きを隠せなかった。
国境遊撃大隊は、その数こそ多いが、精鋭と言える人間はほとんどいない。その割には国境付近での活動を行なっており、各国の小競り合いが起こっているこの情勢では、命を落とす可能性は高い。実際、ひっきりなしに隊員が補充されているにも関わらず、部隊の人数は例年の記録を見ても増えていない。
それ故に『捨て駒部隊』と呼ばれている。
「十日後、国境遊撃大隊の補給部隊が戻って来る。それに合わせて最低限の教育をする。その役目はヴェリエルに頼む」
「了解した」
真詩義に関する報告がなされる中、当事者であるはずの真詩義が一番状況を把握できておらず、引き攣った笑みを浮かべながらヴァリアント部隊の面々を眺める。
男もいるのだが、女が七割ほどを占めている。軍であるはずなのに、どうして男の方が多くないのか。それは真詩義の偏見ではあるが、軍人というのは通常男がなるものである。それが、半分どころか七割ともなれば、本当に戦闘の為の部隊なのかが疑問に思うのは当然だろう。
「報告は以上だ。何か質問はあるか?」
ヘンネがそう言うと、一人の女が手を挙げた。薄い紫の髪が肩口で切られており、身長は真詩義よりも十センチほど高い。
ヴェリエルが頷いで合図をすると、女は真詩義を一瞥してから発言した。
「その子が入隊するって話だけど、こんな子供に任せて大丈夫なのかしら?」
それは、この場にいるほぼ全員の考えをまとめた質問であった。ヴェリエルは僅かに眉を吊り上げたが、ヘンネが肩を叩いて落ち着かせる。
「確かにそう言いたくなる気持ちはわかるが、マシギの力は凄まじいモンだぞ? 敵国のギリアム型をほぼ一撃で仕留める技を持ってるんだ」
「それは昨日ミリアムから聞いたわ。でも、実際に見てみないとなんとも言えないわね」
「なら、誰かマシギと戦ってみてくれ」
「え?」
いきなりの提案に驚きの声を挙げたのは、他ならぬ真詩義である。しかしその声は無視され、女が一人の青年を前に突き出した。
「そんなことなら、新人同士で仲良くやるのがいいんじゃないかしら?」
「あのー、ラヴィニアさん……俺、何も言ってないんですけど……」
青年は体つきは良いのだが、締まりのなさそうな顔をしている。だが、女、ラヴィニアの方が立場が上であるため、拒否することはしない。
一方でヘンネは首を横に振り、ラヴィニアを指差した。
「ツイレンの奴じゃ役不足だ。ラヴィニアが相手してやれ」
「あら、随分高く買ってるのね」
隊長直々の指名なら仕方ない。ラヴィニアは小さくため息を吐くと、大きく伸びをして骨を鳴らす。やる気を出そうかというところで、青年、ツイレンがラヴィニアと真詩義の間に入ってきた。それを見て、ヘンネはツイレンを殺気を含んだ目で睨んだ。
「お前はお呼びじゃねぇ」
「やる前から役者不足なんて言って欲しくありません! 俺だって、ちゃんと試験を突破したんです! 全くヴァリアントでの戦闘の経験がない素人に負ける気はありません!」
先ほどの表情とは一変、気合の入った目つきをしている。それほどまでに役不足という言葉が心に突き刺さったのだろう。軍では本来、上官の決定に口を出したり意見をすることは認められていない。しかし、それがよくわかった上での反抗。罰則を科されても文句は言えない行動ではあるが、ヘンネは口角を吊り上げた。
「そうか。そこまで言うならお前がマシギと戦え。悪いが、ラヴィニアは審判をしてくれ。戦闘形式はどうする?」
「それなら、その新入りにとって一番得意な形式で構いません」
「だそうだが、どうする? マシギ」
そう言われても、真詩義は戦闘形式なんて知らないし、ヴァリアントについても、昨日ミリアムに聞いたこと以外はわからない。だが、戦闘するだけなら、真詩義が最も得意とするものがある。
「お互い得物は無し、決められた範囲内のみでの戦闘……っていうのは大丈夫ですか?」
少し前まで自身が活躍していた場所。決して大きくないリングの中で、どちらかが気絶するか絶命するまで試合をしていた。その中を生き延びてきた真詩義には、最も親しみのあるやり方である。
そんなもので良いのかと言わんばかりに、ツイレンは真詩義を見て、思わず聞き返す。
「本当にそれでいいのか?」
「え……いいも何も、そのやり方を一番やってきましたから……」
ヘンネ、ヴェリエル、ミリアムの三名を除いた全員が、マシギが全く別の世界から来たことを知らない。知っている三名も、真詩義が地下闘技場で命をすり減らすような戦いを繰り返していたことまでは知らない。
「お、俺の一番得意な形式だぞ? 本当に良いのか?」
自分から言いだしたにも関わらず、ツイレンは真詩義の提案に戸惑っていた。どうして自分がこんなことを聞かなくてはならないのかと思いつつも、『素人相手に自分の有利な形式の試合をして良いのか』という意識がツイレンの中にはあった。
「俺の得意な形式で良いんですよね? さっき言ったのがそうですけど……」
だが、真詩義の主張は変わらなかった。本当に良いのかという思いを抱えてはいるが、元々は自分が言ったことだからと腹を括るツイレン。
「わかった。……あの、グリーンベル隊長。そいつの使うヴァリアントはどうするんですか?」
「以前新品のが一つ届いてな。それを使わせる」
「新品を、ですか……」
ツイレンは不服そうに呟き、拳を握り締める。ヘンネはそれに気がついていたが、あえて何も言わなかった。
「そんじゃ、早速試合の準備すんぞ、マシギ」
「あ、はい」
ヘンネは真詩義を引き連れると、そのままヴァリアントの保管庫に向かった。
残された者たちは思い思いに散っていき、試合場所になるであろうところに向かっていく。
「どうして……どうしてあんな奴が!」
ラヴィニア以外がツイレンの近くから離れていった後、一人怒りを露にした。
リーゼライド王国において、現在軍人は重宝されている。その中でもヴァリアント部隊は精鋭部隊と認識されている。危険な前線に派遣されることも多く、その分給与などや国内での待遇も良い。その為に人気もあるのだが、選考内容はかなり厳しい。
まず、筆記試験。特筆することはないが、難易度はそれなりにある。問題はその次にある戦闘技術試験。内容は至極単純で、現役ヴァリアント部隊の人間との戦闘である。お互いにヴァリアントを装着することになっており、受験者はジルベルト型、現役ヴァリアント兵はベルスティ型を使用する。ジルベルト型は体への負荷が大きく、ベルスティ型は五分程しか出力を使って動かすことができない。つまり、試験時間はだいたい五分であり、大概の場合、五分以内に決着がつく。
ツイレンはそれを乗り越えた数少ない新米兵。自分が苦労に苦労を重ねた結果が報われたのだ。
しかし、たった今やって来た真詩義は、試験など関係なく入隊が認められた。ツイレンにはそれが納得いかなかった。
「それで、何か策はあるのかしら?」
真詩義への怒りで思考が埋め尽くされていたツイレンに、ラヴィニアが声をかけた。
「決まってます! 真正面から叩き潰すんですよ!」
「そう、頑張ってね。でも、あの隊長が何の考えも無しに特別入隊を許すとは思えないわ」
ラヴィニアは軽くツイレンの肩を叩き、その場を後にする。その背中は、ツイレンには大きく見えた。
ヴァリアント保管庫に着いたヘンネと真詩義は、隅に置かれていた木箱を開ける。
「これが、新品のヴァリアント?」
「ああ。まだ誰も使ってねぇ、正真正銘の新品だ」
木箱の中に収められていたのは、深紅に着色されたヴァリアント。それぞれの部位には余計な意匠がなく、完全に鎧という印象しか受けなかった。
新品のヴァリアント目の当たりにして感動している真詩義の隣では、ヘンネが木箱の蓋の裏に書かれた紙を見て、顔を顰めていた。
「あぁ!? ベルスティ型だぁっ!? ふっざけんな!!」
途端、ヘンネの怒号が保管庫に響き渡る。真詩義が手を伸ばそうとしていたにも関わらず、全力で叩きつけるように蓋を閉めた。
「ど、どうしたんですか……?」
「どうもこうもねぇ! あのクソ野郎共、注文とは違うものをよこしやがったんだよ!」
「届いたのがベルスティ型……ってことは、注文したのはジルベルト型ですか?」
「いや、注文したのはギリアム型だ……あんの野郎」
ヘンネがヴァリアント部隊として注文したのはギリアム型。そして代金は前払いですでに払っている。しかし、送られてきたのは戦闘型ですらないベルスティ型。連続稼働限界が短い為に、実際の戦闘では使えたものではない。当然、代金も違う。
諦めたようにため息を吐いたヘンネだが、すぐに真詩義に向き直った。
「すまないな。いくらお前が優れていても、ジルベルト型の正規隊員相手にベルスティ型じゃ部が悪いだろう」
「確か、ベルスティ型は使える時間が短いんですよね?」
「ああ。だいたい五分ってところだ」
「なら、その間に決着をつければいいんですよね?」
「……誰もこれを使えとは言ってない。かといって、いきなりジルベルト型を使うのも危険がある。サイズが合わないだろうが、私のヴァリアントを使えば」
「その必要はありません」
ヘンネの言葉を遮り、真詩義は木箱を再び開けて頭部パーツを取り出す。その表情は、戦いに生きがいを感じている若き兵士のようであった。
三十分後。真詩義にベルスティ型を装備させているヘンネは、心配そうにその真詩義を見つめている。真詩義が正しい付け方を知らないために手伝っているのだが。
「あれは………ジルベルト型?」
対するツイレンも自身の使用するジルベルト型を装備している途中なのだが、真詩義が戦闘型ですらないベルスティ型を着用しようとしているなんて思ってもいない。
「本当にいいのか? マシギ」
もう何度目になるかわからない確認をするヘンネ。しかし、真詩義の決定は覆らない。
「大丈夫です。自分より強いものと戦うのは日常茶飯事でしたし、それに」
真詩義は脚部以外を取り付けてもらい、ゆっくりと立ち上がる。
「弱者が不利な状況下で強者を倒す………最高に楽しいことだとは思いませんか?」
「お前……」
地下闘技場での経験から、真詩義にとって戦いは『観客を盛り上げるための競技』であると同時に、『強者殺しの快感』を得るものとなっていた。
故に真詩義は、自分から不利な条件を選ぶ。その背中を見て、ヘンネは仕方なさそうに微笑んだ。
「一応最後の確認をしておくぞ。ベルスティ型の稼働時間は約五分。だが、それは『ヴァリアントの出力を使った合計時間』だ。まぁ私もよく原理は理解してないが、出力解放の条件は自分で探れ。これも訓練だからな」
「わかりました」
深紅の鎧に身を包んだ真詩義は、振り返ることなく返事をし、試合相手のツイレンのいる方へ歩き出した。
「歩くのは……問題ない、か」
鎧に覆われるという慣れない感覚ではあるが、動きに支障はない。もし今も出力が使われていたらどうしようか。そんなことを考えながら、頭部パーツの目にあたる部分、グラスバイザーの視野の確認をする。多少狭くはなっているが、これも真詩義にとっては大した問題ではない。
そして、真詩義に対抗するように、ツイレンも立ち上がって真詩義の方へ歩き出す。ツイレンは青を基調としたジルベルト型を装備している。
ジルベルト型は使用者への体の負担を増大することで、ベルスティ型の弱点であった連続稼働限界を引き延ばすことに成功。しかし、その負担が大きすぎるため、一定以上に鍛え、そういった苦痛や痛みに堪えられる者しか扱うことができない。ツイレンがヴァリアント部隊の新米として認められた上でジルベルト型を使用するということは、それなりの修練を積んできたということ。
相手にとって不足なし。真詩義は相手に見えないながらも不敵な笑みを浮かべる。
「ジルベルト型なのか? それ」
「いえ、ベルスティ型だそうです」
「何故ベルスティ型を装備してるんだ? 新品のヴァリアントを使うとか言ってただろ?」
「これがその新品だそうです。相手が間違えたらしくて」
「……そう、か」
どうして他のヴァリアントを貸してもらわなかったのか。どうして事情を説明するなりして別の日にするという提案をしないのか。やはり真詩義の考えはツイレンには理解できない。
「それじゃ、準備はいいかしら?」
そうして、二人の間に審判のラヴィニアがやってきた。ツイレンと真詩義が頷くと、周囲のギャラリーの視線が一斉に二人に向いた。
「それでは、ツイレン・レグナート対マシギ・スメラギ……始め!」
「はぁぁああ!!」
先に動いたのはツイレン。ヴァリアントの出力によって地雷が爆発したかのような威力で地面を蹴り、一瞬で距離を詰めて右の拳を突き出す。
真詩義はそれを左手でいなすと、ツイレンの腹部に膝蹴りをかまし、一メートルほど浮いたツイレンを回し蹴りで吹っ飛ばした。その距離、およそ十メートル。周囲のギャラリーからはどよめきが起こった。
「案外、やれるもんだね」
今度はこちらからと言わんばかりに、真詩義が地面を蹴る。爆発が起こったかのような衝撃と共に砂埃が巻き起こり、目で追えるギリギリの速さで倒れているツイレンに接近。その速さに誰もが驚愕の表情を浮かべた。
「こんのっ」
ツイレンが立ち上がろうとする。しかし、真詩義の姿を認識する間すら与えられず、顔面に強烈な蹴りを食らった。
「がっ!?」
ツイレンには何が起こったのかすら分からない。ただ、自分がまた後方に吹っ飛ばされていることだけは理解した。
手足が地面に着くタイミングで地面を抉りながら、なんとかそれ以上の後退を防いだツイレン。しかし、既に頭部パーツの一部が破損し、顔が少しばかり見えている。
自分はまだやれる。そう思って足に力を込めた時だった。
「勝負あり! 勝者、マシギ・スメラギ!」
ラヴィニアの無慈悲な試合終了宣言がなされる。ツイレンは思わずラヴィニアに抗議しようと思ったのだが、如何せん足が動かない。何故動かないのか。自問自答するも、その答えは分からない。
一方で真詩義は、もう終わったのかと言いたげな態度で頭部パーツを外し、ツイレンに向かって一礼、ラヴィニアに対しても一礼をする。
「ま、待ってください! お、俺はまだ戦えます!」
試合の判定に抗議することは女々しいと思っているツイレンであるが、この時ばかりは納得がいかなかった。何よりも、素性も分からない素人の子供に負けることに憤りを感じていた。
ツイレンの抗議の声に、ラヴィニアは鬱陶しそうにため息を吐きながら歩み寄ってきた。
「あのねぇ、頭部パーツが破損した状態で試合やるつもり?」
「へ? あっ………す、すみません………」
こういったヴァリアント同士での試合は、パーツが破損した瞬間に終了する。要するに安全のためである。それを知らない訳はないため、ツイレンもそれ以上の抗議はしなかった。
「貴方の負けよ。ツイレン」
「………」
「どうやら、とんでもないルーキーが入ってきたようね……」
たった三回の蹴りで、厳しい試験をくぐり抜けてきた者を敗北させた。周囲の者達は昨日聞いた、『少年が敵国のヴァリアント兵を倒した』という報告が虚偽のものではないと強く確信するのであった。
「あ、ヘンネさーん! 右足のパーツが曲がって取れませーん!」
「はぁ!?」
真詩義の装着していたヴァリアントの右脚部は、蹴りの衝撃に耐え切れずヒビが入って変形してしまっていた。