隊長
「アッハッハッハッハ!! そいつは災難だったな、少年!」
ミリアムのやるべきこと。それはヴァリアント部隊の隊長であるヘンネ・グリーンベルに事の顛末を話すことであった。真詩義の一件はヴァリアントが関わっているということでヴァリアント部隊の管轄となったのだ。
そしてミリアムの報告に、ヘンネは大爆笑していた。
「ヘンネ。笑い事ではないぞ」
「いやぁ悪りぃ悪りぃ。でも面白すぎるだろ」
ヘンネ・グリーンベル。彼女はヴァリアント部隊の隊長で、軍全体の中では少将に当たる人物である。ヴェリエルと同じように長い髪をしているが、色は銀色。道を行けば誰もが振り返るような美人ではあるが、見た目や階級に不釣り合いな言葉遣いや話し方をする。そのことに真詩義は驚くばかりであった。
「あ、あのー……」
「ん? どうした、少年」
「えっと………俺、何もわかってなくて、何が起こっているのかが全く……」
「ああ、そうだったな。なら、一から話をしよう。幸い時間もあることだしな」
「すみません」
「いいってことよ」
ヘンネは真詩義の頭をワシャワシャと撫で、真詩義と対面する形で座った。
「ここはリーゼライド王国。そんでもって、今いるここはその中でリーゼライド王国軍ヴァリアント部隊隊長の私、ヘンネ様の部屋ってわけだ。ちょいと散らかってるけどな」
「整理整頓はしておけと、いつも言ってるだろう?」
「そうカッカすんなよ、ヴェリエル。シワが増えるぞ」
説明が始まってすぐ、ヘンネの言葉にヴェリエルがツッコミを入れて話が脱線する。真詩義としては堅苦しい雰囲気がなくて居心地が良い。それが表情に表れているのを見たヘンネは、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「おっと、話が脱線したな。それで、少年の出身はどこだ?」
「そ、そのことなんですけど……その……」
真詩義にとっての出身地は、名前も付けられていなかった居住区外の土地。明確な答えなど持っているはずがない。それに、リーゼライド王国に来た経緯も、話せば頭がおかしいとしか思われない。それ故に言葉に詰まっているのだが、ヘンネは気にせず質問を続ける。
「出身地は?」
「その、変なこと言うかもしれませんけど……」
「構わん」
鷹揚に頷いたヘンネに少しだけ安心感を覚えた真詩義は、ここに来た経緯を話し始めた。
「眠ってたらこっちに来た、か……疑うわけじゃねーが、それは本当か?」
「はい…自分でも何がどうなっているのかさっぱりで…」
「嘘っぽい」
「カインズレイ。黙っていろ」
この話を手放しで信じる者は、嘘つきか狂人だけであろう。だが、ヘンネの反応は疑ったり理解ができないというものではなかった。
「……ヴェリエル。お前は少年のヴァリアント部隊への入隊手続きを済ませろ。その後で書庫に来てくれ。ミリアムは部隊の基本的なことを教えながら、他の隊員に少年を紹介してやれ」
「了解っ!」
二人は敬礼すると、ヴェリエルは急ぎ足で部屋を出て行き、ミリアムはま詩義の手を掴んで、ヴェリエルに続くように出て行った。
「夢の導き、か………あん時みてぇににならねぇといいが……」
ヘンネは自身の右腕を押さえながら、女性の声とは思えない低い声で呻いたのだった。
真詩義を連れたミリアムは、ヘンネの部屋を出てからすぐに真詩義に向き直ると、机があったら割れそうなくらいの勢いで頭を下げた。
「本っ当にごめんなさい!」
自分が無実の人間、まして自身が尊敬している上司の命の恩人をいきなり殴り飛ばし、投獄したのだ。知らなかったとしても、許されるようなことではない。
「貴方のことをいきなり犯罪者呼ばわりして、あんな態度までとって……本当に何て言ったらいいのか……」
「あー、その、あんまり気にしなくても」
「そんなこと言われても……」
それは真詩義のセリフではあるのだが、ここまで落胆されると、かける言葉が見つからない。ミリアムはぬらりと顔を上げると、真詩義の肩をがっちりと掴んだ。
「貴方、年は幾つ?」
「じゅ、十六です」
「あああああぁぁぁぁぁぁぁ………」
今度は奇声を上げながら、その場にへたり込む。手で顔を覆い、放っておけば嗚咽が聞こえてきそうな様子から、真詩義はとりあえず話かけることにした。
「あ、あの~」
「下の者には優しくするって決めてたのに~……これじゃあ騎士失格よ……」
「み、ミリアムさんは何歳なんですか?」
「十九よ……三ヶ月後には二十……」
正直なところ、真詩義はミリアムが年下だと思っていた。それを今言えば、ミリアムがさらに落ち込むことだろう。
「だから俺より背が高いんだね」
真詩義なりに、ミリアムが自分より年上であることを認めたアピールをする。だがそれが逆効果だったようで、ミリアムは顔を隠すことなく目に涙を浮かべ始めた。
「どぅせ私は図体デカいだけの女だもん……」
「な、なんか……ごめんなさい」
「貴方は別に悪くないわよ……とにかく、案内するわ………うぅ」
この人は色々と大丈夫だろうか。ヴェリエルとヘンネのおかげで安心していた心に、また不安がよぎる真詩義であった。
一方、真詩義の入隊手続きに来たヴェリエルは、リーゼライド王国軍の人事を管理している部署にやってきた。ここでは人事だけでなく、兵士それぞれに支給される物資や給料を管理している部署でもあり、それだけ多くの人間が必要となる。実際、ヴェリエルがドアを開けて入ると、びっしりと並べられた机に合計三十人ほどの事務員が座って書類を処理している。その中でも入ってすぐの机に座っている痩せ型の男に、ヴェリエルは話かけた。
「仕事は順調か? ダリウス」
「ヴェリエルか。これが順調そうに見えるか?」
そう言ってダリウスは顔を上げる。痩せ型ではあるが、それを差し引いても異常だと思える程に顔がやつれている。目の下にも隈ができており、明らかに無理をしていることだけはわかった。
「戦争が始まろうとしているからな。無理もない」
「それで、いったい何の用だ? まさか、遊びに来たわけじゃないだろ?」
「ヘンネでもあるまいし、そんなことはしない。今日は、これからヴァリアント部隊に入隊するかもしれない人物について話があるんだ」
「……本当かい?」
ダリウスは手を止めて、眠そうな目を見開いた。その瞬間、ヴェリエルはダリウスの手元の書類に目をやる。そこには『ヴァリアント部隊の減少』『給与の増加』『新型ヴァリアントの開発』の三つの単語が目に付いた。それら一つの書類に書かれていることにどんな意味があるのかは、賢しいヴェリエルにはすぐにわかった。
「ああ。私が見る限り、かなり腕の立つ者だ。現に、私を軽々と戦闘不能にした帝国のヴァリアント兵に対して、汎用型の右脚部のみの装備で倒したのだからな」
嘘は言っていない。あの時、真詩義が襲われてた近くで汎用型のヴァリアントを装備して自主訓練をしていた。そして真詩義が襲われていることに気がついて駆けつけたまでは良かったのだが、その時ヴェリエルの装備していたヴァリアントは、連続稼働限界時間が短く設定されているものであった為に戦闘中に限界が来たのだが。しかし、嘘は言っていない。言っていない事実があるだけである。
「それで、どうかその者の入隊を考えて欲しい」
「それは是非お願いしたい! ……君なら、今のヴァリアント部隊の事情は知っているだろう? どうしても人数が足りないんだ」
「わかった。本人に伝えてこよう。部隊の増員に付いては、期待しているぞ」
「無茶言うなよ……って言いたいところだけど、それが俺たちの仕事だからな。任せておいてくれ」
新人が入隊するという知らせが余程嬉しかったのか、ダリウスは表情に活力を取り戻した。ヴェリエルは安心したような表情を浮かべると、腰に着用しているホルスターに収納していた瓶詰めの錠剤を差し出した。
「これを飲んでおけ。少しは楽になるはずだ」
「これって……君の愛用している栄養剤じゃないか。高いんだろ? これ」
「それなら問題ない。個人で購入しているが、給与を増やしてくれるのだろう?」
ヴェリエルは種明かしと言わんばかりに、ダリウスの手元の書類を指差した。本来なら公式に発表していない情報は部署以外の者に知られてはいけない。だが、普段から気をつけているはずのダリウスが、部外者が見ることのできる位置に書類を出しっ放しにしてしまっている。
ここ最近の疲れが隠しきれていないことを指摘されたダリウスは、仕方なさそうな笑みを浮かべて、おとなしく錠剤を受け取った。
「経費で落としておくよ」
「そんな暇があるなら、少しでも休め」
「はいはい」
ヴェリエルが軽く手を振って退出すると、錠剤を持ったままため息を吐いているダリウスを睨む人間が多数いた。原因は、別にダリウスが仕事をせずに喋っていたことではない。その話し相手がヴェリエルだからである。
軍の中だけでなく国民からも羨望の眼差しで見られるほどの美人でありながら、そこらの男よりも男らしい。そこに誰に対しても優しいとくれば、ヴェリエルを嫌う人間などほとんどいない。この部署も例外ではなく、ヴェリエルはアイドル的な存在として、密かに崇められている。
「ダリウスさん。今日はみんなに奢ってくださね」
「話すだけじゃなく、心配までされて……」
「しかも、ヴェリエルさんが愛用している薬をもらったんだろ?」
「あーはいはい。ちゃんと奢ってやるから。その前に仕事を終わらせろよー」
「「「はーい」」」
なんだかんだ文句を言いながらも、仕事には余念がない。それがこの部署である。
ダリウスは錠剤の瓶を机の端に置くと、再び書類との格闘を始めた。新入隊員がどんな人間であるかを楽しみにしながら。