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③あの子は現実を生きられない。

  

「────何? 今、何と言った?」


伝えられた内容に思わず問い返すと、意図せず声が低くなっていたのか目の前の侍女が肩を震わせた。


「私がついていながら、申し訳ございませんっ!! ジェーンお嬢様が目を離した隙に、かの方に婚約破棄を宣告致しました!」


侍女は半ば叫ぶように、今にも涙を流して地に頭をついて謝罪しそうな程頭を下げて今日起こった出来事を私に報告した。


いわく、伯爵家の長男であるカレルの不義理を糾弾し、一方的に婚約破棄を突きつけた、と。


この部分だけ聞くと、公爵である私の娘に対して何たる真似をと怒り狂う所かも知れないが、あいにくと私は現実がよく見えている。

あの子のように妄想を現実と履き違えたりしない。

私は娘の不始末に頭を抱えた。


「すぐに、伯爵家に詫びとこの事を内密にするように依頼しろ……」


私は側で控えていた侍従に指示を出した。

私と同じで、事を正しく把握している侍従は苦虫を噛み潰したような顔をしつつもすぐに動いた。

長年我が家によく尽くしている分、あの子が家名を貶める事が許せないのだ。


「申し訳ございません、申し訳ございませんっ! 私がついていながら、このような事にっ、誠に申し訳ございませんっっ!!」


「……よい、いつかはこうなると分かっていた事だ。外に出したのはあの方の意思でもある」


今にも死んでしまいそうな程顔を青くした侍女を憐れに思い、私はもう下がっていいと指示を出した。


彼女を責めるべきではない。

彼女は優秀な人間だ。

誰をつけていたとしても、いつかはこうなった。

いや、恥を晒した者が少なかっただけ、彼女はよくやっていただろう。

それによくここまで持った。

あの子が爆発するのは想定ではもっと早かったのだから。


「……何が間違っていたのか」


幼い頃から優秀な娘であった。

容姿にも恵まれ、幼き頃から第1王子の婚約者に内定していた。

それが、何故こうなってしまったのかが分からない。

あの子は狂っている。

一体いつからそうだったのか、何が原因でそうなったかは分からない。

けれども、あの子は紛れもなくおかしいのだ。


『──見てください、お父様。カレル様に作りましたの。喜んでくださいますでしょうか?』


あの時の、幼い少女の声が今でも鮮明に思い出せる。

少女はなんの躊躇いもなく、それが当然であるかのようにその名を口にした。


『は、ははは、何を言っているんだ、ジェーン。お前の婚約者はアレク殿下だろう? 婚約者以外への贈り物など、はしたないぞ』


一瞬、固まった。

けれど、その時はまだジェーンは冗談を言っているのだと思っていた。

賢い子だ。

良い事と悪い事の分別はついているだろう、と。

だが、そう言った話では済まなかった。

そう言った次元の話では済まなかった。


『うふふ、何を仰っているの、お父様。アレク殿下はただの幼馴染みですわ。お父様がカレル様との婚約を決めたのではないですか』


真っ直ぐな目で娘は私に言った。

私をからかって言っているのではない。

ジェーンが本気で言ってるのが、親である私には分かった。

この時、娘に対して初めて怖気を感じた。

言い知れない気持ち悪さを感じたのだ。


『──お父様、今度からはアレク殿下ではなくカレル様にエスコートをお願いしてください。エスコートは婚約者がするものなのですから』


『──お父様、見てください。カレル様が私に髪飾りを下さいましたの。綺麗な蒼色でしょう?』


『──こないだ頂いた髪飾りのお返しにハンカチを刺繍しましたの。使ってくれますかしら?』


何度も言い聞かせた。

お前の婚約者ほアレク殿下だと。

何度も、何度も、何度も。

此方の気が遠くなる程に言い聞かせても、ジェーンは理解しなかった。

ジェーンを公の場から遠ざけ、カレルとの一切の接触を絶たせたにも関わらず、自分の婚約者はカレルだといい続けた。

アレク殿下から賜った物をカレルから貰ったのだと私に言った時に、私は何を言ってもやっても無駄だと悟った。

蒼色はアレク殿下の色だ。

ジェーンはアレク殿下の想いもまた、私達周囲の者の言葉同様に踏みにじったのだ。


──娘を将来の王妃に。


そんな目論見は娘のあまりの不敬に消し飛んだ。

私は殿下と娘との婚約破棄を申し入れた。

娘に王妃は勤まらない。

現実を見ないあの子には、国民の生活を富ませ守る事など出来はしない。

本当ならとっくに婚約を破棄して、領地へと隔離している筈だった。


『──公爵、僕はジェーンとの婚約を破棄するつもりはないよ』


けれど、アレク殿下は婚約破棄に否を唱えた。

私や陛下が何と説得しても、首を縦に頷かなかった。


『──僕に考えがある。彼女もじきに目を覚ますさ』


殿下がそう仰ってから、もう何年もたった。

そして、ジェーンを公の場所に連れ出すように指示したのも殿下だった。


「……これが、貴方のお望みなのですかアレク王太子殿下?」


最後に見た殿下の笑み。

その瞳の奥が澱んでいたのを私は確かに見た。

娘と似た、けれど異なる狂気が蠢くのを。

お父さんは昔は尖った人でしたが、娘がアレなので今では丸くなりました。

そして、頭にクリティカルなダメージをおっています。

いまやライフは風前の灯火です。

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