①私は現実を生きる事にします。
2話目以降から視点が変わります&印象も引っくり返されるかと……。
1年前位に思い付いたやつなんですが、当時これの逆はあるけどこっちはまだないかな?と思ったのがきっかけの話です。
私は恵まれていた。
欲しいものは何でも手に入った。
だから、どうしても手に入らないものがある事を、幼かった私は理解していなかった。
『貴方様を将来迎える事が出来る御方は、なんと幸福なんでしょうね……──────』
幼い頃、彼は私にそう言った。
はにかんだように笑う彼が、何より輝いて見えた。
その時、一目で恋に落ちた。
その時から、ずっと私は彼を思い続けている。
ずっと、ずっと彼の事が好きだった。
彼の事だけが好きだった。
ずっと、彼の元に嫁ぐのだと思っていた。
けれど──
「……それはもう、終わりにしなければ……」
初恋は実らないというけれど、こんな結末になるなんて考えた事はなかった。
けれど、私はこの国の公爵令嬢。
いつまでも子供のまま、夢見る少女ではいるわけにはいかない。
いられない。
「貴方は私を愛さずとも、私はずっと貴方を愛しておりました……」
視線の先には愛しい彼が居る。
──その腕に別の女の腕を絡ませて。
楽しそうに、愛しそうに笑いかけている。
彼の婚約者である私は、その光景を心を引き裂かれそうになっているというのに。
彼はそんな私に気付きもしない。
いつか彼が自分の過ちに気付く事を期待していた。
でも、彼は私に気付く事は決してない。
彼の視界に私は入れない。
──きっと、この先もずっと。
愚かな彼はその腕の中にいる女の囁く毒から、覚めることはないのだ。
私の初恋は報われない。
私は何年もたって、ようやくその事を理解した。
──だから、もう終わり。
学園最後の卒業パーティー。
通常なら婚約者である私をエスコートする筈だけれど、彼は在学中一度たりとも私の手を引く事はなかった。
いつも、いつも婚約者でも無いあの女を連れている。
彼女は、彼の幼馴染みだという。
そして彼の幼馴染みは他にも優秀だと噂の男性達を侍らせており、いい噂を聞かない男爵令嬢でもあった。
沢山の男性には好かれてはいたが、貴族の女性の間ではあの女の評判は悪い。
まるで、娼婦のようだと、多くの令嬢達が噂をしていた。
私も彼女達のその言葉を否定しなかった。
事実、あの女は私の婚約者である彼にまとわりついていたのだから。
「……ねぇ、少しいいかしら。貴方に大事なお話がございますわ」
私の姿に目を見開き、驚いた顔をする彼と男爵令嬢。
せめてもの情けで、彼等が2人きりになったタイミングで私は声をかけた。
……いつまでも、私が何も言わないとでも思われていたのかしら?
もし、そう本気で思っていたのなら舐められたもの。
ここまで散々こけにされておいて、婚約関係を継続なんて出来る筈がない。
彼には失望もした。
もう少し賢いと思っていた。
公爵家の令嬢相手にここまでしておいて、何のお咎めもない筈がない。
「貴方との婚約は破棄させて頂きますわ……理由はよくお分かりですわね? 不義理の代償は高くつきましてよ」
私はそう言い切ると、呆然とする2人を残して会場から出たのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「──ジェーン、此処にいたのか。急に会場から出ていくものだから、何かあったのかと心配したよ」
会場から出た私を追いかけてきたのは、よく知る顔であった。
「……アレク王太子殿下」
アレク王太子殿下は私の幼馴染みだった。
我が家は国有数の力を持つ公爵家。
王家との親交も深い。
幼い頃から度々顔を合わせていた。
私を心配して態々追い掛けて来てくれたのだろう。
……あの方は追い掛けても下さらないというのに。
つくづく見る目がない。
だが、これで完全に振り切る事が出来た。
「もう、大丈夫ですわ」
私は何とか笑って答える事が出来た。
殿下にあまり心配をかけたくない。
……とは言え、私が一人で勝手に婚約破棄を突き付けてしまったけれど、お父様は何と仰るのかしら?
私は貴族の子女としては傷物になってしまった。
相手に非があるとはいえ、浮気されたあげく婚約破棄した女ともなれば嫁ぎ先は限られてしまう。
最も、結婚してからの離婚で付く傷はその比ではないのだろうけれど。
もし次があるのなら、私を見てくださる方がいいわ。
ほんの少しでも想いを向けてくれればそれでいい。
「……とても、君が大丈夫なようには見えない……僕では、駄目かな? 君の痛みは埋められない?」
「……アレク王太子殿下のような御方に嫁ぐ事が出来る令嬢は、きっと幸せでしょうね」
本当に、心からそう思う。
文武両道な上、美しい顔立ち、性格も穏やかで優しい。
その上、身分もこの上なく高い。
誰もが理想とする相手だ。
私のような傷が付いた女を娶っていい御方ではない。
「なら、僕達はお揃いだね。君を迎える者はとても幸せなのだから。僕達なら、必ずお互い幸せになれる」
だから、考えてくれないかと、殿下は懇願するように私に言った。
傷心の君につけこむ事はしたくないけれど、君は悪い方へ思い詰めやすいからとも。
その姿は誠意だと思った。
その姿が愛しいと思えた。
お揃いだと言ってくれた事が嬉しかった。
「……えぇ、私で良ければ喜んで」
いけない事だと分かっていた。
分かっていたが、気が付けば私はそう返事をしていたのであった。