関係性 周りにバレたら まずいらしい
小皿に盛ったご飯と味噌汁を咀嚼し終わった吹雪は変ですね、と呟いて首を傾げた。
玉子焼きを半分に切り分けていた私は手元を見ながら何が、と返す。
「お米とお味噌汁の味が普通です」
「うん?」
切り分けた玉子焼きを口に入れると、吹雪も半分になった玉子焼きに噛り付いた。そして黙って咀嚼した後にまたも変です、と呟く。
「何が変なの? 普通なら別に問題ないと思うけど」
「甘くないです」
「……いやいやいやっ! 流石にご飯と味噌汁は甘くしないよっ!?」
甘くないという言葉に、吹雪はまだ玉子焼きとコーヒーしか口にしていないことを思い出した。
確かに私の作る玉子焼きとコーヒーは特別甘くしてあるが、流石に米や味噌にまで砂糖やシロップを投入するという糖尿病まっしぐらな生活は送っていない。
慌てて否定すると、吹雪はまたも首を傾げた。
「玉子焼きとコーヒーが情報と違う味だったので情報媒体の更新をしていたのですが、味が変わった飲食物と変わっていない飲食物があるということでしょうか?」
「うっ、うぅ〜ん……ただ単に私が好きな味付けってことにしてくれない? 多分だけど、吹雪の情報は間違ってないよ。玉子焼きとコーヒーはわざと甘い味付けにしてあるの」
「そうですか。それなら私も好きな味付けです」
私が考えながら発した言葉に軽く頷いた吹雪はまたも玉子焼きに噛り付く。
私はその様子を見ながらニヤッと笑った。
「そうだろう、そうだろう。我が家の味付けは最高だろう?」
「はい、是非ともお米とお味噌汁も甘くしてほしいです」
「あぁ〜うん、それは流石にしないかなぁ」
得意げに鼻を伸ばした私だったが、無表情でお願いしてくる吹雪に若干引いた。
私だって甘くして良い物と悪い物の区別はしっかりついている。
出勤の時間になったので玄関で靴を履いていると、横に置いていたカバンのチャックが開いた音がした。
急いでカバンに顔を向けるも、吹雪の姿はない。違和感を感じた私は念の為にカバンを開けた。
吹雪と目が合った。
「怖ぇよっ‼︎ 何で入ってんの!? 会社には連れて行かないって言ったでしょっ!?」
カバンから引き摺り出そうとして伸ばした私の手を力一杯引っ叩いた吹雪は、再度内側から器用にチャックを閉めてカバンの中を占拠する。
急いでチャックを開けようとするも内側から力を込めているのかビクともしない。ガチャガチャと引っ張っていると、焦ったようなくぐもった声が聞こえた。
「納得いきません。私が留守を任されている間に施設という所から人が来ないとは限らないではありませんかっ」
「だから応対しなくて良いの! 誰か来ても鍵閉めてんだから大丈夫だって! というか私が吹雪を拾ったって知ってる人はいないから!」
先程からずっとこの問答が続いていた。
それは朝食を終えて食器を流しに置いた後のことである。
私が化粧を始めると、肩に乗っていた吹雪は鏡越しに目を合わせて首を傾げた。
「どこかに出掛けられるのですか?」
「会社だよ。平日は仕事だからねぇ」
化粧が崩れないよう、口を出来るだけ動かさずに返事をする。喋りながらだと皺にそって線が出来てしまうのだ。
「仕事、ですか……ミヤマシキ様、失礼ながら年齢を伺ってもよろしいでしょうか?」
「にじゅーよーん」
頰にファンデーションを塗り広げながら間延びした口調で応える。すると鏡越しに吹雪が眉を寄せたのが見えた。
「24歳……情報媒体を更新します」
24歳と繰り返し呟き始めた吹雪をスルーして目元の化粧に取り掛かる。目元は一番人に見られる所なので、集中して取り掛かる。
そして無事に化粧が終わるとふと気付いた。さっき“更新”と言わなかったか、と。
「吹雪さん吹雪さん。さっき更新って言いませんでしたかね? 更新じゃなくて記憶の間違いではないですかね?」
「いえ、間違いまりません。ミヤマシキ様の予想年齢が大きくズレていた為、修正しておりました」
「ちなみにいくつに見えてたんですかい?」
「14歳です」
私は口を閉ざして半目になった。
この見た目から間違えられるのは慣れている。しかしだからと言って気に食わないわけじゃない。
私の様子に気付いていないらしい吹雪は自分の頰に手を当てて瞬きをする。
「私も化粧をするべきでしょうか?」
「……一応聞こうか。何で?」
「仕事に行く時は女性は化粧をしなければならないと聞いています。私にミヤマシキ様の仕事のお手伝いが出来るかどうかは分かりかねますが、誠心誠意努めさせていただきます。ですからまずは形だけでもと、」
「いや、ちょっと待って。吹雪は連れて行かないよ?」
「えっ、」
「はっ?」
そこから連れて行く、行かないの問答が始まり強引に話を切って家を出ようとしたところで現在に戻る。
しかし電車の時間が迫っていたという事と、どうしてもチャックが開けられなかったという事から私の方が折れる事になった。
ちなみに吹雪が自分から、「他人には絶対見られないようにします」とくぐもった声で断言した後のことである。
電車もバスも人が集まる場所では妖銃戦姫の話で持ちきりだった。
既に種族名や女王シュの事なども知られているらしく、話の内容によって妖銃戦姫を保護しているか、そうでないかが大体分かる。
女王シュについて熱く語っている人は保護組。妖銃戦姫の存在について聞いている人は非保護組だろう。例外も有り得るが、私も話す内容で誰かに気取られないように注意を払おうと思う。でなければ吹雪に凍らされる。いや待て、吹雪は私の仕事を手伝うと言っていたのだから会社にはバレても良いのだろうか。うーん、分からん。
会社に着いてもカバンのチャックが開かない。中には小物類や昼の弁当しか入っていないので問題はないが、何の為に付いて来たのだろうかと疑問に思う。
仕事中は私語を慎しむという暗黙の了解があったが、休憩時間は違う。
皆で集まって話す内容はやはり妖銃戦姫のことである。今の所、この会社でトリガーになったのは私しかいないらしいが、それも時間の問題な気がする。流れ星が昨夜も降ったらしいのだ。
話をしながらロッカーに移動し、鍵を開けて中を見る。朝と特に変わっていないので吹雪はカバンから出ていないようだ。
恐る恐るカバンに触れると、簡単にチャックが開いた。不思議に思って中を覗くと、昨日のデジャブのように眠る吹雪を発見する。
私はふっと鼻から息を出すと、吹雪をハンカチの上にそっと寝かせて、代わりに弁当を取り出して皆と移動した。
休憩スペースで雑談を交えながら円形のテーブルの周りに皆で座る。小さなテーブルだが、弁当しか置かないので支障はない。
いつも通り弁当箱を開き、目を見開く。弁当箱のオカズスペースにぽっかりと空洞があったのだ。
何がないのかはすぐ分かる。玉子焼きがない。
この会社の人達は他人の弁当の中身を詮索するような人はいないとは思うが、私は即座にご飯を口に突っ込んだ。空白部分は誰も見ていない間に食べたと見せかける為だ。
勝手に玉子焼き食べたな。吹雪の弁当を用意していなかった私にも非があるが、何も証拠隠滅するかのように弁当箱を元の状態に戻さなくても良かっただろう。危うく皆に壊滅的に弁当箱に食べ物詰めるのが下手だと思われるところだったわ‼︎
私はモソモソと咀嚼をしながら眉を顰めていたが、話に夢中な他の方々にその顔を見られることはなかった。
「明日は弁当用意するから家で留守番してなさい」
昼休憩の後はいつも通り仕事をして、吹雪も帰る頃まで起きなかったので少しだけ寄り道をしてから帰宅した。
カバンから出て文字通り羽を伸ばしている吹雪にちょっとそこ座って、とリビングの机の上に置いたハンカチを指差す。
何も言わずに従った吹雪は、そのハンカチの上にちょこんと正座した。
そして先程の言葉を告げると、吹雪はピクリと一瞬だけ眉を上げた。
「ずっとカバンの中にいても何もないでしょ? それに空気の循環とか衛生面とか色々心配だし、家にいた方が良いと思うよ」
「それは私が一緒にいるのは迷惑だと言いたいのでしょうか?」
強い口調で言葉を発する吹雪に私は思わずたじろいだ。そういう意味ではないが、何と無く気まずい。
そんな私の様子を見つめていた吹雪は、ふいっと目を伏せた。
「私は一緒にいたいです。例え何もしていなくても、ミヤマシキ様の近くにいるというだけで良いのです……ですが、ミヤマシキ様が迷惑だと言うのなら、従います」
またも胸が痛くなるような悲しい声。
子供だから不安で寂しいのだと昨日は思ったが、ここまで悲しそうだと他の理由があるのではないかと思い始めた。
私は椅子に深く座り直してから俯く吹雪の視界に入るように手を近づけた。
「吹雪はさ、凄くトリガーって存在の事を大事にしてるよね? それはどうしてなの?」
机を指先でリズム良く叩くと、その指先を見ながら吹雪は沈黙する。
何かを考えているのだろうと思った私は同じように黙って吹雪が口を開くのを待つ。
「分からない、のです」
「え、ちょっ……吹雪!?」
やっと口を開いた吹雪だったが、そう答えるとふわりと飛んで2階へと上がって行ってしまった。
分らないとは何だろうか。自分の気持ちが分からないのか、伝える為の言葉が分からないのか、色々な意味に取れる。
吹雪を連れて行かない方が良いと思うのは事実だ。ずっとカバンの中というのはつまらないだろうし、光も差さない密室空間というのは精神的に悪影響を及ぼす可能性がある。
しかし吹雪の主張を無視するというのも忍びない。
「どうしたら良いんだよ……」
呟いた一言は誰にも届くことはなかった。
何度も見直しするのに、投稿した後で文章構成のミスを見つけるのだが。