凄かった 私と彼女の 関係性
風呂から上がった私達はそれぞれバスタオルとハンドタオルで身体を拭いた。
そして大体拭き終わったところで視界に入った洗面台の上に、置いていたはずの妖銃戦姫の服がない事に気付く。
「あれ、服が……何それ」
服をがない、と妖銃戦姫を見ると彼女はあまりにも大胆な格好をしていた。白色のシースルーのネグリジェだ。
大事な部分は隠れているが、何とも劣等感を刺激する過激なデザインである。
私に白い目で見られていることに気づいたらしい妖銃戦姫はチラリと自分の身体を見てから首を傾げた。
「何か変ですか?」
「冬場にする格好じゃないと思うよ。もっと厚手の服はないの? というか本当にどっから出したのさ!?」
私の言葉を聞いて瞬きをした妖銃戦姫は空中でクルリと回転した。
そしてまたも粉雪のようなものを舞わせ、シースルーだったネグリジェは厚手のモコモコパーカーとパンツに早替わりしていた。
今度は私が瞬きをする番だった。
「植え付けられた情報から、トリガーにはあのように透けた服装が喜ばれると聞いていたのですが……ミヤマシキ様には不快だったようですね」
「女だからねっ‼︎ 絶対その情報のトリガーは男だよっ‼︎」
妖銃戦姫のトリガー情報は本当に適当にしか植え付けられていないらしい。
そして服に関しては質問するのは止めた。
自分の目で見た事や体験した事が全てなのだと思うことにした。
私の部屋へ移動し、寝る前の準備を整える。
妖銃戦姫は枕をベット代わりにして、折り畳んだフェイスタオルを布団に見立てて眠る事になった。
ちなみに私は枕やクッションを数種類持っている。新しい素材の物を見つけると思わず購入してしまうのだ。
妖銃戦姫は小さなビーズの入った柔らかい枕を選んだ。色は赤である。
赤い枕の上に銀混じりの青い髪が散らばると目がチカチカした。
「そう言えば、君の名前は何て言うの?」
後は電気を消して寝るだけというところで、ずっと気になっていたがタイミングが掴めず聞けなかった質問をした。
しかし眠いのか、聞いていなかったのか彼女は何も返事を返さない。
別に良いかと思い、自分の枕をぽふぽふと叩いて形を整えて妖銃戦姫の隣に並べていると、暫く沈黙していた妖銃戦姫がやっと口を開いた。
「種族名ではなく……光の御子様のような個体名という意味でしょうか? それなら私にはありません。今朝生まれたばかりですので」
考えながらという風に静かに答えた妖銃戦姫。
私はそれを聞いて何となく物悲しくなった。
「そっか……でも明日にはお別れになるのに私が名前付けるのも図々しいよねぇ」
電気のスイッチを消しながら呟くように言うと、横から大きな衣擦れの音が聞こえた。慌ててスイッチを付けると、起き上がってこちらを見上げる妖銃戦姫と目が合う。
「明日でお別れとは、どういう意味でしょうかっ」
今日一番の大声を出した妖銃戦姫に私は慌てふためく。
取り敢えずベットの上に正座して身振り手振りで説明する事にした。
「あのね、今ニュースで世界中で発見されている妖銃戦姫の情報を集めているらしいのね? それで君も妖銃戦姫なわけだから、一度警察署ってところに連れて行った方が良いと、」
「嫌です!」
わたわたと手を振りながら説明する私の言葉を遮って拒絶した妖銃戦姫は、羽を広げて私の目の前まで飛んで来た。
思わず身体が後ろに仰け反るも、彼女は私の顔面に着地し、額に手を押し付けて直接私の目を覗き込んだ。
「ミヤマシキ様、貴女は私のトリガーです。妖銃戦姫とトリガーは共に成長するもの。離れる事は許されませんっ」
「い、いや、でも! ニュースだと保護された妖銃戦姫が沢山いるらしいから、その子達はトリガーから離れてると思うけどっ」
「それはその者達がトリガーの存在を重要視していないからでしょう。私は違います。私はトリガーとは女王主になるにあたっての重要な役割を担っていると思います」
今までの無表情が何だったのかと思う程に苦しそうに顔全体を歪めた妖銃戦姫は、そのまま羽を動かしながら額に乗せている手に力を込めた。
中途半端な体勢だった私はそのままグラリと仰向けに倒れ込む。
妖銃戦姫に見下ろされる形で天井の灯りが直接視界に入り、とても眩しい。
そして灯りの配置の関係で妖銃戦姫の顔に影が掛かってしまった為、どんな表情をしているか見えなくなってしまった。
灯りをぼんやりと見上げながらも心臓はけたたましく鳴り続ける。
せっかく風呂に入ったと言うのに、またも汗がにじみ出て来た。
しかしこれは完全に私が悪かったと思うので何も言えない。
「離れるのは、駄目なのですっ」
胸が痛い。
実質、数時間しか一緒にいなかったというのにどうしてこんなに悲痛な声が出せるのだろう。
トリガーとはそんなにも大切な存在なのだろうか。
そんなにも、女王シュという者になりたいのだろうか。
ふと、妖銃戦姫が玉子焼きを食べていた時の事が思い浮かぶ。無表情だったが、今思うと嬉しそうだった気がした。
それを思い出した直後、違うと感じた。そんな目的の為ではないだろうと。この子はそこまでの事は、きっと考えていないと思う。
沢山の事を知っているとは言えど、この子はまだ生まれたばかりの子供だ。
そしてトリガーという自分と関係性を持つ人間に出会い、情報として知ってはいても初めて見て、経験することが沢山あったのだろう。
それなのにそのトリガーとすぐに離れなければならないというのは辛いと思う。
私なら理不尽なことだと分かっていても、相手の胸倉を掴んで力の限り揺さぶり続ける。やっと見つけた心を許せるかもしれない人なのに、何故離れていってしまうのかと。
知らず知らずに腕が伸びた。
そして人差し指をゆっくりとその小さな頭に乗せる。
「ごめん、ごめんなさい。君のこと、何にも考えてなかった。自分のことばっかりだった」
「……許さない」
「うっ、うん。ごめん」
「絶対に許しませんから……」
繰り返されるのは何か怖いんですけど‼︎
ふわりと私の顔に覆い被さった妖銃戦姫はそのままの体勢でもう寝ます、と呟いて動かなくなった。
状況の変化についていけなかった私はそのまま硬直し、体感時間10分程経ったところで妖銃戦姫を手の平で包んでそっと起き上がった。
相変わらず直立姿勢になっても起きない彼女を見て溜息を飲み込む。
既に時計の針は深夜1時を指そうとしている。
妖銃戦姫を静かに隣の枕に寝かし、電気のスイッチを消した後は驚く程早く眠りの波がやってきた。
そして私達は朝の目覚ましが鳴るまで一度も目覚める事はなかった。
〜朝のニュースをお伝えします〜
「昨日からお伝えしてきました、突如として現れた人形のような生物。現在も続々と発見情報が持ち寄られる中、これらは人間のように言葉を話し、人間と同じ物を食べることが分かりました」
「実に不思議な生物ですね〜」
「そうなんです。専門家達もこんな生物は今まで見たことがないと首を傾げているらしく、一説には一昨日の夜の観測不明だった流れ星と共に降って来た宇宙人ではないかとも言われているようですよ」
「昨日お伝えした流れ星ですね? あの流れ星も実際に降って来るまでは観測されなかったとか」
「はい、ですから現在は臨時的に各都道府県に専用の施設を設置し、その生物の発見情報や捕まえたという方を集めることが決まったそうです。なお、緊急のご相談窓口も設けられました」
「不思議な生物についてのご相談は下記に表示されている、こちらのお電話番号、QRコードまたはメールアドレスにご連絡下さい」
「はい、というわけで実に不思議なニュースでしたね」
「そうですね〜。今後も新しい情報が入り次第、当番組でお伝えします。では、次は天気予報です。現場の〜〜……」
朝食と昼の弁当を作りながら聞こえたテレビの音声に頷く。
「施設かぁ……世界規模だからか対応が早いねぇ。世界会議とか開いて逆に対応が遅くなるパターンかと思ってたのに」
「行きませんから」
「はいはい。分かってます、分かってますよー。はい、これは吹雪の分ね」
「玉子焼きっ……」
無表情ながらも嬉しそうな声を出して玉子焼きの乗った小皿を、両手で頭の上まで持ち上げた妖銃戦姫––––吹雪はそのまま羽を広げてリビングの方へ消えた。
同時にテレビの音が変わったので、先程教えたリモコン操作で番組を変えたらしい。分かったと言ったのに、何とも疑り深い。天気予報は聞きたかったのだが、まぁ後で確認すれば良いだろう。
妖銃戦姫に吹雪と名前を付けたのは朝目覚めた直後のことである。
目覚まし時計のアラームで目覚めた私は、薄目を開けた状態で腕を伸ばした。
すると目覚まし時計と私の間にいつもはない障害物があった。
妖銃戦姫である。
伸ばした腕はそのまま妖銃戦姫にぶつかり、その肌の冷たさに一気に頭が覚醒する。
「はっ!? えっ、死んでる!?」
しかし衝撃で直ぐに目を覚ました妖銃戦姫が小さく唸り声を上げたことから死んではいないということが分かった。
朝から肝が冷えた。
私は今度こそ目覚まし時計のアラームを止め、もう一度彼女の肩辺りを触れる。
やはり凄く冷たい。
「ねぇっ! ちょっと、……えーっと、君! 凄い冷たいけど大丈夫!?」
「なん、ですか? みやま、しきさま」
瞼を閉じたままふらふらと上体を起こした妖銃戦姫だったが、言い終わる前に枕へと身体が沈む。
「おーい、起きろー‼︎」
具合でも悪いのではないかと心配になった私は妖銃戦姫の肩や腰を指先で突きながら再度声をかける。
何度か声をかけたところで、やっと瞼を開いた。
「何ですか。朝から」
眉間に皺を寄せてこちらを睨み上げた妖銃戦姫は低い声を出す。
その不機嫌な様子に怯みそうになるも、負けじと言い返した。
「君の身体が冷た過ぎるんだけどっ。寒かったの? それとも具合悪い?」
完全に起きたタイミングでふんわりと包み込むことを意識して妖銃戦姫の身体全体を手の平で覆うと、当の本人は欠伸を噛み殺しながらもごもごと口を開く。
「私は氷属性ですから、平熱が低いのが正常なのです。寒いわけでも具合が悪いわけでもありません。日本の冬という季節に降りて来て良かったと思う程ですよ。夏だったら氷属性は暑さで動きが鈍くなります」
寒さは平気だが暑さは苦手。全体的に青系統の色合いばかり。しかも属性は氷。
何だか雪女みたいだな、と思った。
そう考えて、先程彼女を起こそうとした時に名前が呼べずに焦ったことを思い出す。
咄嗟に君、と声をかけたがずっとこのままというのは可哀想だろう。
相変わらず無表情で私を見上げる妖銃戦姫の姿に、ふと1つの単語が頭に浮かんだ。
「そっか。平気なら良いんだけど……ねぇ、君の名前のことで提案があるんだけど」
「個体名ですか? ミヤマシキ様は私のトリガーですから、好きなように呼んでもらって構いませんよ。あまりにも酷い名で呼ばれた場合は無視するだけですから」
無表情に淡々とした口調。時々飛び出る突き離すような言動。そして極め付けは雪女に似ている。
「吹雪っていうのはどう?」
早朝の乾いた空気に沈黙が降りる。
「いや、やっぱり一緒に過ごすなら名前がないのは不便でしょうっ? そんでもって名前は人を表すって言うし、見たらパッと思い浮かぶ名前が良いと思って! そしたらイメージ的に吹雪が良いんじゃないかなーと。氷属性とか無表情なのもピッタリだし。あっ、悪い意味ではないんだけれどもっ」
長い沈黙に耐えられなくなった私がわたわたと手を振りながら言い募ると、妖銃戦姫はパチパチと瞬きをした。
「……悪い意味でないのなら構いません。では、情報媒体に記憶します。吹雪……覚えました」
私の名前の時のように一度だけ呟いた彼女は、その時口元に弧を描いた。所謂、微笑みというやつである。初めて喋る以外で口元の筋肉を使っているのを見た。
会ってまだ一日しか経っていないが、無表情キャラなのだろうと思っていたので少し感動する。
顔の造りが良いから女神様のように見えた。気の所為か後光も差している気がする。
いや、本当に後光が見える。窓から。
「ヤベェ! 朝ご飯と弁当!」
いつもより起きる時間が10分過ぎていた。