君は言う それ本当に 必要か?
今日も平日だ。嬉しい楽しい出勤の時間が差し迫ってきていた。
一昨日は吹雪が携帯を使っている隣でいつの間にか寝てしまっていたらしい。
その時は夕方の4時頃に吹雪から額への一撃を貰って起きた。吹雪曰く、スキンシップだそうだ。地味に痛かったのを覚えている。
その後は普通に晩ご飯を食べ、吹雪がアイスの前で悲壮な声を洩らし、一緒に風呂に入り、アイスに未練を残す吹雪を冷凍庫の前から引き剥がし、これ見よがしに私の枕の上で暴れる吹雪を隣の枕に移動させて、寝た。
これが日常になったら嫌だなぁ、と思っていたが人生は甘くないと以降の日々が物語っていた。
ちなみに河野さんからはその日の夜の内に電話が来た。何とか元の鞘に収まったらしく、何度もお礼と謝罪をされたので監視カメラの件について誤魔化して貰うように頼んでおいた。
「さっきニュースで妖銃戦姫の発見数が1万6千を超えたとか言ってたけど、君ら何体降ってきたわけ?」
食器洗いを完全にマスターした吹雪が台所から戻って来たので、天気予報に変わったテレビ画面を指差しながら振り向いた。
吹雪はチラリと画面を見てから私へと視線を戻す。
「私が記憶する情報だと凡そ2万体です。私達が地球に落とされた後で光の御子様が新たな妖銃戦姫を造り出したのなら分かりませんが」
「なら少なくともまだ4千体は見つかってないんだね〜」
何気ない話をしながら時計を見ると、そろそろ家を出る時間になっていた。
私が立ち上がると吹雪は玄関に飛んで行き、いつものカバンの中に潜り込んだ。
通勤中に吹雪が反応することは今の所ないので、この辺りには吹雪とジャスミンさんしか妖銃戦姫はいないらしい。本当に電車内やバスの中で反応されても困るけど。
「えっ……妖銃戦姫のトリガーになったんですか?」
はにかみながら嬉しそうに肯定したのは私の担当している営業の佐藤さんである。
話を聞くと、昨日の帰り道に家の近くの電柱の下に座り込んでいるのを発見したようだ。その子は佐藤さんを見て、トリガー‼︎ と叫びながら飛びついて来たらしい。
彼には奥さんがいらっしゃるので家に連れて帰ってから、毎日ニュースで見る妖銃戦姫だと説明して家に置く許可を貰ったのだと言う。
ちなみに彼の家庭は奥さんが強いというのは我が会社では知らない人はいない。
最初は施設に連れて行けと言われる事を覚悟していた佐藤さんだったが、嬉しい誤算で奥さんがその妖銃戦姫に骨抜きになってしまったらしい。妖銃戦姫自身も奥さんが好きらしく、今日は家で一緒にダンスをしている筈だと言っていた。ダンスは奥さんが今ハマっているダイエット用のもので、妖銃戦姫にも教えたところ一緒にやりたいとお願いしてきたようだ。
我が会社では妖銃戦姫のトリガーは彼しかいないことになっているので、佐藤さんは皆に話しかけられ、写真を見せろと囃し立てられていた。
その様子を見て私は吹雪の事を告げなくて良かったと心底思った。
未だに写真を撮らせてもらえない吹雪に、私がこんな状況になったと伝えたら絶対に嫌がられる。何だかんだで私の家族に言うかどうかも当日までは考えさせてほしいと言われて保留になっているのだ。
私から追い出されるという可能性がなくなり、妖銃戦姫を施設に連れて行かない人が増えた今なら別にバレても問題はないと思うのだが、吹雪は頑なに現状維持を望んだ。
そんな状況下でもしも本人がカバンに入っているのが皆にバレたらと思うと怖い。もしそんな状況になったら吹雪はキレると思う。最悪、死人が出そうだ。
私の親に告げるかどうかは吹雪次第だが、会社には今後も告げなくて良いかな、と思うのだった。
今日は一日中、佐藤さんとその妖銃戦姫の話題で持ちきりだったが、勿論仕事はなくならない。幸い電話が減っていることもあって、他の皆さんは会話をしながら仕事もするという器用なことをされていた。
「……〜って事があったらしいよ。これでこの地域の妖銃戦姫は3体目だね」
「桃色の髪ですか……それなら炎属性か風属性かもしれませんね」
「あぁ、属性を見分けるやつか。確かにどっちかだね」
家に帰って佐藤さんの話をすると、吹雪が瞬きをしながら答えた。
実は一昨日の夜に河野さんとの電話を終えてから、何気なくジャスミンさんの属性が何なのかという話になったのだ。その時に吹雪から教えて貰ったのが、属性は髪の色に現れる事が多いというものだった。
炎は赤、氷は青、雷は茶、土は黒、緑はそのまま緑、光は金、風は白。勿論例外もあるらしいが、大体がこのように髪の色を見て属性を予想することが出来るらしい。
この事からジャスミンさんは炎か土の属性だと予想されるようだ。
ちなみに吹雪の髪色は例外に属するのだとか。全体的には青に見えるが、実際の髪色は銀なのでどの色とも違うのだと言う。ここで吹雪の髪色が発覚した。私は青色だと思っていたが本当は銀色らしい。しかし同じ色にしか見えないのに、瞳の色は青だと言い切られた。間近で見ても色の違いが分からない。
そんな事があったので、佐藤さんから見せて貰った写真に写る妖銃戦姫は炎属性か風属性と予想される。
まぁ、属性を予想した所で戦う予定はないから意味はないのだが。
「それよりもお腹が空きました。晩ご飯を作って下さい、四季」
お腹を押さえて首を傾げた吹雪は、さっさと話を切り上げた。
他の妖銃戦姫の話はどうでも良いらしい。吹雪もジャスミンさんも、他の妖銃戦姫を下に見ているきらいがある。これは妖銃戦姫に共通することなのだろうか?
そう言えば吹雪が口にする私の名前の発音が柔らかくなった。これは吹雪が私の携帯のプロフィールから漢字を覚えたからだそうだ。今までは私から聞いたままで名前を記憶していたようで、少しだけ発音が違っていたのだそうだ。
「はいはい。何作ろっかね〜」
「焼肉を希望します」
「おっ? まともなリクエストだね。でも焼肉用のお肉は買ってなかったような……豚肉で代用しても良い?」
「構いません」
珍しく普通のリクエストだ。これは張り切って作ろうではないか。まぁ、切って焼くだけだけど。
野菜を切り、野菜炒めようの厚目の豚バラ肉を適当な大きさに切り分ける。少し薄いがロース肉もあったのでそれも出す。
冷蔵庫を見ると賞味期限ギリギリの焼肉のタレが入っていたが、それを小皿に出そうとした所で吹雪に止められた。塩で食べたいらしい。
プレートを温めて肉と野菜を並べていくと、吹雪が上から塩をかけていく。流れ作業だと効率が良かった。
「ありがとー」
「いえ、今日はきっと美味しいですよ」
何時もよりも嬉しそうな声で告げた吹雪に私も嬉しくなる。吹雪が焼肉が好きだとは知らなかった。
程よく火が通った所で吹雪用の取り皿にサイズ違いの肉と野菜を入れていく。私の分は通常サイズなので、まだ火が通っていなかった。
焼き立てを頬張った吹雪は珍しく女神の微笑を輝かせた。それを見て更にお腹が空いた私は先に焼けた野菜を取り皿に移して頬張る。
……?
何だか甘い気がする。それに表面の食感もねっとりとしていたような……?
たらりと背中を汗が伝う。まさかと思い、肉にも手を伸ばした。
「うわっあっま‼︎ おま、コレ!? 砂糖かけた!?」
「はい、美味しいです」
「ざけんなっ‼︎ 焼肉に謝れ‼︎ 何か茶色のが乗って……うわっプレートがベタベタじゃねーか‼︎ これは寧ろ私に謝れ‼︎ ビックリする程不味いぞ、コレェ!?」
吹雪に怒鳴りながらも醤油をかけて帳消しにするか、焼肉のタレをぶちまけるかを考える。賞味期限が近いので焼肉のタレの方が良さそうだ。確か原材料に砂糖か水飴も入っていた気がする。極端に味が変わることはないだろう。それにしても仕事終わりにこれは酷い。
当の吹雪は首を傾げて不満そうに眉を寄せており、全く反省していないように見えた。
「そもそも、それ塩のビンだろ!? 何で砂糖が入ってんの!?」
私が指差した先にあるのは蓋が青い細めのビンである。我が家では塩と砂糖を間違えないように塩はビンに入れ、砂糖は白いプラスチック容器に入れていた。見た目が全く違うので今まで間違えた事は最初の数回しかない。賢い吹雪が間違えることはまずないと断言出来る。
「塩も入ってますよ?」
あっけらかんとした態度でビンをシャカシャカと縦に振る吹雪に涙が出そうになる。
「混ぜたんかい!? せめて別の容器に移し替えてよぉおおお‼︎ どうすんのそれぇ!?」
「かけましょう」
「かけねーよ‼︎」
私は冷蔵庫まで走って焼肉のタレを持ってきた。そのまま肉と野菜にぶっかけると吹雪は更に不満そうに眉を寄せる。
「四季の味覚はどうかしてます」
「お前がな? もうどうしよっかなぁコレ。塩より砂糖の割合多いし、何か料理に……ある。使える」
塩と砂糖を使用する料理を頭の中で浮かべていると、砂糖多めの料理をポンと1つ思い出した。
「良かった〜。これ玉子焼きに使えるわ〜」
吹雪からビンを奪って横にシャカシャカ揺らすと、何を思ったのか吹雪が私に向かって銃を構えた。
頭にきているからか、銃口を向けられても特に怖いとは感じなかった。
「気でも狂いましたか、四季!?」
「お前がな? 別に大丈夫でしょ。元々玉子焼きには味を調える為に塩も入れてたし」
「そんなっ……!?」
「おいコラ。そろそろ銃下げろ。箸でつまむぞ」
何故か愕然としている吹雪にそう告げるも、どうやら声が聞こえていないようでそのまま動かない。
少し気になったがこれ以上肉が冷めるのは嫌なので無視する事にした。
肉や野菜をタレにじゃぶじゃぶ付けて頬張る。
うん、甘い。
「機嫌直しなよ〜。何でそんなに塩を嫌ってるわけ?」
「しょっぱくて辛いからです」
「でも玉子焼きは分からなかったんでしょ?」
「入っていることが嫌なのです」
湯船に浸かりながら問答を繰り返す。
吹雪の機嫌がすこぶる悪かった。どうやら塩を嫌っているみたいだ。今までは我慢していたらしいが、玉子焼きに入っていると知って耐えられなくなったそうだ。
そうは言われても塩を入れなければあの玉子焼きの味は出せない。それを何度も説明しているのだが、吹雪は納得していないようだった。
仕方がないので明日の朝に塩なしの玉子焼きを作って試食する、という事で落ち着いた。
風呂から上がっても吹雪の機嫌は悪いままらしく、物置部屋に暫く篭っていた。
ちなみに物置部屋は吹雪の部屋として与える事になった。雑多に物が置かれて狭くなっているのが丁度良いらしい。そこは既に吹雪好みに改造されているので、家族が帰ってきたら扉を開けられないような仕組みを作らなければならないだろう。我が家の扉には洗面所とトイレくらいしか鍵が付いていないのだ。
ごすっがすっ、と鈍い音がしていたので恐らく人形達を殴っているのだと思う。凄く怖い。
物置部屋から吹雪が戻って来たので、明日は早起きしなくちゃなぁ、と思いながら部屋の電気を消すと吹雪が隣の枕の上でモゾモゾと動く音を立てながら呟く。
「明日は早起きですね。ちゃんと起きて下さいね?」
お前がな? と心の中でツッコミを入れる。
案の定、吹雪は翌朝中々目覚めなかった。いつもの事である。




