表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖銃戦姫  作者: 夢見るうさぎ
第一章 〜妖銃戦姫とトリガー〜
13/220

すみません それでも側に いたいんです

 じんわりとした掌の痛みに一瞬で我に帰った。そして玄関のタイルの上で小さく呻きながら身体を起こそうとしている吹雪に気付き、慌ててしゃがみ込む。


「ごめんっ! 大丈夫、吹雪!?」


「さわら、ないで下さい……」


 手の平で包み上げようと伸ばした手を叩かれた。吹雪をカバンから出そうとした際に叩かれた時よりも弱い力だったにも関わらず、とても痛いと感じた。


「ごめんっ吹雪ごめんなさい! わざとじゃないのっ! 手が勝手に、」


「分かってます。理解してますから。わざとではなかったんですよね。無意識に私に対して恐怖を抱いたんですよね。全部……分かってますから」


 違う、と否定出来なかった。

 私は確かに吹雪が怖かった。今までで一番怖いと感じた。

 言葉は交わせるのに、その心が理解出来ない。思いを伝えることは出来るのに、その価値観を共有することが出来ない。人間に似ているのに全く違う生物なのだと、分かることは出来ないのだと、思い知らされた。

 同胞を殺すと、吹雪は躊躇いなく言いのけた。その為に生まれたのだと、女王シュにならなければならないのだと、その為に沢山の同胞を殺すのだと。

 あまりにも考え方が違っていた。

 意味が分からない。吹雪の心が理解出来ない。気持ち悪い。


 言葉を紡ぐことが出来ない私を一瞥し、吹雪はゆっくりと羽ばたいた。


「少し……少しだけ物置部屋に、一人にしてほしいです」


「……分かった」


 それしか言えなかった。




 吹雪が去った後、暫く玄関に座り込んでいた。

 一人になって冷静さを取り戻すと、あまりの自分の不甲斐なさに涙が抑えきれなかった。


 吹雪が私に同胞を殺すと告げた時、吹雪は私に背中を向けていた。そして振り返った時、確かに吹雪の唇が震えていたのを私は見ていた。それにも関わらず、私は吹雪の僅かな表情の変化を気にすることもなく––––いや、気にする余裕もないままに吹雪に手を上げてしまった。

 その後、タイルに叩きつけられた吹雪は怒るでも悲しむでもなく、私を慰める言葉を紡いだ。

 分かっている、と。


 何て可哀想なことをしてしまったのだろう。自分に課された目的が分からないまま生まれ、理解した時には同胞を殺さなければならなくなった。

 吹雪が背中を向けたのは自分の表情を見せたくなかったからだ。嫌だと告げるのは自分自身の生まれた意味を否定することになると思ったのだろう。

 自分一人では抱えきれないから、トリガーである私に、共に成長することを課された私に手を伸ばしたのだ。だけど私はそれを拒んでしまった。

 吹雪は分かっていると言った。私が恐怖していることも、無意識に拒絶してしまったことも。

 そうして一人で全部を抱えて、この場を去って行った。

 悲しみと苦しみという痛みを飲み込んで、ただ一人になりたいと言って、私に背を向けた。


 あんな小さな子に気遣わせてしまった。あんなに優しい子に一人で抱え込ませてしまった。

 あまりの自分の情けなさに涙が止まらない。瞼が重く、ヒリヒリとした痛みを発している。鼻が詰まって呼吸もしづらい。

 吹雪はもっとずっと、苦しくて痛いと思う。今も一人でその痛みと苦しみを抱え込んでいる。


「善は、急げだっ……」


 ごちゃごちゃ考えていても碌な事にならないのはこの24年の人生で理解している。

 今はただ、急いで自分がやれる事をやるべきだ。


 ごめんね吹雪。

 私、性格悪いから。

 吹雪の一人にしてほしいという気持ちを踏み躙るよ。




 扉をノックをするも返事はなかった。

 予想していたことだったのでショックは受けない。

 私はそのまま扉の前で肩幅まで足を開き、お腹に手を当てて深く深呼吸をする。


「吹雪! そっちにいるんだよね? ちゃんと居るなら声を聞かせて! 聞こえなかったら勝手に扉開けるから!」


 扉に向かって叫ぶ。

 さっきの深呼吸は落ち着く為のものじゃない。大きな声を出す前の発声練習のようなものだ。

 元演劇部を舐めるなよ。


「吹雪ー! 聞こえないのー? 開けるよー?」


「一人にしてほしいと、伝えましたっ」


 扉越しに投げ付けるような吹雪の声が聞こえた。声の大きさから扉近くにはいるらしい。物置部屋に行く、とは言っていたが私に嫌気がさして窓から外に逃げたという可能性もあるかもしれないと思ったが、一先ずそこまではなかったらしい。

 私は吹雪の声を聞いてから、今度こそ本当の意味で深呼吸をした。


「吹雪の言う通り、部屋の中には吹雪一人で私は廊下だ。そして私はこのまま扉越しに吹雪に語りかけたいと思う! どうしても、吹雪に聞いてほしいことがあるんだ! 今っ‼︎」


 少しの沈黙。吹雪からは返事が返って来なかった。

 一人にしてほしいという約束を屁理屈で破ったので怒っているのだと思う。

 当たり前だ。私だって絶対に怒る。だけど今じゃないと、吹雪に本当の意味で届かない気がした。私の言葉の持つ力には、賞味期限があると思うから。


「吹雪! 私、ちゃんと自分の気持ちを吹雪に伝えてなかった! 注意したり質問したりするばっかりで、私自身の事とか私が思ってる事とか何にも言ってなかった! だから今、全部言いたい!」


 もう一度深呼吸。今度はお腹に手を当てて、若干背中を仰け反らせる。


「私、吹雪のこと、メッチャ怖いぃぃぃいい‼︎ というか銃とか属性が意味分かんない程に凶暴で怖いぃぃぃいい‼︎ 何だよ氷属性ってぇええっ‼︎ しかも銃もそのミニマムサイズにしては有り得ない飛距離出るし嫌ぁぁぁああああ‼︎」


 扉の向こうでガシャンという音がした。本格的に怒っているのかもしれない。しかし私はまだ全部言い終わっていない。逃げるにしろ、土下座するにしろ、取り敢えずは全てぶっちゃけてからだ。


「あと、吹雪めっちゃ美人のくせに無表情だからちょっと近寄りがたいのおぉぉぉお‼︎ せめてもうちょっと笑ってよおぉぉぉ‼︎ 女神の微笑は安売りしないってか? チキショォォォゥ‼︎」


 再度呼吸を整えて、レッツチャレンジ。


「あとあと、私に対して遠慮が無さ過ぎぃぃぃるぅっ‼︎ もうちょっとくらい私を労ってくれても良いんだからねぇぇえ!? そんでそんで、寝起きの悪さ酷過ぎだくるぅぁぁあ‼︎」


 熱が入り過ぎて、最後ら辺は巻き舌になってしまったが気にしない。

 それよりも今度は扉の向こうでドゴッという鈍い音がした。本格的にキレているらしい。


「起きた時に目を閉じたまま飛ぶのは危ないと思うぅぅ‼︎ というかそもそも起きてんのか寝てんのか分かんねぇぇえっ‼︎ そこんとこどうなのぉおおおっ!?」


 ガチッという音がすぐ近くで聞こえた。扉の前にいる気がする。

 生唾を飲み込み、それでも背中を仰け反らせて叫ぶ。


「あとあとあとっ! 玉子焼き好きなのは分かるけど食べ過ぎじゃぁああいっ‼︎ 糖尿病まっしぐらじゃねぇぇかぁあっ‼︎ 作ってる私が言うのも何だけど野菜も食べようぜぇぇえっ‼︎」


 先程から僅かにドアノブが揺れている。

 心臓が大暴れだ。すぐさま逃げ出したい。

 しかしもう最後だ。言い切ってから逃げる方が格好良い気がする。


「っ最後にぃい‼︎ たった3日間だけど、吹雪と一緒にいた時間は嫌いじゃなかったから! 怖いし、わけ分からんし、意味不明だし、美人過ぎるし、わけ分からんし、わけ分からんし、美人だし、わけ分からんけど! 私はっ……吹雪と、一緒にいたいと思う。わけ分からんのも、まだ3日だから、今から分かり合える、ような気がする、と思いたいっ。例え、吹雪が他の妖銃戦姫をこ、殺そうとするのだとしても。私はっ出来るか分かんないけど、それを止めだいと思うから。女王シュのなり方が分がらない以上は、本当に同胞殺しをしなければならないのかも分がっ、分からんだろうじ。だ、だがらっ、」


「もう良いです! もう、分かりましたから。だからもう……泣かないで下さい。私のトリガー」


 いつの間にか吹雪が目の前にいた。本当にいつの間にか視界がぼやけていたようで、よく見たら扉も半開きになっていた。

 もう一度深呼吸をしようとして、鼻が詰まって咽せた。すると吹雪が私の背後に回って背中をドンドンと叩いてくれる。

 自分でやらかしておきながら、何がなんだか分からない。今の状況はどうなっているのだろうか。


「あでっ? 吹雪いづの間に?」


「ミヤマシキ様がそれを止めたい、と仰られた辺りですよ……まったく。酷いアホ面晒してますよ?」


「お、おうっふ」


 素直に返事が出来なかった。何だろう酷いアホ面って。空耳かしら。


「空耳ではありませんから」


 思わず口元を手で押さえると、吹雪の溜息が聞こえた。


「お顔に出ていらっしゃるんです。これが百面相って言うんですかね? いつもコロコロ表情が変わるので分かりづらいですが、その時々で何を考えていらっしゃるのか大体の予想は出来ておりました」


「マジで!?」


 吹雪に考えている事がバレていたという事と、吹雪と普通に会話出来ているという事に気が抜けた私は、ずるずると床に座り込んでしまった。

 不思議に思って立ち上がろうとするも、足はおろか腕にさえも力が入らない。

 初めての経験だが、これが腰が抜けるというやつだろうか。それにしては全身が脱力しているが自分のことながら大丈夫なのだろうか。

 私の様子に気付いているのかいないのか、吹雪が顔の前までふわりと飛んで来る。そして先程のように私の額に手を当てた。

 その感覚に吹雪を叩いてしまったことを思い出した私はまたも涙ぐむ。


「ごめんね。さっき叩いてごめんね。痛かったでしょ? 怪我はしてない?」


「擦り傷が有りましたが、もう再生しました。痛みもないです。外傷は直ぐに治ります

から……ですが私は酷く傷付きました」


 心が傷付いたという意味だろう。

 想像はしていたが、実際に言われると堪える。だがここで私が泣くのは違う。泣きたいのは吹雪の方だ。


「ごめんなさい……」


「私、寝起きが悪かったんですね」


「うん、ごめ……ん?」


 今更だが涙を見せないように俯いていた私は思わず顔を上げてしまった。

 何だか会話が食い違った気がする。

 私の額に手を触れたままだった吹雪は、私が顔を上げたことに少しバランスを崩したようだった。慌てて水を掬うように両手を寄せて吹雪の下に持って行くと、不自然な体勢でも見事に空中で静止した吹雪は、ぱちぱちと瞬きをしてからやがてゆっくりと私の手の平の上に着地した。

 空気を読めていないが、何だか感動する。これこそ漫画やアニメに出て来る妖精と主人公のポジションだと思う。……あっ、さっきまで力が抜けてた腕が動いてら。やったね。


「……また違うことを考えておられますね」


「ごめんなさい」


「謝るということは肯定されるのですね。あぁ、それから私は無表情で近寄りがたいとか?」


「……うん、そうだ、ね」


「属性も意味が分からなくて怖いとか」


 私の手の平の上で真正面から私を見る銀混じりの青い瞳から目を逸らしたくて仕方がない。今更だが、完全に言い逃げに失敗した。感情に飲まれて情緒不安定になり周りが見えなくなるのは想定外だったのだ。


 吹雪はそんな私を見つめながら不意に腕を伸ばした。意図が分からずジッと見ていると、ひらひらと手を上下させる。近くに来いという意味かと思い、恐る恐る顔を近付けると、背伸びをした吹雪は私の鼻先を両手で掴んで引き寄せた。

 鼻が詰まっているのに、両側から押さえ付けられて更に呼吸がしづらくなる。私が思わず身動ぎしようとすると、吹雪はポツリと小さな声で呟いた。


「それでも……私の側にいたいと仰られるんですね」


 唐突に身を翻した吹雪は、半開きだった扉から物置部屋へと凄い速さで飛んで行ってしまった。

 事態に追い付けず、物乞いのように両手を掲げたまま硬直していた私は、えっ、と声を出してからまた沈黙する。


 一体何がしたかったのだ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ