⑦章[決着の大将戦! 幻の鋏使いカリスマ天才御嬢様VS頭さんと僕のランプの魔神の美容]
叡智、これはランプのスタイリスト試験だ、後は叡智のセンスで好きに暴れなさい――はい。
ロンドンの神童と呼ばれ続けた天才少女がいた――そして、少女は成長し、憧れの祖父や父の様な世界屈指のカリスマ美容師になる為、美容を学び、練習し、あっ! と、言う間に祖父や父が築いた美容室『レインボウ』のトップへと登りつめた。美容の英才教育の中で育ったとは言え、彼女の美容技術の美しさは自らの生まれ持っての美的センスが大きいと、誰もが口揃えて言った。それがゆえに皆から見た彼女は――生まれ持っての天才なのであった。
僕はビューティフルワールドの出場が決まると、いち早く美容スータビリティに置いてあった過去の美容資料から『レインボウ』のマルゲリータさんの資料を見つけ、彼女の事を調べた。
彼女の事を調べるにつれ――編集者としても、美容師としても、僕は彼女にとても魅力を感じ興味が湧いた。ぜひとも彼女の特集や、美容技術解析などを特集で組みたいな、と思うほど資料にあった彼女の作品は美しく、他にはないセンスを感じた。
『マルゲリータ・シアター』――その生い立ちがゆえに高飛車な性格に見られがちだか、実際の彼女の性格は温厚で、なにより仲間思いであり、実力主義でスタッフをまとめてきた父の『アーロン・シアター』とは違い、全てのスタッフを平等に大事に扱う為、スタッフ全員から愛され『御嬢』と呼ばれ、スタッフ達と一緒に力を合わせ今の『レインボウ』を支える。そんな若きカリスマ美容師が大将戦の僕の相手だ。
中堅戦の鬼頭さん、副将戦の京街さん、二人が頑張ってくれたおかげで、現在『チームレインボウ』との点差はなくなり、僕はビハインドなしでの勝負ができる場面を整えて貰った――特に京街さんに至っては大会史上最高得点での勝利だったので文字通り偉業であり、今も取材の山に囲まれ、京街さんは控室に戻れない状況と、なっていた。
このビューティフルワールド、頭さんに僕が一人前になった事を見せる恩返し、それと審査員のアーロンさんと、エルカさんの前で頭さんを師匠に持つ僕が、このレインボウの天才カリスマ美容師、アーロンさんの娘のマルゲリータさんを倒す事で――頭さんの過去の苦い思い出に一矢報いる! 頭さんを見くびったアーロンさんに一泡吹かせてやり、僕の頭さんへの恩返しとする! 頭さんの美容の素晴らしさを……僕が頭さんに代わって会場に伝える!
それにこの大会は僕の念願だったランプのスタイリスト試験も兼ねている。この舞台は僕が今まで生きていた中で一番の大舞台だ、そして晴れ舞台にしなければならない! まさに負けられない一戦だ。
大将戦のお題は『オリジナルアシンメトリースタイル』だ、アシンメトリースタイルは魔神の美容において、とてもレパートリーが多く、頭さんの得意なスタイルでもあった為、僕も様々なスタイルを練習で何度も作った事があるし、僕自身の髪型も、お気に入りのアシンメトリースタイルである。一番自分の好きなスタイルがお題にくるとは、ツキは僕に有ると言いたいが……――一方の僕の相手であるマルゲリータさんの得意なスタイルもアシンメトリーであった。
彼女が作るアシンメトリースタイルを僕はいくつも資料で拝見したが、その全てが作品を目にするだけで、頭の中で物語が想像できるほど――中二妄想が捗る様な、『主人公』と言うのに相応しい、美しい作品だった。
『チームレインボウ』大将マルゲリータさん、そんな僕とは地位も名誉もキャリアも段違いな相手を前にしても、今の僕はとてもクレバーだった――大会経験もほぼ皆無、おまけに現場を一年以上離れていた僕ではあるが、美容を初めてから今まで向上心も美容探求も忘れたことはない! 編集者をありながらも、ただ貪欲に美容技術を磨いてきた。そして、京街さんや、鬼頭さんという尊敬する美容師と出会い僕の美容の幅はさらに広がった。それに、頭さんの美容はマルゲリータさんの作品にも引けを取らない! だから、僕に怖い事なんてなかった。ここまで僕を成長させてくれた皆の期待を裏切る事より怖い事はない! 僕は誰も裏切らない、これが……僕ができる頭さんへの最後の恩返しだ。
魔神の美容にブランクなんてない! 手に職を永遠に刻む美容――それが僕の最大の武器、魔神の美容だ。
「じゃあ、皆さん。行ってきます! あ、そうだ、山さん……僕はこの大会だけ、編集者じゃなくなります。必ずやりきって皆の所に戻ってきます!」
「ああ、行ってこい! 今日のお前はランプの美容師――時蔵叡智だ!」
控室を出て会場に行く前の僕の背中を叩き、山さんは笑顔でそう言ってくれた。
「ありがとうございます。そうだ! 最後に行く前に、山さんにもう一つ言っておきたい事があります」
「うん……? なんだ、言ってみろ!」
僕は深呼吸をして自分の思いを戦場に行く前に皆の前で山さんに伝えた。
「若葉寮長がいたから人としての僕がいます。頭さんがいたから美容師としての僕がいます。だけど――今の僕がここいるのは……山さんのおかげです。僕が美容スータビリティに入って、尊敬する美容師の二人と仕事をするチャンスをくれたのは山さんです! 京街さんのテストでのピンチでも、鬼頭さんとの麻雀のピンチでも、それに頭さんが目覚めた日に病室で僕が『絶望』に圧し潰されそうになった時でも、山さんはいつも僕を助けてくれた! 僕に力をくれてピンチに立ち向かわせてくれ、チャンスを掴ませてくれた! 山さんに、僕はどんなに救われた事か……この会社に入って山さんに出会えて、本当に良かった! それを言っておきたかったんです。それじゃあ、行ってきますね! 優勝してきます」
僕はこの時どんな顔をしていたのだろうか……でもそれはきっと、とても満ち溢れた『魔神の絵本』に出てくる魔神の様な充実した表情だったに違いない――。
僕の話を聞いて頬を赤らめながら「ありがとうな、私もお前みたいな奴に……会えてよかったよ!」と、言いながら、僕の背中を強く押した山さんから、その僕の表情が分かった。
「かぁ~、やっとここへ戻ってこられた! あれ? 時蔵は……もう行っちまったか?」
「京街さんが遅いからもう会場に入ったにゃん! 時蔵君は京街さんの作品見て泣きながら飛び跳ねて感動していたぺこ~、そして今さっき……死亡フラグをビンビンに立てたセリフを吐いて出て行ったにゃん! まぁ、あの子は平気で恥ずかしい事が言えちゃう子だから――いつもの時蔵君らしく、良い状態で大将戦に臨めると思うぺこ~。京街さん! お疲れにゃん! 京街さんの魂! 皆にズッキュン! と、届いていたぺこ~」
チーム美容スータビリティの控室に京街が取材の山から逃げ出して戻ってくると、鬼頭が先ほどの時蔵の様子を伝えて、京街を迎えた。
「そうか……鬼頭、お前より活躍出来て良かったぜ! ハハハ、俺イケメンすぎたな!」
「うげぇ……京街さんは、やっぱりなんかムカツクにゃん! でも、少しかっこよかったぺこ~……良くできましたにゃん……」
「うん? 鬼頭、なんか言ったか?」
「あああ! ガッデム! 何も言ってないにゃん! 時蔵君を応援しに行くぺこ~!」
「痛ッ! 鬼頭……なんで俺を殴りやがる……うん? お前、顔が真っ赤だぞ? 大丈夫か!」
「だ、大丈夫にゃん! ほら、待っていてあげたんだから、観戦しに行くぺこ~」
鬼頭は赤面しながら、京街にワンパン入れると、二人で観戦スペースへと向かった。
チームレインボウ控室にて――副将戦を終え控室に戻ってきたドッピオがマルゲリータに頭を下げて敗戦を詫びていた。だが、マルゲリータはすぐにドッピオに頭を上げさせた。
「御嬢……面目ねぇ! この老いぼれ、負けてのこのこと帰ってきやした……。あれだけ大口を叩いていたのに……相手との点数を引き離すどころか、並ばれてしまいやした……。でも、私はあの京街という男と戦えて良かった――とても充実した楽しい時間だったなぁ……」
そう言うドッピオの表情は、やりきった満足感に満ち、至福を噛みしめている様だった。
「顔を上げてドッピオ! あなたは恥じるべき作品は作っていないわ、良く戦ってくれたわね、私があなたに詫びてもらう事なんて何一つないわよ! あなたが戦えて良かったと思える相手と戦えて、私も嬉しいわ。それにドッピオ! あなた以外のスタッフで副将戦を戦っていたら追いつかれたどころじゃ済まなかったわ……。あの京街という男はあなたとは5点差だったけれども、三位のチームジャパンの選手には18点差をつけていたのよ! あなたが戦ってくれたから、うちのチームのダメージは少なくて済んだのよ、さすが『レインボウ』最強のカラーリストよ、あなたは――それを誇るべきよ!」
「お、御嬢……ありがとうございます。御嬢にも私が先程過ごした時間の様に、充実した時間になる事を祈っています。チーム美容スータビリティ――ただもんじゃない美容師を特に中堅戦から送り込んでいます! 最後の大将戦……出てくのは美容室『ランプ』の美容師、時蔵叡智という美容師みたいですが、京街や、鬼頭と違い、大会成績や美容室のデーターじゃ一切なく、兎に角……美容師としての素性が全くない不気味な奴のようです……」
「ふん、面白い相手ね。安心しなさい、部下の敵は必ず獲ってくるは……時蔵叡智か、美容スータビリティは良いチームみたいだけど、大将は何の経歴もない一般ピーポーだと……。相手の油断を狙っているのかしら? まぁ、いいわ! 優勝するのは私のチームだ! あなた達、ここまで私と一緒に戦ってくれてありがとう! 後は私がドラマチックに終わらせてくるわ、この大会の主人公は私よ! さーて、ショウタイムの始まりよ!」
ここまで一緒に戦ってきた仲間にマルゲリータは敬意を払って、そして大将としての覚悟を示して、凛として堂々とした足取りで控室を後にし、決戦の会場へと向かった。
もし、大将戦の勝敗が練習時間の量や、所属する美容室の名前が有名かで決まるのであれば、僕が一番この会場で絶望的な選手と言えるだろう――だが、美容というのはそんな簡単なモノじゃない。
練習は勿論一番大事だ、だけどその人に合った考えた練習方法を行わなければ身に付けたい技術は身に付かない。考えなしの闇雲に量だけ練習をこなしても、努力は嘘をつかないとよく言うけれども、僕は簡単に嘘をつくと思う。美容は基礎をしっかりと身に付けた後は、効率よく自分に合った自分が一番学びたいモノを練習し、その練習に夢中にならなければ効果は薄い。だから、美容師の中に染みついた美容技術は練習時間の量や、ましてや勤めている美容室で分かるほど単純なモノではないのである。
だが……ただ一つ、美容には誰の目から見てもこの中で誰が一番か、見た目だけでハッキリするモノがある。それだけでは作品の良し悪しは決して決まらないが、美に溢れたオーラを放つ存在感を持ち、格付けが見た目だけで済んでしまうモノ。その恐ろしく残酷な格付けを付けるモノそれは――美容師の相棒である鋏だ。
美容道具の主役、鋏。用途を分けてカットに使う為、一人の美容師が二~五本カットの為に用意する――この美容道具こそ、見た目の質で意図も簡単に格付けをされてしまうモノである。
値段はズバリ、ピンからキリである。高いモノでは百万円近く、安いモノなら二万円程で買えるのである。カット技術は切る方法や、センス、体の姿勢と、己の磨いてきた美容技術が全てである為、鋏の目的はあくまで切って髪を切断する事なので、『切れ味』以外では鋏の良し悪しだけでは、そこまで作品の技術的な差はでないものの……。
大将戦の会場で、僕が施術するスペースの対面にスペースが振り分けられた『チームレインボウ』のマルゲリータさんの持つ鋏は――会場にいる僕を含め、マルゲリータさん以外の全員の美容師が持つ鋏とは……明らかにレベルが違う、ゲームに登場する『伝説の勇者が手にする剣』の様に神秘的なオーラを醸しながら輝く、この世の物質で作られた鋏だとはとても思えないほど、立派な鋏を三本彼女は持っていた。
マルゲリータさんの資料を読んだ時にこの鋏の事が書いてあった。何処かの国の伝説の鍛冶職人と言われる人が、彼女の美容技術に惚れ込みプレゼントしてくれた鋏だと言う。その鍛冶職人曰く、この鋏に使われた物質は……嘘か本当か、はたまたそもそも現実に存在するのか大いに疑問の物質――『オリハルコン』から作ったと言う……世界にこの三本だけの値段も付けられない位に貴重な鋏だと言う。そう彼女は資料の中にあった記事で語っていた。
そんな鋏を所有するマルゲリータさんが今まで参加した大会で一番大きな大会は『ロンドンカットコンクールマスタークラス』だ。ロンドン美容師カースト上位しか参加できないベテランや、カリスマ美容師のみを集めた由緒ある大会だった――当時20歳だった彼女は大会史上最年少で参加資格を得て、そして優勝した。
彼女の鋏、通称『オリハルコン』が騒がれ始めたのはその時辺りからだった――見た目から放たれる美しいオーラや、美しいラインを画く全体のフォルムは、ダイヤモンドの様な輝きだ。それゆえに見た目のインパクトに目がいきがちだが、実際に大会でプロの目から評価されたのは、その他の鋏を遥かに凌駕するその性能の方だ。
鋏の性能程度では、良く研がれた切れ味に支障がない鋏を使っていれば鋏の良し悪しでそこまで作品に差は出ないと、僕は頭さんから教えられていた。
「道具に拘って美容技術の鍛錬を疎かにする方が、よっぽど作品の出来に影響する」
と、教え込まれていた為、僕は道具に拘ることはあまりせずに美容技術の鍛錬に打ち込んでいた。そんな教えを受けていた僕だから、このマルゲリータさんの資料を読んで審査員の鋏への絶賛の声を目のあたりにして少々驚いた。あの大舞台で普段滅多にコメントが出ない鋏についてのコメントが審査員からいくつか挙がったのであった。
「鋏でアドバンテージが取れるとしたら通常は『切れ味』くらいであるが、マルゲリータ選手の『オリハルコン』はそれだけではない……。鋏の『切れ味』程度の差なら、この大会に出場する美容師なら、なんてことのないハンデだ。いくらでも美容技術でカバーできる。しかし、彼女の……あの鋏は――まるで生きている! 驚く事に生命体の様なのだ! 施術中……彼女は鋏と一人淡々と会話を始める。すると、その会話の後……彼女の作品のクオリティがどんどん上がるのである! なんと言うか、鋏が彼女に話かけられるとイキイキしだし、まるで知能があるかの如く、良いデザインに仕上がるんだ! ――」
そんな審査員の興奮している様子が分かるコメントが資料には書かれていた。そして、どのコメントにも最後この様な言葉で終わっていた――「彼女の作品はまずは彼女が考えたデザインを作成した後、残り時間で鋏と相談し――最初に作ったデザインをアレンジして、作品を進化させ、より良いデザインを鋏との会話で閃き完成させる。まさにあの鋏は美容師を助ける幻の鋏だ……あれがある限り、どんな危機に襲われようと彼女は進化できる。最強さ」
一流の審査員を唸らせた幻の鋏を持つマルゲリータさん。一方の僕の使う鋏は奈良県のどっかで作られた一本四万円ほどの鋏が三本だ……。とは言え、思い出では僕の鋏も負けてはいない! 学生時代に取った小説の新人賞で入ったお金で手に入れた思い出の鋏だし、何より頭さんの魔神の美容を一緒に学んできた――僕の大切な相棒だ。
こいつは僕が積み重ねた美容技術練習を全て知っている。一緒にどんな時もついてきてくれた僕の相棒だ、僕はこの鋏と一緒に優勝がしたい! 幻の鋏に挑みたい! ――頭さんにこの大会に出場する事を宣言してから、暫くして僕は、頭さんに「よければ私の鋏を使うか? それとも新しい鋏をプレゼントしようか?」と、聞かれた事があった。
僕の相棒は今や、少々古くなりつつあり……確かにもうそろそろ寿命であった。道具ぐらい揃えてやりたいと言う頭さんなりの気遣いだったのだろうが、僕は気持だけ有り難く受け取って、頭さんのその申し出を断った。
もうすぐ寿命がくる相棒である僕の鋏に、最後にとっておきな光景を見せてやりたい――毎日が楽しく輝いていたランプでの日々を、僕と過ごしてくれたこの相棒と――僕は一緒に戦いたい。そして、一緒にこの会場を揺らす様な作品を作ってやる! 僕はこの鋏を信じている。
幻の鋏を目のあたりにして、少し緊張はしたが、僕は自分の相棒である鋏を見て、自信が湧きその緊張はすぐに解れた。そして、良いコンディションで施術の準備を終えると――前方から『オリハルコン』をシザーケースに入れたマルゲリータさんが、ゆっくりと僕の施術スペースへやってきた。
「え? マ、マルゲリータさん……。は、初めまして! 僕の名前は時蔵叡智と申します。『オリハルコン』良い鋏ですね……。ハハハ、今日は宜しくお願いします……って、日本語だった!」
「日本語で結構よ、時蔵さん。『オリハルコン』を褒めてくださり光栄だわ、でも……あなたも私の鋏に負けない位の良い鋏を使っているわね、とても愛された良い鋏よ。今日は宜しくお願いします。優勝は私達が貰うわ、それだけを宣言しにきたの! では!」
そう彼女はニコッと笑いながらそう宣言すると、自分の施術スペースへと戻って行った。
恐らく一千万はくだらないと呼び声が高い幻の鋏『オリハルコン』を持つ彼女が、奈良のどこかで製造された僕の四万円の鋏を良い鋏と言った事は、最初は馬鹿にしているのか! と、思えたが――あの時、彼女はそんな冗談を言ったり、悪意を口にしたり、する様な顔ではとてもなく、敬意を持った真剣な瞳をしながら、鋏の気持ちを聞いて感じとった様な姿に見えた。
施術中に鋏である『オリハルコン』と会話をする彼女には、本当に鋏の声が聞こえるのだと思わせる素振りだった。
だとしたら……僕の相棒は彼女に何と言ったのだろうか、それが少しだけ気になった――。
データーになる資料も、作品もない同じ歳の僕を相手にするマルゲリータさんは、僕の事を少々不気味に思っているのだろうか、さっきから対面のスペースから僕の方をジロジロと見ている。一応、僕達チーム美容スータビリティを意識してくれているみたいで有り難い――彼女は僕の事を分からなくとも、施術が始まれば……審査員のエルカさんと、アーロンさんは僕の美容に見覚えを思い出すだろう。そう! 頭さんの『魔神の美容』が記憶から蘇るであろう。そして、今度は僕達の『魔神の美容』が勝つ! その為に僕はここにいるんだ。
準備が全て整い、会場に緊張が走り静まり返ると……――長かったこのビューティフルワールド決着の大将戦! 戦いの火蓋が切られた。
一流品とは、自分を助けてくれるモノであり、助けてくれたモノ、一緒に物語を作ってくれる品を僕は一流品と思っている――。
僕の一流品は『魔神の絵本』、『この奈良のどっかで作られた鋏』、京街さんのテストで使った『山さんがガラガラクジで当てた万能スポンジ』などがある。
一流の人が自身の一流品を使って、僕の前に立ち塞がり物語を作ろうとする時――それは、どんなに、僕にとって脅威になるか……。僕は今、身を持って体験する事となった……。
「さ、寒気がするほど、伝わるな……。これがマルゲリータさんの実力か!」
幻の鋏『オリハルコン』は誰から見てもマルゲリータさんの一流品だ。その一流品を扱うマルゲリータさんの鋏捌きはとても優美で、その美容施術姿は彼女を主人公とした物語が目に浮かんでくる様な、舞台の主役は彼女と言わんばかりの如く、会場中に存在感を撒き散らした。
「フフフ、この大会の主役は、私よ! さーて、でも……驚くのは、まだこれからよ」
そう不敵に微笑む彼女を意識しないと言うと嘘になるが、それでも僕は『絶望』まで追い込まれることはなかった。必ず勝てると、深呼吸をし、自分の『魔神の美容』の施術に集中して切り替える事ができた。
だって、僕はマルゲリータさんより、凄いと思える鋏捌きを知っているから――僕が若葉寮長を追いかけて初めて『ランプ』に行って、僕を魅了した光景……頭さんのカット姿はこんなものではなかったから、僕は『絶望』しない。あの器用な手捌きは、魔神の魔法だった……。だったらその魔神と、美容を学んできた今の僕も――。
この会場の主役になれる筈だ! 高校生になってすぐにできた僕の居場所『ランプ』そこで頭さんと毎日積み重ねて練習をして美容を学んだ日々――あれが僕の青春であり、一番のやりたい事だった。若葉寮長も若葉寮の皆も応援してくれて、充実した美容人生だったし、趣味でやっていた小説が本にもなって、僕は幸せだった。でも、頭さんが事故にあって怖くて、怖くて、不安で、不安で堪らなかったけど……。頭さんに恩返しできないまま、腐る自分を見る方が怖かった! だから、美容スータビリティの門を叩いて、未知の世界に一人で飛び込んで、そこで出来た、山さんや、星さんや、磯貝さんら沢山の仕事仲間達! 美容スータビリティの仕事から広がった縁で、出会った京街さんや、鬼頭さんら沢山の美容師さん達! 僕の尊敬する人達……皆と作ってきたこの僕の物語を……鋏一切り、一切りに込めて、重みを感じながら、僕はこの物語を――。
「会場に伝える! 頭さん、見ていてください……。僕は頭さんに美容が習えて、本当に良かった。皆と、ここに来られて本当に良かった――頭さんが目を覚ましてくれて本当に良かった! 『絶望』なんて、僕の美容でクールに絶ち切る! 魔神は願いを叶えてくれる! くらえ!」
毛先の動きと、全体の毛流を魔法の様に操る、それが『魔神の美容』だ。手を止めずに切り進めながら、毛が教えてくれるダメージや、モデルのシルエットのバランスなどのメッセージを聞き逃さない様に、自分の完成デザインのアドバイスを施術する髪の毛に聞きながら、作品を作る。人それぞれ違う髪を切る美容師という難しい職業だから、髪に誰よりも詳しく、そしてコンディションから情報を汲み取り、髪の毛から声を聞くみたいに繊細な仕事をする――それが美容師という職人だ。それの徹底した美容それが『魔神の美容』だ! 髪を感じながらシザーリングを奏でる……これより、気持ちがいい事はこの世にない! 天国にいる様な気分だ。
僕が絶頂しながら施術に励んでいると、会場にいる大勢の観客達がいつの間にか、僕の美容に歓声を上げていた。魔神の美容に望んでいた光景が目の前に広がっていた。願いが叶ったんだ。今、頭さんの『魔神の美容』に美容業界が熱狂している――それを思うと、鳥肌が立った。
会場の盛り上りが増すと――審査員席にいるエルカと、アーロンが時蔵に注目をした。
「おい、マルゲリータの前方のスペースで施術する彼……。髪と会話している様じゃのぅ……。あれは……――花形君じゃないか……。あの手捌きと、デザイン……間違いない! あれはワシが昔、惚れ込んだ花形君だ! 見ろ、アーロン!」
「おいおい、親父……ボケたか……。花形って私に負けてレインボウを去った日本人の事だよなぁ? たしかあいつは私と同い年だったなぁ……。でも、マルゲリータの前方にいる男はどう見てもマルゲリータと同じ位の歳だろ……」
「違う! ワシが言っているのは美容技術の話だ! いいから見てみろ! あれは正しく花形君の美容だ! 魔神の様に美しく、優しい……あの男の美容じゃい!」
「珍しいな……。親父がこんなに熱くなるのは、いつぶりぐらいだ? あ、そうか……私があの日本の猿に――美容の厳しさを教えてやり、誰に刃向かったかを後悔させて、日本に返したあの大会ぶりか……」
「バカ息子が! 花形君はきっと、お前とあの大会でワシのために戦ってくれた事を、決して後悔なんてしておらんわ! 花形君は自分の信念に基づき行動し、そして結果破れてしまっただけだ! だから後悔なんてしないんだ、彼はやりきってくれたんだから! そして今……こんな素晴らしい若人を育てて、お前の娘マルゲリータの脅威として目の前にまた現れたんだ。花形君……良い弟子を持ったな、良かった……そしてよく育てた! 見せて貰おうか――君の弟子はきっと、師匠が『レインボウ』に負けたままじゃ終われないんだ」
「なんだと! チーム美容スータビリティ……。ここまで『レインボウ』に並び、大活躍で大会を盛り上げていたこのチームの大将が――あの男の弟子だとは……面白い! 我が娘マルゲリータの美容センスは花形を破った私以上だ! お前の弟子のその髪とのエセ会話じゃ、本当に髪や鋏と会話できるうちの娘には勝てない!」
その時だった――時蔵の快進撃に気づいたマルゲリータは、ここからギアを一気に上げ強烈なデザインを展開させ始めた。会場の歓声を瞬く間に自分に向けさせ、ここで勝負を決めようとした。
「ふん、私を差し置いて随分と注目されているみたいだけど、調子にのっているんじゃなくてよ? 『レインボウ』を背負う私と貴方じゃ……美容に対する覚悟と責任がまるで違うのよ!」
そう時蔵を見ながらマルゲリータは言うと、モデルの髪を乾かし、ドライカットを始め、彫刻の様に髪を削り、モデルの右サイドに薔薇の花を咲かせた――『ブラックローズ』それが今回の彼女の作品名だった。全体は深紅な色味でまとめ、アシンメトリー部分である右サイドに咲かせる薔薇の花の髪の毛は赤黒く色を入れてある。ブローの時にかなり長く残した薔薇の花の部分の髪の毛をヘアーアレンジで編みこんで完成させるという寸法だった。
メインになるサイドの髪の毛の施術を終え、襟足と前髪の調整に入ろうとしたマルゲリータであったが、突然――ゾクッと、前方から只ならぬ視線と、美容技術で会場を揺らす気配を感じて彼女は顔を青くし、背筋を凍らせた。
「そうはさせませんよ、マルゲリータさんが開花して強くなるんでしたら……僕も開花宣言だ! 甘い覚悟と、責任ではここに立ってない! あなたがどんな美容室で働いていようが、僕の人生の全ても、この美容なんだ! そんな怖い顔してないでもっとワクワクしてくださいよ、これから僕が見せる美容は――楽しくて可憐な魔法なのですから」
「ま、魔法? な、何を寝ぼけた事を……うん? オリハルコン……え? くる? い、いったいなにがくるんだ!? オリハルコン教えてくれ――なんだこいつは……魔神……だと? あいつはどこに行った! なぜ、こんなところに魔神がいるんだ……。私は……今、いったい誰と戦っているんだ……」
時蔵の師匠の美容を知る者達は、この時、施術をする時蔵の姿が確かに――花形頭そのものに見えた。この時、時蔵叡智は若くして『魔神の美容』を操る師匠である尊敬する花形頭と、完全に並んだのであった。そして会場にいた美容師全てが、彼の魔法の様な美容に魅了された。
観客席にいた師匠である花形にとって弟子が、自分の全てを継いでくれている事を知る、これほど嬉しい瞬間はなかった。もう自分は鋏が握れなくても、自分の美容人生は素晴らしく――充実した物語だったと、心から思い胸の中を熱くし、涙した。
「私は美容師になって良かったと、今……心から思うよ! 時蔵叡智は私の誇りだ」
そう言いながら、花形は自分が授けた美容技術で戦う弟子を見て誇らしげに思った。
時蔵の作品『魔神』のコンセプトはオーラの具現化、全体的にオーラの様に髪の毛を纏わせる為、ブローで最後に髪を流しながら、逆毛を立たせて面を作り、それをオーラに見たてる。そのオーラが揺れて漂う様なアシンメトリー感をださせて、仕上げるスタイルだ。
全体の長さをカットし終えると、時蔵もマルゲリータ同様にドライカットに入った。そのオーブカラーが透き通るその髪に、長短を髪と相談しながら一番バランス良くつく様に削ると、幻想的な雰囲気を醸し出す作品に仕上がっていった。
『チームレインボウ』の大将マルゲリータに人生で初めて立ち塞がったのは、同じ歳の日本の完全無欠な魔神であった――。
「私は……――」
マルゲリータはそう呟くと、静かに下を向いて目を瞑った。
審査員席のアーロンとエルカも、マルゲリータに立ち塞がる時蔵の花形そっくりなその姿を目のあたりにして、そしてその男に圧倒され下を向くマルゲリータを見て、唖然した。
「なぜだ……なぜ、我が娘マルゲリータが押されている! あいつが負ける筈ない! 私が育てたのだぞ? おかしいだろ! 私は頭さんに勝っているんだぞ……なのになんで!」
「息子よ、まだ分からんのか……。指導者として、お前より花形頭の方が優秀だったということだ……この結果はそう考えれば何もおかしくない。ただ、ワシの孫、マルゲリータの――センスは未知数だ。その才能が今、もう一段開花すれば……」
そう言いながらエルカは自分の可愛い孫に期待を寄せて、マルゲリータの方を見ると――彼女は笑っていた。
「――君に出会えて良かった! 今日私は……さらに強くなれる。ありがとう、時蔵叡智君。
私は君のおかげで全ての美容師を超えられる美容を身に付けられるだろう、この大会に出て良かった。頼むぞ……『オリハルコン』私も、負ける訳にはいかないんだ!」
そうマルゲリータは叫ぶと、目を滾らせて時蔵に宣戦布告をして、幻の鋏『オリハルコン』をギラつかせ、彼女の美容を始めた――マルゲリータは美容が好きで、それでいて美容に愛されていている。ピンチをチャンスに変えられる紛れもなく一流の天才美容師だった。
僕は施術の最終段階に取り掛かっていた。何度も練習とデザイン考案を繰り返して、回復した頭さんにも何度もチェックして貰った僕と頭さんの『魔神の美容』の恐らく最高傑作であるこの作品『魔神』――心優しき人々の願いを叶え、救いを与えてくれる神々しさに加えて、叡智が漲る全知全能の知的感と安心感、そして美を司り追求し、幻想的で透明感の強い作品をイメージして僕はこのデザインに辿り着いた。
「これで、カットは終了だ! アイロンと、コームと、スプレーでブローに入る!」
完璧だった。かっこ良く言えば、シナリオ通りに僕はこの『魔神』を完成までもっていけている。勝てる――さっき、チラッと見たマルゲリータさんの作品なら、きっと僕の『魔神』の方が点数は高い筈だ! だが、気を抜くな! 最後まで完璧に……――。
ん? なんだろう……? 静寂だ。さっきまで湧き立っていた筈の会場の歓声や熱気はどこに行ったんだ? 会場全体が見渡せているのに……おかしい……――音がまるで聞こえない。
うん? な、なんだ? 一人の男が笑っているのがよく見える……あれは――京街さんと、副将戦で戦ったドッピオさんだ……。レインボウのスタッフが集まっている観客席にいるみたいだけど、なぜあの人だけ笑っている? え? 今度は……なんだ、声が……聞こえるぞ。
「あの若者には悪いが……うちの御嬢はただの一流じゃない……超一流なんだ。誇り高き魔神――ここで御嬢の糧となり、散れっ! さすが御嬢だ……モノが違う」
そう言う男の声は――間違いなく、さっき聞いた副将戦のインタビューと同じ、ドッピオさんの声であり、僕に嫌な予感を感じさせた……。なぜ、集中している今……聞こえたのがこの声なんだ……。マルゲリータさんはいったい……。あっ!
息を呑んで、対面で施術するマルゲリータさんを見ると、先ほど見た彼女の作品と、今の彼女の作品では――世界がまるで変わっていて……それは、渋みを増した魂の作品へと進化していた。そして、今度は静寂の中で女性の声が聞こえた。
「ああ、任せろ。ドッピオ! 私はレインボウの皆が繋いでくれたこの勝負、今のレインボウのトップとして、そして何よりも――美容師として、誰にも負けたくない!」
声の主は明らかにマルゲリータさんだった――彼女もまた僕と同じ静寂の中にいて、ドッピオさんの声が聞こえたのだろう、その滾る目は確かにこの時……僕を捉えていた。
「ハハハ……すごいや、これが世界のトップで戦う人の美容か――こんな作品……作れちゃうのか、あんな手捌きは見た事ないぞ……。冗談じゃない……魔神の美容以上かよ……」
マルゲリータ・シアター彼女を超一流と認めるしかない。僕は彼女を尊敬する――ハハハ、やっぱり美容は奥が深くて楽しいなぁ……。それに、ここは静かでいい――。
応援してくれる皆の顔がよく見える。声は聞こえないけど、皆が何だか僕に応援を飛ばしてくれているのが分かる。必死に声を出してくれているんだろうなぁ……。今はなんか、聞こえないけど。皆とずっとこうしていられれば幸せだなぁ……。この大会が終わるのがなんだか怖いや。マルゲリータさんと言う超一流の人にも『魔神の美容』が認めて貰えたみたいだし、僕の願いとは違うけど、これで十分かな……――。
そう静寂の中で思いながら僕が目を瞑ると、僕の目の前に『魔神の絵本』に出てくる魔神が現れた。そして、魔神は僕にニコリと、笑いながら優しく語りかけてくれた。
「やあ、ここに君が来るのは初めてだね、でも私達はお互いをよく知って尊敬している。叡智君、この大会もうすぐ終わるね、どうなるかとても楽しみだよ」
魔神はそう言いながら僕に近づき、大きな手で僕の頭を撫でてくれた。この静寂は、魔神が魔法で用意してくれたに違いないと、僕はそう解釈して、僕は魔神に質問をした。
「魔神さん、僕はあなたに会いたかった。ずっとここにいてくれたのですか?」
「叡智君、私はずっとここにいたよ。君の物語を見ていたんだ。私を愛してくれてありがとう」
そうか、皆……僕を見てくれているんだ。なら、駄目だ! マルゲリータさんに認められた位で妥協しちゃ駄目だ! この人に今、勝つんだ! じゃないとここに来た意味がない! 頭さんの『魔神の美容』を負けたままで終わらせていい筈がないんだ! ありがと魔神……僕はもう何があっても、この戦いを諦めない――。
目を開けると、魔神の姿はどこにもなく――会場を揺らす歓声と、溢れかえる熱気が僕の世界に戻っていた。
僕はすぐにブローの施術に戻った――これから僕は世界で一番美しい『魔神』を世界で一番美しい『魔神の美容』で作るんだ! 皆、僕の物語……最後まで見ていて下さい、さぁ……反撃返しだ! 髪を立たせて面を作り、柔らかで美しいオーラを纏わせるように丁寧で繊細な『魔神の美容』で、僕は『魔神』を完成させた。
やれる事は全てして、ベストを尽くして仕上げた最高の作品を完成させ、僕が自信満々に、対面のマルゲリータさんの作品を見ると――そこには、この世のモノとはとても思えない……美しい黒い薔薇が咲いていた。
なんだ……あの作品は、やめてくれ――僕の作品はもう完成したんだぞ! なんだ、その作品は……明らかに僕の作品の上をいっている。無慈悲すぎる……。
暗闇が僕の視界を支配した――また僕は目を瞑ったのだろうか……。だが、暗闇はすぐに晴れると、目の前に皆の姿が薄らと見えた。
「良く頑張ったな!」
「良く頑張ったにゃん!」
「良くやったわね!」
「良くやりおった!」
僕の頭の中でテレパシーを受信するように――京街さん、鬼頭さん、若葉さん、星さんの優しい声が響いた。幻聴だろうか……。みんなあぁぁ……僕、頑張ったよね、伝わって良かった。
山さんは……。ここにはいないのか――。
あれ? 誰か近づいて来た。頭さんだ――頭さんだけなんでハッキリとした姿でここに……。そうか、ずっと……僕の傍にいてくれたんですね。
「叡智、良くやったね! 私への恩返しはもう沢山だ、もう、お前の美容は私の美容を超えているよ、今まで私の為に頑張ってくれてありがとう」
「皆が僕は良くやったと褒めてくれます。恩返し……出来ましたかね? 僕の美容があるのは頭さんのおかげです。こちらこそ……ありがとうございます」
頭さんは僕にそう優しく語りかけてくれると、さっき会った『魔神の絵本』の魔神の様に僕の頭を撫でて、消えていった。
去り際、頭さんは僕に力が湧く魔法を掛けてくれた――その魔法が僕に語りかけた。
叡智、これはランプのスタイリスト試験だ、後は叡智のセンスで好きに暴れなさい――はい。
僕はジワリと、瞳を濡らし、噛みしめながら――「はい」と、頷いて目を開けた。
目を開けると、観客席が目の前に見えた。目を瞑っている時に見えた皆と、そして目を瞑った世界にはいなかった――山さんの姿がハッキリと見え、そして、山さんと」目が合った。
すると、山さんは深呼吸を大きくして――全力の大声で僕に激を飛ばした。
「時蔵ああああ! 私は――お前が勝つところを見てみたい! お前が魅了された魔法みたいな美容をもっと私に見せてくれ!」
そう顔を真っ赤にして叫んでくれた山さんに――僕は勇気を貰った。
僕は自分のセンスで――マルゲリータさんに勝つ! 頭さん、今までありがとうございました! 時間は残り5分……。僕の目の前にいるのは完成したモデル。そして僕のこの作品じゃ多分マルゲリータさんに勝てない……。だけど、もうこの戦い僕は諦めないんだ!
負けるのか、僕は? 足掻いてこの完成したモデルを直せるか? 失敗したらどうする? 余計な泥を塗るぞ? ……ハハハ、ごめん……それでも、僕は諦めないで、勝ちたい。頭さん、もしかしたら『魔神の美容』に泥を塗るかもしれないけど、僕は足掻きます! 足掻かないと勝てない! 残り5分……これに僕の美容全てを賭けよう――これで、終わりだ。
直せなければどうすればいい? 答えは単純明確――崩すんだ! 自由にオーラを振り撒いて、オーラを分散させた様な質感に全体を変えるんだ! 僕ならできる。
モデルさんのセットした髪の毛を――僕は自分の手の感覚に全てを任せて全力で振った。オーラを散らせて、セクシーさと、妖艶さを出して、ラフに髪を崩したのである。
そうして新たに僕が『魔神』を完成させると、大将戦の残り時間が全て溶けた――。
「魔……魔神だあぁぁ……オリハルコン……ごめんね……」
一足先に作品を完成させていたマルゲリータさんは残り5分間、掠れた声でそう魘されながら僕の施術を眺め――座り込んでいたのが分かった。
最後の5分間で、僕は全てが見えているような感覚に入っていた。ゾーンとでも言うのだろうか? 自分でも最後は自分の事が魔神なのではないかと思えた――。
「それでは、ビューティフルワールド大将戦! 結果発表の時間になります! 白熱した大将戦を制したのは――いったい誰だあああああ!」
実況の声が会場を木霊し、いよいよ審査員から点数の発表が行われた。次々発表される点数に、僕は今か今かと自分の番を待ちわびていた。すると、僕より先にマルゲリータさんの作品の点数が発表された。その驚愕な点数に僕は心臓を掴まれた様な気分になった。
「チームレインボウ! マルゲリータ選手の作品『ブラックローズ』の点数は……なんと! 『99点』です! さすが優勝候補チームレインボウの大将だあああ!」
会場が湧く中、インタビュアーが急いでマルゲリータさんに駆け寄り、彼女に「今のお気持ちはいかがですか?」と尋ね、マイクを渡した。
「はい、えっと……やっぱり、あの作品があるから100点ではないのね、私……。点数は……もういいです。でも、今の気分は悪くないですわ。この大会に出て本当に良かったと思うわ、美しい気持ちを持って美容に打ち込むと、本当に良い奇跡の様な作品が人間には作れると分かって、私は満足ですわ。御父様、御爺様……私は私の世代では敵はいないと思っていました。魔神は――どこかに隠れているか分からないものなのですね! 洞窟の中から魔神を見つけた時、きっとそれは忘れられない光景になるわ、私からは以上です。良い経験をさせて貰ったわ、皆さん応援ありがとう、ではごきげんよう!」
そう言うと、彼女は結果を待機している僕の事をチラッと、見て控室に下がっていった。
「ありがとうございました! マルゲリータ選手でした。そして、最後の選手の点数が今入ってきました。大将戦のブラックホース、その美容で会場を揺らした男、チーム美容スータビリティ、時蔵選手の作品『魔神』の点数は……で、出ました! チーム美容スータビリティ! 京街選手に続いて……時蔵選手も『100点』です! ――この瞬間、大将戦は決着そして……大将戦を制した時蔵選手のチーム美容スータビリティの優勝も決定しました! チーム美容スータビリティの皆さんは会場のステージまでお越しください! 優勝おめでとうございます!」
ビューティフルワールド――優勝は『チーム美容スータビリティ』この瞬間を僕は一生忘れないだろう。この日、僕の愛した『魔神の美容』が美容業界のトップに君臨した。
僕に美容を授けてくれた頭さんの前でそれを証明できた。ステージに上がると、眩しいストロボの中、観客席で泣きながら喜ぶ僕の母親である若葉寮長と、あの日隠れ家サロンで僕が見つけた魔法の様な最高な美容を施術する魔神が、僕の恩返しに涙を流していた――。
「ありがとう……魔神……。良かった……。やったんだ! 僕はやったんだ! 皆ありがとう、本当にありがとう――『魔神の美容』が美容業界に広まった世界を頭さんに見せられる!」
『魔神の絵本』に出てきた大人になった青年のラストの様に、僕はステージで恩返しを達成した喜びを――自分と、頭さんの美容が評価された喜びを爆発させる様に喜んだ。
師匠がいて、仲間がいて、血が繋がってなくても家族がいたから、僕は強くなれた――そしてこんな素晴らしい光景を目にできた。
何度も何度も僕の物語に素晴らしい光景を刻んでくれた僕の周りの人達の様に、僕は僕のこれからの人生を使って、沢山の人達にこの美しく楽しい美容業界を通じて見る素晴らしい光景を見せてあげたいと、最後にステージ上で心から願った――。