④章[魔神の目覚めと絶望――一流の証明『魔神の美容』で戦え、ビューティフルワールド!]
私は叡智を一人前に育てられたのだろうか――京街君、鬼頭ちゃん、もう私の腕は動かない。
僕の編集者としての仕事も板についてきたと言われるようになった今日この頃――『月刊美容スータビリティ』は創刊一周年を迎えた。
思え返せば、この会社でお世話になってから一年少しの間、色々な人に協力してもらいここまでこられた。がむしゃらに喰らいつき、人気美容師の京街さんと、鬼頭さんの担当編集になれて、二人の連載企画を大成功させられたのは本当に良かった。
とびっきりの知識と技術スキルを身に付けられたとの読者からの声が、至る所からあがる人気企画で、雑誌の売り上げに大きく貢献できた。
その功績が評価され、僕は異例ではあるが美容師上がりの編集者という肩書をネタに自分の連載企画を来月号から持つことができた――僕の念願が叶い『希望』がようやく形としてスタートすることが決まったんだ。
そんな待ちに待った土産話を持って、僕は猛暑の中――ある場所へと向かった。
「若葉寮長! いよいよ、僕の『希望』が現実になるところまでこぎつけました! 頭さんから学んだ『魔神の美容』が全国に轟くのです! 『美容師だった僕が編集者になってまで伝えたかった魔神の美容』という企画です。山さんがプッシュしてくれてこの企画のOKがでました……本当に感謝です! ここから始まるんですよね、ようやく……」
「良かったわね! こんなに良い結果になったのは叡智の頑張りと、先生の教育が良かったのと、銀山さんと美容スータビリティの仲間と、協力してくれた美容師達のおかげね! 先生もきっと喜ぶわ、私も嬉しいわ、ありがとう叡智」
連載企画が貰えたことが嬉しくて、すぐに若葉寮に向かい若葉寮長に話した――感極まりながら話す僕の話を聞いて、若葉寮長はたいへん喜んでくれた。
僕と頭さんの出会いのきっかけとなってくれた人、そして僕の掛けがいのない家族――母親である若葉寮長に一番にこの嬉しい報告をしたかったのであった。
僕は毎月寮に来ては必ず寮の子供達の髪を切ったり、染めたりと出張美容ボランティアをしていた。それはとても良い腕慣らしになるし、僕の『魔神の美容』が鈍らない為の大事なトレーニングになっていた。今回もこの報告の後、少々若葉寮の先生方皆と雑談をした後に、子供達の髪を施術した――そしてこれからも僕との親交が続くだろう愛する若葉寮を後にした。
翌日、会社で鬼頭さんの原稿の編集をしていると、山さんが声を掛けてきた。
「なぁ、時蔵ちょっといいか?」
「あ、山さん! はい、なんでしょうか?」
「うむ、ちょっと提案があるのだが聞いてくれ、今年の秋に『ビューティフルワールド』という大きな美容の大会があるのを知っているか?」
「はい、五人一組のチーム戦で他のチームとの作品の点数の合計ポイントを争う大会ですよね? 前に過去の資料を読んで調べました。うちの会社も四年に一度のこの大会取材に行っていますよね? そして今年がその四年に一度の年ですね!」
「ああ、知っているなら話が早くて助かる。実はうちの会社や、他の美容業界専門誌を扱う会社にも大会の招待状が毎回届くのだ。お抱えの雑誌に協力して貰っている美容師さんを集めて出場くれませんか? ってノリだな! この大会の参加資格は美容免許と、その招待状なのだ。ほれ、それがコレだ! それでだ……――時蔵、お前大会に参加してみる気はないか? お前には参加資格があるからな!」
「え……えぇぇえ!? な、なんで僕が! それに今は美容師じゃなくてここの編集者ですし、僕が出場するのはなんか違う気がしますが……」
「ハハハ、そうだよな、すまない変な事を言ってしまって! しかも時蔵は今新しい自分の連載企画で忙しいもんな、それに力を注いでくれ! なんで時蔵に大会のメンバーとして声をかけたと言うとだなぁ……――今、うちの雑誌で人気を取っている時蔵が担当する京街さんと、鬼頭さんにメンバーになってくれませんか? と声をかけたところ……今は大会とかには興味がないとお断りされたのだが……でも、5人一組という他にはない大会なら面白そうだなぁ、その大会のメンバーに時蔵も参加するなら参加してあげようと、二人に言われたのだ。二人に出場してもらえないのは残念だが、時蔵は自分のやるべき仕事を全力でやるべきだ! この編集部に入った理由である『希望』が、やっと叶うんだからな!」
「お二人がそんな事を言ったのですか……。ハハハ、なんとなく想像はつきますね。僕は今貰えたこの企画連載に全てを賭けたいんです! この『希望』が終わったあかつきにはなんでも協力させて頂きたいのですが、それまではこれに全神経を使いたいんです! ごめんなさい山さん……期待にお応えできませんで」
「いやいや、いいんだ! このことはもう忘れてくれ! お前の『希望』であるこの連載、応援しているからな、必ず成功させよう! 一応『ビューティフルワールド』のメンバーもいつもこの大会に参加をお願いしているうちの出版社を贔屓にして下さっている美容師さんで二人は決まっているから、残り三人、他をあたって探すとするかな!」
「ありがとうございます! 頑張ってください、他に僕ができることがあればなんでも言って下さいね! 一応、京街さんと鬼頭さんにも僕からなんとか出場して頂けないかお願いしてみますよ、あまり期待しないで待っていてください、ハハハ……」
「それは助かる、時蔵の頼みならもしかしたらあの二人も聞いてくれるかもしれないからな! あの二人がいれば優勝まで見えてくるな!」
「そうですね、あの二人は最強ですからね、ハハハ……」
「そうか、だが断る!」
「私も時蔵君が出場しないなら出ないぺこ~、店の営業と雑誌の原稿作りに全魂を込めたいにゃん! 大会に優勝するにはそうとうな覚悟の魂が必要にゃん、今の私も京街さんもこの大会そこまでの魂を注げないから出てもいい結果にはならないぺこ~」
「あぁ~あ? おいおい、鬼頭……俺とお前なんかを一緒にするな! こんな大会俺が出れば優勝に決まってんだろ? まぁ、今はそんな大会には興味がないだけだ、だから俺は出ない」
「ガッデム! サノバビッチ! 一緒にするなって……片手間でも勝てるとか驕るなぺこ~! あ~あ~、京街さんをボコれる大会なら魂をガンガンに費やせるのに~、そんな大会あったら教えてにゃん、時蔵君!」
「誰にモノ言っているんだ? ロリババアが! どんな技術だろうと俺とお前がやったら俺が勝つに決まってんだろ! 弁えろ! そうだよな、時蔵!」
京街さんと、鬼頭さんの二人が偶然、雑誌の打ち合わせと作品作りの日が同じ日に重なってしまい鉢合せたので、僕は『ビューティフルワールド』に参加して貰えないか二人に相談した。編集部の皆がそれを望んでいる事を伝えたが、二人を乗り気にさせることはできなかった。
二人はこんな感じだが、実は仲が悪い訳ではない。カリスマとして自分の技術に誇りを持っているのでお互い負けず嫌いなのである。僕が二人の担当なので、この様にたまに二人は顔を合わせることがあるのだが、そのたびライバル心を剥き出すのであった。
「二人とも僕から見れば最強ですよ……。無意味な意地の張り合いはやめましょう! 忙しい二人にこんな無理なお願いした僕の責任です! ごめんなさい、もうこの話はやめましょう! そうだ! 仕事終わりましたら、三人でご飯でも行きましょうよ!」
「なんか京街さんに酷い事を言われたから行きたくない……まだ私はババアじゃないぺこ~、私にそんな事を言うのは京街さんだけにゃん! 私は若い女ぺこ~、ガッデム! 謝ってにゃん! 躁鬱になっちゃうぺこ~。」
「ああ!? わかった、わかった……。悪かったな、鬼頭! これでいいか? たくよぉ~、めんどくさいロリババ……若い女だなあ! ほら、終わったら飯に行くぞ! 銀座の旨い寿司屋でも紹介しろよな、鬼頭!」
「ハハハハ、じゃあ二人とも……パパッと、始めますか! 雑談は後でご飯の時にでも――うん? ごめんなさい、電話だ! ちょっと失礼します」
皆でご飯に行く事が決定した矢先――僕のポケットに入っていた携帯電話のバイブが作動した。電話の相手は若葉寮長であった、若葉寮長が僕の仕事中に掛けてくるのはかなり珍しい事だ! なにか緊急な連絡があるのだろうか……。そんな不安を抱きつつも、僕は電話に出た。
「もしもし、叡智です。珍しいですねこの時間に電話をしてくるなんて、どうかしましたか?」
「叡智大変よ! わわわ! わわわわ! わわわわ私のところにも! 病院に連絡してくれるよう頼んでいたんだけど! 今……あばばば、電話が!」
僕の知っている中で一番慌てていて、それでいてパニックながらも何か大事なことを早く伝えようと、話を整理せずに電話を掛けてきた様子が電話先の若葉寮長からは感じられた。
「ちょ、ちょっと! 落ち着いてください若葉寮長! とりあえず深呼吸してみてください! 何を言っているか今のままじゃ全然わかりません!」
「そ、そうね……スーハァー、スーハァー……はぁ……これで大丈夫よ、ごめんなさい。さっき病院から連絡があってね――頭さんが目を覚ましたみたいなの! 叡智が仕事中だって分かっていたけど……早く伝えてあげたくて! ちょ、ちょっと叡智……もしもし? 聞こえている? おーい! もしも~し! 叡智!」
頭さんが――目を覚ました……。やっ……やった! は、早く行かないと! 電話越しに僕を呼ぶ若葉寮長をそっちのけで、僕は今から病院にすぐに向かう為に京街さんと鬼頭さんにこの嬉しい速報を報告した。
「京街さん……鬼頭さん……大変です……。頭さんが目を覚ましたみたいです! し、仕事は今日の夜にやるとして、今から皆で病院に行きませんか! お願いします! 二人が忙しい仲今日来て頂いているのは百も承知です! ですが、僕は今すぐ病院に駆け付けたいです! 仕事は後にして……お願いです! 病院に行きたいです!」
「頭さんが……マジかよ、当り前だ! 病院に行くのが何よりも優先だ! 行くぞ! ここには後で戻って来て仕事をすればいい! 早く行こう! このまま出発だ!」
「その通りにゃん! 早く行こうぺこ~、タクシー飛ばすにゃん! 頭さん……今行くにゃん! 時蔵君、良かったぺこ~!」
「ありがとうございます! 行きましょう。あ、もしもし若葉寮長! 今から僕は病院に駆けつけます! 教えて頂きありがとうございます! 本当によかった……」
「良かったわ、聞こえていたのね、分かった! 良かったわね……病院に向かう前にちゃんと上司と会社に連絡するのよ、叡智!」
「分かりました若葉寮長! ちゃんと連絡してから向かいます」
電話先の若葉寮長に今から病院に向かうことを伝え、言われた通りに山さんと星さんに連絡をして、しっかりと電話で許可を貰って、僕たちはすぐに作品作りと打ち合わせをしていたスタジオを出て病院へと向かった――魔神が目覚めたその真実を知り僕の瞳には、あの絵本の青年のように涙が溢れていた。
ハッキリ言おう。『病院ではお静かに』このルールは大人として、当然守らないといけないとても大事なことではあるが、こう奇跡の復活を突然にされると――喜びでどんな場所であろうと声が大きくなってしまうものだ。僕達三人はまさにそれであり、勢いよく頭さんの病室に入ると、大きな声で頭さんの名前を連呼していた。
「頭さん! 頭さん! 頭さん! 本当に……目を覚ましたんですか!」
「時蔵、声がでけえ! 頭さん! 頭さん! 頭さん! どこだ! この病室だよなあ!?」
「京街さんも声がでかいにゃん!? 頭さん! 頭さん! 頭さん! 皆で来たぺこ~! 看護師さん! 頭さんはどこにいるにゃん!」
病室には頭さんの姿はなく――看護師さんが一人部屋の中にいて掃除をしていた。
「病院内はお静かにお願いいたします……。頭さんって花形さんの事ですよね? 目を覚ましましたのは昨日の夜です。今は検査で移動してますんで、もう少しで戻ってくると思いますのでここでお待ち下さいね」
そう看護師さんは僕達に言うと、掃除を終え部屋を出て行った――僕達は頭さんが検査を済ませて部屋に戻るまでここで座って待っている事にした。
「それじゃぁ……ここで待たせてもらいますか。あ、飲み物でも買ってきますね! お二人とも何が飲みたいですか? 僕、買ってきます!」
「あ、じゃあ俺はコーヒーを頼む、悪いな」
「私はコーラがいいにゃん! ありがとうぺこ~」
「わかりました。コーヒーとコーラですね! 買ってきます」
どうやら頭さんが目覚めたのは紛れもない真実らしく、ここで待てばもうすぐご対面できる喜びがヒシヒシと湧いてきた。感動の再会までの待ち時間僕は少々心が落ち着かなくなってきたので、気を紛らわす為、飲み物を買いに売店へと行くことにした。
もうすぐ頭さんに会える――僕は自分の鞄から今月号の『月刊美容スータビリティ』を取り出し、頭さんのベッドの上に置いた。自分の連載企画である『美容師だった僕が編集者になってまで伝えたかった魔神の美容』が今月号から載っている。この雑誌には今、京街さんと鬼頭さんの技術も載っている。まさに、頭さんが優れていると思っているだろう技術の詰め合わせであり、頭さんの『魔神の美容』の技術を広めて素晴らしい美容業界をつくる僕の『希望』の全てである。だから僕はこの雑誌をいち早く頭さんに見せようと、そんな思いを馳せながらそこに置いて、僕は一人で売店へと向かった。
「え? 京街君に……鬼頭ちゃんじゃないか、どうしてここに!?」
病室の中にいた京街と鬼頭に投げかける声とともに、病室の中に一人の男性が入ってきた。
病衣を身にまとう白髪で長髪の痩せた男――その男が誰なのか二人はすぐに気づいた。
二人が各々にこの男と一緒に学んでいた昔とは外見はかなり変わっていたが、時たまお見舞いに来ていた事もあり、男が眠りながらもその男の衰弱していく外見の変化を目の当たりにしていたし、何よりその男から発させる渋くて色気のある声や雰囲気ですぐにその男が――花形頭であることが分かった。
「か、頭さんお久しぶりです……本当に目を覚ましたんですね、良かった! 早く時蔵の奴に合わせてやりたいですよ! あいつはずっと、頭さんが目覚めるのを『希望』を持ちながら待っていました! 時蔵は本当にあなたの最高の弟子ですよ!」
「か、頭さんにゃん! もう体は大丈夫なのかにゃん? 丁度、時蔵君は売店に飲み物を買いに出ているにゃん! 時蔵君は頭さんに目を覚ました時に頭さんの技術が広まっている素晴らしい美容業界を作る為、今まで切磋琢磨して編集者として頑張っていたぺこ~! 大した男にゃん! ベッドの上に置いてある雑誌が時蔵の作っている雑誌ぺこ~、私と京街さんも編集者の時蔵に『希望』があると頼まれて、この雑誌で連載ページを持って技術を披露しているにゃん! 頭さんの『魔神の美容』を時蔵が美容業界に広めているにゃん!」
「まぁ、そういうことだ、頭さん。俺も時蔵に連載を頼まれた時にまさか頭さんの名前が出てくるとは思わなかったぜ、まさに運命の出会いだった。あいつの雑誌――時蔵の『希望』を読んでみてくれ、痺れると思うぜ」
まさか、二人が時蔵の事を知っているとは思ってもいなく、さらに一緒に仕事をしている事に驚きながら、花形はゆっくりとベッドの上にある雑誌のページを左手でめくった。
「これを叡智が……ハハハ、すごいね。二人の技術も素晴らしい技術ばかり載っている。さすが叡智が編集しているだけある……実に良い目をしているね。ありがとう……ありがとう……一年以上心配をかけたね、叡智……こんな素晴らしい世界まで見せてくれて、この技術がこの雑誌から美容業界に広まっているのか、素晴らしい。京街君、鬼頭ちゃん……叡智を支えてくれてありがとう! 君達の存在がさぞかし心強かったと思うよ」
そう花形は感謝の言葉を述べ、それを聞いて照れくさそうにする二人のカリスマ美容師を見て、自分がさっきまで抱いていた時蔵の話を始めた。
「私は動かない身体と、覚めない意識の中で叡智の事を考えていた――あの子はどうしているのだろうか? カットコンテストにも応援にいけなかったし、なによりスタイリスト試験をさせてあげられなかった……私を信じて付いてきてくれた叡智をこんな中途半端なまま残して……私は死ねない! そう強く願っていた。だから私は目覚めることができてまた叡智に伝えることができるとホッと、したけど……さっき受けた検査で『絶望』していたんだ。でもそれ以上に叡智は私にこんな恩返しまでしてくれていた事に感激を覚える! 最高の弟子を持って私は誇りに思う! 叡智は一人でも大丈夫だ、中途半端で留まらなかったから、私は『絶望』しなくてもいいのかもしれないな……」
「絶望? おいおい、なんの話だい頭さん? まさか、どこか……悪いのか?」
花形が言った『絶望』という不穏なワードに京街が違和感を覚え突っこむと、花形は俯きながら静かに話した――花形のその顔は京街も鬼頭も見たことのない花形の顔であり、『絶望』と表現するに相応しいもので、険しい表情で歯を噛みしめた苦しそうな表情だった。
「私は叡智を一人前に育てられたのだろうか――京街君、鬼頭ちゃん、もう私の腕は動かない。右腕の感覚が一切ないんだ。さっき検査で先生に『腕に事故の障害が残った、もう治ることはない』と、宣告されたよ。どうやら私は美容師として復活は不可能みたいなんだ、もう鋏は握れない……。利き手の右手をもっていかれてしまった。右手の感覚がないって恐ろしく怖いことだ! だけど、それより叡智を一人前にする前に自分の美容人生が終わる方が恐ろしかった……私にとってそれが『絶望』そのものだった。だけど、これほどの恩返しを私にしてくれた孝行息子の叡智を私は一人前だと呼びたい! 叡智が私を『絶望』から救ってくれたんだ……ありがとう」
「ガッデム! な、なんだぺこ~、腕が動かない? もう美容師として働けないってことかにゃん! う……うわあああああああ! あんまりだあああああ! 時蔵君に言えないにゃん……とてもじゃないけど無理ぺこ~……。時蔵君は私も京街さんもリスペクトさせるぐらいもう一人前だけど! 何というか、これはそういう話じゃ片付けられないぐらい残酷すぎないかにゃん? こんな『絶望』時蔵君には教えられない! だって彼が誰よりも頭さんの美容師としての人生を素晴らしいものにしようと頑張って、『希望』を叶えて……頭さんの美容師復活を待っていたにゃん! なのに……う、うわあああああああ! 躁鬱になっちゃうぺこ~、神様……助けてにゃん! こんなのって、あんまりぺこ~……」
ビッチャ! カラカラカラ! と、何かが零れる音がした――音が聞えた病室の入り口に皆の視線が向き、その先には時蔵が立っていた。
「ハハハハ、鬼頭さんの声が大きくてびっくりして飲み物全部零しちゃいましたよ……。ごめんなさい! あ、頭さん! 良かったです目が覚めて……そうだ! これ見てください! 僕は今、美容スータビリティで編集者やっているんですよ! それで僕の連載企画が今月から始まって……ほら、見てくださいこのページ! 頭さんの美容技術が……まだまだ浸透とまではいっていませんが、『魔神の美容』が雑誌を通して広まったんですよ! ハハハハハ、僕これが頭さんに見せたくて……み、見せたくて……頭さんの美容に僕は感謝しているし、尊敬しているから……一番すごいと思っているから、京街さんと鬼頭さんそれに、編集部の皆の力を借りて……叶えたんですよ、僕の『希望』を……本当にあっと言う間の一年ちょっとだったけど――頭さんの復活に間に合ってよかったです。う……ゔゔ……ゔゔー! ち、ちくしょう……な、なんで……」
「時蔵お前……聞いていたのか? なら、ちゃんと向き合え! お前は頭さんに一人前と認められたんだ! 胸をはれっ!」
「きょ、京街さん……だ、だって……僕まだスタイリスト試験も受けさせて貰ってないし……ゔゔゔ、それにまだ頭さんに教えて貰いたい事がまだ沢山あるのに……。頭さんの腕がもう動かないなんて……やだやだやだやだやだやだやだやだやだ! ゔゔゔー! 誰か……誰か助けて! お医者さん! 神様! 誰か! 助けてよ! 怖い! 怖い! 怖い! もう頭さんが美容師に戻れないなんて……こんな世界嫌だ! こんな弱い僕がどんな顔して……頭さんに一人前になったって言えばいいんだ……。僕は頭さんと、もっと美容を磨いて! 上手くなって一人前だと胸を張りたかったのに……今の僕じゃ無理だ、とても……」
そう泣きじゃくる時蔵の横面に向かって、『バチン!』と、目の覚めるような衝撃音を発生させるビンタが入った――そのビンタを炸裂させたのは、時蔵の上司である銀山であった。時蔵が発言している最中に病室の中に銀山と、美容スータビリティの社長である星が入ってきていたのであった。
「おい、時蔵! しっかりしろ、いいな? お前の一番尊敬している人がお前を一人前だと認めたんだ……。だったら、その一人前の技術がものすごい事を証明してやれ! 自分自身に! そして美容業界に! それが頭さんを安心させることができ、お前も自分を一人前だと認められる唯一の手段だろ? 怖い怖いと思うな、弱くても立ち向かうんだ! だってお前に――頭さんが与えてくれた『魔神の美容』という強い武器と! 自分で叶え、皆が協力してくれた『希望』を達成したという自信があるだろ? だから、理不尽に立ち向かえ! 泣くな、バカ者が!」
『絶望』に参った時蔵の目を覚まさせ救ったのは――この一年ちょっとの間いつも、時蔵の傍にいた一番頼れる先輩である銀山の渾身の一発だった。
気が動転していた僕は山さんの真心のビンタのおかげでなんとか、正気を取り戻した――頭さんの腕が動かない現実……それは僕にとって『絶望』そのものであるが、実は最悪の『絶望』と言う訳じゃない……。そう、最悪の『絶望』はもう凌いでいる! 頭さんが二度と目を覚まさないで僕の『希望』が全て無駄で終わり、恩返しも出来ないままにお別れするという最悪の『絶望』はすでに凌ぎきったのである。
「山さん……ありがとうございます。そうですね、皆さんごめんなさい。僕、みっともないところを見せてしまいました。頭さん――僕は今、編集者ですけど……美容を愛しています! そして頭さんに教わった『魔神の美容』に誇りを持っています! スタイリスト試験は受けられなかったですけど、僕を一人前と認めてくれた皆に……僕は何か答えたい! 『絶望』に負けたくないです。だから、この理不尽な運命に抗いたい! さっきまでは押しつぶされそうになっていたけど、山さんが……僕に喝をいれてくれて目が覚めました!」
「叡智、ありがとう! 私の知らない間に……良い先輩をもったね。こんな素晴らしい世界を私に見せてくれてありがとう! まさか京街君と、鬼頭ちゃんと知り合って一緒に仕事までしているなんて驚きだったよ、二人共叡智を支えてくれたようで本当にありがとう。改めて感謝するよ! この叡智が作ってくれた最高の雑誌の出版社は――星さんの会社でしたか、叡智を受け入れてくれてありがとうございました」
「え? 頭さん……星さんの事をご存じなのですか!? てっきり初対面だと!」
山さんと一緒に来た星社長に頭さんが挨拶をするのを見て、二人が初対面でないことを察すると、星さんが笑いながらあいかわらずのバリトンボイスで話し始めた。
「フォッフォッフォ! 叡智君が頭君の弟子だと知ったのは彼が我が社に入社して、初めての飲み会の席でじゃ! 驚いたよ、まったく。だから頭君これは昔ワシが、君を贔屓していたからのコネ入社ではけっしてないぞぅ? 叡智君が自分の力で正式な手筈を踏んで手に入れた居場所じゃ、やはり君の弟子だ! 中々のセンスを持つ若者じゃ――そんな彼は我が社で『希望』を叶えた! その彼と彼の仲間たちに頭君の昔話をしてやってもよいかのう? 君が『ランプ』に籠るまえに居たロンドンの話をこの若者達にしてやりたいのじゃ」
「え? ロンドンですか……頭さんは昔、ロンドンで修行していたんですか!?」
「ほーう、頭さんの育ったサロンの話か? 俺もそういえば聞いたことがないな、教えてくれよ、星さん!」
「私も頭さんが『ランプ』を作る前の話聞いてみたいにゃん! ロンドンとかパンクぺこ~」
「ふむ、編集者としてもロンドンのサロンの話は興味深い! 是非、聞かせて貰いたいな!」
「いやいや、そんなに興味を皆に持たれるとはお恥ずかしい。星さん……まぁ、ほどほどになら話して貰って問題ないですよ。この仲間たちに隠す話はないです」
「フォッフォッフォ! そうか、そうか! ロンドンで生まれた魔神の話をそれではわしがさせてもらおうかのう」
星さんはここにいる若者は誰も知らない頭さんが伝説の美容師と言われていた頃の話、ロンドンでの頭さんの話を僕たちにしてくれた――そろそろ教えてしんぜようと、言わんばかりの口ぶりで語り始めたのだった。
花形頭の美容のスタートは港区青山にある有名サロン『ミラコル』だった――アススタントを終えてスタイリストとなった当時の花形の年齢は二十一歳で、今までアシスタントだったので美容の大会には出場していなかった。花形はスタイリストになったあかつきには絶対にカットの大会に出場しようと心に決めていた。
念願叶えて初めて大会に出場した花形は他を圧倒して、その出場した大規模なカット大会に優勝した。
花形がその大会で見せた卓越した技術に惚れ込んだ男がいた――この大会の審査員である『エルカ・シアター』という男だった。ロンドンに『レインボウ』という有名なサロンを経営していて、当時とても有名な人物だった。
エルカは昔の美容業界では珍しいのであるが花形の技術を認め惚れこみ、ロンドンにある『レインボウ』へと来てもらうために花形をヘッドハンティングした――「花形! 私のサロンで勉強してみないか?」と、二十一歳の花形をエルカは誘ったのであった。
この大会で花形の作品に惚れ込んだのはエルカだけじゃなく、当時の美容業界誌の編集者達もであった――その中にまだ編集者として中堅どころであった星がいて、星は花形を大きく評価していた。大会で当時の歴代最高得点で優勝した花形の作品は『バブルウルフ』という透明感があるカラーとカールを泡に見立て、狼のようなセクシーな恐怖と、勇ましい気高さを感じさせるそんなアシンメトリースタイルだった。
花形はエルカの誘いを受けることにした――その前に今の自分を育ててくれた『ミラコル』に恩返しがしたいので三年間は待って欲しいと、花形はエルカにお願いをした。エルカは「それは素晴らしいことだ、ぜひ売り上げでも、後輩指導でも貢献して恩返しを果たしてから『レインボウ』に来てくれ」と、快く花形の申し出を受け入れた。それから三年間花形は『ミラコル』での恩返しに必死で勤めて、それを果たすとロンドンへと渡った。
恩返し中の三年間の間、星が何度ラブコールを送ろうと花形は「今はやらなくてはならない仕事がある」と、申し訳なさそうに答え――一度も雑誌の取材や、技術企画の連載を受けることはなかった。文字通り花形は『ミラコル』の恩返しに三年間全てを捧げたのであった。
花形が国内の美容の大会に出場したのは後にも先にもこの一回だけだった――最高クオリティの作品をこの大会で見せた花形は、しばらく『伝説の美容師』と呼ばれていた。だが、花形はそれから大会にでたり、どこかで自分の作品を発表したりすることはなかった為、大きく名が轟くことはなかった。自分の名前を轟かすチャンスを掴むことより、花形は育ててくれた店への恩返しという道を選んだのであった。そしてロンドンでの花形の生活が始まった。
ロンドンに花形が住むようになって暫くしてから、編集者をしていた星はもしかしたロンドンに行けば花形の取材ができるのではないかと思い何度かロンドンに行き『レインボウ』に訪れた――星が初めて『レインボウ』に行った時にはすっかり花形は『レインボウ』に慣れていて日本に居た時の美容技術もすごかったがエルカの指導によりさらに磨きがかかった素晴らしい美容師になっていた。
エルカの指導と、レベルの高いデザインの美容を行うロンドンという町で花形は急成長をして三十歳を超えると『レインボウ』の№2美容師になっていた――花形が『レインボウ』に来るお客様の多くに支持されるようになったこの時、エルカはもう店には入っていなく……№1を務めていたのはエルカの息子である『アーロン・シアター』だった。丁度アーロンと花形は同い年であり二人はライバルであった。
第一線を離れて息子に『レインボウ』を任せていたエルカは、息子のアーロンの人間味がまったく感じられない後輩への指導と、圧倒的な実力主義によってかもし出されたサロン内の殺伐とした雰囲気のサロンワークに『レインボウ』は変えられてしまったことに悩んでいた。
それを知った花形はそれを星に相談し、自分の決意を語った――「星さん、今の私があるのはエルカさんのおかげだ、だから私は『レインボウ』をエルカさんの好きな『レインボウ』に戻したい! だからアーロンさんを止めたい! 実力主義が正義を唱えて弱いものを貶めて使い捨てるアーロンさんの今のやり方を私はライバルとして認められない……。だから明日アーロンと話し合ってみます。彼なら分かってくれる筈だ、だってエルカさんとアーロンさんは家族なのですもの! 分かり合える筈だ、私は今こそエルカさんに恩返しをして、エルカさんの大好きな『レインボウ』を蘇らせます!」と、星に語った。
星はこの結末を最後まで見守ることにした。エルカも感謝の気持ちと真心を持つ花形に傲慢な息子を止めて救って欲しいと頼んだ――その気持ちを花形はしっかりと受け止め、アーロンと話をしようとしたが、アーロンは花形の声に全く聞き耳を持たず……話を聞いて欲しければと、ある条件を提示してきたのであった。
「頭さん、今度行われるカット大会に出てくれませんか? 頭さんがそこで優勝してくれれば『レインボウ』の評判が上がる! 優勝してくれたらその話をきいてあげますよ! ただし……優勝できなかった場合――力なきモノはこの『レインボウ』にはいらない! 即刻店をやめて頂き、このロンドンに二度と来ない事を約束してください。日本で好きに低レベルの美容をやるといいですよ、私に刃向う愚かなあなたにはそれがお似合いですよ」
「ハハハ、そうかもしれませんね。だけど――その大会で私が勝てばいいだけですよね? 優勝したら私の話を聞きいれてくれるんですね?」
花形がアーロンの提示にそう返すと、アーロンは笑いながら花形を見下した。
「ヒャッハハハ! 言うねえ!? ヒャッハハハ! 陰キャラの極みみたいなあなたが……勝てばいいとか、惰性なギャンブラーみたいなこと言うから、笑いが止まらないよ! ヒャッハハハ! し、失敬、失敬! 勿論だよ、優勝したら私は頭さんの話を何でも聞き、そして受け止める事をお約束しよう……優勝できたらね?」
アーロンのその言葉を信じ、花形はロンドンで行われたカット大会に出場した――大会の会場には不敵に微笑むアーロンの姿があった……。
アーロンもこの大会に初めから選手として出場する気であったのだ、アーロンは花形に『レインボウ』の評判を上げて欲しかった訳ではなく、ただ単に自分の力で花形を叩き潰す舞台を整えたいだけであった。
エルカさんの恩返しになればと、大会に臨んだ花形は――その大会でアーロンとお互いの美容技術を全て詰め込んだ真剣勝負をする事になってしまったのだ。
当時のアーロンには不敗神話なる伝説があったほど、出場した大会を全て制してロンドン最強の美容師として君臨していた――この大会でもその強さはいかんなく発揮され……花形の作品も高評価を受けたものの……優勝はアーロンの手に渡った。そして花形は準優勝という結果でアーロンに負けてしまった。
その大会で1、2フィニッシュを飾った『レインボウ』の評判はかなり上がったのであったが、アーロンの目的はそんな名声ではなく――花形のクビであった。
敗者となった花形にアーロンは言った――「弱肉強食はこの世界の掟だよ、君は私に勝てなかった、それが全てだ! ハングリーの精神があなたと私とじゃ違うのだよ、これで終わりだ……ロンドンにもうあなたの居場所はない、何も言わずに何も言わずに立ち去りなさい」
その勝負が終わった次の日、エルカさんに恩返しが出来なかった事を悔いながら……花形は『レインボウ』をアーロンとの約束通りに去り――日本に戻ると、一人で美容室『ランプ』を開いた。そんな苦い思い出を残し、花形のロンドンでの美容生活は幕を下ろしたのであった。
星さんが知っている頭さんの昔話を本人の前で僕達にしてくれた。頭さんの無念を僕達は知った――そして、星さんが思わぬ事を口にして……僕達を滾らせた。
「今回のビューティフルワールドに審査員としてアーロンさんとロンドンの美容協会の理事長となったエルカさんがやってくるのじゃ! そして、今回のビューティフルワールドの優勝候補のチームの大将にそのアーロンの娘『マルゲリータ』が出場するのじゃ! 歳は叡智君と同じ若干22歳! その歳で今、彼女は『レインボウ』の店長じゃ! 相当なツワモノ! 叡智君……一人前になるチャンスに彼女は絶好な相手だと思わんかいのぅ?」
「頭さんが勝てなかった人がいるなんて……アーロンさんか、ハハハ……世界は広いってやつですか……。終われない……このまま負けたままじゃ終われないですよね! もう頭さんが鋏を握れないなら――僕がビューティフルワールドに出場して、頭さんの『魔神の美容』が一番だという事をアーロンさんに証明するしかないですねっ! 日本に帰って頭さんが美容と真剣に向き合って磨き上げた『魔神の美容』で……もし、僕がこの大会優勝したら、その時は頭さん……胸を張って僕を一人前に育て上げられたと思ってください! 僕も自分が一人前になれたと、その時は胸を張ります! 星さん、僕はあなたの会社に入って、より一層自分の腕を磨けて、美容の知識も付いたと思います。頭さんの『魔神の美容』をさらにパワーアップできたと感じています! 山さん、一度は断っといてなんですが……。僕この大会に挑戦してみたいです!」
頭さんの無念を継ぐ決意を皆の前で僕は宣言をした――ビューティフルワールドで自分の成長を見せ、自分自身そして、頭さんや誰もが一人前の美容師と認める様な証が欲しい! 僕は胸を張って頭さんに一人前になった自分を証明し、お礼を言いたい! それが、今の頭さんに僕ができる最後の恩返しだ。その宣言を聞いた山さんが、目を光らせて事を進めた。
「ああ、勿論だ! 時蔵、お前は美容スータビリティの代表で出場させてやる。ビューティフルワールドは1チーム5人のチームが100組出場し、凌ぎを削る熱い大会だ! 1戦1戦で1位~100位の順位と得点が出て、5戦全て終えて総合得点の高いチームが優勝だ! レアケースで総合点が同じだった場合は、1戦1戦で見て順位を勝ち越しているチームの方が優勝だ! だからこの大会……優勝するにはチームの仲間選びが物凄く重要だ、決まっているのは磯貝さんの推薦でもあり、うちの出版社がいつもお世話になっている美容室『リリカル』のベテラン美容師の矢沢さんと、お前も知っていると思うが『月刊美容スータビリティ』で私が担当してパーマ技術連載をして貰っている美容室『かれん』の志名さんが美容スータビリティの代表として出場してくれる! あと二名だが……お前の信じられる仲間を二人用意してくれ、もう答えは出ているだろうけどな! そうだろう?」
そう言いながら山さんは僕と――頼れるあの二人を見つめた。
「ええ、答えは出ていますね……僕の頼れる仲間――頭さんが繋いでくれた縁もある僕が尊敬する最高の美容師。京街さん、鬼頭さん、お願いです! 僕と一緒にビューティフルワールドに出場して貰えないでしょうか? この大会で優勝して僕はしっかりと頭さんの美容を継承した事を証明したいんです! お願いします」
それを聞いて、二人は笑いながら――僕と同じく滾った目をしてくれた。
「ハハハハハ、さすが俺が認めた男だぜ、時蔵! 一緒に頭さんにとんでもない世界を見せてやろうぜっ! 俺がいれば優勝は間違えなしだ! まかせろ! でも、今回の主役はお前だ、時蔵。だから大将はお前がやれ! 俺は副将をやる! 必ず最高な形でお前にバトンを回してやるからな! 鬼頭! お前は精々足を引っ張るなよ!」
「サノバビッチ! 京街さんはいつも一言余計だにゃん! ガッデム! 頭さん、私も京街さんもあなたが育ててくれた時蔵君に会えて本当に良かったと思っているぺこ~、自分の世界が広がってアップデートされた感じにゃん! 私は時蔵君には借りがあるから何かやってあげたいと思っていたぺこ~、この大会……私が大活躍して優勝させてあげるにゃん!」
皆の心が一つとなって――頭さんの『絶望』を乗り越える手筈を整えた。
僕らの声一つ一つが頭さんに届いたのか、頭さんは笑いながら瞳を濡らして僕達にエールをくれた。
「叡智、京街君、鬼頭ちゃん、美容スータビリティの皆さん……本当にありがとう。私は幸せ者だ。こんな私の事を安心させてくれる仲間を持てて――叡智、なら聞いてくれ! ビューティフルワールド……アーロンさんの娘さんは恐らく相当な腕の持ち主だ。あのアーロンさんがその歳で店の店長を任すぐらいだ、それにアーロンさんだけではなくエルカさんや、『レインボウ』の技術も学んで身に付け、力にして生きてきた子だと思う。もう『ランプ』は復活できないが、これが叡智の最初で最後の『ランプ』スタイリスト試験にしたいと思う! どうだろうか?」
これが僕の『ランプ』スタイリスト試験……ようやく僕は――あの日に戻れたんだ。
「はい! 頭さん宜しくお願いします。僕は大会まで美容師として、そしてスータビリティの編集者として、より一層――『魔神の美容』を磨きます! 頭さん、僕は若葉寮で美容を行っていましたし、家では休まず毎日美容練習をしていました! 腕は一切鈍っていませんし、一年前より色んな美容師さんを取材して、そこから技術を吸収してパワーアップしました! 『希望』を叶えながら、スータビリティで僕はかなり強くなりました!」
そう胸を張れて僕が言えたのは、ここにいる皆が僕を全てにおいて支えてくれていたからだ。
ビューティフルワールド開催日――場所は都内ビッグドーム。
頭さんと若葉寮長を筆頭とした若葉寮の皆が僕の応援に駆けつけてくれた。
「頭さん、叡智が……こんな大きな大会に出て大丈夫なのですか? 五百人このドームに美容師さんが集まっているって聞きましたけど!? それに……あの子この大会優勝するとか言っていましたが……美容師をやめて一年間、手は動かしていたみたいだったけど……いったい何を考えているのやら、心配になってきましたよ!」
「ハハハ、安心して下さい、若葉さん。私は叡智をそんな軟に育てていませんよ! どこに出しても恥ずかしくない美容師にしたつもりですよ? じゃなければ『ランプ』のスタイリスト試験を受けさす事はできませんよ! それに叡智の仲間達に聞く限り――この一年叡智ほど美容と仕事に全力を尽くしていた人間を知らないと言っていましたよ、素晴らしい」
客席で話す若葉寮長と頭さんをよそに、僕達『チーム美容スータビリティ』のメンバーは運営から大会のルール説明や、他のチームの紹介を受けていた。
「ふむ、ルールは単純に先鋒、次鋒、中堅、副将、大将と順に作品作りをして点数評価を受けて、その合計点が多いチームの優勝か、大将に回る前に大差をつけられたらそのチームは終わりって訳だな! 面白いじゃねーか!」
「警戒すべきチームは優勝候補のマルゲリータ率いる『チームレインボウ』と、日本の有名店の人気実力派スタイリストを集めた『チームジャパン』ぐらいかにゃん? 100チームもいると……どこに誰がいるか分からんぺこ~、まぁ、ガチ勢中のガチ勢はこの2チームの筈にゃん!」
美容業界でトップを走る京街さんと、鬼頭さんが僕達のチームをまとめて一応ルールと相手チームを解析? をしてくれた……。まぁ、あまり役に立ちそうな解析とは思えないが……二人は誰が相手だろうと、どんなルールーだろうと、負ける気が全くしないのだろう。
相手チームのデーターや詳しいルールを僕はこの大会に備える為、事前に今会場の取材に明け暮れている山さんから聞いているので、その点僕には抜かりはなかった!
ビューティフルワールドの開会式も終り、ようやく第一回戦の先鋒戦が始まろうとしていた。僕達は控え室で各自連れて来た今日の大会の為のモデルさんに準備を施していると、僕達のチームの先鋒を務める矢沢さんが準備を終えて――「それじゃあ、行ってくるよ!」と控室をでて行った。僕達はエールを送り矢沢さんを見送った。大事な一戦目、結果が楽しみだ。
矢沢さんはベテランだ――美容スータビリティの僕の大先輩であり、入社の際には僕の面接官をしていた磯貝さんの親友であり、担当する有名店『リリカル』の美容師、それが矢沢さんだ。
磯貝さん曰く、矢沢さんは1位を取れないだろうがあれほどベテランの渋みを利かせた作品を作れる人はそういないので、そう差を1位とはひらかせないと、太鼓判を押していた。
相手を楽には勝たせない! それが渋味のあるベテランの男の意地だ――先鋒戦のお題は『ボブスタイル』1位の選手の点数は『80点』で『チームレインボウ』の先鋒『ラインの錬金術師』の異名を持つ『パフュームさん』が獲ったが、矢沢さんも8位という好位置につける『72点』を獲得した!
「いや~、さすがビューティフルワールドだ! 燃えていたのだけれどね、トップでも80点か……。厳しい審査だ、中々点数を貰えなかったよ、皆ごめんね! あとは若い君らに任すよ!」
「矢沢さんお疲れ様です! 素敵なボブでした! 流石です! 優勝しましょう」
悔しそうに帰ってきた矢沢さんにすぐに僕は声をかけた。矢沢さんの作品は確かに凄かった――それなのに100点満点中の72点だ……。
この大会の厳しさを僕達はこの先鋒戦で思い知った。そして1人だけ80点を記録した『チームレインボウ』は流石としか言いようがなかった。先鋒戦1位のパフュームさんの作品は素晴らしかった。
チームの為に奮闘してくれた先鋒戦の矢沢さんに僕達は力を貰い、次なる次鋒戦を迎えた。
次鋒戦を務める志名さんは「楽しんでくる! 時蔵君……君の熱意は銀山さんから聞いているよ、私本気で勝ちに行くから!」と僕に言いながら、彼女は控室から会場に出た。
志名さんは山さんと、とても仲が良く、プライベートでも遊ぶというほどだ――原宿の有名店『かれん』のトップスタイリストで『月刊美容スータビリティ』で彼女の得意なパーマ技術の連載をしてくれている。この次鋒戦のお題は『パーマスタイル』であった。志名さんのフィールドだ!
だが、この次鋒戦……中々相手が厳しい――チームジャパンからは新宿の有名店『ゴールデンサンダー』からエースである『有名人御用達オネエカーストのテッペン覇王クリコ』の異名を持つ『クリコさん』というカリスマVIP美容師と、チームレインボウからは『パーマ界の貴公子』という異名を持つ『サルヴァトーレさん』という超ド級パーマ理論を持った美容師が出場していた。
「オネエの意地……そして、私を支持してくれている芸能界の皆様の為に負ける訳にはいかないのよ! 可愛い顔ね、サルヴァトーレ! 私が食べ尽くしてあげるわ! ペロペロ!」
「いや、違うね! 喰い尽されるのはお前の方だ! パーマで我に勝てると思うな!」
試合開始と同時にクリコと、サルヴァトーレの熱いデッドヒートが始まり会場は笑いと、熱気に包まれて大盛り上がりを見せた。そんなタレントぞろいな相手を気にせず、志名さんは自分の美容に向き合い作品を完成させた――結果は『82点』を獲り大健闘の3位となった。
1位は『87点』でサルヴァトーレさん、2位は『86』点でクリコさんとなり――2戦終わった結果の総合点での僕達の順位は5位につけていた。1位のチームレインボウとは13点差、2位のチームジャパンとは10点差の位置についている。勝負はこれからだが、これでライバルチームに見事な2タテをくらった事になり、志名さんは無念な思いでいっぱいの様子だった。
「一番得意なパーマスタイルで5点差もつけられて負けちゃったよ……。銀山さんが初めて私にあんな必死にお願いしてきたから頑張って練ったデザインのスタイルだったんだけどな……。時蔵君の為に勝ってあげたかったなぁ……悔しいなぁ……世界の壁ってすごいや、本気出してでも勝てなかった」
志名さんが控室の隅でそう言いながら泣いていると、僕らの控室に山さんが入ってきた。
「志名さん! 流石でした! 私は志名さんが作るゆるふわのパーマスタイル大好きです! 今日の作品は特に素晴しかったです! ありがとうございます。後はあの3人に任せましょう! やはり私の中ではいつまでも志名さんが№1です。最高でした!」
山さんがそうニコニコと笑いながら志名さんに接すると、志名さんに笑顔が戻った。
「そうですね、銀山さん。この後出てくる相手は段違いな美容タイトル保持者達と聞いていますが、絶望なんてしなくとも、私達の仲間も頼もしい人達だ――負けるビジョンが浮かびませんよ!」
そう志名さんが優しい笑顔で言った。そして、僕達はチーム一団となり、互いを信じ――チームの誰一人諦めることなくここまで、優勝に向けてチームのタスキを繋げた。