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怒りのままに

 漆黒の巨体が跳ねまわっている。

 十メートルはあろうかという規格外の体は、でも全く鈍重さを感じさせない動きで。積み上げられた建築物を掴み、引っ張り、蹴り飛ばしながら跳ぶ。飛び跳ねる。


 その姿を見たことがある。いや、正確には似た姿を。記憶にも新しい、それは。

 ――階異『トロール・シャドー』。


 だが大きさが違う。倍はあるんじゃないか。それほどまでに違えば、もはや別種だ。それにあそこまで身軽に跳ね回られたのでは頭上を狙うことも難しいだろう。

 そんな一目見ただけで回れ右して帰りたくなるような難敵を相手に、相対する者がいる。それもまた、見たことのある姿。というよりは、アイツ。


「ディン!」


 緊迫した状況の中、声をかけるのは失策だったかもしれない。僅かでも集中が乱れれば、その瞬間に『持っていかれる』可能性すらあり得る。幸いにも彼の集中に乱れはなかったようで、際どくも『トロール・シャドー』の攻撃を捌いて見せた。


「これは凄いですねぇ」


 何がとは問わない。ああそうだろうともさ。凄いよ、凄いんだ。

 最早階異の速度は眼に追えないレベルだというのに、ディンはまだ致命的なダメージを負うことなく立っている。通常の人間であれば、為すすべなくあの巨大な影の砲弾に打ち砕かれているはずだ。多少腕の立つ者であっても、同じこと。だけど彼は未だ躱し続けている。捌き続けている。それは、凄いことなんだ。

 だけどそれでも。


 ――いつまでもは続かない、よな。


 彼がいかに超人的な反射神経と身体能力を持っていたとしても、人としての限界はある。そして何よりも、彼にはこの状況を覆す『火力』が足りていない。ならばどうするのか。足りないならばどうするのか。

 決まっている。彼に足りていないのなら、俺達がそれを補えばいい。


 怯みそうになる足を心の中で叱咤しながら、飛び出す。俺のステッキに内蔵された高純度光石は『トロール・シャドー』を滅ぼした実績がある。サイズが違いすぎるのが不安要素ではあるけれど、全く通用しないということはない。と、思いたい。

 そうであったとしても問題は他にもある。それは、動きが早すぎて当てられる気がしないということ。

 最悪、あの砲弾のような一撃を受け止めて隙を作るしかないか。即死しなければ何とか。いや、やっぱり無理かもしれない。


 そんな頭の鈍いことを考えながら走っていたからだろうか。階異の動きに変調があったことに一瞬気付くのが遅れてしまう。

 影。影の砲弾。この人を容易く打ち砕く威力があることを微塵も疑う余地のない一撃が。ディンではなく、俺の方を狙っていることに。


 せめて一撃と相打ち覚悟でステッキを前方に向けるけれど、それは結論から言えば無用な覚悟だった。


 ぱん、と渇いた音がすぐ後ろから響いて。目の前、高速で迫る巨大な影の砲弾が一瞬で眩い光に包まれた。咄嗟に帽子のツバを下げ、目を守る。再び視界が戻ったとき、そこには全身が焼けただれて呻く『トロール・シャドー』の姿があった。

 信じられないような面持ちで後方へと振り返る。このとんでもないことを為したのは当然、彼女。アリリ。花売りの。銃使いであるところの。そんな彼女が、呑気に拳銃のシリンダーを弄って銃弾を装填し直していた。滑らかな、焦りの欠片も見えない、いっそゆったりとしてすら見える動作で。


「……今の、何?」


 我慢できずに聞いてしまった。だっておかしい。何だアレ。あの光は、拳銃、その小さな銃弾の先端に仕込める程度の光石が発する光量じゃなかった筈だ。

 当の本人は得意げな顔で、指を立てながら答えてみせる。


「最新式の圧縮高純度光石弾頭です~。通常の高純度光石弾頭と同じ規格で威力は十倍、価格は百倍のとっておきですよぉ」


「ブルジョアめ!!」


 嫉妬と言う名の憎しみを言葉にしてぶつけるけれど、やはりさらりと受け流された。

 大体そんなことを言い合っている場合じゃない。今のうちに『トロール・シャドー』に止めを刺さなければならない。そう思ってステッキを握りしめて未だ地に伏せている『トロール・シャドー』に近寄って――


「駄目です、クーさん!」


 ディンがそう叫んで。それと同時に、背筋を悪寒が走り抜けた。前に行こうとする体に制動を掛けて、後ろへ。いや、横に。どちらにしても間に合わない。地に伏せていた筈の、大きなダメージを負っていた筈の『トロール・シャドー』が、突如として跳ねて。それも真横に、つまり、俺の方へと向かって。

 腕を振るう。大樹のような巨腕を。それは違わず俺の体を横薙ぎにした。衝撃が、肉が裂けて弾ける音が。骨が砕けて潰れる音が。意識が明滅。痛みはまだ。視界が流れて。闇。


「……さ…………!」


 声が遠い。ディンの声なのは分かる。だけど、何て。

 瞼を開く。ううん、最初から開けている。ただ、ちょっとどこが映っているのか分からなくなっているだけで。暗い。光石灯の灯りを探す。酷くぶれている。分裂している。ただ、見えているのは確かだから、今はそれでいい。

 体の状態を確認する。呼吸は、苦しいけれど出来る。腕も、足もまだ付いている。色々と壊れているかもしれないけれど、不思議と痛みは感じないから平気だ。

 ただ今俺の心を支配しているのは、怒りだ。全く、酷いものだ。俺と来たら、あんな単純な引っかけに馬鹿みたいにかかってさ。間抜けだ。とんだ足手まといじゃないか。酷いものだ!


 怒りに任せて立ち上がる。何度か失敗して、こけて。瓦礫か何かを支えにして、無理矢理立ち上がって。前を見る。前方、少し離れた場所に巨大な影が立つ。階異『トロール・シャドー』。じいっと俺を見ている。違う。違う違う。見ているのは俺だ。俺がお前を見ている。俺だ。俺がお前に向かって歩く。そこで立っていろ。今行くから。今だ。今にだ。そこで待っているがいい!


 だけれど。『トロール・シャドー』は素直に待ってなどいなかった。なんて奴だ。待てと言った。だけれど奴ときたら、もの凄い勢いで飛び跳ねて。ジグザグに建築物の間を行き来しながら、俺に近付いてくる。向かってくる。俺が向かうと言ったのに!

 一瞬で俺の後方の建築物へ飛び移って。視界から消える。死角。そこから来る。分かっているのだから対処は簡単だ。ステッキを後ろ上方へと脇下から突き出して構えて。トリガーを引く。速やかに機構が内部に仕込まれた高純度光石を露出させ、威力を発揮した。


 そして衝撃。俺は再び巨大な影に轢き潰された。だがダメージは先ほどよりもずっと弱い。上手く、攻撃を当てたことで結果的に威力を軽減できたらしい。速やかに腕を付き、立ち上がる。ぶれる視界で地面を転がる『トロール・シャドー』の姿を収めた。まだ生きている。なんてしつこい奴だ。


「死ね」


 トリガーを引きっぱなしにして、『トロール・シャドー』を炙っていく。ぎゃあぎゃあとうるさく喚くのを無視しながら、近づいて行く。奴の腕が届く範囲に近付いたところでまた不意打ちを仕掛けてきた。いや、最早不意打ちでも何でもない。ただの悪あがきだ。

 大樹のような巨腕が、俺の体を打ちすえる。だが、俺は膝をついたものの、その攻撃を受け止めて見せた。クラクラする。だが腕は取った。直ちにステッキを突き刺して、光石光で焼き潰してやる。当然素直に焼かれるつもりはないのだろう、暴れて逃れようとするが。させるわけない。俺はその巨腕にしがみ付いたまま、念入りに焼いて焼いて焼いてやった。


 遂に耐えきれなくなった奴の腕が、ボロボロと焼き崩れて落ちた。しがみ付いていた俺も地面に落ちるが、今更大したダメージでもない。三度立ち上がり、振るう腕が一本無くなった哀れな巨影に向かって歩き出した。

 『トロール・シャドー』が残ったもう一本の腕を振りかぶる。だがそれは、銃声一つによって阻止された。階異の肩が弾け飛んで、振り上げた腕がだらりと落ちる。


 続けざまにもう一発。今度は膝が弾けて、地面に派手に転がった。起き上がろうにも腕が使えない為、今や無防備に頭を晒している。そこで丁度、俺が辿り着いた。


「さあ死ね」


 怒りに任せて、ステッキを『トロール・シャドー』の頭部の柔らかそうな場所に突き刺した。ぶよぶよの、大きな『目』へと。

 悲鳴が上がる。頭を振り回す。だけれど、目に刺したステッキはすでにトリガーが固定されていて。深く突き刺さったまま、中を掻きまわすように高純度光石の光が焼き崩しているのだろう。心臓の弱い者なら、聞くだけで命を奪われかねないほどの断末魔をまき散らしている。

 

 だけど俺は。その悲鳴を聞きながら、何とも晴れやかな心地が怒りを洗い流していくのを感じていた。ああ。ああ。良い。良いよ。実にグッドだ。

 多分、この時の俺は凄く良い笑顔を浮かべていたと思う。自分的に最高のスマイル。


 だけれど。それを見たアリリの表情が、ネズミを食べているディンを見た時以上にドン引きしていたのは――いかがなものだろうか。




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