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奇妙なお茶会

「あ、これ手土産です。用法用量は守って正しくお使いくださいね~」


 渋々部屋にお通ししてやると、早速とんでもないものを渡してきた。透明な袋に積められた白い粉。思わずじいっとアリリの顔を見つめると、なぜか照れたようにはにかんで目を逸らされた。何さ。何だよ。


「お前に出す茶に入れ込んでやろうか」


「ええぇ、いきなりおっぱじめるんですかぁ? まあ……別に良いですけどぉ」


 この、会話してるのに出来てない感じ。このままペースを握られたら良くないことが起こるのは間違いないね。

 会話の主導権を握る為に――実のところ苦手ではあるのだけれど――自分から話題を振っていくことにする。


「お前さ。えっと、……何しに来たの?」


「遊びにですけどぉ」


 だよね。


 アリリを椅子に座らせて。自分はお湯を沸かしながら、どうにか繋ぐための話題を探す。良く知らない相手だし、中々難しいな。取りあえず思いついた疑問をそのまま口にする。


「そういや、よく俺の住処が分かったな。……教えてないのに」


「ふふふ。そんなの情報屋にお金を払えばちょちょいですよぅ?」


 情報屋に調べて貰わないと遊びにも行けない相手を友達というのかこいつは。指を立てながら得意げにウィンクするんじゃない。「スマホで一発ですよ」みたいなノリで情報屋を使うんじゃない。


「前回は私の所に遊びに来てもらいましたからぁ、今回は私からと思いまして~」


「別に遊びに行ったわけじゃない!」


「そうですねぇ。あのあとすぐに帰っちゃいましたし。私ぃ、もっとお話がしたかったなぁって……クーリアさんのこと、もっと知りたくてぇ」


 テーブルに両肘をついてにまにまと笑いながら、甘えた声。なんか、苦手だ。ぞくっとする。


「うふふ、今日はたぁくさん、仲良くしたいなぁって……」


「クーさん、ネズミがいました。二匹です。お二人で分けますか?」


 割り込むように床下からディンが爆弾を投げ込んできた。待って、今二人は対応できない。


「…………」


 床下の隙間から放り込まれたネズミの死骸。それを見て、アリリがびしり、と凍り付いたように固まって動かなくなった。気持ちは分かるよ、俺も最初にやられたときはしばらく思考が飛んだもの。


「きゃあぁぁああああ!?」


 十秒くらい置いてから再起動したアリリが女の子らしい悲鳴を上げた。あ、そういう声出せるんだ。

 アリリの反応を失礼ながら意外に思いつつも、若干ホッとしている自分。二人揃ってガンガン押して来られると辛いけど、一人が脱落してくれるならまだ対応出来る。特にディンの方は、その、慣れてるしね。


「ディン、ネズミは食べないから。あんまりお客さんを驚かせるんじゃない」


 窘めつつ、アリリが引いている間にネズミを回収する。まだ暖かいそれを床の隙間からリリースして。


「……食べてるのぉ?」


 ドン引きにさらにドン引きながら、アリリが涙目にすらなりつつ事実を口にする。

 うん、まあね。引くよね。だけど、考えてみれば分かることだ。普通、自分が食べないようなものを他人に勧めたりしない。そう考えれば――おのずと答えは出るものだ。


「食の嗜好は人それぞれさ。俺は気にしない」


「懐かれてるわけだわぁ……」


 ――どういう意味さ。


 一応手を洗って、沸かしたお湯でお茶を淹れる。紅茶みたいな、そうでもないような、錆色のお茶。すごくおいしいわけではないけれど、まあまあ、楽しめる匂いと味の。

 何となく、アリリが持参した白い粉に目が行くけれど。

 入れないよ?

 入れないよ?


「入れないんですかぁ?」


「……入れないってば」


 そんなくだらないやり取りをしながら、御茶請けに何かあったか、棚を探して。

 カチカチの黒パン。いやいや。謎の干物。……いやいや。ガチガチのビスケット。…………まあ、歯が欠けるのに気を付ければ。


 妥協してビスケットを缶からお皿に移しながら、アリリの様子を窺う。彼女の視線は下を向いていて。


「彼。……ええとぉ、ディンさん? そのぉ、えっとぉ」


 歯切れの悪い台詞だけど、言いたいことは分かる。


「なんで床下にいるかってこと?」


 そう聞くと、彼女はこくりと頷く。あまりにも当たり前にそこに潜り込んでたからだろうか、聞きにくかったのかもしれない。

 俺も視線を床に落として、彼を探す。いや、探すまでもないか。彼を見るとき、いつだって彼も俺を見ている。


「だってさ、ディン。説明してやれよ」


 実のところ、俺もこいつが床下に居る正確な理由は分かっていない。以前聞いたときは「距離感が大切なんです」とかほざいていたな。


「この床板は僕の自制心です」


 こいつ何言ってんだ。


「この床板さえなければ――!」


 なかったらどうなるんだよ。……いや本当に、どうなるんだよ。

 半眼でゴミカスを見るけれど床下のゴミカスはハアハアと息を荒げるだけだ。


「……クーリアさんって処女ですかぁ?」


 そしてお前は突然何を聞いてきてるんだよ。


「クーさんは処女です」


 そしてなんでお前が答えるんだよ!


「いえ、ちょっと気になりましてぇ。そうですかぁ、処女ですかぁ。……よく守り切れましたね今まで」


「僕が守ります。一生です」


「わぁ――」


 アリリの本日何度目かもしれないドン引きもものともせず、ディンはいつも通りの目でこっちを見つめてくる。


「うるさいぞお前ら! いいから茶を飲め茶を!」


 妙な気恥ずかしさに熱くなりつつ、お茶とビスケットをテーブルに運ぶ。ディンにも熱々のお茶を床板の隙間から流し落としてやった。流石にきつかったのかむせて悶え苦しんでいたけれど、俺は少しばかり溜飲が下がってにっこりした。


 ふと室内がかなり暗くなってきていることに気が付いて、光石灯のスイッチを入れる。窓から外を見やると、中心部の光石灯群の灯りが大分弱くなっていた。……夜だ。


「なあ。お前はさ、思ったことないか? この世界の外がどうなってるのか、とか」


 零すように。思わず口に出てしまう。ちらりとアリリの方に視線をやる。彼女はどうにも要領を得ないといった顔をしていた。


「んー……外、ですかぁ? ここと似たようなものじゃないんです? あんまり遠くへ行ったことないですけど~」


 そう。大体の人はこんな感じだ。ここしか知らないから、ここ以外もそうだと思っている。そしてここだけで生きていけるから、他所へ移ろうなんて思わない。

 彼女、アリリはそれでも他の人間よりは遠くへ移動している方だ。彼女の劇場、もとい栽培所は大分居住区から離れた場所にあったのだし。あの辺りは大分闇が濃くて、強力な階異も出現しやすい。


「クーリアさんはぁ、どう思ってるんですか~?」


「俺? 俺は――外はもっと、広い場所じゃないかと思ってるよ。ここみたいにさ、ゴチャゴチャと積み重なってない。広くて、高くて、どこまでも続いてるような。あと階異みたいなのも居なくてな」


「あははっ、凄いですねぇ。そんな場所があったら、行ってみたいかもしれません~」


 それは社交辞令なのかもしれない。けれど、こんなにあっさり肯定してもらえるのは珍しい。

 アリリ。花売りの少女。ちょっと変な子だけれど、そんなに悪い子でもないのかな、とか。まあこうしてたまに茶を飲むくらいの関係なら。悪くもない。


「俺はさ、そこを目指してるんだよ。外を――上をさ。そこに行って見てみたいものがあるんだ」


 自然、上を見上げながらそう言って。今見えているのは『穴』を作っている建築物の壁だ。同じように、一つとして同じ形でなく、乱雑に、無造作に、奇跡のようなバランスで積み上がっているそれらを見上げながら。俺は『空』の記憶に思いを馳せた。


「あらぁ。じゃあクーリアさんは、いつかここから居なくなってしまうんですねぇ?」


 アリリはそう言いながら、お茶に浸したビスケットを食べる。心持ち、寂しそうな表情で。……ビスケットが不味いからじゃないよな?


「そうなるな。多分、近々……『登る』ことになると思う」


「……私も付いて行っちゃおうかな~」


「…………うん?」


 簡単に言うものだから、最初何を言っているのか分からなかった。

 付いて行くって言ったのか。俺に。上まで。


「待て待て。そんなに簡単に決めることじゃないぞ。危険なんだよ、……その、色々と」


「うふふ、分かってますよぉ。でもぉ。ご存じないかもしれませんけど私ぃ――結構、強いんですよ?」


 目を細めて。出会った時に感じた妙なプレッシャーを今もまた感じる。


「そう、だとしても。俺達、まだ出会ってちょっとしか」


「時間は関係ありませんよぅ。ただ、貴女を一目見た時からすごぉく……気に入っちゃったんです」


 怪しく微笑みながら、彼女はそう言う。勿論、戦力が増えることに問題はない。付いてきてくれるならそれは喜ぶべきことだ。でも。

 彼女は恐らくまだ知らない。上を目指す為に越えなければいけない『壁』を。倒すべき『敵』を。

 あれは――普通の階異とは違うんだ。


 それを伝えるべきか、少しだけ迷っている間に。


「クーさん。外が騒がしいです。警戒しましょう」


 ディンがそう促してきて。

 外に出て、耳を澄ます。市場のある方から、聞こえてくるものがある。


 ――悲鳴だ。


「あらあらぁ。階異でも出ましたかね~。どうするんですかぁ?」


 のんびりとしたアリリの声は、でも俺がどうするのか分かっているようにも聞こえた。


「……行くさ」



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