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空の記憶

 青い、どこまでも澄み渡る青い空。真っ白な雲が逆に彩りを添えて、まるで一枚の絵のようで。

 風が頬を撫ぜて、それが柔らかくて暖かくて。BGMに木々のざわめきと小鳥のさえずりがあって。そこにシートでも敷いてさ、おにぎりとか、エビフライなんかがあれば完璧。


 ――夢だ。


 時々見る夢。本来ならあり得ない夢。俺が生まれ変わってから、ただの一度だって見たことのないもの。他の誰も、知らないもの。

 『空』なんて、この世界にはない。少なくともこのどこまでも積み重ねられた密集建築物の中からでは窺えない。


 俺は前世の記憶があるから、『空』を知っているけれど。ディンは知らなかったし、他の知り合いだって知らないようだった。若者も、年寄りも、誰も。


 息苦しいんだ。狭苦しいんだよ、ここは。でも、誰もそれに気が付かない。

 もっと、もっともっと広くて澄んでいて青くて綺麗な世界があることを知っているから。俺はどうしても、この世界に馴染めない。受け入れることが出来ない。


 生まれたその瞬間からずっと、俺はそんなストレスに悩まされてきた。解消するために行動もした。

 例えば、一番外側からなら外を見ることが出来るんじゃないかと考えて。でも実際に辿り着いた『外側』にあったのは、延々とそそり立つ壁だけだった。


 ここは牢獄だ。俺達は閉じ込められている。

 でも、誰もそれを知らないし、気が付かない。それ以上に、興味が無い。皆、この世界が当たり前だと思っているし、完結している。


 だから。

 だけど。


 ――俺は相変わらず、足掻き続けている。



 ◇



 朝。今日も階上の住人がストレッチをする音で目が覚める。

 薄暗い部屋の中で上半身だけを起こし、ぼへっと軋む天井を見る。俺はちょっとだけ、寝起きに弱い。


「クーさん、おはようございます」


 床下からディンの声が聞こえる。そう言えば、こいつが寝ている所を見たことが無い。俺より遅く寝て、俺より早く起きているのか。


「ん、おはよ」


 おざなりに挨拶を返して。顔を洗う。

 それから朝食の準備。昨日は実入りが良かったから、ちょっと贅沢して卵とベーコンを焼く。卵は両面焼くのが好きだ。白身がどろっとしているのはダメだね。鼻水みたいでさ。……これ、そういうのが好きな奴に言ったら突然キレられて大変だった。まあ、うん。食べ物のことって誰でも繊細になるよな。口に出さないように、気を付けとかなきゃ。


 一人でもぐもぐ、食べていると。ディンがじいっと見ていたので、ベーコンを一枚、床の隙間から差し込んでやる。すると口を大きく開けて一口で食べてみせた。うん、キモイ。


 ご機嫌な朝食が終わり、一張羅に着替えて外に出る。『穴』は変わらず真っ黒な口を開いていて、周囲の建築物に設置された光石灯が点々と輝いている。いつもの景色。朝の景色。


 ――朝ってさ。こういうんじゃない、よな。


 真ん中の『穴』周辺に設置された光石灯は、時間帯によって光量が違う。朝は沢山輝いて、夜は少し。

 ううん、逆。

 沢山輝いているから朝で、少なくて暗いから夜なんだ。


 そういう『時間の流れ』を辛うじて感じ取れる場所がここ。中央側。他の場所じゃあ、朝とか夜とか、あって無いようなもので。

 だから俺はここに居を構えている。

 忘れたくないんだ。朝起きて、夜眠る。そういうふうに生きていたってこと。


「クーさん。今日はどうしますか? また稼ぎに行きますか?」


「ん……いや、今日は――」


 『空』の夢を見たからだろうか。何だかいつもよりやる気がある。心の中に燃えるものが。

 その熱いものが、早くしろ、と急かしている。


「スミスのところに行く。『トロール・シャドー』の光石なら高純度精製に耐えらえる筈だしな」


 俺の目的の為には、どうしても強力な武装が必要になってくる。俺の仕込みステッキは悪くない装備だが、高純度光石武装が一つきりでは心もとない。特にディンの装備はあまり純度が高くない。彼の火力が上がれば、それだけ全体の戦力が上がる。

 あまり、当てにしすぎるのもどうかとは思うけれど。ディンが最後まで付いてきてくれるとは限らないわけだし。


 思わず、隣に立つディンの顔を見上げて。目が合ってしまう。

 うわ。

 なんだよ、見てんじゃないよ。そんな、嬉しそうにさ。


「クーさん可愛いです」


 ……うるせー。



 ◇



 スミス。ブラックスミス。鍛冶屋。

 この世界に置いては光石職人を意味する。俺のステッキも彼らの仕事によるものだ。


 彼らの数は意外と多い。この密集建築物の割とどこにでも潜んでいる。ただし――当たり外れは、あるけれど。


 安かろう悪かろうの腕前の奴。高いのに腕が悪い奴。身内にしか売らない奴。金だけ取って仕事はしない奴。外れの数は星の数で、当たりなんていくらもいない。

 もし何のコネもなく当たりを引こうと思ったのなら、それ相応の『運』と『実力』が必要になるだろう。まずは見つけ出す『運』、そして彼らに認められる『実力』。


 俺はそのどちらもあったのだろうか?

 少なくとも『運』はあったと思う。『実力』は……まあ、将来性、とか。ね。うん。


 さて。

 今、俺の目の前に居る、厳ついツラをしたハゲのジジイがその『当たり』のスミスなわけだが。名前はデリー。腕は良い。良いんだが。


 ――少しだけ、性癖に問題が。


「駄目だ」


「何でだよ。モノはあるし、金だってあるぜ」


「嫌だ」


「気分の話かよ!」


 作ってほしい物が、俺じゃなくディン用のものだと知るやこの態度。全くこいつの男嫌いと来たら。それでも、俺が『例の頼み方』をすれば可能性はあるけれど。

 そうなると今度は俺の方が嫌になるわけで。


 どうにも交渉が難航しているわけなのだった。


「クーさん。僕は今の装備でも平気ですよ」


「違う。そうじゃないんだ」


 確かに、普通の階異相手なら今の装備でもどうにかやりくり出来る。何なら先の『トロール・シャドー』のように、ディンには囮をやってもらってトドメを俺が刺せば良い。

 でも、それじゃあ勝てない相手がいるんだ。俺の目的を達成するために、必ず倒さなければならない敵。奴と戦うなら、確実に勝つ為には、高純度光石が二ついる。


 しばらく、顔を伏せて覚悟を決める。

 大丈夫だ。何も失うことなんてない。


 俺はおもむろにデリーの太い腕に指を絡ませ、寄り添って。上目使いで、普段よりも高めの声を努めて意識して。言う。


「…………パパ、お願い!」


「う~~~ん、しょうがないなぁ!」


 ――俺は何も失ってなんかいない。


「クーさん、僕にもお願いします。ハニーでお願いします」


「うるせえ! 誰がやるか!」


 本当にどいつもこいつも。どうして俺の周りにはこう、おかしな奴しか居ないんだ。もうちょっとだけでいいからまともな知り合いが欲しい。切にそう願う。


 それからようやく仕事の話に入って。

 ディンの武装は基本がグローブによる拳打だけれど、高純度光石は一つなので右手か左手のどちらか一方にしか仕込むことは出来ない。しかしデリーの話では、特殊な光石加工を施すことで片側の高純度光石の光量を一時的に複写することが出来る装備を作ってくれるらしかった。


 問題だったディンの火力もこれで解決するだろう。

 装備の完成まで数日かかるそうで、光石と金を預けてホームへ戻ることにした。


 ……で。


「あ~、いたいた。やぁっと見つけましたよぉ。クーリアさぁん、お友達のアリリが遊びに来ましたよ~」


 先日出会った花売りの少女、アリリが俺の家の前で呑気に手を振っていた。


 ああ、もう。

 本当に、もうちょっとだけでいいから。まともな知り合いが欲しい――。




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