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花売りの少女

 それは、幻想的な景色だった。

 俺がこの世界に生まれ変わって十数年、この乱雑に積み上げられた密集建築物の中でおよそ見たことのないものだった。


 花だ。一面の花。劇場一階部分を埋め尽くすほどの白い、いや、ほんの少しの赤みを帯びた美しい花たちが淡く光り輝いている。

 ――輝いている?


 ゆっくりと花畑の中に足を踏み入れて。注視する。凝視する。花を、その間を。

 ああ。輝いているのは花ではなく、石だ。光石。小さな小さな、光の粒。それが地面に、花たちの間にばら撒かれている。それが、輝いている。


 でも、何のために。

 ふと思い当たるものがあった。この世界、この錆と埃に塗れた密集建築物の中でも野菜を見かけることがある。噂では、そういった食用の動植物を生産しているプラントがどこかの層にあるのだとか。

 ここがそれだとは思わないけれど、もしかしたら似たような作り方をしているのかもしれない。つまり、光石を利用したやり方。


 考えを巡らせながら、そっと花を摘む。鼻に近づけて匂いを嗅いでみる。濃い匂いだ。甘いような、そうでもないような、何だかクラクラする匂い。これ、これって――


「ああ~、だめだめ、駄目ですよぅ。勝手に摘み取っちゃ、駄目ぇ~」


 どこからか、ゆるぅい声が飛んできて。やや靄がかかり始めていた意識がすっと元に戻る。……すこし、頭が痛い。


「えっと、……誰?」


「聞きたいのはぁ、私のほう、なんですけどぉ。ドロボーさぁん?」


 花畑の奥から、ゆっくりと近づいてくるのは一人の少女だ。白いエプロンドレスに身を包んだ少女。長い、ゆるくウェーブした緑髪が揺れている。睨んでいるつもり、何だろうか。でも全然迫力はない。とろんと垂れた目尻や、口調、甘い声。どれを取っても怖い要素が一切ない。ただの可愛い女の子に、見える。

 でも、不思議と俺の中の警戒レベルがあがるのが分かった。こいつはちょっと、要注意だと。


「人聞きの悪いこと言わないでくれよ。盗ろうとしたわけじゃない。ただ、知らなかっただけだ。その……お前の花だって」


 とりあえず言い訳だけしておいて。様子を見る。彼女は俺から十歩分くらい離れた場所で止まって、じいっと見つめている。俺の手の中の花、そして顔を行ったり来たり。


「……ふぅん。まあ、そういうことならぁ、許してあげますけど~。それ、お花ねぇ? 商品なんですよぉ。私、花売りなんです~。うふふ」


 花売り。その言葉には隠された意味がある場合もあるだろうけれど。この場合はまあ、そのままの意味なんだろう。わざわざ、花、育ててるわけだし。

 綺麗な花だとは思うけれど、売れるのかな。需要があるから、こんなに沢山育てているんだろうけどさ。


「良い匂いでしょう? それ、普通に嗅いでも効くんですけどぉ。エキスを絞って粉にしてぇ、こう、すぅ~っと吸い込むともっと気持ちよくなれるんですよぉ。お勧め、です」


「そういうのかよコレ!!」


 ばしっ、と手に持っていた花を投げ捨てる。なんて奴だ。危険人物じゃないか。

 こんな世界で合法非合法もないだろうし、別にそれ自体を責めるつもりはないけれど。俺はやらないから。絶対。


「ああ、勿体ない……」


 悲しそうな顔で捨てられた花の行方を見つめている彼女。正直、あまり関わり合いになりたくはない。

 なるべく不自然にならないよう、且つ速やかに撤退しよう。うん、それが良い。


「私ぃ、アリリって言います~。貴女のお名前は何て言うんですかぁ?」


 先手を打たれた!

 無視して逃げてもいい。でも、何となくそれが出来ないプレッシャーがある。まだ、彼女には秘密があるのかもしれない。


「……クーリアだ」


 しぶしぶ、名前を告げる。すると花売りの少女、アリリはパァと花開くように笑顔を見せて。なんだよもう、可愛いじゃないか。


「うふふ、久しぶりに他人と会話、しちゃいましたぁ。これで二人はお友達ですね~」


 ゆるゆるだな、友情判定。

 俺は軽く溜息をひとつ吐いて、帽子のツバを少し下げた。ここはちょっと明るすぎる。


 そういえば何かを忘れている気がする。凄く大事なことだったような。……なん、だったか。


「あぁ、そういえばぁ」


 アリリ、顎に指を当てて小首を傾げて。そんなちょっとした仕草が女の子っぽい。女の子だけどさ。俺には出来ないな、と思う。


「お外、騒がしいですよねぇ。なんでしょう?」


 …………。


 ……。


「――ああっ!?」



 ◇



「クーさん! クーさん! 僕今放置プレイですか!? 興奮しています!!」


 劇場の外から、そんな叫び声が聞こえてくる。そしてズシンズシンと伝わる衝撃と。戦闘はまだ無事に続いている模様。


「お友達ですか~?」


 アリリがそう聞いてきて、俺は無言で頭を振った。


「ただのストーカーだ」


 そんな言葉をどういう風に受け取ったのやら、アリリは小さくクスクスと笑って。意味ありげな視線を送ってくる。「素直じゃないなぁ」、みたいな。違うから、そういうんじゃないから。


「それより! ここ、上に登れる道はないか。階段とかさ」


「階段ですかぁ? ええと。階段はないんですけどぉ。登れそうな所はほら、あそこ」


 そう言って、アリリは指を差す。その方向にあったのは、劇場の劇場たる場所。ステージだ。登れそう、というのはおそらくそこにある、破れてボロボロになったカーテン――緞帳ってやつ。

 考えている場合じゃない。ともかく急いで駆け寄って。ステージの上まで花畑になっているのに気付いたときは渇いた笑いが出たけれど。努めて無視して緞帳を引っ掴み、ぐいぐい引っ張ってみる。


「いけそうだな」


 そう判断して。俺はステッキをベルトに差し込んで固定し、両手を使って登りだした。思ったよりも簡単に、するすると登れる。破れてボロボロの見た目だけれど、そもそもが厚くて丈夫なものだから安定感がある。

 さして時間をかけずに一番上まで登り詰めると、そこから天井裏に入り込める隙間を見つけて、よじ登る。埃が舞うのも構わずに、進む。ステージと、壊れている外壁は正反対の位置だ。階下から漏れる僅かな光石の灯りを頼って、可能な限りの速度で走る。


 僅かな時間で壁側まで辿り着いて。砕けて穴が開いている位置を探しだす。……見つけた。

 砕けた壁は、穴が開いてはいるものの通り抜けるのは難しい大きさだった。とはいえ、今更作戦変更は難しい。それに気まずい。大分、放置しちゃったし。

 結論として、穴が小さいなら広げればいいじゃない、になった。


「せー……のっ」


 隙間に手を差し込んで、割れた瓦礫を引っ張る。ごろりごろり、少しずつ穴を広げる。ああ、もどかしい。早くしないとアイツが――


「クーさぁぁぁん! アーッ!」


 うん。ううん。


 早く行くべきか、行かざるべきか。そんな哲学的葛藤に襲われながら、どうにか通り抜けられるくらいまで穴を広げた。

 肩を縮こめて穴を通り抜け、外に出る。中々の高さだ。ここからなら十分に狙える。


 どうやらディンと『トロール・シャドー』の戦いはほぼ互角で推移しているようだった。『トロール・シャドー』の攻撃はディンに当たらず。そしてディンの攻撃は致命傷を与えられず。

 このまま続けて勝てるかどうか。予想では、恐らく難しいだろう。ディンの動きはやや精彩を欠き、体力の限界も見えてきている。やはり俺が仕掛けるしかないようだ。


「ディン!」


 呼びかけて、それだけで通じる。

 ディンは一瞬だけこちらに視線を送って。そこから、残していた体力を絞り出したかのように動きに鋭さが戻った。マシンガンのような速度で拳を叩き込み、『トロール・シャドー』を壁まで、つまり俺の真下まで追い込んでいく。


 『トロール・シャドー』が意図に気付いたか、どうか。大きく跳躍する気配を見せて、でもそれをディンが許すはずもなかった。狙ったのは膝だ。

 渾身のストレートが『トロール・シャドー』の膝を打ち貫き、砕く。たまらず膝をついて動きが止まって。


 それを確認したときには、俺はすでに空中に身を躍らせていた。

 落下。落下。ステッキを構えて、『トロール・シャドー』の脳天目がけて、一直線に。


 俺と『トロール・シャドー』が激突する寸前、ディンが奴の顎を真下から打ち上げた。その行為の意図は探るまでもない。

 『トロール・シャドー』の大きな口が、そこにある。丁度いい、ステッキをぶち込むのに御誂え向きの大穴が。


「くたばれ!」


 ステッキを両手で保持し、落下のエネルギーを得て『トロール・シャドー』の大口へと突き込んだ。奥へ、持ち手ギリギリまで奥へ。ほぼ同時に、トリガーを引く。

 ステッキ内部に仕込まれた、高純度光石が先端へと飛び出し、強烈な光を放つ。それは、階異にとって致命を及ぼす『光速の刃』だ。


 呻き声を上げながら、体を大きく揺らして。苦し紛れに腕を振り、頭にしがみ付いている俺を叩き落そうとしてくる。……流石に受けられない。

 舌打ちを残して頭部から飛び降りる。ステッキは残したままだ。当然、トリガーは固定して。


 辛くも攻撃を躱して転がりながら着地。出来た隙をディンが前に出て庇ってくれる。

 さて、これで倒しきれればいいが。


 悲鳴を上げながら暴れる『トロール・シャドー』は数秒、もがき苦しんで。

 突然頭を大爆発させて、死んだ。


 跡には『トロール・シャドー』の外皮がいくらかと、大量の錆と埃。そして巨大な光石が残されていた。ああ、それと。

 俺は真っ先にステッキを回収し、トリガーを戻した。


 ――節約、節約っと。












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