9 いい女
「今度はこんな趣味に走るとはねぇ。お見限りな訳だ。……似ているって言えば似てるけど、あんたの方がずっと若い。お肌の張りが全然違う。うふふ、それにウブだしねぇ。あたしが仕込んであげようか」
抜けるように白い肌、切れ長の目、平成ではほとんど見ない真っ赤な口紅、匂い袋なのか、鬢付け油なのか、甘いにおいが鼻腔をくすぐる。細くて柔らかい指が俺の身体を撫で回し、弄んでいる。これが江戸時代のいい女か。
小説でも読んでいるのなら夢のような話だが、実際は地獄。手足を縛られて、猿ぐつわを噛まされている俺は、声も出せずに女にしなだれかかられているのだ。前にモテモテの侍の役がよかったと望んだが、こんなシチュエーションは望んでいない。
マジで死にそうだ。
殺してくれ!!
「お艶、いい加減にしねえか。そいつ、泡吹きそうだぜ」
安兵衛は、お艶がすることを見ていたらしい。
お艶が安兵衛と特別な関係なのは、俺にしたことで察しが付く。
閉じ込められている部屋は、料理屋か旅館を思わせる広くて清潔な和室。床の間の花瓶には、深紅の椿が一輪生けられている。
「安さん!……だって、こんなの置いてすぐに行ってしまうんだもの、寂しかったんだよ」
俺って、こんなの、なの?
「なんで殺さなかったんだい?」
「ん?」
「肩に酷い痣があった。峰打ちにしたんだろう?」
「気が変わった。無益な殺生をしなくても、ここにこうして置いておけばすむことだ」
「冗談じゃないよ!」
「好きにしていいぞ」
「え?」
お艶は嬉しそうな顔をして俺を見た。彼女は思い通りにならない安兵衛の代わりに俺をオモチャにするつもりだ。殺されてた方がマシだったかも。
俺は芋虫みたいにモゾモゾ這った。
「見ろ、逃げようとしてるぜ」
「お酒、飲むかい?」
「ああ」
後僅か。これが最後の逢瀬かも知れない。俺は、部屋の隅まで行って這いずり回るのを止めた。
外には寒月。
二人は俺の存在を忘れて、差しつ差されつしている。