7 間違われた男
手先は器用な方だ。傘張りの内職も板に付いた。長屋の連中もすっかりうち解け、子供も年寄りも俺の周りに集まるようになった。
江戸の町にも少し慣れ、半次達に町のルールも教えてもらい、一人歩きの許可も出た。
『巾着切りがいるから懐のモノに気を付けるように、旦那はいつも薄ぼんやりしていなさるんだから』お袋のような半次は、俺を一人にするのがどうしても心配なようだ。証拠に、お春と二人で、バレバレの尾行をしている。
長い夢だ。しかもなんの進展も意味もない。
見られているのは半次とお春にだけではない。町中の者が俺を見ていた。彼らには、半次が言うように、異人か天狗に見えるのかも知れない。
俺は、ここで、ずっと暮らしていくのか。
若い侍がぶつかって来た。
深編み笠で顔が見えない。これが巾着切り?
侍は俺の腕を掴むと、路地から路地へ。半次達の尾行をまくつもりらしい。
歩き回るうちに彼らは付いて来なくなり、若侍は、周りを気にしながら蕎麦屋に入った。
俺は完全に道に迷った。
向かい合って座った若侍は深編み笠を取り、俺の目を見た。
智紘!!
こういう事だったのか。なんて長い序章の夢なんだ。最後に、いい目を見させてくれるのか!?
ここで説明しなければならない。
有り得ない告白の真相を確かめたくて、突然姿を消した親友を捜していた。彼が自殺したと聞かされても、どうしても受け入れる事が出来ず、南の大都市を目指していた。
“――ぼくは、ずっと君のことが好きだった。愛していたんだ”
智紘、何故そんなことを言う?
資金が底をつき、空腹のまま旅を続けていたはずだったのに、何故かこうしてここにいる――。
「――様。なぜ、そのようなお姿に身をやつされているのです?なぜ、あのような者達に付け回されているのです?大夫様の密命を帯びて居られるのですか?……なぜ、そのように涙を流されるのです?」
「……」
「……武士として、恥ずかしくないのですか、堀部様」
この時の俺は、このとんでもない人違いに気付くはずもなかった。