5 犬騒動
ピューッと飛んできた何かが、袖に当たって落ちた。
古銭だ。
真ん中に四角い穴が空いているそれには、寛永通宝と書かれている。
「銭形の旦那、このじじいと三一でさぁ」
今度は、岡っ引きの登場だ。下っ引きを二人従えている。見物人が通報したのだ。
銭形って事は――。
「神田明神下の左平だ!おとなしくお縄をちょうだいしろい!」
あららっ、ちょっと名前が違う。
「じいさん、俺達、何か法に触れる事やったのか?」
「やりそうだからしょっ引いて吐かせるんだよ。叩けば埃が出そうだぜ」
非道く乱暴な岡っ引きだ。
「助さん、少し懲らしめてやりなさい。わしは今朝からイライラして居るのじゃ」
助さん?俺の事か?
「じいさん、いらいらするのはカルシウム不足だ。年寄りは転ぶと骨折するぜ。小魚を骨ごと食いな」
「お前は訳のわからん事ばかり言い居る。わしが許す。叩き切ってしまいなさい」
穏やかな口調の割に、言う言葉は過激だ。切れったって、刀など使った事はないし、人殺しは嫌だ。それに、この刀は妖刀なのだ。抜けば何が起こるかわからない。
身体がガタガタ震えだした。
「何をして居る!その腰のモノはただの飾りか!!」
「へえ、ただの飾りなんで――」
半次が消え入るような声で言った。
「なに?」
「そいつは竹光、竹で出来たオモチャなんで」
竹で出来てる!?
竹刀と同じか。道理で軽いと思った。じゃ、少しぐらい叩いても死にはしない。
俄然、元気が出た俺は、刀を抜いて構えた。剣道は、授業でやった事がある。俺のリーチの長さは誰よりも有利だったのだ。
「小手!小手!小手!――めーん!!」
3人の十手を叩き落とした。最後の面は、左平へのプレゼント。ちったぁ真面目な捜査をしやがれ。
「旦那、何なんです?その妙ちくりんな掛け声は」
「大声を出して相手を威圧しろと教わったんだよ、先生に」
「何流じゃ?」
「知らねえ」
「覚えていやがれ!!」
時代劇ではチンピラが吐く捨てぜりふを残し、左平達は走り去った。助っ人を呼びに行ったのだろう。
「半次、追っ手が来ないうちにじいさんを家に送ってくる」
俺はじいさんを背負って走り出した。やっぱり、足の間でヒラヒラしてるふんどしが気になる。
「旦那ー!一人で行って、帰って来られるんですかーい?――てえした韋駄天走りだ!……お春ちゃん、先に長屋に戻っていてくれ。旦那ー待っておくんなせー!!」