3 定番の内職
「旦那、この長屋から外に出ちゃいけやせんぜ。1人で出歩くとまた昨日みたいに身ぐるみ剥がれる事になりやすから」
半次はそう言うと出ていった。
午前中は、おかみさん達に言われるままに水汲みだのドブさらいだのを手伝い、子供達に読み書きを教えた|(学校の成績非優秀のこの俺が)。
やる事がないから、お春ちゃんの家に行き、裁縫するのを見ていた。
「旦那、裁縫が珍しいかね?これが仕立て終わったら、旦那の縫ってやるから。その着物はつんつるてんだもんね」
屈託なく笑うお春ちゃんは可愛い。部屋の隅に座ったお春のじいさんが、心配そうにこちらを見ている。
「じいちゃん、出掛けて大丈夫だよ。このお人は見た目ほど恐くないから」
孫娘に何かされないか心配だったようだ。じいさんはよろよろ立ち上がって出ていこうとする。
「どこに行くんだ?」
「べつに」
「行く所がねぇんなら、じいさんここに横になれ」
じいさんは素直に横になった。この時代の人は侍の言う事には絶対服従なのだろうか。
触ると、身体がカチカチになっている。どうしても俺の事が恐いらしい。じいさんにとって、お春を守る事は命を懸けるって事なんだろう。
「何をするんじゃ!」
「俺、金ねえから、マッサージぐらいしかしてやれねぇ。こう見えても上手いんだぜ」
「触るな!何を――」
「マッサーじゃなくて、按摩をしてやるって言っているんだ。身体の力を抜け」
俺のでかい手は按摩向きだと、死んだ祖母さんによく褒められた|(のか?)ものだ。
「やっぱり旦那は面白いお人だ。半次さんも旦那みたいに優しければいいのに」
お春は半次が好きなのだろう。だが彼は、時代劇でもよく登場する典型的な‘遊び人’だ。正業に就けば二人は結婚出来るだろうに。
「親切な男だ」
「どうだかね。旦那がもう少し世間並みだったら、今頃何させられてるかわかったものじゃない」
「俺に出来る事だったら手伝う」
「出来ないから、置いていかれたんだよ。……用心棒か、道場破りか、大道芸か、そんな所か」
「それ、儲かるのか?」
「やりようによっちゃあね。でも」
「俺には無理か」
「旦那は按摩が上手だのぉ。……隣のごうつくババアの腰も揉んでやってくれんかのぉ――」
すっかり弛緩したじいさんは、夢見心地で言った。
「いいぜ、後で呼んで来な」
ガラガラと引き戸が開き、半次が言った。
「旦那、こんな所に居なすった。当面の仕事を用意しやしたぜ。食い扶持ぐらいは稼いでいただかねえと」
「シーッ、じいさん寝ちまったぜ」
半次が用意してくれたのは、内職だった。
これまた時代劇、貧乏浪人定番の仕事、傘張りだ。