1 ここは何処だ
有り得ない告白の真相を確かめたくて、突然姿を消した親友を捜していた。彼が自殺したと聞かされても、どうしても受け入れる事が出来ず、南の大都市を目指していた。
“――ぼくは、ずっと君のことが好きだった。愛していたんだ”
智紘、何故そんなことを言う?
資金が底をつき、空腹のまま旅を続けていた俺は――。
「旦那、起きてくだせえ。旦那、旦那」
「?」
「良かった。いつまで経っても目を覚まさねえから、心配になっちまって」
「?」
旅の途中、バイトが見つからず2日間食えなかった。公園で水を飲んで、空腹を誤魔化して立ち上がった時、立ち眩みを起こし……。
俺は行き倒れ、この親切な男に助けられたらしい。
妙な男だ。
着物を着て髷を結っている。
京都・太秦、こんな格好をした人間がいる所は映画の撮影所しか思い浮かばない。だがあの公園はもっと田舎町の、働き口もないような寂れた街の、遊ぶ子供も見あたらない公園だったはずだ。
妙に足下が寒いと思ったら、布団からにょっきり足先が出ている。子供用の布団に寝かされていたのか。
「旦那、大丈夫ですかい?いくら武士は食わねど高楊枝ったって、追い剥ぎに遭って行き倒れてちゃしょうがねえですぜ」
「武士?」
「良かった。言葉は通じるようだ。旦那でけえし、妙ちくりんな物をはいてるから、異人か天狗だったらどうしようかと思いやして。でも、鼻は高くねえし、顔は赤くねえし、薩摩か長崎のお方で?」
「俺は役者のバイトをしているのでしょうか?」
背に腹は替えられない、食わしてもらえれば取り敢えず良い、とでも思って転がり込んだのだろう。この薄汚さは旅回りの貧乏劇団に違いない。裏方じゃなくて役者をさせられているなんて、俳優の人数もままならないのだろう。俺は武士の役を演じているようだが、公園からここまでの記憶が全くない。
「バイト?何のこってすかい、そりゃ?旦那は役者くずれなんですかい?道理で手にやっとうダコがねえと思った。……こりゃ、とんだ目論見違いだ。良い儲けになると思ったのに、とんだ疫病神を拾ってきちまったのか」
男は残念そうに舌打ちをした。
「あの、俺はどんな役をやっているんでしょうか?台本を見せていただけませんか?」
「おつむまでイカレちまっているようだ。――おっといけねえ、お春ちゃん、お春ちゃん!」
慌てて立ち上がった男は、立て付けの悪い引き戸をガラガラいわせて出て行ってしまった。
「ちょっと待って!!」
俺は、慌てて男の後を追った。何もわからないまま、ここに置き去りにされては困る。
男の後を追って外に出ると、道路はアスファルトではなく、土で出来た狭い通りに、薄汚い平屋の長屋。
やっぱりここは太秦の撮影所なのか?
時代劇で見慣れた井戸の周りに、長屋のおかみさんが4〜5人、まさに井戸端会議をしていたようだ。青っぱなを垂らして、継ぎ接ぎだらけの着物を着た子供達は、口を開いてこちらを見、道具箱を担いだ大工、長屋のご隠居さん……。全員が凍り付いたようにこちらを見ている。
「キャーッ!!」
絹を裂くような若い娘の叫び声で、止まっていた時間が動き出した。
さっきの男と一緒にいる所を見ると、彼女がお春ちゃんなのだろう。土鍋を持ったまま、わなわなと震えている。
全員の視線が一点に集中していた。
俺の股間、いや、ユ☆クロの白のブリーフに。
俺はパンツ一丁で人前に立ちはだかっていたのだ。ターミネーターバージョン|(素っ裸!)じゃなかった事が、せめてもの救いだ。