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黄道十二星座の物語

イノのつぶやき――おひつじ座

作者: イプシロン

 私は罪深い悪女でございます。ですが、どうやら罪の半分は(ゆる)されたように思っております。

 あれは随分と昔のことでございます。もう何年前のことかも、定かに記憶もございません。なにしろ人々が神々の力を信じ、神々自身も意気込んで己が力を信じていた時代でしたから、気の遠くなるような昔でありましょう。ひょっとすると遥か未来のことなのかもしれません。それぐらいはっきりしない過去か未来かもわからないころのお話です。

 ある日、私はギリシャ中部にあるボイオティアというところにいる王、その王の妻となったのです。後妻です。なにがいけないのでしょうか、後妻の。そうしてばかになさるがよろしい。女たるもの、いいや男であっても、処女だとか童貞というものを厳に愛すべき人に捧げるべきである、そんなふうに考える方々は多いようですが、私はそのようなことは気にしない性分なのです。嘘です、嘘を言いました。本当は気にしていたのでしょう、気づいていませんでしたが……。

 ですから、あの子たちが憎たらしくてしかたなかったのです。もとより、私が王の愛情を一心に受けるべきものであるところのその愛情を、あやつらは私から奪っていたからです。先妻ネペレの娘ヘレ、息子プリクソスがそうです。子供はどんな子供でも可愛いものだ。嘘です。嘘に決まっています。そんな虚癖を身につけてしまうことは、これ不幸のはじまりです。なにしろ、どんな顔をしていても、先妻ネペレの顔を思い出させるからです。似ている、どこか似ているじゃないか。いつからか、立居振舞いや仕草にまで、先妻の姿を思い起こさせるものが滲みでてまいりました。そのことがいかに不愉快なことか、きっと多くの方々にはおわかりにならないのでしょう。どうして私に似てないの? なんだか腹が立つわ。

 アタマス王もアタマス王でございます。祝祭といって国民の前に立つときになれば、あの小憎らしいヘレとプリクソスを自分の前に立たせ、私は王の後ろに半身を隠して立つような始末、子供は背が小さいですから、前に立たせないと国民にお披露目できないとおっしゃいましたが、納得できようはずがありません。台座でも用意すればいいのです。はたまた、狩猟(かり)にいくとなれば、まめまめしくも、王女と王子に手弁当を作ってやる始末、私になどこれまで手料理一つこさえてくださったこともありませんのに。はたまた、晩餐会にまでヘレとプリクソスを連れ出し、夜遅くまで寝させない始末。子供は早く寝るものです、早く寝かせてあげようとするのが親心というものでしょう、けしからん王です。子供たちも子供たちです。さっさと寝るのが子供なのですから。

 先妻のネペレもネペレです。いったいどんな躾をしてきたのでしょうか。ニンフとかいう半分妖精で半分神のような女でしたから、自由気侭で天真爛漫に生きることを美徳として教えたのでしょうが、ばかな女です。私とても死人に鞭打つようなことなどしたくありません。ホホホ、私としたことが、これは失礼。

 とにかく、いなくなってしまったニンフだとかいう女のことなどどうでもよいのです。問題は私だけに注がれるべき愛情を奪っていたあの憎き王女ヘレとその上にも憎い王子プリクソスです。考えてみてください。もしもあの王子が父のあとを継ぎ、王となったならどうなるとお思いですか。そうです、わたしはあんな子供の言うことを「はい、そうですか」といって聞かなければならないのです。こんな理不尽なことがあるでしょうか。

 私は継母です、間違いなく継母です、ではあっても育ての母が息子の言うことをきいて、へえこらすることが出来ますでしょうか。できるわけがありません。私のプライドが許しません。さっきから何度も、小憎らしい子たちだと申してまいりましたが、なにもそれがあの子たちが継子だからというのではないのです。なんでしたっけ名前は? ――そうです王女ヘレと、王子プリクソスです。興奮して名前をど忘れしてしまいました。ホホホ、私としたことが、これまた失礼いたしました。

 とにかく、お伽噺にあるように、私イノは、継母だから意地悪なのでもなく、そういう役回りを演じようとしていたわけでもないのございます。ただひとえに、愛する王の愛情をこの一身に、かつまた一心に受けたいだけなのです。愛に溺れてると、死んでしまうというのなら、それでも構いません。愛が溢れてこの国が洪水にみまわれようと、知ったことではありません。それほど、私イノは、王であるアタマスを愛しているということが、わかっていただければ結構です。

 さてそのためには、どのようにすればよかったのでしょうか。考えました、昼はもちろんのこと、朝の膳の最中も、昼餉(ひるげ)を頂きながらも、夜は眠る時間をさいて、寸暇を惜しんで考えました。そして私は見つけたのです。とびっきりの方法を。そうだ、ゼウス様にお頼み申そうと。あの独占欲の塊のような、あのお方様ならきっと私の気持をわかってくださると。そう考えたのでございます。イノ、しかし待て! 私ははやる気持ちを抑えてもう一度考えました。ただお願いしても駄目でしょう。なにかそれらしい理由がなければ、いくらあの女たらしのゼウス様といっても、私の気持を汲んではくれまい。そうして思案したのです、「そうだあの手でいこう!」と。

 こんな具合です。その頃は生贄という儀式が普通にあったのであります。ですから、フヘヘ、ええそうです、みなさんもうおわかりでしょう。あの憎きヘレとプリクソスを生贄に捧げないと、国に不幸がおこる兆しがあるのです。私の一人よがりなどではありません、占い師たちもそう言っているのです。ですからゼウス様、どうかわが娘と息子であるヘレとプリクソスを生贄としてお受け取りください。そうゼウス様に申し上げることにしたのです。

 一石二鳥です。私の願いも叶えられますし、女たらしのゼウス様からしても、生娘のヘレが生贄として捧げられることを喜ぶはずですから。プリクソスはどうなる。そうですね、召使いにされようが奴隷にされようが、あるいは殺されてしまおうが、あるいは煉獄に堕されようが、それはゼウス様しだい。男子たるもの、それぐらいの試練に耐えられなくてどうしますか。いずれは一国をになう王になるべき王子でございますから。私には関係のないことです。ともかくも、完璧なまでの思いつきだったのです。私は早速実行にうつしました。

 ところがどうしたことでしょう、ゼウス様ときたら、あの憎き子供たちに金色の毛の羊を授けて、「この羊を可愛がりなさい」と言ったのです。どういうこと? しかもその金の羊ときたら空すら飛べるのです。そうです、壁に耳あり障子に目ありだったのです。先妻のネペレがゼウス様に私の計画を一部始終言いつけていたのです。それだけならまだしも、こともあろうにネペレは、私の計画を子供たちの耳にも吹き込み、金の羊に乗って逃げなさいと教えたのです。

 すっかり忘れていました、ネペレがニンフであることをです。ニンフというのは、肉体を持っているときは人間として地上で暮し、死して肉体を失うと神の国で遊び暮らしているのです。もちろん、人間の世界と神の世界を行き来することも自在です。私、すっかりそんなこと、忘れておりましたのよ。

 焦りました、があとの祭でした。小憎らしき王女と王子は金の羊に乗って逃げてしまったのです。私は地団太踏んで悔しがりました。ですが、ふと冷静になってみると、私の願いは叶っていたではありませんか。そうです、憎らしいあやつらは私の前から消え去り、私は王の愛情をこの身に受けることができるようになったのですから。

 偶然です、そういう人もいましたが、それは違います、あたくしは考えたのです、朝も昼も夜もなく。それはまるで祈るような真剣さだったのですし、そうして考えに考え抜いて、それを実行したのは私なのですから。

 まあ確かに、先妻ネペレがニンフであるとか、魂は不滅であるとかいうことはすっかり忘れていました。しかしそれも当然と言えるでしょう。どこの国に、亡くなった人のことを考慮にいれて現実的な計画を立てる人がいるというのでしょうか、いはしません。あなたは変わり者だという人もいるでしょうが、私は極めて現実的で冷静です。誰ですか!? 私のことをデカダンだとか言うのは。そういうあなたこそデカダンなのでしょう。

 とにかく願いは叶ったのです。祈りは通じたのです。不幸なことに、王女ヘレは金の羊に乗って逃走しているあいだに、羊の背から落ちて、海に溺れ死にはしましたが、その場所はヘレスポイント――ダーダネルス海峡――と呼ばれ、昨今でも人々に記憶されることとなりましたから、なんといいましょうか、羊の背にさえ掴まっていられないか弱さは、世の愚かな男どもを喜ばせる風情もこざいますので、そう悲しいものでもないでしょう。そもそも、死んで消えてしまえば、人間なぞというものは儚いものです。必死になって銅像やら石像を作ったりするものですが、虚しいものです。名前を残していったあの娘、ヘレは幸せなのです。余談ではございますが、儚いという文字は、これ人の夢と書きまする。イヌっころだって夢は見るのに、不思議なものですね。

 王子プリクソスもまた幸福でした。金の羊に乗ってたどり着いたコルキスで、乗ってきた金の羊をゼウス様に生贄として捧げ――まあこれは、お借りしたものをお返したということですが――残った金の毛皮をコルキス王アイエテスに献上して、のちに王の娘カルキオペを娶り、やがて王になったのですから。

 なんでございましょう。私の住む、この国ボイオティアにいようが、コルキスに逃げようが、プリクソスは終いには王になったということでしょう。王になるべく生まれた王子の宿命とも運命とも言えるような気がいたします。

 さてさて、地上に残った金色の毛皮についても挿話がありますが、これはそう意味ありげとは思えませんので、お話するのは控えさせていただきます。それよりお伝えしておくべきことは、神の国に昇った金の羊がどうなったのかということです。その黄金の毛をした空飛ぶ羊は、ゼウス様をはじめ、多くの神々にその働きを褒められ、やがて天に昇らせていただいて、星座となったのだそうです。

 これが世にいう、おひつじ座というものだそうでございます。


 (了)

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