ある青年と少年の話
自分の存在理由はなんだろうかと、価値はなんだろうかと、少年は空を見上げて呟く。
答えなど無いはずの問いに、人々は様々な言葉を答えとして彼に提示する。
それが尚更、この問いの無意味さを少年にたたきつけていくようで、彼は大きく溜息を吐いた。
「君はどうしてだと思う?」
青年に尋ねる少年。
無意味だと分かっているのなら、なぜ人に問うのだろうかと、青年は溜息を吐く。
「君は……」
「どんな言葉を君に向けても、君が『無意味』という言葉で返してくるのなら、回答の必要性は感じない」
冷たくも、温かくもない声で答える青年。
その瞳には、困惑とそれ以外の何かが宿っていた。
「そうか……そうだね。じゃぁ、質問を変えよう」
まだあるのか、と青年は目で訴える。
少年の無邪気な笑みが、妙に苛立ちを感じさせた。
「君は、自分自身を理解しているかい?」
ピクリ、と青年の眉が動いた。
表に出ていなかった苛立ちが、少年の目に映る。
「君が求めるのは『たった一人の理解者』」
少年はそう言うと、口元を歪めた。
「『理解』を求める君は、本当に理解出来てるかい?」
「何を……」
口の中が乾き、喉が張り付いた青年の声は、決してなめらかではない。
だが、少年は声が出ただけでも充分だといいたげな顔で頷いた。
まだ子供らしい愛らしさの残る顔に浮かぶ、大人のような笑みに、青年の肌がゾクリと粟立つ。
「『大衆の理解』と『個の理解』どちらに重きを置くか決めたまではいいと思うよ? でもさ……人が人であるかぎり、完全なる『理解』を求めるのは理想の中だけにした方がいい。第三者の目が無ければ、人は自分のいいところも悪いところも見えないのだから。それに、人が人である限り、主観というモノが消えないかぎり、君の求める『理解者』は現れないと思うよ? だって、自分でさえ理解しきれない自分を、他人が理解できる訳が無いもの。君だって思うだろう? 自分で気づいていない自分を指摘された時、それは自分ではない、相手は自分を理解していない。と」
少年の言葉が、青年の心を貫いていく。
言い返したい気持ちは膨らむが、言葉が見つからず青年の手に力が入る。
「何もかも、見方が変われば変わってしまう。ボクの問いだって同じ。存在理由も、価値も、答えも……それ故に、無意味であり、意味がある」
少年はそう言うと、青年に向かって微笑んだ。
青年の身体がぐらりと傾く。
振り向けば、そこには見慣れた扉。
黒い触手のような、手のようなモノが、青年を扉の中へと引きずり込んでいく。
少年はその様子を微笑みながら見届ける。
パタン――
静かに閉じられた扉。
少年はそれが消えていく様を見ながら口を開いた。
「理解されたいと願うのは、自分の存在理由や価値を考えるのと同じように、自然なこと。だけど……それだけに重きを置いて、他のことを蔑ろにしてはいけないんだよ。聞くだけ、見るだけ、考えるだけ、じゃいけなかったんだ。手を伸ばして、触れて、傷ついて……そうして、知識を自分のモノにすべきだったんだよ。そうすれば……」
自分の足で立つことを、前に進むことを選べたんだ。
少年は、再び空を見上げた。
つっと頬を滑り落ちる透明な雫。
澄んだ青空だけが、落ちた雫の行方を見届けていた。