拝啓、あなたへ―――――続放課後の図書館
――――拝啓――――
だんだんと暖かく、深緑の眩しい季節となりました。私とあなたが出会ったのもちょうどこのような時期でしたね。
今ではあなたと出会って二年が立ちます。お元気ですか。
私が病院のベッドの上で目覚めた時、あなたやあなたのいた世界、あの立派な図書館すらも無かった事になっていました。しかし私はあなたを嘘だとは思いません。いつまでもあの一ヶ月間を大切にします。
そう言えば私、少しは可愛らしくなったんですよ。
この二年間で四人の男性に声をかけられたんで す。けれど、お断りしました。四人は四人とも素敵な部分をたくさん持っていました。けれどもあなたより素晴らしい人はいなかった。あなたのことを思うと、私は誰ともお付き合いをする気になれませんでした。
私はこのまま大学に行っても、社会人になっても誰とも寄り添う事無く果てていくんだと思います。
なぜ、あなたは消えてしまったのでしょう。
いっそあなたのことを忘れてしまえば私は幸せになれるんでしょうか。
しかしそれは私には酷というものです。
あなたのくれた言葉が、笑顔が、時間が、全てが今の私を形作る要素として私の中のあちこちに点在しています。
あなたはあの小さな世界でいろいろな場所に連れて行ってくれましたね。
広い公園に行ってピクニックをした時はあの世界にしかいない鳥や虫や草なんかがモノ珍しくて、私はつい興奮してしまいました。あの時の事を思い出すと、つい取り乱してしまった自分が少し恥ずかしいです。
釣りに連れて行って貰った時、私は何匹も魚を釣りましたが、あなたはもっとスケールの大きいもの、地球を釣りましたね。あの時のあなたの悔しそうな顔ったら。思い出すと今でも笑ってしまいます。
商店街に行ったときなんかはこちらの世界とは違っていろんなものが安く売っていたので感激しました。
そうそう、知っていますか。あちらの世界で書かれた本、あの大きな図書館に蔵書として入っていましたよ。とある作家の本です。私はあの世界を知るまで、彼のお話は彼が空想した世界なんだと思っていました。けれど違った。彼の書いた世界はあなたのいる世界でした。彼の書いた世界が実際に存在したことに、私はとても驚きました。
こういう風にお手紙を書いている今も、あなたとの思い出が一つ一つ蘇ってきて、私はすこし寂しい気持ちになってきます。
そう言えば、あなたとは何度も口付けを交わしましたが、体を重ねたことはありませんでしたね。今思えばなぜあの時あなたをきちんと手に入れて置かなかったのかと悔やまれます。私はあなたが欲しかった。私の全てをあなたに与えたかった。
やはり私はあなたを忘れる事ができないようです。
もう一度あなたに会いたい。あなたに会うためにはなにをすればいいのでしょう。
あなたに会って、もう一度愛し合うことはできないのでしょうか。
その術があるのなら、私は迷わずあなたに会いに行くでしょう。
しかしそれが叶わないことも、私はどこかでわかっているのです。
なにせあなたと会うどころか、私はあなたのことを何も知らない。
一ヶ月も一緒にいたというのに、あなたの名前を知らないということに私が気付いたのは病院のベッドで目が覚めてからでした。
私が知らなかったのはあなたの名前どころではありませんでした。
草、虫、鳥、魚、本の作者。
私は、何も知らなかったのです。
目が覚めてそのことに気がついて、私は大変なショックを受けたのです。
その後はどうすればいいのかわからずに、しばらく廃人のように気の抜けた生活を送り続けました。
あの図書館はもうないというのに、毎日毎日足を運んではがっかりして家路につく毎日でした。
正直に言うとあなたのことを忘れようと考えたことは何度もあります。
無理をして自分を変えてみようと、あえて普段やらないようなこと、言わないような事をしてみました。そしてそんな私は、周りからは好意の目で見られました。
けれどどんなに周りから好かれるようになろうと、以前の私と変わろうと、私はいつまでもあなたのことが忘れられませんでした。
結局こうして未練がましくあなたのことを思い出しながら手紙を書いている私は、とても重く、女々しい女です。
こんな風にあなたに宛てた手紙すら、あなたを知らない私には届けようがないのに。
それなのに私はいつまでもあなたを欲しているのです。あなたが現れる日をずっと待っているのです。
もし、この手紙をあなたが読んだら、あなたは自分が愛した女がこんなに惨めな人間だったのかと嘆くのでしょうか。
私はそれでも構いません。私の思いを綴ったこの手紙が、あなたの目に触れることがあるのならば、私はそれでいいのです。
この手紙があなたに届くことがあるなら、私はそれだけですらものすごく嬉しいのです。
それだけでも叶うのなら、もう二度とあなたに会いたいなどとはいいません。
最後になりますが、私はいつまでもあなたの幸せを願っております。
――――敬具