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桃太郎少女  作者: みいとそーす
第二章
2/5

雉山

ここは、何処でしょう。


あれから、情報屋の鳥達に聞いて回ってここに着いたけれど。


桃は、周りをもう一度ぐるっと眺めた。


やはりどこにも人や獣やらが居ない。


普通なら山となれば何かしらいるのだが。


桃は、背中に寒気を覚えた。


「不気味ですね、犬ちゃん」


「…そうであるな。


獣の臭いを感じない」


土佐犬は、この不気味な山よりもいつの間にか付けられた自分のあだ名の方が気になっていた。


土佐犬の渋い容姿には、何とも似合わないのでその呼ばれ方はむずむずするのだった。


「そうなのです、鳥も何もいないなんて」


「…鬼の、せいであるようだな」


静寂さに満ちた山の木は、青々としているのに死んでいるようだ。


「そのようですね、血の臭いがします」


土佐犬も桃も、落ち葉や地面についた鉄の臭いを敏感に感じ取った。


だが、土佐犬はまだ地面に微かに残る大きな人の形の足跡を見つけていないようだ。


それが鬼の足であると、桃はすぐにわかったが土佐犬には言わずに心に留めた。


鬼の気配だけは、一晩たった今日も消えずに木の幹に染み込んでいるようだ。


血の気が引いて行くのがわかった。


それは土佐犬も同じであるようで、気を紛らすように二人は先を急いだ。



木が生い茂った道無き道は、進むごとに段々と開けてやっと人が二人歩けるまでに変わってきた。


どうやら、ちょっと前まで人が住んでいたらしい。


桃と土佐犬は、さっきから足元に茶褐色の羽根が落ちて居るのに気付いていた。

それとその周りに小さな美しい緑色の羽根が散乱している。


「これは…、


雉が住んでいたのでしょうか」


よく注目して見ると、他にも沢山あるのがわかる。


その時、桃の鼻が遠くの方でこの羽根と同じ臭いを察知した。


犬の耳にも入らない、風の吹く音より小さな鳴き声を桃は聞いていた。


「どうやら、雉のようです。


大分弱っている」


土佐犬は、きょとんと首を傾げた。


「何も聞こえないが」


不思議そうに、耳をピクピクと動かしてみるもやはり何の音も聞こえない。


「ついて来てください、助けに行きましょう」


土佐犬が桃の顔を見ようと顔を上げる頃にはもう遅かった。


次に見た時は、桃は山の麓の草原を走っていたのだから。


土佐犬が土佐犬でよかった。


土佐犬の特技は走ることである、俊敏で精悍な走りで犬ちゃんと呼ばれる犬は何とか、桃の5mほど後ろに並ぶことができた。


土佐犬は、多少息切れしながら目で桃を追う。


桃の視線の先に黒い物が横たわっている、それは光に照らされて緑に見えたりもした。


桃はそこまで辿り着くと、しゃがんでそれに手を触れた。


「…息はしている。

よくここまで生き残っていたね」


桃が少し触れたものが、雄雉であることを土佐犬は近づいて見て、初めて知った。


雄雉の眼は虚ろで、呼吸をすることも儘ならない状態だ。


すると桃がおもむろに、腰に付けた袋の中からごぞごそと何かを取り出した。


それは薄く粉をまぶした柔らかそうな団子で、

淡く桃色がかっていた。


桃はそれを少しかじって、口の中のものを雉の口に入れた。


「飲み込みなさい、すぐに良くなるから」


赤子をあやすように、桃は雉の怪我をしていない頭を撫でる。


雉は何が何だかわかっていない様子で、ただクチバシをもぞもぞと動かし、やっとのことでそれを呑み込んだ。


土佐犬の黒い瞳が少し見開いた。


驚くことにその直後、雉の小さな体の深い傷があっという間に完治して跡形もなく消えたのである。


雉は、ぴょこんと立ち上がり訳がわからないとばかりに草原を忙しく走り回る。


ぐるぐると広い草原を何周もした。


「ほら、元気になったでしょう。


かかさまの吉備団子は万能薬です」


上機嫌になったのか、片手をついて桃は逆立ちをし始めた。そのままぴょんぴょんと飛び跳ねる。


やがて雉は疲れ果てて、足をしまってじいっと桃を鋭い目で見つめていた。




ぐてっと、草むらに倒れこむ音が聞こえた。


土佐犬はその音に耳を立てて、その方をばっとみる。


「う、うう」


地面に倒れたのは、桃であった。


手足を伸ばしてへにゃりと顔を埋めている親分。


土佐犬はそこへ近付くと、桃の鼻の辺をくんくんと嗅いでみてから親分に声を掛けてみた。


「親分、どうしたのであるか」


耳元で土佐犬の息がかかり、くすぐったそうに少し笑う桃。


「いえ、犬ちゃん。


私、自分で思っていたより体力がないようです」


桃は慌てて腕をついて立ち上がろうとしたが、力が入らずすぐ元の形に戻ってしまった。


『…さっきから、何をしているのです』


二人で、楽しく笑っているとつっけんどんな声が聞こえた。


親分子分はすぐにその方へ振り向いた。


すると、ため息を尽きながら雉が話を続ける。



「少女が走り回っているなと思ったら、疲れ果てて倒れこむし。


犬はその少女といちゃつくし」


土佐犬は最後の言葉にげほっと咳き込んだが、直ぐに気を取り直し、大声で叫んだ。


「命の恩人になんて口の聞き方をするんだ。


今、そうして話ができているのも全てこの方のおかげなのであるぞ」


雉は強く迫力のある声にビクッと体を跳ねあげた。


「命の恩人…?


僕の身に何が起きていたのですか?」


桃と土佐犬は顔を見合わせた。


「あまりにも、ショックが大き過ぎたようですね」


いわゆる、雉は記憶喪失をしてしまったのだ。


『うわああああああ』


今度は二人がビクッとする側だった。


雉が鬼に襲われたことを思い出したらしい。


暴れまわるように、乱暴に羽を羽ばたかせている。


雉の羽が辺に舞った。


けれども、まだ体力が回復していないので直ぐに動かなくなった。


「思い出したようですね」


桃は相変わらず、うつ伏せになったまま顔だけ雉のへ向けた。


ふざけているようだが、本人の顔は深刻そのもの。


「…鬼は、夜陰に乗じて襲って来た。


一羽の仲間が海辺に鬼がいることを知らせて来た時にはもう遅かった。


僕はすぐ鬼に襲われ、瀕死状態になった。


鬼は死んだと思ったんだろう、僕も死ぬと思いましたよ。


僕を襲ったのは小鬼だったことが幸いでしたね」


雉は乾いた笑い声をあげた。


土佐犬は雉の方を一切見ないように目を伏せていた。


桃はただ何も言わずに、雉の言葉を待った。


雉が笑い声をあげたことに対して、だれも責めようという心はなかった。


「 倒れている時に、親分鳥をはじめ他のみんなが山に逃げて行くのが見えた。


雉の直ぐ後ろに鬼はいた。


僕を襲った小鬼もその後を必死で追いかけて行きましたよ」


雉はそれまでいうと、笑いながら桃に近づいて行った。その瞳の奥は悲しみと憎しみでいっぱいいっぱいだった。


「なあ、見たんでしょ?山の中。


僕の仲間、みんなやられてたんでしょ」


ね?ね?と何度も何度も桃に問いかける。


桃の手のひらにぎゅっと力が入る。


何も答えられなかった。


そんな桃を見てなのか、土佐犬が重たく口を開いた。


「確かに、山の中に鳥は一羽も居なかった。


だが、断定はできない。


お前のように生き延びた者が居るかもしれない」


雉は土佐犬に対して何か答えようとすることもなく、少し笑った。



「何で、僕が生き延びたんでしょうね。


僕なんか、何の役にも立たないのに」



“どうして僕が生きているんだろう“


雉の心の中にかかった深い深い靄は晴れなかった。



「確かに、今は役立たずかもしれません。


でも少なくとも、生きているからこそできることが何かあるのではないでしょうか」


桃は自分でその答えを確信するように、こくこくと頷いた。


ぐっと両手に力を入れて、ようやく体を起こすと地面に正座をして雉と向かい合わせになる。


「雉さん、私たちと共に鬼ヶ島へ行きませんか。


行って、鬼を退治するのです。


それが、残されたものにできることではありませんか」


雉の深くかかった靄に、ほんの少しだが一筋の光が差した。


「ふっ、まあ独りは嫌ですから」


素直じゃない返事、雉らしかった。


桃は、優しく包み込むように雉を抱いて笑った。


「それでは雉さん、あなたは今から私達の仲間です」


土佐犬も、そっと手を雉に乗せた。



「ちょっと、ちょっと待ったあ!」


にわかに、何者かによって一人と二匹が地面に押し倒された。


「…なんですかあなたは」


雉がいかにも迷惑だと言わんばかりに押し倒した犯人の顔を見る。


その犯人とはまさしく、赤い顔をしたニホンザルだった。


「俺を、俺を仲間に入れてくれ」


猿は三人の中から桃を見つけて起こすと、その前に土下座をした。


「いいですよ」


桃は猿のきらきらした眼差しを見て一瞬で答えを出してしまった。


土佐犬と雉は桃を見て固まっている。


けれども一番拍子抜けしたのはこの猿らしい。


何でも、この猿は三人を見つけた時から一人で土下座の練習を頭の中で幾度も繰り返し行っていたのだから、もう少し悩んで欲しかったという面持ちだ。



「あれ?なぜだか浮かない顔のように見えますが…」


桃は土佐犬と雉の顔をみて、瞬きを数回した。


それを見て雉は桃が困っているのに気付いたらしく、


しばらく考え込んでから、はっとひらめいたように桃の耳にこそこそとそれを教えた。


桃はそれを聞き、困ったように腰に付けた袋を触る。


吉備団子をあげたいけれど、あいにく“食べるだけ“の物がない。


桃は溜息をひとつして、猿の顔を見た。


「わかりました、吉備団子が欲しいのですね。


どうしても、どうしても食べたいと言うのなら差し上げましょう」


猿はごくりと唾を飲み込んだ、さっきからその袋からいい匂いがぷんぷんと鼻に漂っている。


あまじょっぱいきな粉とほのかな桃の香り、どうやらこれは動物たちに万人受けのようだ。


だがどうしてそんなに、どうしてもと念を押すのだろうか、猿にはわからない。


猿のお腹がぐうと腹を立てた、もう我慢ならない。


「どうしても、どうしてもその吉備団子が食べたいです」


もう先のことなどどうでもいい、今は目の前の空腹だけを何とかしたい。


わかりましたと、桃は腰の袋を外して手のひらに何個か団子を乗せた。


雉にあげた団子とは、少し違う茶をまぶしたような色のものと一つは小豆のような色をしている。


「もう、数はこれだけです。


みなさんで食べましょう」


このお猿さんだけに食べさせるのは何とも可愛想、私達も道連れです。


桃は猿犬雉と順々に回って食べさせた。


最後に残った物を見ると、桃は意を消してそれを飲み込んだ。


























































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