ショート・ショート その4 走ル
(仮)実験的試み
新入社員として入った会社を一年で辞めると、毎日することがなくなった。
いや次の就職先を探さなければならなのだが、どうにも活力が湧いてこない。
幸いにも仕事漬けで貯金の額はかなり貯まっていたし、失業保険も受け取れそうだった。
しばらくは日帰りの旅行に行ったりもしていたのだが、だんだんと家から出ない日々が続いていた。共に暮らしている両親の視線が痛い。
……そんな生活を秋まで送っていたら見事に太ってしまった。
病気は避けたい。
会社を辞めたことを彼女に伝えたら簡単に別れられてしまった。つまり自分を看病してくれる人間はいないのである。
これではいけないと思い、学生時代に購入したグレーのスポーツジャージを押入れから引っ張り出した。
お腹まわりが少しキツイが痩せれば許容範囲内だ。
さっそく翌日からジョギングを始めることにする。
朝の五時。携帯電話にセットしたアラームが鳴った。前日は日付が変わる前に寝たのでさほど眠くはない。
うがいをし、水道水を飲むとさっそくジャージに着替えて家を出た。
太陽はまだ姿を見せず辺りは薄暗く、肌寒かった。
まずは準備運動を開始する。
膝を曲げ、脚を広げ、腰を動かす。手首を振り、首をまわし、アキレス腱を伸ばす。身体が少し温まる。
準備が整うと門を出た。
早朝の住宅街は静かで寝ている気配が感じられる。なのでなるべく静かに通り過ぎるように心がけて走る。
住宅街を抜けるとスーパーの裏を通って駅の脇を抜ける道に入る。
スーパーの裏には大型のトラックが止まっていた。商品の搬入をしているのだろうか?
スーツ姿の男性がチラリとこちらを見るとそのまま駅へ向かって歩いて行った。
人と出くわさないように早く家を出たつもりだが、恥ずかしいやら、申し訳ないやら、自己嫌悪やらで少し走るペースを上げた。
駅の脇から道なりに走ると川に行きつく。橋を渡らず手前にある公園に入って行く。
アスレチック遊具が置いてある公園で雲梯を見かけたので試してみたが途中で手を離してしまった。
うん、次に来る時また挑戦しよう。
公園を抜け、川沿いのサイクリングロードに出るころには空の向こうが薄らと明るくなっていた。
下流へと続く道に進路をきる。
走りながらウォーキングやランニングしている人を何度か擦れ違った。軽く頭を下げたりして挨拶をする。
野良猫がじっと通り過ぎる人を観察していた。犬の散歩をしていてもお構いなしだ。
その野良猫の横を通り過ぎるときに軽くピースなどをしてみたが全く相手にされなかった。残念だ。
いくつか橋の下をくぐるとトンネルが見えてきた。
電球が乏しいトンネルを抜けると海から吹く風と共に潮の匂いが吹き抜ける。太陽が昇っていた。
そのまま浜辺沿いの道を走る。走るときは前方を見るようにしていたつもりだが気が付くと地面を見ていた。
顔を上げる。
青い光景が飛び込んできた。
どこまでも広い真っ青な空と海に白い雲が散っていた。 空がとても高く感じられる。
吹き抜ける風が気持ちいい(息は苦しい)
波の音が心地よい(喉が張り付く)
潮の匂いが鼻を突く(汗が額から落ちる)
太陽の煌めきを肌に感じる(脚は重い)
走って行く。
どんどん走って行く。
どこまでも走って行けそうな、そんな気がした。
おわり
誤字・脱字が多々あるかもしれませんがご容赦お願いします。
発見しだい修正します。