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1.里帰りと悪夢


ベネエラ歴 1252年


世界は人や動物、自然に害を成す“魔の物”の降臨により混沌とした時代を送っていた。


魔の物の襲来により大地は枯れ、湖が干上がり、動物や人はその肉体を、魂までもを喰い尽くされる。


よって魔の物は忌み嫌われ、人類の世界の天敵とみなされていた。


世界は彼奴らの研究を進め、把握できうる魔の物の情報を手に入れた。彼らの中でも階級が存在し、能力のある者はそれこそ人のように意思を持つと言われていた。


だが、人がそれを見たことはかつてなかった。


一体何故、世界を脅かす魔の者が誕生したのか、そして彼らの誕生地、真の目的は、謎に隠されたままだったのだ-----












****



「ただいま、故郷……なんてな」


少年の名はアルディン。彼は生まれてすぐ両親に捨てられ小さな村の修道院に保護された過去を持つ。


親の顔を知らずとも、彼は拾われた修道院で人と人との思いあるふれあいの満ちた生活により、荒むことはなく、己の正義を持ち立ち向かう立派な少年に成長してきた。


周りに女性しかいない環境で育ったため、その性格は大人しくなるものかと思われたが、彼はそれとは反対にたくましく育った。


そんな彼は成人の歳を迎えたため、故郷を離れ、帝都まで出稼ぎに行っていたのだ。


「さて……」


アルディンの現在地は森の中。旅人が訪れれば一度は迷うだろう、その森の唯一の目印である大木からまっすぐ南へ向かえばそこが彼の故郷、ザグレブがある。


寄り道をしている暇はなかった。懐かしい家族たちとの再会に、柄でもないと鼻を擦り誤魔化しながら、アルディンは大木から真っ直ぐ南に向かった。









***


「なんだよ…コレ…」


それが自分のつぶやきだと認識出来ないほど、掠れたアルディンの声。


彼の目の前に映った光景は信じられない、信じたくないものだった。


村の木々は枯れ落ち、草は焼き焦がれ黒い消し炭のように散らばっている。村の周りに流れていた小さな川さえ、汚れた土にまみれ濁りきっていた。


見たくない光景の中に黒以外の濁りも存在していることが耐えられない。


崩れきった家屋の間に埋もれたたくさんの影たち。


「………嘘、だろ」


心臓の音が耳のすぐ側で響いた。せりあがってくる衝動の正体がアルディンには分からない。分かりたくもなかった。


動揺、焦燥、怒り、哀しみ。当てはまる言葉が見つからないままアルディンの思考は停止していたが、建物の一部が崩れた音にハッと肩を揺らした。


「誰か!誰かいないのか!?」


アルディンは走り出した。酷い惨劇を思わせるその場所は世界から切り離されたように静か過ぎて、彼の声と足音だけがいつまでも響いた。


走っても走っても、響くのは自分の靴の音と荒く繰り返される息遣いと、今にも掠れそうな叫び声。


返ってくる返事がないのではないかと彼の頭の片隅に絶望が浮かんだとき、少女の悲鳴が聞こえた


「キャァアア!!」


「!?」


それが誰のものでもアルディンは駆けだしていた。声はそう遠くなかった。間に合え、そう願ってアルディンは走った。


崩れた家屋を避け、最短で訪れたその場所は彼の育った修道院の前だった。他の建物とは違いそこだけは少し崩れかかった程度で全壊していなかった。


そのことにホッと息をつきながらも修道院の裏から誰かが駆けてきたことに気付きアルディンは傍に走った。


「おい!大丈夫か!?」


「っひ…!」


後ばかり気にしていた少女がアルディンの姿を捉える。年頃の少女にしては短めの髪を揺らし、怯えた瞳はアルディンを映し、尚まだ恐怖を拭い去れなかった。


全てが恐怖の対象になっているのか、少女はアルディンさえも避け、逃げようとさえ見えた。


「おい…!」


少女に敵意はないのだと手を伸ばそうとした刹那、大きな足音に彼は肩を揺らし、背中に背負った大剣に手を伸ばした。


「……!」


予測した通り、少女に続くようにして修道院の裏から現れたのは牛の角よりも歪で、狼よりも鋭い牙を持ち、大男よりも二周以上大きい体は毒々しい紫色に変色された魔の物だった。


低く唸る獣声、口の端から垂れる涎は地に落ちるとジュっと嫌な蒸発音を立てた。


アルディンは初めて見た魔の物を目の前に波打つ心臓を懸命になだめ、浅い呼吸を繰り返す。そうすることで戻ってきた判断力で少女の危険を回避することが一番だと決断した。


「こっちだ!」


「あっ…!」


少女のか細い手首を掴み、走りだす。廃墟の間をくぐりぬけていけば相手の動きを少しでも翻弄出来ると思ったからだ。


ああも広い場所で少女を護りながら戦う術をアルディンは知らなかった。だったら初めから障害物の多い場所で少女を隠しながらなんとかしよう、まだ若輩者と言われようとアルディンは決断力と冷静さに兼ね持つ少年だった。


崩れかけの家屋の陰に隠れた二人は荒れる息を整える。


「…っは、アンタ、どうしてこんな場所に?」


「ひ、えっ…えっと、私は、…その…っ」


少女の方が息を整えるのに必死だった。アルディンから話しかけられるとは思ってなかったのだろう。怯えた態度は変わらず、肩を揺らし、顔を蒼白にしたまま回らない口で話した。


助けたのに怯えられてしまっている状況は誰にでも好ましくないだろう。もちろん印象は良くない。支えられながらの生活だったとはいえ、自分でやれる事は限りなく自分でやるという生き方をしてきたアルディンからすればただ怯える少女は弱く、少し彼をイラつかせた。


「あー…まぁいい。そんなことは後で……いいか、あの魔の物が来たらすぐに違う場所に隠れろ、背を向けた姿は見せたらダメだ。アンタに狙いが行くから」


言葉通りにしてくれればいい、そう思いながら言ったのだが、少女は予想とは違った反応を見せてきた。


「あ…あの…じゃ、あ…あ、貴方はどう、するんですか…?」


「え?」


初めて、その時初めて、アルディンと少女の視線が重なった。その瞬間はまるで不思議な時間だった。


幼い頃から人類の、世界の敵と呼ばれる魔の物。村を破壊し、自分の全てを奪った存在が追ってきていて、最大の危機だというのに。


アルディンはまるで己の目に映る少女の瞳に吸い込まれていく気さえする程、少女に目を奪われたのだ。


ガシャアアアアアン!


「「!!」」


彼らのすぐ横の瓦礫が吹き飛ばされた。轟音と共に訪れたのはもちろん魔の物だった。


「っくそ!」


においでアルディンたちを追ってきたのか、魔の物の視界は確実に彼らを狙っていた。


こうまで接近されては少女を逃がすことさえ出来ない、最悪の状況がアルディンに降りかかった。


大剣を構えるも、街の外で聞いた噂では人間の武器は魔の物には通じないという話だった。それが本当なら、アルディンは無力だった。


魔の物が距離をつめ、じりじりとにじり寄る。アルディンたちに逃げ場はない。瓦礫に囲まれ、足場は最悪。背を向ければそれこそ一撃だろう。どの道、このままでは同じ運命なのかもしれないが。


魔の物が興奮からか、咆哮し、爪を振りあげた。アルディンは無駄でも構わなかった。大剣を掲げ、防御の姿勢を取った。


ギャイイン!


金属と爪がぶつかる鈍い音。明らかに固い物同士がぶつかり合い、せめぎ合う音。


アルディンは重くなった大剣を支えながらまだ自分の身が傷ついていないことに驚く。そっと目を開いてみると、信じられない光景が広がっていた。


大剣が光を放っていた。光に包まれた刀身が魔の物の爪を互角に防ぐ程の威力を大剣に、アルディンに与えてくれていた。


その光は一体どこから、アルディンがハッと首を動かし、背後を見ると震えているばかりかと思われていた少女が力強く目を瞑り、杖を掲げ、呪文をつぶやいていた。


「彼の者に御する力を、盾を、聖なる守護を……!」


「…アンタ…!」


彼女のどこにそんな力が秘められていたのか、アルディンは驚愕の表情を浮かべながらも、退かない魔の物の力を防ぐのに必死だった。


魔の物の一撃を防ぐことは出来ても、ここからまた間合いを取られ、襲われでもすればそこまでだ。


「…!」


アルディンの嫌な予感は当たり、魔の物はこれ以上の競り合いは無為と悟ったのか、距離をとり、第二の攻撃態勢へと移った。全方向に歪に曲がりくねった角を武器に、魔の物はアルディンたち目がけて突進してきたのだ。


「(ここまで――なのか…!?)」


全てを奪われ、その上、少女も護ることが出来ず、一生を終えるのか、アルディンは生まれて初めて絶望を感じた。


せめて、一瞬でもいい。少女の盾になることが出来たら、アルディンはどう見ても足りない大剣の面積を前へ構え、最後の時を待った。


「あっ……!」


少女もアルディンがそのままでは危険と感じたのか、腰が砕けてもおかしくない恐怖の中からその手を伸ばした。


時は止まらない。アルディンの間合いに魔の物が入った。


その時だった。


「どっりゃあああああ!!」


少女の後にあった瓦礫の上から一つの影が奇妙な掛け声と共に現れたのだ。影はそのままアルディンの頭上を飛び越え、そして、魔の物の角ごと頭を蹴り砕いた。


魔の物は短く低い唸り声を漏らし、そのまま大きな体を重力に任せ、地に倒れた。砂煙が舞い上がり、乱入者である影をも覆い尽くした。


アルディンは乱入者の存在に驚くも、少女が無事なことを確認し、その手を取った。


「俺から離れるな」


「は、はい…」


少女は為すがままにアルディンに手を取られ、砂煙が晴れるのを待った。


景色が広がり、完全に晴れる前に声が響いた。


「決まった!今の蹴り、見た!?やっべえなあ、気持ちいいぐらいにすっかーんと!」


ひっく、男の陽気な声が聞こえたその後すぐに喉の鳴る音。砂煙が完全に晴れ、アルディンたちの前に現れたのは短く刈りあげた茶髪を照れながら掻く、青年だった。




END






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