陽だまりの朗読会
「オフィーリア、行くよ」
ユーリを抱きかかえたウィリアムとライアンが、外遊びの誘いにやって来た。しかし、オフィーリアはつんと澄まして答える。
「わたくし、気分が優れませんの。残念ですけれど、よしておきますわ」
「ふうん、そう。じゃあ、お大事に」
兄たちは心配する様子もなく、あっさりと去って行った。妹の仮病などお見通しなのだ。
オフィーリアはドアに耳を押し当て、足音が完全に遠ざかったのを確認してから部屋を抜け出した。向かうは、リュシアンが休む客間だ。
コン、コン、コン。
控えめなノックの音に、リュシアンは上体を起こして「どうぞ」と応じた。カチャリと開いたドアの隙間から、小さな女の子が顔を覗かせる。
リュシアンは思わず苦笑して問いかけた。
「どうしたんだい?」
「お加減はいかがかしらと思いまして」
「ありがとう、大丈夫だよ。少し休めば元通りさ」
「それは重畳でございます。わたくし、その……」
「ん?」
「陛下がお退屈されているのでは、と案じておりましたの」
リュシアンは、オフィーリアが大切そうに抱えている大きな本に目を留めた。
「ふふ、その通りだ。とても退屈していたところだよ。君は実によく気がつくレディだね」
「あら」
褒められたオフィーリアは、ぱっと頬を赤らめた。
「どれ、私が読んであげようか」
リュシアンが本に手を伸ばしかけると、彼女は首を振った。
「いいえ、陛下のご退屈をお慰めするのは、わたくしの役目ですわ。立派に果たしてみせます」
オフィーリアはベッド脇の椅子に一生懸命よじ登ると、膝の上で大きな本をパカッと開いた。そして、幼いながらも朗々と、声色まで使い分けて読み進めていたが、しばらくすると困ったように眉を寄せた。
「どうかしたかい?」
「……このままでは、陛下に挿絵をお見せできませんわ」
「いや、いいんだよ。君の朗読がとても上手だから、それだけで十分楽しませてもらっているよ」
「いいえ、絵がなくては面白さが半減してしまいます。困りましたわ……」
思案に暮れる小さな淑女に、リュシアンは提案した。
「では、私の隣に座るかい?」
「よろしいのですか?」
オフィーリアの瞳がキラキラと輝く。リュシアンが控えていたメイドに目配せすると、オフィーリアはひょいと抱え上げられ、リュシアンの隣にそっと置かれた。
彼女は靴を脱ぎ、もぞもぞと動いて収まりのいい場所を探す。リュシアンが腕を上げて迎え入れると、オフィーリアはその懐にぴたりと収まり、見上げてニッコリと微笑んだ。
その愛くるしさに、リュシアンは胸を突かれるような思いがした。
(娘というのも、これほど可愛いものか……)
息子のユーリは五歳。まだ赤ん坊の面影を残す無邪気な盛りだ。対して、たった一つ年上なだけのオフィーリアは、こうして客人を精一杯もてなそうとする「小さな淑女」である。亡きシグルドは、これほど愛らしい娘を残して逝くのがどれほど無念だったかと、彼は静かに心を痛めた。
やがて王妃がリュシアンの見舞いに訪れると、そこにはリュシアンに寄り添ってスヤスヤと眠る我が子の姿があった。
「まあまあ、本当に申し訳ございません。ご迷惑を……」
恐縮して詫びる王妃に、リュシアンは穏やかに首を振った。
「いいえ。私も、こんなに可愛い娘が欲しくなりましたよ」
オフィーリアは、かつてないほどの幸福感に包まれて夢の中にいた。
のちにリュシアンとユーリが帰国する際、彼女が「一緒に行く」と言って泣きじゃくり、周囲を大いに困らせることになるのは、もう少し先の話である。




