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君が淑女になる日まで  作者: 空丘ジル


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王女オフィーリアの誤解と国王リュシアンの困惑

「オフィーリア、泣かないでおくれ。……いいかい、君の婚約相手は私ではなく、息子のユーリなんだ」

「ぐすっ、ひっ……。わたくしがお気に召しませんのね? 悪いところは直しますわ、陛下! ですから、どうか婚約破棄(?)だけはご勘弁を!」


 オルタンシア王国の国王リュシアン・オルタンシア(40歳)は、必死に宥めながらも、内心で深い溜息をついた。

 目の前で涙を浮かべるのは、隣国聖ブリタール王国からやってきた王女オフィーリア・ブリタール(16歳)。可憐な少女の猛烈な誤解を解くのは、至難の業だった。


 そもそも、両国は古くから関税や関所すら撤廃するほどの蜜月関係にある。今回、オルタンシア側から打診したのは間違いなく「王太子ユーリと王女オフィーリア」の縁談だった。……はずなのだが。


 異変は昨日、彼女が到着した瞬間に起きた。

 豪華な馬車から降り立つオフィーリア。まさに天使か妖精かを具現化したような眩く神々しいほどの姿に、ぼーっと見惚れながらも真っ先に手を差し出したのは、若き王太子ユーリだった。しかし、彼女は差し出された「婚約者候補」の手には目もくれず、頬をバラ色に染めて真っ直ぐに歩み寄ったのだ。――背後に控えていた、国王リュシアンのもとへ。

 その場にいた全員の頭上に「?」が浮かぶ中、オフィーリアはリュシアンを見つめて、戸惑いながらも差し出されたリュシアンのその手にうっとりと自身の手を重ねた。

 一方、故意ではないとはいえ無視された形となった息子ユーリは、宙に浮いた自分の手を見つめて苦笑いし、きまり悪そうに頭をガシガシと掻くしかなかった。


 どうやら、致命的な情報の行き違いがあったらしい。

 こちらオルタンシアは「王太子の婚約」と伝えたつもりだったが、あちらブリタールでは「国王リュシアンの再婚」と解釈されていたようなのだ。

 確かにリュシアンは11年前に王妃を亡くしており、身分の上では独身だ。だが、自分は40歳で、彼女は16歳。

「息子の嫁を奪った愚王」という不名誉な逸話は、歴史上枚挙にいとまがない。

(ありえない。そんな破廉恥な真似ができるものか……!)

 リュシアンは、己の良識と、あまりにも純粋な「お父様大好き」オーラを放つ少女の熱視線の間で、かつてない国家存亡の危機さえ感じていた。


「陛下、わたくしのことは愛していただかなくても結構なのです。亡き王妃様を今でも大切に想っていらっしゃること、すべて覚悟の上で参りました。その代わり……わたくしが一生、陛下をお慕い申し上げる所存ですわ!」

 いや、困った。

 本来なら「息子の嫁」になるはずの少女に、ここまで真っ直ぐな瞳で愛を誓われても困るのである。

「それにわたくし、ご子息のユーリ様の子育ても精一杯頑張らせていただきます!」

「……いや、オフィーリア。ユーリは君より一つ年下なだけだよ?」

「あら、良かった! 年下なのですね。もし年上だったら、どうやって子育てをしようかと悩んでおりましたの」

 やはり、話が通じない。


 リュシアンとオフィーリアの出会いは、十年前まで遡る。

 当時、ブリタール聖王国の国王であり、彼女の父でもあったシグルドが、領内視察中の土砂崩れという不慮の事故で急逝した。


 その報を受け、リュシアンは即座に彼らを見舞う決意をした。

 一年前、リュシアンが事故で最愛の妃を亡くした際、シグルドとその長男トリスタンは真っ先に駆けつけてくれた恩人だった。彼らは混乱する国を治めるため奔走するリュシアンを支え、幼いユーリを世話し、自分を後回しにしがちなリュシアンの心の拠り所となってくれたのだ。

 今度は自分が、悲しみに暮れるブリタール王家を支えたい。


 忙しく弔問の準備を進めていたリュシアンがふと足を止めると、トリスタンから贈られたクマのぬいぐるみを抱きしめ、不安げに自分を見つめる息子ユーリの姿が目に留まった。

 母を亡くして一年。ようやく元気を取り戻しつつあった五歳の息子にとって、父である自分の不在は、再び孤独の影を呼び寄せてしまうだろう。

「……一緒に、遊んでくれたトリスタンに会いに行くかい?」

 思わずそう問いかけると、ユーリの顔にぱっと安堵の微笑みが浮かんだ。

 幼児には過酷な長旅になるだろう。だが、見知らぬ土地の景色に触れることで、母を失った寂しさが少しでも紛れるのなら。

 リュシアンは決意した。この旅を、自分たち親子、そして隣国の人々の心を癒やすための第一歩にしようと。

 よもや、その旅先で出会った幼き王女が、十年後に自分を「再婚相手」としてロックオンするなどとは、夢にも思わずに。


 数日にわたる旅路の果て、ブリタール聖王国に到着したリュシアンたちを待っていたのは、深い静寂だった。国中が王の死を悼み、重苦しい喪に服していたのである。

 シグルドの遺族たちは、遠路はるばる駆けつけたリュシアンとユーリを、深い感謝をもって迎え入れた。長男のトリスタンが、沈痛な面持ちながらも家族を紹介していく。母のグランデーヌ、弟のウィリアムとライアン、そして――末妹のオフィーリア。


 まだ幼い王女を前に、リュシアンは用意していた贈り物を取り出した。オルタンシア王国の特産である最高級の羊毛で作られた、柔らかな羊のぬいぐるみだ。

「わあ、かわいい……」

 オフィーリアは小さく呟くと、愛おしそうにぬいぐるみに頬ずりをした。そして、幼いながらも気品を漂わせ、見事な所作で深く頭を下げた。

「陛下、心のこもった贈り物をありがとうございます。心より感謝申し上げます」

 その純粋な瞳に、リュシアンは一時の安らぎを覚えた。しかし、この愛らしい少女が、自分に対して「運命」を感じてしまう決定的な瞬間がすぐそこに迫っているとは、この時の彼はまだ知る由もなかった。

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