勇者のバイト先を偵察しに来た魔王 〜愛しのビーフシチュー〜
勇者が来ない。
「暇じゃ〜」
「暇ですね、サイモンヌ様」
あまりにも暇で仕方がない我に、相棒のラビットマンがサンドイッチを作ってくれた。スパイスの効いた羊肉はカリカリで、噛むたび肉汁が染み出てくる。レタスは瑞々しく歯ごたえが良い。
さすが魔王になる前からの友じゃ。ラビットマンの作ってくれたサンドイッチは好きじゃ。我の好みをおさえておる。
しかし……、
「あー、勇者とか英雄とか。どうして来ないんじゃろ? 我に恐れをなして逃げたのかー?」
こうも平和じゃと、我が居る意味がないからのぅ。なんてったってこのサイモンヌは五百年前に世界を制した魔王なのじゃから。
「──魔王様、魔王様!」
手下の猫又が我の元へやってくる。
猫又は、
「勇者、居た! けど、バイトが忙しいみたい!」
舌っ足らずで言いながら、気まずそうに続けた。
「魔王様。百年くらいニンゲン、放置して、ぐうたらぴー、だから、忘れられてますー!」
猫又は身振り手振りで、必死に意思疎通しようとしている。なるほど、忘れられていた、と。
忘れられる。
それは、魔王としてはマズイ。
エルフと同じ感覚で時を過ごしているうちに、人間に存在を忘れられるとは……屈辱じゃあ!
「我が安眠枕と檜のベッドで眠っていた間に、我の恐ろしさを忘れたのか人間めー。許せぬぞ……ラビットマン。勇者のバイト先を偵察しに行くのじゃー!」
「はい」
ラビットマンの提案で、我は貴婦人の姿をしたのじゃ。ラビットマンを本物の兎に変えて肩に乗せて……、
(完璧じゃ!)
ガッツポーズ。
久々の外出。楽しんで来るのじゃ! 勇者め、震えて待っているのじゃぞー!
「あの……魔王様、ボクは……」
猫又がオドオドしながら質問する。
「お前は床を磨いておくのじゃ」
「は、はい〜!」
我はそう言うと、勇者のバイト先に向かった。猫又の情報じゃと、勤め始めて3カ月くらいらしい。くくく、邪魔してやろうぞ。
(味に難癖つけたり「マンドレイク入ってたのじゃ」とか言ってみたりするのじゃあ♪)
ふふ、さすが我。悪よのう……!
◇
喫茶『アンドリュー』
──カランカラン、
木の匂いが心地いいのぅ。物静かな髭の者がコーヒーを淹れる音が聴こえてくるのじゃが、何とも言えんワクワクが湧いてきたのじゃ。
(ラビットマン、あれが勇者かの)
「……サイモンヌ様、もう少し観察しましょう。あと座るときにガニ股はダメです。レディとしてお振る舞いください」
(うむ……)
ちょこん。
ううう、気取って貴婦人に成ったのは良いものの、どうも動きづらい。
「いらっしゃいませ、僕は勇者役のハレです」
「お、おほほ……そうですの、勇者役とは何かしら。流行っているの?」
勇者役?
やっぱり勇者は居るのじゃな?
しかし「役」とは何なのじゃ。人間は、我を忘れたのではなかったのか。
「ここはコンセプト喫茶店なんです。あ、魔王役もいますよ。アメーダと言うのですが」
「……アメーダ」
目線の先を追うと、黒いゴシックドレスを着た若いおなごが立っていた。
(我、あんな攻めた服など着ないぞぅ!)
人間は、しばらく見ないうちに堕落したのー。
そうだ、思い出した。要らぬ変革をもたらす人間を統べるべく、かつては魔剣を握ったのだ。魔術だって努力して難しいのをたくさん覚えた。
いっぱい、いっぱい。
血の滲むような努力をしたのじゃぞ!
だから、
「イメージと違いますわね。魔王って、とても強くて凛々しいのかと思っていましたわ」
と言ってみたり。
我の言葉にハレは笑いながら、
「魔王なんて、今の時代は、一つのコンテンツですよ? 本当に怖いのは、突然キレ出すエルフくらいです」
水を我のテーブルに置く。
ゆるく揺れる中身を見つめつつ。
(ジョーク……なのかのぅ……)
確かに感情の抑揚が少ないエルフがキレたら怖いのはわかるが……我だって怒ったら怖いぞぅ?
それに、我を忘れた上に、魔王をコンテンツ呼ばわりするとは……。
(お客様は、あの魔王だぞー!)
ぷんす。
まぁ良い。所詮こいつらの出す物など、ラビットマンの料理はおろか、猫又のねこまんま以下じゃろうて。
「オススメは何かしら?」
我が訊くと、ハレはメニュー表を広げてある文字を指差した。我はそれを食べることにした。
◇
「お待たせしました。ビーフシチューです」
ビーフシチュー。鼻に抜けるコク深き香りが心地いいのじゃ。さっそく食べてみる。あち!
「うむむ……まぁまぁ美味しいわ……」
……、
…………。
(めちゃくちゃ旨いのじゃあ!)
ビーフはスプーンの重みで解けて、繊維の奥深くまで染みている。グラッセのように甘いニンジンも、アクセントになっておる。
(むむむ……人間のくせにー、こんな旨い物を作れるのかぁ。いっそのこと部下にしちゃおうかのぉ)
観察する。
ハレとアメーダは、兄妹らしい。しっかり者のハレは器用に客をさばいておるが、アメーダは丁寧……というより不器用な対応をしている。
しかし、アメーダの対応の不器用さが『かわいい』とウケて居るのだとか。
(ラビットマン、我。アメーダ嫌いじゃ)
「左様でございますか」
よし、嫌がらせしてみるのじゃ。
対象はアメーダじゃ!
「あの、アメーダさん」
「はい〜追加オーダーですか?」
「貴女の精一杯の『かわいい』を見せてくださる?」
「……え!?」
ふふ、驚いておる驚いておる。
何が『かわいい』じゃ。人間のおなごに、特別な魅力など感じぬわー。
「えっと……じゃあ、紙ナプキンにお絵かきしますね! はい、兎さん!」
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⊂・
∝
⊂・
肩の兎さん可愛い!
喫茶『アンドリュー』
____________________
「!」
紙ナプキンに、ラビットマンを描いてくれたのじゃ! こりゃかわいいわい!
「兎さんの名前、なんと言うんですか?」
アメーダが訊いてきた。はて。名前とは? ラビットマンはラビットマンじゃ。ずっとそう呼んできておる。しかし、人間には妙に思われるかも知れぬ。忍んで来た意味がなくなる。
だから、速攻で名付けた。
「ラビィですわ」
「……」
少しだけラビットマンの鼻がひくついた。そりゃ突然嘘つかれたらビックリするじゃろうな。
「ラビィ! 素敵な名前ですね!」
「ええ。わたくしの相棒ですの」
アメーダとしばらく話したら、嬉しくなって、我が魔王だということを話したくなってしまう。ハレは我と話しているアメーダを叱ることなくテキパキ動いていた。
(なんか、良いのぅ……)
我も、働きたい。
「あの、アメーダさん。わたくしもココで働くことは出来まして?」
「え?」
「美味しいビーフシチューを作って、客とお喋りして、楽しそうだもの」
アメーダが少しおろおろしている。こやつに権限はないのじゃな。じゃあ、あの髭の者か。
我は、髭の者の居るカウンター席に近寄り言った。
「わたくしも、働きたいわ」
「履歴書を見せて欲しい」
「履歴書は有りませんが、名家の貴婦人ですわ」
「……怪しいな」
(うう、なんとかして、ラビィ!)
「承知しました」
ラビィがカウンターに飛び乗り、髭の者や勇者たちに暗示を掛けたのじゃ。我は、髭の者と馴染みの貴婦人『サーヌ』という設定で雇われたぞ。
じゃあ、さっそく。
「ビーフシチューの作り方を教えてくださる?」
「え、こうするだけですよ?」
アメーダが首を傾げながら、四角い箱の中にビーフシチューの模様が描かれた箱を入れる。
(箱の中に、箱……とな?)
ジー……と音がして中身がくるくる回った。制限時間があるらしい。少しずつ時間が減っていくと共に中身がパンパンになってくる。
「ば、爆発しますわよ!?」
「大丈夫ですよ。時間通りですから」
──ピーピー♪
「ほら、出来ました! ビーフシチュー♪」
アメーダが扉を開けて中身を取り出したが、湯気もないのに熱そうだ。いったい、一分足らずで何が起きたのじゃ?
「電子レンジがあれば、ハンバーグもシチューも……何だって出来ちゃいます!」
「!」
電子レンジ。
素晴らしい箱じゃ。
「わたくし、電子レンジ担当がやりたいわ」
「え!? 接客や皿洗いも込みですよ!」
(うー、ラビィ!)
「承知しました」
ラビィが暗示を掛ける。
我はずっと電子レンジを触って遊んでいた。新たな魔法の研究じゃ♪
魔王でも、時の流れは止められない。夜が来ると、喫茶『アンドリュー』は閉店する。帰らなければならなくなった。魔王城に。
我は、古くなった電子レンジを譲ってもらった。給料のかわりにレトルトのビーフシチューを一ケース貰って帰ったのじゃ。
◇
魔王城。
「結局。勇者は来ないままじゃのー」
「ですね」
ラビィは、退屈な我にサンドイッチを作ってくれた。ケチャップと粒マスタードのあとに来る厚切りハムの肉々しさが堪らぬのじゃ。
「ビーフシチューもなくなってしもうたわい」
「……また、偵察に伺いますか?」
「むぅ、どうして楽しそうなのじゃ。あ」
ラビィの胸ポケットには、紙ナプキンが仕舞われていた。喫茶『アンドリュー』と書かれているそれには、アメーダの描いた【兎さん】が有った。
「さては。気に入っておるの〜?」
「……好意は受け取るものです。紳士ですから」
「ふふ」
また会いたいわい。勇者役と魔王役の二人に。八十年たった今では、誰が何の役をやっとるのかな。ビーフシチューの味はどうなっとるじゃろ。
そろそろ、あの国も革命が起こる頃じゃろ。悪い奴に変えられてしまったら、ビーフシチューの味も途絶えるのじゃ。
そうなる前に、戦争が起こりそうな国を、多少強引にでも一つに纏まるように立ち回ってやろうぞ。我は魔王だからなー!
「さぁて。そろそろ世界を侵略しにいくかー!」
魔剣よ、チカラを貸し給えー!
fin.
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